無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
肉が潰れ、骨が砕ける音と共に、トマトソースのように赤い血が飛び散る。
それでも叶は苦痛の喘ぎひとつ漏らさず、ぎゅっと目を瞑って躰が破壊される様を受け入れていた。まるでそれが自分への罰であるというように。
「や……やめて……」
へたりこんだ祈がよろよろと立ち上がり、段に手を伸ばす。しかし彼は祈を冷たい目で一瞥したあと、再び金属バットを振り上げ、先程と寸分違わぬ位置に振り下ろした。
もともとぐちゃぐちゃになっていた腕は、それで簡単に砕けた。半ばから砕けた腕からは血がドクドクと流れ、叶の命を奪っていく。
腕が砕けた事を確認すると、段は右肩へと狙いを変えた。腕がないので使い物になるはずはないのだが、念入りに……強固に抹殺しようとしている。
そこから素早く三発入れた事により右肩は砕け、叶は完全に隻腕となった。
「やめてよ! 段さん!」
そのさまを見た祈は叫び、残りの力を振り絞って段に突進する。それは小鳥と翔一も同じだった。人殺しであるといえども、仲間が痛めつけられているのを見て平静でいられるはずがなかった。
しかし、叶が弱々しい声で発した言葉により、三人の動きは止まった。
「だめ……これでいい……から……」
叶は苦痛と涙で顔をぐちゃぐちゃに歪めながらも、訴えるように声を絞り出す。
「コイツがこう言ってんだ。止めるんじゃねぇぞ」
段はそう言うと、再び叶を破壊していく。
「兄貴はな、剣の道に進もうとしてたんだ。将来を期待されていたんだよ。なのにテメェのせいで、その未来が奪われた。分かるか? 兄貴の気持ちが!」
バットが振り下ろされる度に叶の躰が跳ね、顔が苦痛に歪む。しかし声を出す気力はないのか、呻き声は上げなかった。
叶は死にかけている……そう思った祈は、彼女の願いを無視し、段に飛びかかる。
しかしそれを躱され、反撃とばかりに振るわれたバットが側頭部に撃ち込まれると、祈は吹き飛ばされて地面をごろごろと転がった。
「そこで寝てろ。コイツを殺ったら、次はおまえだ」
祈はぐったりしたまま動かない。どうやら意識を失っているようだ。それを見た段は、再び叶を蹂躙しようと──
「やめんか!」
この場できこえるはずのない声がきこえた。
全員が声のした方向を向く。爽介に押された車椅子に乗った村長が険しい視線を向けていた。傍には紗由もいて、こちらは得物である大太刀を構えている。
「なにしにきたジジイ。テメェの出る幕じゃねぇんだよ。失せろ」
段は苛立たしげに髪を掻きむしり、村長に敵意丸出しの視線を向ける。
しかしそれに臆する事なく、村長は叶に視線を向けた。
「……久しぶりじゃな叶ちゃん」
声を掛けられた叶は身じろぎをして、村長を見た。その頭を踏みつけながら、段は吐き捨てるように言う。
「兄貴たちを殺した犯人はコイツで、今回の事件は祈の仕業だ。ふたりはオレが殺すから、これで事件は解決する。分かったならさっさと帰れ」
「そうはいかん。ふたりには罪を償う義務がある」
「義務ぅ? 人を大量に殺しておいてなにが罪を償う義務だ。こんなヤツら、死刑になって当然だろうが」
段の言葉を否定する事なく、村長は頷く。
「確かにお主の言う通りじゃ。ふたりがやった事は赦される事ではない。しかし、お主のやっている事は私刑に過ぎぬ。全員が全員、ふたりに死んでほしいという訳ではないのじゃよ」
「は? 何言ってやがる。人殺しに生きていてほしいと? オレはそうは思わねぇがな」
段の反論に、村長は「……お主が言っている事は正しい」と言ったあと、「だが、そう思わない人間もいるのじゃよ」と言葉を継いでいった。
「前回の事件と今回の事件の犯人の事はみんな把握しておる。お主のように、死刑にしろと言った者もいた。実際、現代社会でこれだけの殺人を起こせば、まず確実に死刑じゃろう」
「分かってるならとっとと……」
