無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
小鳥と翔一は祈に追いつき、戦闘を開始した。
幸い、異能は使えるようになっていた。アポトーシスの異能の範囲を抜けたのか、それとも奏がアポトーシスを押さえているからなのかは判然としないが、とにかく今まで通りの実力が出せるようになったといえる。
しかし、刀を得た祈の動きは圧倒的だった。先程までとは異なり、自我があるようではあったが、そこに情けや容赦といった類の感情はない。むしろ明確な殺意が放たれ、小鳥と翔一の動きを僅かながら鈍らせていた。
高速で閃く血の刃を掻い潜りつつ、小鳥のナイフを受け止める。先程と同じように武器を破壊しようにも、得物は紗由が鍛え直した一品だ。そこらの刀のようにはいかない。
「……なら、これならどうだ!」
翔一は大きく距離を取ると、指先から血の銃弾を三発放った。猛スピードで飛来するそれは祈に回避されたが、その隙に小鳥が猛攻をかけた事により、僅かではあるが形成を逆転する事ができた。
加えて、祈りの右肩に鋭い痛みが走り、持っている刀を取り落としそうになった。見ると、先程回避した血の銃弾が鋭い針となり、肩を穿ち抜いていた。
「翔一……そんなこと、できたの……?」
息を切らしながら小鳥がきくと、翔一は「白兵戦以外の戦い方を考えていたときに思いついたんだ。まあ、成功したのはこれが初めてだけどな」と言って、祈を見据える。
祈は肩を抑えていたが、やがて汗を一筋零しながら「……どうして邪魔するんですか」と呟くようにきいた。
「ここでみんな殺さないと、叶ちゃんが死ぬんですよ。あなたたちは叶ちゃんの仲間のはずなのに、どうして……!?」
「……たしかに、あんたの言う通りだよ。御剣は自分の死を以て罪を償おうとしている。俺たちだって、あいつに死んでほしくはない」
「じゃあ……!」
「……でも、叶はそれを望んでる」
翔一の言葉を小鳥が引き継ぐ。
「叶は、ずっと悩んでいたんだと思う。悩んで悩んで、その末にここに来たんだよ。あたしたちには、それを止める権利はない。叶が納得しないまま連れ戻しても意味がないんだ」
「だから、叶ちゃんが納得するって事は叶ちゃんが死ぬって事なんですよ!? それなら私がその罪を上書きしたほうがいい! 叶ちゃんを私への憎しみでいっぱいにしたほうがいいんです!」
祈が激昂したように叫ぶが、小鳥はそれを否定する。
「……それじゃ、ダメなんだよ。逃げちゃいけない。自分の罪と向き合わなきゃいけないんだ。それに、そんな事したら叶は祈を赦さないと思う」
「赦されなくてもいい! 叶ちゃんの苦しみを私が肩代わりできるなら嫌われたって構わない! ……もういいです。話しても平行線なら、斬るしかない!」
言うが早いか、祈は刀を構え、右肩の痛みを打ち消すように叫びながらふたりに襲いかかる。
しかし、動きは先程よりも鈍くなっていた。その隙をついて、小鳥が刀を弾き飛ばし、祈を抑える事に成功した。
「離して! 離してよぉっ!」
小鳥に組み敷かれたまま、祈はじたばたと暴れる。
「なにも知らないのに邪魔しないで! 叶ちゃんを、死なせないでよ!」
「……なら、知ればいい」
翔一がそう言って、小鳥に目配せをする。
小鳥はその意図を察して頷き、「……ごめんね」と祈に向かって呟いた。
「祈の過去、見せてもらうね」
──デミ・ロストアイ
小鳥の両目が色を変え、バチバチとした電気のようなものが翔一と祈に伝播していく。
『……え?』
ふたりは脳裏に浮かんだ映像に、驚いた声をあげた。
しかしそれが何かを知るより早く、意識が過去へと落ちていく。
そして──
・ ・ ・
御刀祈にとって、御剣叶は憧れの存在だった。
剣の才能こそあったものの、争い事を好まない性格だった祈は、剣道場の門下生にいじめられる事が多かった。
村の人間は鉄火か荒木の剣道場で剣を教わる事が暗黙の了解になっていたが、御刀家の人間だけは例外で、村長に教わる事になっている。その指導もあり、祈は村一番と言っても過言ではないほどの腕前になっていた。
