無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#47「ふたつの惨劇」

 その事件が起きたのは、叶ちゃんが村に来てから四年が経過したときじゃった。

 その前年に起きたある事件(・・・・)の影響で村は活気を失い、閉塞感が漂っていた。その事件については……機会があったら話す事にしよう。あるいは、ほまれちゃんのほうが詳しいかもしれんがの。

 とにかく、村に漂っていた閉塞感を吹き飛ばすために、外部からの風を必要としていた。といってもロクな観光資源もないこの村を訪れるような人はおらず、分譲地として売り出した土地にはなかなか買い手が着かなかった。

 もうダメかもしれない……そう思っていた時、外部から救いが訪れた。

 その年は降水量が多く、土砂崩れが頻繁していた。この村は被害はなかったが、酷いところでは住む所を失い、難民化した者もいたという。

 村にやってきたのもそんな一団だった。長野県の山中に住んでいたが、災害により村を失って流れ着いてきたというわけだ。

 都会に移り住んだほうがそういった災害のリスクも減るのではないかという声も上がったようだが、元々住んでいた環境に慣れすぎていたようでの。新しく環境を変える気にはなれなくて、似たような環境があるこの村にやってきたと彼らは言った。

 儂らはすぐに彼らを歓迎した。これで村の空気を変える事ができる……そう思った。

 実際、彼らのおかげで村はもとのような明るい雰囲気に戻っていった。若者も増えたし、叶ちゃんや祈もすぐに馴染んでいった。こうして村に平和が戻ったわけだが、ひとつだけ気がかりな事があった。

 元々この村には御剣が経営している剣道場があり、村人はそこで剣を教わるのが暗黙の了解になっていた。本来、それは儂ら御刀家の役割だったが、御剣があまりにも強すぎたため、奴に任せる事にしたんじゃ。

 ところが、新しく村に入ってきた者のなかに剣道場を営んでいた者がおり、そやつが新しく剣道場を開いた事で、門下生の奪い合いのような状態になった。御剣は新しい住民にも慕われたし、表面上は穏やかな関係を築く事ができていたが、こんな狭い村にふたつも剣道場は必要ない。必然的に、商売敵のような関係性になってしまっていた。

 それでも御剣は剣を教えていたが、門下生のなかには血気盛んなものもおってな。御剣の道場を潰そうという話が上がっていたようだった。

 もちろん、そんな蛮行を許すわけがない。御刀家はすぐにそのような行為を禁じ、師範代はそれに従った。彼は御剣の事を尊敬していたから、そのような目論見を片っ端から潰していった。

 師範代のためを思ってやろうとした事をその当人に阻止され、門下生たちは大人しくなった。だが、彼らは抑圧のなかで静かに計画を練っていた。

 それが明るみに出たのは、すべてが始まり、終わったあとの事じゃった……。

 

   ・   ・   ・

 

 ある日、叶ちゃんが御刀家にやってきた。なんでも、御剣の様子が少しおかしいのだという。

 

「彼奴がおかしいのはいつもの事じゃろう」

「そうだけど……いやそうじゃなくて! (あら)()さんの剣道場ができてから、じっちゃんが塞ぎ込むようになっちゃってさ……心配なんだよ」

 

 叶ちゃんは本当に不安そうな様子だった。

いちばん近くで奴を見てきた身だし、奴を心の底から尊敬している子だ。奴が儂らには見せないような顔も、叶ちゃんは見ていたのかもしれない。

 

「……といっても、古くから村にいるものは変わらず奴の剣道場を利用しておるし、利用者の数だけで見れば荒木の剣道場より多いはずじゃ。それに荒木より奴のほうが腕も立つし、信頼もある。そもそも荒木が奴を尊敬しておるのだから、下手な真似はしないはずじゃと儂は思っとる」

「だといいけど……じっちゃんももう歳だし、動きが以前より鈍くなってるみたい。自分には剣しかないって何度も言ってるくらいだし、これ以上なにかあったら、じっちゃんは……」

 

 叶ちゃんは嫌な想像をしてしまったのか、目に涙を浮かべて俯く。

 心配ない、と言って頭を撫でたが、心中では「どうにかしてこの事態を解決しなければ」と思っていた。

 だが、儂にできるのだろうか?