「しかし、その先になにがある? 死ねばそこで終わりじゃ。やがて記憶は風化し、消えていく。だからこそ、生かして罪を償わせる必要があると儂は思うし、その意見に賛同した者もいた」
「それでなにが変わるってんだ! 殺されたヤツらの、残されたヤツらの無念はどうなる!」
「死は解決にはならん! むしろ叶ちゃんは死ぬためにここに来たのだときいた。お主がやろうとしている事は、叶ちゃんの望みを叶える事と同義なのじゃぞ!」
それをきいて、段は「それは……」と口篭る。
「ならば生かし、多くの人々のための犠牲にするのが最善だとは思わんか? 普通の人々と同じような暮らしはさせない。その手を血に染め、どれだけ傷つき絶望しても自死は許されず、その果てに惨い死を迎える……そんな社会の
過激ともいえる口調に、小鳥と翔一が耐えきれず口を挟もうとする。
しかし、村長は予期したようにふたりの方を向き、「少し黙っておれ」とそれを遮った。
「死は、それを厭わぬ者にとっては罰にならぬ。生きて償わせる事こそ、相応しい罰なのじゃよ」
「………」
段は黙り込む。それを見ると、村長は叶に視線を転じて言った。
「今後は二度と村に戻ってくるな。誰かのために、その命を消費し続けるのじゃ」
叶は驚いた顔で村長を見る。
やがて、その目から一筋の涙が流れる。
「……これで、事件は終わりじゃ」
それを見た村長は、静かにそう宣言する。
狭霧村を襲った惨劇は、こうして終わりを告げたのだった。
* * *
一同が生き残った村人と合流し、彼らの手伝いを始めたタイミングで、奏が戻ってきた。
「ごめん。アポトーシス……零導くんには逃げられた」
「にぃが来てたんですか?」
紗由と爽介が驚いた顔になるのを見て、翔一が戦闘時に起きていた事を説明した。
「そんな事が……」
「一撃は入れられたけど、抑え込めたかは分からない」
ごめんなさい、と謝る奏に、翔一が「でも、一撃入れられたなら希望はありますよ」と言って、ありがとうございますと頭を下げた。
「それで、御剣はどうなるんだ?」
“
「叶さんも御刀さんも、この村から追放されるそうです。あとの事は僕たちに託されました」
叶と祈は意識を失っており、目覚める気配はない。医者は村人の治療で手一杯であり、動ける者はそれを手伝っていたが、叶と祈までは手が回っていなかった。
「とりあえずふたりとも冬天市に連れていく。そのあとの事は、ふたり次第だと思う」
「そうだね」
紗由の言葉に小鳥が頷くと、その近くにいたほまれが「……でも、村はどうなるんだろう」と呟いた。
「建物が壊された訳じゃないけど、血が流れすぎた。以前の事件の事もあるし、住みたくないっていう人も増えるんじゃないかな」
「それはそうだろうな……最悪、廃村になるかもしれない」
全員が表情を曇らせたが、明確な解決方法は浮かばない。
その悩みは後に意味を成さないものとなるのだが、この時点ではそれを知る者はいなかった。
「そういえば、紗由と爽介が見た不審者ってまだいるのかな」
考えに詰まった小鳥が出した話題は、くねくねを出現させた男の話だった。
「どうだろう……くねくねの携帯型を持っていたって事は、風読家の人なのかな」
「でも、この村になんの用があるんだ? 風読家とは無関係なはずだが……」
「そういえば、ヤマノケの事件の時に皐月日さんを襲った人も、同じような見た目をしていたような……」
夜宵を襲った相手の事は彼女からきいていたが、姿までははっきりと想像できなかったため、同一人物と断定するには至らなかった。
「おお、ここにおったか」
一同が頭を悩ませていると、村長がやってきた。彼は済まなさそうな表情を浮かべ、頭を下げる。
「済まないが、これから復興で忙しくなるのでな。新たな騒ぎになる前に、叶ちゃんと祈を連れて村を出てほしい」
「今回の事件は僕たちにも非がありますし、残って復興を手伝いたいです」
爽介がそう言ったが、村長は微笑んで、
「きみたちに非はない。むしろ、助かったよ。きみたちがいない時に祈が事件を起こしたら、それこそ村が滅ぼされていたかもしれないからの」
