無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#49「Uncontrollable」

「…………あ、れ?」

 

 瞼の裏で閃光が瞬いたように感じて、紗由は閉じていた目をゆっくりと開けた。

 自分たちを包囲していたくねくねは跡形もなく消え去っており、代わりにひとりの少女が立っていた。

 黄金色の長髪に蒼い目の少女。紗由が目覚めたのを見ると微笑み、「怪我はない?」ときいた。

 

「は、はい……」

「よかった。他の人たちも何事もなかったみたいだし、とりあえず一件落着かな」

 

 その言葉をきいて、少女が自分たちを助けてくれた事に気付き、紗由は「助けてくれてありがとうございます」とお礼を言った。

 少女は「大丈夫」と言ってから紗由の全身を見て、確かめるような口調でこう尋ねた。

 

「もしかして、きみ……朝倉紗由ちゃん?」

「え、はい、そうですけど……」

 

 どこかで会った事があっただろうか、と訝しむ紗由に、少女は「まあ、ちっちゃい頃にいちど会ったきりだから覚えてないか」と言って、名乗ろうとした。

 その時、意識を失っていたほまれが起き上がり、驚いたような声をあげたので、ふたりの意識はそちらに逸れた。

 

「え……奏?」

 

 ほまれの視線は少女に向けられていた。「どうしてここに?」と訊ねるほまれに対し、少女は「やぁほまれちゃん、久しぶりだね」と呑気に挨拶をする。

 

「冬天市に戻る途中で立ち寄ったんだよ。ただ、こんな事になっているとは思わなかったけど……」

 

 少女は表情を曇らせる。しかしすぐに元の表情に戻ると、紗由に向き合って笑顔とともに口を開いた。

 

「自己紹介が遅れちゃったね。僕は天姫奏。しがない旅人だよ」

「天姫……奏!?」

 

 それは、自分たちが探していた人物の名前だ。

 木野葉月の待ち人であり、朝倉零導を元に戻せるであろう人物。見つけるのは困難だと思っていただけに、どこか現実感がなかった。

 

「あ、朝倉紗由です。えっと……」

 

 話したい事がたくさんあるため混乱していると、あちこちで呻き声がきこえ、倒れていた者たちが意識を取り戻した。

 目覚めるタイミングとしては、非常によいタイミングだった。

 

   *   *   *

 

「なるほど、そんな事が……」

 

 爽介や真中は奏を見て驚いたようだったが、彼女が助けてくれた事を知ると礼を述べ、自己紹介のあとにこれまで起こった事について話した。

 狭霧村で起こった惨劇の話から遡り、零導がアポトーシスに支配された話や、眠り続ける葉月の話など、話題は尽きなかった。

 奏は黙って話をきいていたが、零導の話になると「やっぱり……」と深刻そうに呟き、葉月の話にはショックを受けたようだった。

 そして話をきき終わると、「……まずは、村の問題をどうにかしないとだね」と全員を見て言った。

 

「私の異能には怪我を治すような効果はないけど、さっきみたいな怪異を相手にするなら使い道があるとは思う。あと、異能に対しても効果があるから、その祈ちゃんって子が異能を持っていた場合、抑え込む事は可能だと思う」

「じゃあ、小鳥たちの援護に行こう。結構時間が経ったけどまだ戻ってきてないって事は、いまも戦ってるって事だし」

 

 紗由が言うと、爽介が「でも……」と不安そうにふたりを見た。

 

「またくねくねが現れないとも限らないし、天姫さんにはここの防衛をお願いしたほうがいいんじゃないかな」

「そっか……私たちがくねくねに勝てればよかったんだけど……」

 

 紗由は悔しそうな表情を浮かべる。くねくねは見てそれが何なのかを認識しようとしただけで影響が出るので、対処のしようがない。紗由の父である朝倉夜月はくねくねと対峙して撃破した事があると言っていたが、それは夜月の精神力によるもので、常人に真似できるようなものではない。

 ふたりが悩んでいると、奏が「大丈夫だよ」と言って、手を翳した。

 すると周辺を覆うように黄金色のドームが展開され、全員がそのなかに入る形となった。

 

「並の怪異なら、この結界を通り抜ける事はできない。想定外の事が起こるかもしれないけれど、これで当面の間は大丈夫だと思う」

 

 奏はそう言ったあと、真中の傷を見て、「このくらいしか力になれなくてごめんね」と申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「いえ、助かります」

「すまない、俺が傷を負っていなければ……」

「真中さんはなにも悪くないよ。……奏さん、小鳥と翔一先輩をよろしくお願いします」

 

 紗由がそう言うと、真中が進み出て奏に強化を掛ける。

 

「気休めにしかならないかもしれないが……ふたりの事、よろしく頼む」

「……奏、気をつけてね」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

 

 そう言って、奏は戦場へと飛び出していった。

 

   *   *   *

 