 御剣も荒木も大切な住民だ。最悪、どちらかを切り捨てるしかないとして……儂にその判断が下せるのだろうか?

 ……その迷いは、次の瞬間に霧散する事になる。

 

 突如、息を切らした村人が家のなかに飛び込んできた。

 

「そんなに息を切らして、どうした?」

 

 儂がきくと、村人は儂と叶ちゃんの顔を交互に見ながら、

 

「御剣のおっさんが剣道場で倒れてる!」

 

 その言葉をきいて、叶ちゃんの顔色が変わり、家を飛び出していった。

 儂もすぐにあとを追ったが、寄る年波には勝てない。現場に到着したときには、すべてが終わったあとだった。

 道場から溢れんばかりの野次馬を掻き分け、なかに入ると御剣が倒れているのが目に入った。

 部屋の中央でうつ伏せになっており、全身に刀傷がある。致命傷となったのは首の傷で、いまも血が溢れ出ている。

 助からないのは誰の目から見ても明らかだったが、御剣に駆け寄った叶ちゃんは、泣き叫びながら傷口を手で抑えようとしていた。

 そのうちに駐在と村医者が駆けつけたが、ひと目で状況を把握し、殺されている事を告げた。

 儂は半ば呆然としながら、御剣に縋り付く叶ちゃんを見ていた。

 叶ちゃんは御剣の死を知らされてもその場を離れようとせず、野次馬に目を向けて憎悪を吐き出した。

 

「誰が……誰がやった!!! 殺してやる! じっちゃんをこんな目に遭わせたヤツを、私が……!」

「叶ちゃん……」

 

 落ち着け、とは言えなかった。

 叶ちゃんは半狂乱になりながら意味の通らない言葉を吐き出していたが、いつしかそれは泣き声に変わっていた。

 誰も、声をかける事ができなかった。ただ、気の毒そうに叶ちゃんを見つめる事しかできなかった。

 そんななかで、儂の肩を叩いた者がおった。

 振り向くと、荒木がなにかを(こら)えるように口を結びながらこちらを見ていた。

 

「荒木……」

「誰がこんな事を……いえ、愚問でしたね……」

 

 荒木は複雑そうに微笑み、淡々と事実を告げた。

 

「何人かの門下生の姿が見当たりません。おそらく、御剣さんを襲ったのは彼らでしょう」

「しかし荒木よ、まだそうと決まったわけでは……」

「御剣さんは恨みを買うような人ではなかった……思い当たる節があるとすれば、私の門下生くらいです」

 

 それに──と荒木は現場を眺めながら続ける。

 

「あれだけの惨状だ、現場になんらかの痕跡が残されているはずです。私がもっと強く諌めていれば、こんな事にはならなかった……」

 

 諦念と絶望を綯い交ぜにした微笑みを浮かべ、荒木は足早に現場を立ち去る。

 その一時間後、犯人が確定していない段階で彼は自刃した。

 

 その後、村にやってきた警察の捜査で、事件当時に失踪していた門下生が犯人であるという結論に至った。

 だが、彼らが逮捕される事はなかった。

 

 事件が起こった次の日の朝に、全員が死体で発見されたからだ。

 

   ・   ・   ・

 

 彼らに何が起こったのかは分からない。

 全員が村から少し離れた山のなかで発見され、その躰には彼らが御剣にしたのと寸分違わぬ傷がついていた。

 さらに、彼らだけではない。村のあちこちから死体が発見され、その全てが荒木の門下生だった。

 こちらの傷は人によってバラバラで、なかには人間離れした力で破壊されているものもあった。偶然、村人のひとりが殺害の現場を見ていたが、周りにひかりがなかったことから化け物が襲ったと思ったようでの。「これは怪物の仕業だ」と恐れ始めた事により、得体の知れない怪物が村に現れ、人々を襲ったという噂が瞬く間に村に広まっていった。

