無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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今回から新章“異能狂騒の章”となります。


#53「犠牲のない世界」―異能狂騒の章―

 これから記述するのは、赤坂小鳥たちが狭霧村に向かったあとに冬天市で起こった出来事である。

 

   *   *   *

 

 楓が作り出したゲートをくぐり、小鳥たちが移動した、その一時間後。

 異能の酷使により倒れた楓には帆紫が付き添い、他の者は異能対に戻っていた。とはいえ何をするでもなく、ただ重い空気が立ち込めているだけだったのだが、とあるきっかけにより、その空気は破壊された。

 突如、ドアが蹴り開けられ、室内にいた者たちは反射的に立ち上がって身構える。

 室内に入ってきたのは長身の男だった。突然の闖入者に向けられた敵意を気にも留めず、吸っていたタバコの煙を吐き出して気だるげに言う。

 

「相変わらず辛気臭い面ばかりを揃えているな。見るのも嫌になる」

 

 開口一番に辛辣な言葉を吐いたその人物を見て、桜井が驚いたように口を開く。

 

「ば、万象博士……どうしてここに?」

「オレが来たら悪いか?」

「ああ、悪い」

 

 桜井が答えるより早く、亮一が答えた。その目は剣呑なひかりを湛えており、誰がどう見ても歓迎しているような雰囲気ではない。

 

「全く……オレだって来たくて来たわけじゃない。仕事で仕方なく来ただけだ」

 

 男の言葉をきいてもなお、亮一は敵意を収めようとしない。

 

「あの……この人は?」

 

 “HELLO WORLD”の中で唯一この場にいた和樹が近くにいた覚寺に訊ねると、彼は小声で、

 

「この方は幹ヶ谷万象博士。異能研の副所長だ」

 

 と教えてくれた。

 

「この人が異能研の副所長……」

 

 所長である神永とは何度も顔を合わせているが、副所長を見たのはこれが初めてだった。物珍しげな視線を向けていた事に気づいたのか、幹ヶ谷は和樹の方を向いて、「誰だお前は」ときいてくる。

 

「あ、俺は……」

「まあ誰だろうが構わん。大方、ハローワークとかいう組織の一員だろうしな」

「職業安定所とこの子たちを一緒にするな。双方に失礼だろうが」

「貴重な時間をいつ終わるとも知れない無駄に費やしている点で、どちらも同じだ」

 

 亮一の言葉をさらりと躱し、幹ヶ谷は本題に入る。

 

「で、木野とかいうガキはどこにいる」

「木野さんなら病院ですが、そもそもどういう目的でここに来たんですか?」

 

 覚寺が訊ねると、幹ヶ谷は「なんだ、霧ヶ峰からなにもきいていないのか」と呟いてから、自らの目的を明かした。

 

「おまえらのところで何人か模造品を必要としているヤツがいるときいて持ってきた。患者に試すまえに実験が必要だから被験者を探していたが、ちょうど死に損ないがいるときいてな。どこにいるのか知らないからここに来たという訳だ」

「模造品を持ってきたって、それはどういう……」

「口を開くなら必要な事だけを話せ。それができないなら黙っていろ」

 

 桜井の疑問を粉々に粉砕し、冷たい口調で言う幹ヶ谷。それに我慢できなかったのか、亮一が噛み付くように言う。

 

「それが人にものを頼む立場か! だいたい、なんで木野さんに模造品を使う必要がある!」

「きいた話によると、おまえらはいるかどうかも分からない異能力者に頼ろうとしているそうじゃないか。そんな無駄な事をする暇があったら木野とかいうガキを諦める方が手っ取り早いだろうに」

「テメェ、人の命をなんだと思って……!」

「……だが、そんな簡単な決断を下せないのが泊という甘ちゃんだからな。仕方がないから模造品を使ってとっとと回復させてやろうと言っているんだ。分かったならさっさと居場所を教えろ」

「待ってください。その模造品って……大丈夫なんですか?」

 

 ふたりの会話をきいていた和樹が口を挟むと、幹ヶ谷は彼をじろりと見て、

 

「誰だお前は」

 

 ときいた。

 