 その頃、村で行われているもうひとつの戦闘は膠着状態に陥っていた。

 小鳥はアポトーシスと戦っているが、互いに決め手に欠ける状態だった。アポトーシスが持っている“轟天”の威力を考えれば彼が優勢だといえるのだが、小鳥は異能がなくても身体能力が高い。間一髪で銃弾を避け続け、一発打ち終えたあとに生じた隙を見逃さず攻撃を加えるというパターンを繰り返していた。

 翔一は祈をいなしているが、彼女に攻撃する事はできないため、対応に苦慮していた。祈の身体能力は翔一を凌駕しているが、その差を経験で埋め、なんとか凌ぐ事に成功している。しかしそれも時間の問題で、祈の攻撃は翔一の体力を確実に削いでいった。

 祈がブレードを奪い取った瞬間、形成が逆転する。アポトーシスはそれが分かっているから時間を稼いでいるのだろう。小鳥も翔一もそれは理解できたが、どうにもならなかった。

 

「せめて異能が使えれば……!」

 

 小鳥が歯噛みしながら言い、首を傾ける。瞬間、その側方を銃弾が通り過ぎていき、アポトーシスは舌打ちをして銃弾を装填した。

 

「なかなか耐えるな。しかし、いつまで持つかな?」

 

 アポトーシスはそう言うと、再び銃弾を放つ。何度目になるか分からない轟音が辺りを震わせ、銃弾が空気を裂く。

 その標的は小鳥……ではなく、祈の攻撃を避けていた翔一だった。

 

「翔一!」

 

 事態に気づいた小鳥が絶叫するのと、銃弾が翔一に襲いかかるのは同時だった。

 小鳥よりも一瞬早く事態に気づいた翔一は咄嗟に地面に伏せ、銃弾を回避する。しかし体勢が崩れたところを祈に狙われ、ブレードを弾き飛ばされた。

 宙を舞うブレードを掴んだ祈は先程までと同じ剣さばきで小鳥と翔一を追い詰めていく。あっという間に防戦一方となり、どんどん体力が削られていった。

 

「このままじゃまずい……っ!」

(考えろ、この事態をどう切り抜けるか、考えろ……ッ!)

 

 ふたりは懸命に抵抗するが、アポトーシスはそれを嘲笑うかのように銃弾を発射し、小鳥の体勢を崩した。

 

「しまった……!」

 

 ブレードが振り下ろされ、小鳥は死を覚悟してぎゅっと目を瞑る。

 しかし、次にきこえたのは甲高い金属音だった。

 恐る恐る目を開けると、そこにいたのは……

 

「か、叶……」

 

 御剣叶が、祈のブレードを受け止めていた。

 祈も唐突な事で驚いたのか、力が僅かに緩む。すかさず叶はブレードを跳ね上げ、地面に落ちたそれを遠くへ蹴り飛ばした。

 

「やれやれ、もうひとり増えたか」

 

 アポトーシスは面倒くさそうに言うと、手を翳し、叶の異能を弱体化させようとする。

 しかしその直前でなにかに気づいたように飛び退き、死角から放たれた攻撃──黄金色のエネルギー砲を回避した。

 

「貴様……天姫奏か!」

「……久しぶりですね、アポトーシス」

 

 その言葉と共に現れた奏を見て、小鳥は目を丸くする。

 奏は小鳥と翔一、そして叶に目をやると、口調をがらりと変えて、「細かい説明はあとでするから、その人は僕に任せてくれないかな?」とアポトーシスを指し示した。

 

「貴様ごときが俺に勝てると思っているのか?」

「零導くんのなかにいた貴方を抑えたのは私ですよ? 戦闘は好きではありませんが……こうなっては仕方がない」

 

 その躰から出ていってもらいます──奏がそう言うのと、アポトーシスが手を翳すのは同時だった。

 瞬間、金と黒のエネルギーがせめぎ合い、その余波で天が割れた。

 小鳥はその様子を呆然として見ていたが、翔一の声で我に返り、視線を転じた。

 叶と祈は互いを見つめたまま、微動だにしない。いつの間にか、祈の顔には表情が戻っていた。

 

「……叶、ちゃん」

 

 最初に言葉を発したのは祈だった。

 

「ほんとうに、叶ちゃんなの?」

 

 祈の問い掛けに対して、叶は頷く。

 

「……どうして、村を出たの?」

 

 続く問い掛けに、叶は目を伏せるが、すぐに顔を上げ、淡々とした口調で言った。

 

「それは、私が罪を犯したからだよ」

「じゃあ、六年まえの事件は……」

「私が起こした」

 

 薄々勘づいていた事ではあったが、叶が事件を起こしたという事実は重く、小鳥と翔一は重苦しいものを覚えて黙り込んだ。

 

「……でも、こんな事になるのを望んでいたわけではないよ」

 

 なんでこんな事をしたの──叶は不自然なほど静かな口調でそう訊ね、それをきいた祈は一歩後ずさる。彼女からしてみれば威圧されているようなものなのだろうが、小鳥と翔一は叶が感情を抑えている事に気付いた。