と言った。
「……村長の言う通りだ。俺たちは、俺たちの役目を果たそう」
真中がそう言って、叶と祈に視線を向ける。
子供たちは逡巡していたが、やがて諦めたように頷き、頭を下げてから荷物を纏めるために宿に戻った。
* * *
「お世話になりました。そして、すみませんでした」
見送りもなしでは寂しいだろうという判断により、村長が見送りに来てくれた。
全員が頭を下げるなか、ひとりだけ荷物を持っていないほまれに小鳥が「村に残るの?」と訊ねると、
「本来の目的を済ませていないから」
という答えが返ってきた。
「そっか。元々友達に会いに来たんだっけ」
「ええ。小桜みなもっていう女の子に」
「……え」
思わぬ名前に、真中と村長を除く全員が驚きの表情を浮かべた。
「小桜みなもって……」
「村に住んでいた頃の友達よ。もう亡くなっているけど」
「亡くなってる? だって、菫を預けてきた人はそう名乗ってたのに……」
混乱する小鳥を見た紗由が、「その人って、金髪に青い眼の小柄な人じゃなかった?」とほまれに訊ねる。
「子供の頃だったから身長は小さいけれど、見た目は白髪に黒い眼の子よ。それがどうしたの?」
ほまれの言葉に同意するように、村長は頷く。
語られた見た目と、子供たちが脳裏に浮かべていた見た目は剥離していた。
イメージチェンジという可能性もある。しかしほまれは「もう亡くなっている」と口にした。ならば、偽名である可能性が高い。
だとしたら、菫を預けてきた女性は……
「……あの人、誰?」
微かな寒気を覚えながら、小鳥はそう呟いた。
と、その時、“HELLO WORLD”のメンバーの携帯端末が一斉に振動した。
来たのはメッセージアプリの通知で、送信者は和樹。冬天市にいるメンバーとは新幹線内やタクシーの車内、そして宿に到着した時に軽くやり取りしただけだったが、今回のメッセージはそれらの比にならないくらい緊迫感を纏っていた。
メッセージを読んだ者は信じられないといった表情を浮かべ、次いでそれを焦りに変える。
小鳥も端末を起動し、メッセージを読んで……思わず、震え声で呟いた。
「嘘……なんで、ほむ姉が……」
* * *
これで事件は終わりを迎えたが、その日の夜、特筆すべき出来事が狭霧村を襲った。
突如、闇の中から影のような何かが這い上がり、村人を襲い始めたのだ。
突然の事態に逃げ惑う村人たち。段のように抵抗する者もいたが、多勢に無勢だった。
香恋ほまれも巻き込まれた者のひとりだった。武器になるものは近くになく、ひたすら逃げる事しかできない。
村から出ようと思ったが、村の入口付近には影が固まっており、出られそうにない。
小鳥や奏たちは帰ってしまい、打つ手はない。心臓は早鐘のように高鳴り、走る足が止まったらもう動けそうにない。
しかし、無我夢中で走るうちに誰かにぶつかり、尻餅をついてしまった。ぶつかった相手は影ではなく女性で、薄らとしか見えないが、村では見た事のない顔だった。
「は、早く逃げて……」
震える躰でなんとか立ち上がろうとしたほまれを静止し、女性は影と対峙する。
「助かりたかったら目を閉じて」
そう言われたほまれは咄嗟に目を閉じる。
数秒後、「もう開けてもいいよ」と言われ、目を開けると、影は消え去っていた。
疑問は色々あったが、ほまれの口から飛び出したのは、こんな言葉だった。
「あなたは……」
その言葉に女性は振り向き、手を差し伸べてくる。震える腕を伸ばしてその手を掴むと、女性は一言、こう名乗った。
「日向美雪」
……その日、狭霧村から人が消えた。
残されたのは生活の残滓のみで、住民はまるで最初からいなかったかのように消えていた。
この出来事に関しては強い情報統制が敷かれたため、事件が公になるまでには時間がかかった。
この事件と、その直前に起きた御刀祈の事件は後に“狭霧村の惨劇”と呼ばれる事になるが、その真相を知るのは、事件に関わった者だけである。
“狭霧村の惨劇の章”はこれでおしまいです。
暫く休載したあと、次回から新章に入ります。