 警察は事件の規模から手馴れた成人男性による犯行だろうと推測したが、未だに犯人は見つかっていない。

 そしてもうひとつ、事件の翌日から叶ちゃんが姿を見せなくなった。最初は引きこもっているのかと思ったが、御剣家を尋ねてみても姿がない。村人たちは犯人に誘拐されたのではないかと考えたが、結局手がかりすら見つからず、未解決事件となった。

 だからこそ、叶ちゃんが生きていたという話をきいたときは驚いたよ。

 

 ……これで、儂の話はおしまいじゃ。

 

   *   *   *

 

「叶にそんな事があったなんて……」

 

 小鳥が正座から胡座に組み換えながらそう言った。どうやら話をきいている間、ずっと正座をしていたらしい。

 

「じゃあ、さっきの人は……」

「ああ。彼奴は(ひら)()(だん)と言っての、ここのひとり息子じゃ。当時殺された門下生のなかに彼奴の兄もいての。事件のあとから、叶ちゃんを疑っているんじゃ」

「その、門下生が襲われた事件の犯人が叶って子だという可能性は?」

 

 ほまれの言葉に、来訪者たちは一斉に彼女のほうを見る。

 信じたくはなかったが、叶が犯人だと考えれば筋が通る……通ってしまうのもまた事実だった。

 

「儂もそれを疑った事がある。叶ちゃんには悪いがの……」

 

 だが、それはない──そう村長は言った。

 

「叶ちゃんのような幼い女の子が、あのような惨劇を起こせるはずがない。当時の警察もそう思ったからこそ、叶ちゃんを犯人から除外したのじゃ」

 

 村長の言う事も一理ある、と全員が思った。

 だが、それを否定する要素を、叶は持っていた。

 

「……その事件は、御剣が異能を持っていても起こせないほどのものだったのですか?」

「異能じゃと?」

 

 村長の目が見開かれる。

 

「御剣の“剣聖”は刀剣類を自在に扱える異能です。現在より技量が劣っていたとしても、異能を駆使して人を殺していく事は可能だったかもしれません……信じたくない事ですが……」

 

 爽介がそう言うと、村長は唸り声をあげて黙り込む。

 

「でも、そうだとしたら叶はなんでこの村に来たんだろう」

 

 紗由が誰にともなく尋ねるが、その答えを推測できるものは誰もいなかった。

 

「御剣がおかしくなったのは、臨時放送の事件のあとだ。あの事件でなにかがあったと考えるのが自然だろうが……一緒に行動していた爽介は、なにか心当たりはないか?」

 

 爽介はしばらく考えていたが、やがて不確かな口調で、

 

「あのときは僕も混乱していたのであまりはっきりとは覚えていませんが……たしか、並貴多が叶さんになにか言っていたような気がします。小声だったので、なにを話していたのかは分かりませんが……」

「並貴多が……だけど、アイツは殺されたし、頼りになるのはみいろちゃんの言葉だけか……」

 

 行き詰まった事を悟り、全員が沈黙する。

 そこに女将がやってきて、夕食の準備が整った事を告げた。ここにいてもどうにもならないので全員が大広間に移動し、夕食をとった。

 夕食は山の幸がふんだんに使われた豪勢なものだったが、普段なら歓喜するはずの小鳥でさえ反応が鈍く、静かに食べていた。

 その後、眠気が来るまで全員で村を見て回ったが、叶に関する情報は得られず、飛び出していった祈の行方も分からないままだった。

 結局、宿に戻って床に就いたのは日付が変わったころだった。移動が多かったとはいえ疲れが溜まっていた一同は、すぐに眠りに落ちた。

 