 

「私の罪は、私が償わないといけない。だからここに来て、みんなに全てを説明してから死ぬつもりでいた」

「……でも、悪いのは御剣先生を殺した村の人たちだよ! 叶ちゃんが罪を償う必要はない!」

「それでも人殺しには相応の罰が必要なんだよ。私は許されるべきじゃないんだ。なのに、祈にこんな事をさせてしまった……」

 

 叶は辛そうに顔を歪め、持っていた刀を取り落とす。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。叶は祈がこの事態を引き起こした事を知ってるの?」

「祈が猪狩さんを殺したところに行き遭ったんです。そのときは暗くて顔が分からなかったけれど、とっさに斬りつけたので傷を負わせる事ができた。それから私なりに調べて、犯人が祈だと分かりました」

 

 小鳥の疑問に答えた叶は、祈を見ると、「私が村を出るまえにひとこと伝えておけば、祈はこんな事起こさなかったかもしれない。でも、私はちゃんと罪を償うから……だから、もうやめようよ」と微かに震える声で言う。

 それをきいた祈は、しばらく俯いていたが、やがて穏やかな表情で顔をあげ──

 

いやだ(・・・)

 

 そう、言った。

 

「祈……?」

「私がこの事件を起こしたのは、叶ちゃんが終えていない復讐を完遂させるためだった。それで叶ちゃんが幸せになれるなら、それでいいと思っていた」

 

 だからこそ、小鳥たちから叶が生きていて、笑顔で毎日を過ごしていた事をきいて、自らの行いを間違いだと悟った。

 そして小鳥たちに「自分が犯人だ」と打ち明けようとした。結果的には段が割って入ったため言えなかったが、それでも自分の罪を悔いていた。

 だけど、

 

「叶ちゃんがここで死ぬなんて、そんなの許さない。なにも悪くない叶ちゃんが死ぬ必要なんてないし、幸せにならないといけないんだよ。そのためなら村の人間を全員殺して罪を隠すことだって厭わない」

 

 それに、私は人殺しだからもう戻れないよ──祈はそう言って叶に歩み寄り、彼女が落とした刀を拾いあげる。

 

「でも、叶ちゃんはそれを良しとしないよね。だから、ちょっとだけ大人しくしていてね」

「祈──」

 

 小鳥と翔一が飛び出し、叶が祈から離れようとする。

 しかしそれより早く、祈は刃を返し、叶の頭を勢いよく殴りつけていた。叶が持っている刀は鉄火の形見として貰ったものを紗由が鍛え直したもので、普通の刀より強度がある。また祈の動きには予備動作がなかったため対応しきれず、叶は地面に崩れ落ちて苦悶の声をあげた。

 

「大好きだよ、叶ちゃん。私が護るから、そこにいてね」

 

 そう言うと、祈は身を翻して最終防衛線のほうへと向かっていく。

 それを小鳥と翔一が追い掛け、あとには人知の及ばない闘いを繰り広げている奏とアポトーシス、そして動けない叶が残された。

 

(わたしも、いかなきゃ……)

 

 脳が揺れているからか、立つこともままならない。視界がぼやけ、痛みで鋭敏になったはずの意識が闇に包み込まれていく。

 視界の隅に、一振りの刀があった。普段使っているうちの一振りだ。それに手を伸ばそうとするが、躰は全くと言っていいほど動かない。

 

(助けて……じっちゃん……)

 

 無意識のうちにそう考えながら、自分の弱さを情けなく思う。

 叶の意識はそのまま黒く塗りつぶされ、果てしない暗闇のなかへと落ちていった。

 

 

 

 

 その様子を、鴨野空昼は愉快そうに見つめていた。

 

「ちょっと唆しただけだし、異能の効き目も薄かったからあまり期待はしていなかったけれど、まさかここまで感情を発露するとはね。これは見ていて飽きないものになりそうだなぁ」

 

 ぶつぶつと呟いていた鴨野は、背後からきこえてきた足音に気付くと振り向き、大仰な様子で驚く。

 

「これはこれは……ちとせちゃんじゃなくてキミが来るなんてね」

 

 そしてニヤリと笑い、「ボクの趣味嗜好を織り込んでいるけれど、あとはリンフォンを起動させればおしまい。いつでも村を滅ぼせるよ」と言った。

 相手は頷き、鴨野に届け物──リンフォンを手渡す。万が一、彼がヘマをしてもいいように、わざわざ後から持って来させたのだ。

 用事が済み、相手はそのまま立ち去ろうとする。鴨野はその背中に声をかけた。

 

「見ていかないのかい?」

 

 相手は首を横に振ると、さっさと歩いていく。それを見た鴨野は「美雪ちゃんはつれないなぁ。あ、いまは名前違うんだっけ」と呟きながらリンフォンを懐にしまい、その場から立ち去る。

 自分が作り出した玩具──御刀祈の末路を、見届けるために……。

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