「俺は茨羽……」

「まあ誰だろうがどうでもいいがな。坊主、ひとつ覚えておけ。この世に絶対なんて事はありはしない。どんな事象においても、失敗は有り得る。ただ、やらないよりやったほうがマシというだけだ」

 

 幹ヶ谷の口調は真剣なものだった。

 和樹が黙ると、幹ヶ谷は覚寺の方に視線を向けて、「病院にいるとか言っていたな。今すぐ退院許可を取り付けてここに連れてこい」と言った。

 

「そんなこと、病院が許可するはずが……」

「どこの病院だ」

「陽ヶ鳴総合病院です」

「となると、院長は(ふく)(しま)だな。なら問題ない。とっとと行け」

 

 そう言った幹ヶ谷は携帯端末を取り出すと、どこかに電話を掛けた。

 

「……あぁ伏島、オレだ。分からないのか? 幹ヶ谷だ。……どこに行っていたか? そんな事はどうでもいい。いまからオレの部下がそっちに行くから、木野とかいうガキを退院させろ。……フルネーム? 知らん。とにかくやれ」

 

 そう言って通話を終えた幹ヶ谷は覚寺と桜井に歩み寄り、「なにぼさっとしてる。とっとと行け」と腕を掴んで部屋から追い出した。

 

「……ここはアンタが好き勝手やっていい場所じゃない」

 

 亮一が微かな怒気を滲ませながら言う。幹ヶ谷は鼻で笑ってそれを受け流し、「どうしてだ? 立場はオレの方が上だが」と亮一に顔を近づけた。

 

「そもそもおまえは甘すぎる。この世界を善くしたいというならある程度の犠牲は許容すべきだというのに、ひとりのガキの死を先送りにするために労力を使っている。きいた話によると、麻薬漬けにされたガキの死も先送りにしているそうじゃないか。そんな助からない者など見捨てて、生きているものに労力を消費するべきなのに」

「生きたいと願う事のなにが悪い! そう願うものを助けるのは無駄な労力なんかじゃない! 模造品だって、犠牲のない世界を生み出すための手段のひとつだろうに!」

「どうだかな。いずれ人類は死を超越するだろうが……犠牲のない世界なんて存在しない。人間が存在する限り、犠牲は生まれる。オレたちはそういう生き物なんだよ」

 

 そう言った幹ヶ谷は、じろりと亮一を睨んで、

 

「理想は行動を伴ってはじめて現実となり得る。力のない者は黙っていろ」

 

 そう言うと、パチンと指を鳴らす。

 とたんに、室内に無数の計器が着いた巨大な機械が出現した。簡素な寝台に接続された機械には心電図のような電極や、厳しいヘッドギアのようなものが取り付けられている。それを見た和樹は、随分前に見た特撮ヒーロー番組でこのような機械が出ていた事を思い出した。

 確か、その時は悪の怪人がヒーローを洗脳するために用いていたと記憶している。なんとなく嫌な予感がして、和樹は幹ヶ谷に「これは?」と尋ねた。

 

「見て分からないのか? 模造品を造り出す機械だ」

 

 幹ヶ谷はこちらを見ぬまま、短くそう答えた。

 

   *   *   *

 

 覚寺と桜井が陽ヶ鳴総合病院に行き、要件を伝えて待機していると、陽香と帆紫がやってきた。

 

「覚寺さんと桜井さん……どうしてここに?」

「幹ヶ谷博士が戻ってきて、木野さんに模造品を使うというので退院許可を取りにきた」

 

 覚寺の言葉に、陽香が「葉月さんに模造品を?」と怪訝な顔できく。

 桜井が事情を話すと、ふたりの表情が複雑なものに変わった。

 

「確かに、幹ヶ谷さんの言う事も分からなくはないけれど……」

「でも、葉月さんは天姫さんの帰りを待ってる。それを無理やり起こして、本当にいいのかな……」

「木野さんが目を覚ませば、怪異型の捜索に有用な情報が得られるとは思いますが……模造品を使った結果、どうなるか分からないのが不安ではありますね」

 