   *   *   *

 

「……り……とり……」

 

 遠くの方で、誰かが自分を呼んでいるような気がした。

 その声は、どんどん近づいてくる。

 ああ、まえにもこんな事あったな……。

 

「ことり……きて……小鳥!」

 

 どうしたのさ……。

 あたしは、まだ寝たいのに……。

 

「……起きて! 小鳥!」

「うわぁっ!」

 

 耳元で叫ばれ、小鳥は発条(ばね)仕掛けの人形のように跳ね起きた。

 

「よ、よいちゃん……?」

「紗由だけど……まだ寝ぼけてる? ってそんな事より、大変だよ!」

 

 確かに、目のまえにいるのは紗由だった。その必死な姿を見て、自分は寝坊してしまったらしい、と気付く。

 

「ご、ごめん! 寝坊しちゃった……」

「寝坊じゃないけど……とにかく、大変なんだ! 村で人が殺された!」

「えっ!?」

 

 小鳥は声をあげると、顔も洗わないまま表に飛び出していく。そのあとを追いかけた紗由が走りながら状況を説明する。

 

「早朝に山のなかで死体が見つかって大騒ぎになっていたんだけど、そのあとに村でも人が殺されていたみたいで、みんなで手分けして状況を調べてる」

「山と村で……? でも、昨日は何事もなかったし、一夜でそんな事できるかなぁ?」

「複数犯かもしれないけど……とりあえず、村長さんのところに行ってみよう。真中さんも一緒にいるはずだから」

 

 紗由の言うとおり、村は大騒ぎになっていた。狭い村なので噂が駆け巡るのも早いのだろう。

 人混みをかき分け、現場に辿り着く。規制線の結界が張られ、警察が動くなかに真中と村長の姿を見つけた。

 結界の外では、外部からやってきた来訪者が勢揃いしていた。どうやらみんなでふたりを手伝っていたらしい。

 

「遅いぞ小鳥……って和樹なら言うところだろうが、今回に限ってはちょうどいいタイミングだ」

 

 小鳥と紗由の姿を認めた翔一がそう言って近づいてくる。

 

「いま初動捜査が行われている最中だが、気になる事が分かった」

「気になる事って?」

「まず、被害者の人数だが、山のなかで殺されたのがひとりで、村のなかで殺されたのがふたりだ。村内の殺人は俺たちが村に着いたあと、要は今日の深夜に行われたと推測されてるけど、山内の死体は死亡してから二日ほど経過してるみたいでな。普段村人が通ることが少ない場所だったから、発見が遅れたらしい」

「でも、そんな長い時間放置されてたなら、家族とかが心配して探すんじゃないの?」

 

 紗由がきくと、翔一は首を横に振って、

 

「山で殺されていた人は家族がいないらしくてな。普段から引きこもりがちだった事もあって、姿が見えなくても違和感はなかったんだろうな」

 

 それで、ここからが本題なんだが──そう前置きして、翔一はその事実を告げた。

 

「村長の話だと、殺された人たちは六年まえの事件の被害者の親族で、当時の被害者と同じ殺され方をしていたらしい」

「え……」

 

 その言葉をきいて、小鳥と紗由のなかで嫌な想像が膨れ上がった。

 

「じゃ、じゃあ、犯人は……」

 

 ふたりは、村に戻ってきた可能性があるひとりの少女を思い浮かべていた。

 六年まえの事件と関係があり、その復讐心がまだ消えていないとしたら、この事件の犯人は──

 

「……探さなくちゃ」

 

 そう呟くなり、小鳥は踵を返して走り去っていく。

 

「小鳥!」

 

 紗由と翔一が小鳥を追いかけ、それに気づいた子供たちも後を追う。

 全員が同じ考えに至り、しかしそれを否定したいという思いに駆られていた。

 

 

 信じたくない。

 御剣叶が、この事件の犯人だなんて……。

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