しかし、荒木の剣道場ができ、そちらに移る事になってからは事情が変わった。剣の腕が立ちながらも躰を動かす事を好まず、剣を振る事に熱中しきれない祈を周りは疎み、いじめが始まった。周りの門下生は祈より年上で、なおかつ大柄な男子が多かった事もあり、祈の抵抗は意味をなさないものとなっていた。
そんな状況から救い出してくれたのが叶だった。ある日の事、鉄火と共に剣道場を訪れた叶は、祈がいじめられている現場に遭遇し、仲裁に入った。
当初こそ殴られ床を転がっていた叶だったが、門下生のひとりが持っていた竹刀を奪ってからは形成が逆転し、完膚なきまでに打ちのめしていた。
結局、鉄火と荒木が現場を見つけた事により事態は収束に向かい、叶はやり過ぎだと怒られて半泣きになっていた。
それでも、自分を助けるために歳上の門下生に立ち向かっていった叶の姿は、祈に深い印象を残した。
そしてその翌日、祈がお礼を言いに行くと、叶は気にしないでと言ったあとに、「またなにかあったら遠慮なく言ってね! じっちゃんにはやり過ぎだって怒られたけど、私はいつでも力になるから!」と笑った。
その言葉が嬉しくて、祈は頬を染めながら頷いた。
その時から、ふたりは友達になった。
・ ・ ・
引っ込み思案でインドア派の祈と、活発でアウトドア派の叶は正反対ではあったが、互いにウマが合った。
叶は身体能力はあるが、剣以外はからっきしだった。それでいてバカで直情的なので、持ち前の行動力を活かして危険な状況になる事が多くあった。それをセーブするのは祈の役目であり、それで危ない目に遭った事もある。しかし、祈は叶の行動力を羨ましいと思っていたし、新しい世界を見せてくれる叶の事を尊敬していた。
ふたりで剣の試合をした事もあるが、いつも祈が勝っていた。叶の“剣聖”を以てしても、祈には敵わなかったのである。
しかし一度だけ、叶が祈を負かした事があった。その時、叶はいつもの二刀流で戦っていたのだが、偶然、祈が片方の刀を弾き飛ばしたので一刀のみとなった。
ここぞとばかりに攻めようとする祈だったが──次の瞬間には、手にしていた刀が宙を舞い、首筋に叶の刀が当てられていた。
「ど、どうして……」
何が起こったのか理解できず、上ずった声で呟くと、叶は刀を収めながら「私、一刀流の方が得意だから」と言った。
「じゃあ、なんで二振りの刀を使っているの?」
祈の問い掛けに、叶は曖昧に微笑むだけで答えようとしなかった。
それから、叶が一刀流で戦う事は二度となかった。
そうしてふたりは育っていき、仲良く過ごしていたのだが、数年後にその関係性を損なう事件が起こる。
言うまでもなく、御剣鉄火が殺害された事件である。
・ ・ ・
鉄火が殺された時、泣き叫ぶ叶を見て、祈のなかに暗い感情が生まれた。胸の奥で小さく蠢くその感情は、祈が生まれて初めて抱いた感情だった。
しかしそれは、荒木の門下生が無惨な姿で発見された時、空気が抜けた風船のように萎んでしまった。荒木の門下生が鉄火の道場を潰そうとしていた事は知っていたし、犯人が確定していない状態で荒木が自殺した事も知っていた。だから荒木の門下生が鉄火殺しの犯人であると思っていたし、叶の復讐が果たされた事を知って、暗い感情は行き場を失った。
同時に叶が失踪した事により、その感情は空虚なものに変わっていき、胸の奥で燻り続けた。叶がいなくなった事は悲しかったが、自分で探しても、警察を動員しても見つからなかったので、村で流れている噂のように、門下生殺しの犯人に誘拐されたのだろうと思った。
叶がいなくなった隙間を埋めるように、祈は剣を振るい続けた。それ以外に悲しみを忘れる方法はなかったし、そうするしかなかった。
そのうちに悲しみを心の片隅に追いやれるようになり、祈は淡々と日々を過ごしていった。
しかし、そんな日々はある日唐突に崩れる事になる。
・ ・ ・
小鳥たちが村にやってくる二日まえの事。
祈がいつものように剣を振っていると、剣道場の入口で物音がした。
振り向くと、いつの間にかひとりの男が立っていた。細身で長身、深緑色の長髪と紫色の瞳を持つ男。祈が口を開くまえにこちらに歩み寄り、頭のてっぺんから爪先まで眺めたあとに口を開く。
「キミ、なにか心に秘めている事があるね」
「な、なにを……」
「隠さなくてもいい。僕はそれを知るためにやってきたんだ。もしかしたら力になれるかもしれないと思ってね」