 桜井がそう言うと同時に、彼女の携帯端末が振動した。ディスプレイを見た桜井は渋い顔になり、困ったように覚寺を見る。

 

「早く連れてこいって、幹ヶ谷博士が……」

 

 ちょうどそのとき、ストレッチャーに乗せられた葉月が運ばれてきた。運んできた看護師たちは皆一様に怪訝そうな表情を浮かべていたが、桜井と覚寺は礼を言って搬送の準備に取り掛かる。

 

「そうだ。神永さんの容態は?」

 

 桜井が帆紫に尋ねると、彼女は少しばかりほっとした表情で「命に別条はありません」と答えた。

 

「ただ、まだ目を覚まさないので付き添っていようと思います」

「そうしてあげてください。では、失礼します」

 

 桜井は頭を下げると、覚寺と共に葉月を運んでいく。

 あとに残された陽香と帆紫は、同じ不安を抱いて顔を見合わせた。

 

「……私、お父さんに連絡してくる。多分この事は知らないと思うし」

「分かった。私は仕事に戻るけど、何かあったら呼んでね」

 

 短い会話を交わしたあと、陽香は廊下の向こうに消えていき、帆紫は外に出てから携帯端末を取り出す。

 そして、仕事中であろう茨羽巧未に電話を掛け、状況を知らせるのだった。

 

   *   *   *

 

 覚寺と桜井が異能研に戻ってきたときには、幹ヶ谷が既に準備を整えていた。

 

「戻ってきたか。そのままストレッチャーに寝かせたままにして離れろ」

 

 こちらを見ずに短く言う幹ヶ谷に軽くカチンときながらも、ふたりは言われた通りにする。

 すると幹ヶ谷は眠ったままの葉月を一瞥し、それから服をはだけさせて電極を取り付けていく。

 それが済むと指を鳴らし、どこからともなく模造品の素体を出現させた。素体は小柄なマネキン人形に酷似しており、そのまま寝台に崩れ落ちる。

 幹ヶ谷は素体にヘッドギアを取り付けると、「では、始める」と言って機械のスイッチを入れた。

 機械が振動を始め、計器の針が動く。

 そうしているうちに、素体に変化があった。のっぺらぼうだった顔に表情が生まれ、髪が生えてくる。それに合わせて躰も変化を始め、数分で幼い少女の躰になった。

 そのさまはかなりグロテスクだったので、桜井は口を手で覆っている。

 やがて少女の瞼が震えたタイミングで、幹ヶ谷が「ちょうどいい、追加実験をしよう」と呟いてポケットから注射器を取り出し、ストレッチャーに寝かされている葉月の首元に注射した。

 すると、葉月の躰がブルブルと震え始め、目を見開いて短い叫び声をあげた。

 その躰は自壊していき、ドロドロの液体となっていく。

 

「なにをしている!」

 

 亮一が怒鳴り、幹ヶ谷に掴みかかるが、彼はそれをひらりと躱し、「黙って見ていろ」と事も無げに言う。

 やがて葉月の躰は完全に崩れ、それと同時に少女が目を開けた。

 

「き、木野……さん?」

 

 桜井が恐る恐る訊ねると、少女は寝ぼけ眼のまま彼女を見て、

 

 

「お姉さん、だあれ?」

 

 

 キョトンとしたままそう答えた。

 桜井は「え」と声を上げ、少女を呆然と見る。

 その様子を見た幹ヶ谷は「失敗したか?」と呟き、それから何かを思いついたように少女の腕を掴む。

 

「え?」

 

 びっくりしたようにこちらを見る少女に幹ヶ谷は一言、

 

「おまえが木野とかいうガキだとしたら、それを証明してみせろ」

 

 そう言って、もう片方の手で取り出したボールペンを、躊躇いなく少女の右目に突き刺した。

 眼球が潰れると同時に、少女は絶叫する。

 それは部屋中に充満していき、場の空気を凍りつかせていった。

 

 

 

 

無題奇譚〜Juvenile tale〜

#53「犠牲のない世界」

 

 

「木野……さん」

 

 誰かが、呆然と呟いた。

 

 

#53 「犠牲が必要な世界」

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