男の目はどこまでも深く、澄んでいた。その目に魅入られた祈は、自分でも気付かぬまま、叶との日々を話していた。
「……でも、叶ちゃんはいなくなっちゃって、それで、どうしたらいいのか分からなくなって……」
男は話を聞き終えると、昔からの親友にするように祈の肩に手を置いて、優しい声で言った。
「それは辛かったね。でも、キミにできる事はまだあるんじゃないのかい?」
「私に、できる事……?」
「その叶ちゃんが成しえなかった事をキミが成すんだ。話を聞く限り、叶ちゃんはまだ復讐を終わらせていないように思える。復讐というのは。殺したい相手の親族や大切なもの、生きた痕跡まで、文字通り全てを強固な偏見を以て完膚なきまでに抹殺する事で完遂される。その点で言えば、叶ちゃんの復讐は終わっていない」
「それを、私が……?」
「いつか叶ちゃんが戻ってきてもいいように。キミが復讐を完遂するんだ」
叶の復讐を完遂するとはつまり、村人を手にかける事を意味する。
男が言っている事は暴論で、正気の沙汰とは思えない。
それは分かっている。
分かっているのに……胸の奥でなにかが蠢いている。
それは黒い感情だった。門下生殺しの際に萎んでいき、叶の失踪と同時に空虚なものとなったその感情が、男の言葉で呼び覚まされていく。
男の声がだんだん遠くなっていき、貧血を起こした時のように意識が暗くなっていく。
そのまま床に倒れ、そして次に目を覚ました時には、男の姿はなかった。
祈はのろのろとした動きで起き上がり、剣道場から出ていく。
なにをすべきかは、分かっていた。
そしてその夜、山のなかで猪狩を手に掛けた事をきっかけに、祈は惨劇を引き起こした。
すべては、叶のために……。
* * *
「……祈の気持ちはよく分かったよ」
過去の光景が遠ざかり、現在に意識が戻ってきてから、小鳥はそう言った。
祈がなぜ惨劇を引き起こしたのかは理解した。それを唆した男の存在が気になったが、男は祈のなかにある気持ちを呼び覚ましただけで、男が介入しなくとも祈が惨劇を引き起こしていた可能性がないとはいいきれない。
人の命を奪った時点で、祈は赦されるべきではない。過去を追体験した小鳥や翔一も、赦されるべきではないという気持ちを持っている。
だけど、それ以上に……同情が勝った。
身内が絡んだ事件だからというのも、少しはあるかもしれない。しかしそれを抜きにしても、悪意に翻弄されて人生を狂わされた少女たちに、同情してしまう。
思えば、咲と秕の事件の時も、心春とひよりの事件の時もそうだった。みんな、過酷な運命や悪意に翻弄され、事件を起こしたり、事件に巻き込まれたりしていた。
だから、どうにかして双方の思い通りにしてあげたいと思った。小鳥は知る由もないが、共に過去の光景を見た翔一も同じ気持ちだった。
だが、今回はどちらかの思い通りにしかならない。叶はこの村で死ぬつもりだし、祈はそれを止めようとしている。どちらかが考えを変えない限り、天秤が釣り合う事はない。
そしてそれを決めるのは……小鳥でも翔一でもない。
「え……」
突然きこえてきた足音に、俯いていた祈が顔を上げる。
それは小鳥や翔一のものではなく、祈にとっては予想外の人物のものだった。
「叶ちゃん……なんで、動けて……」
泥と土に塗れ、痛みに顔を顰めながらもこちらに近づいてくる叶を見て、祈は呆然としたように呟く。
「……小鳥先輩、鮮真先輩、ありがとうございます。あとは任せてください」
叶の言葉を受け、小鳥は祈を解放する。
まだ状況が呑み込めていない様子の祈に、叶は静かな声で言った。
「祈、私の刀持ってるよね……構えて」
「叶ちゃん……」
「私が負けたら、祈の言う通りにするよ。だけど私が勝ったら、邪魔はさせない」
叶は持っていた刀を抜き、構える。
祈はなにかを言いたそうな様子で叶を見ていたが、その決意が固いと悟り、持っていた刀を構えた。
空は茜色に染まりつつあり、遠くで烏が二度鳴いた。
そんななか、ふたりは微動だにしないまま互いを見ていた。
場の空気が張り詰めていき、静寂が場を支配する。
そして、烏が三度目に鳴いた時──ふたりは同時に飛び出し、互いを打ち倒さんとする強い意志を以て、刃を交えたのだった。