無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#54「今際の予言」

 テメェなにしてんだと叫び、亮一が幹ヶ谷に殴り掛かる。

 それをひらりと躱した幹ヶ谷は、「短気なヤツめ、あれを見てみろ」と葉月の方を指さした。

 指の先、葉月は右目を抑えながらのたうち回っていたが、やがてその動きが収まっていき、傷が急速に回復していった。

 

「これは……」

 

 異能を発動して葉月を視た覚寺が目を瞠る。幹ヶ谷は頷き、「木野とかいうガキの異能だ」と言った。

 

「コイツの異能は、“ある時点で躰の成長が止まり、永遠に生き続ける異能”だ。そして異能にはその役割を果たすために“瀕死になった時、死なない程度に躰が再生する”機能も付与されている」

「じゃあ、あの時木野さんが死ななかったのは……」

「異能によるものだ」

 

 幹ヶ谷以外の脳裏には、葉月が父親に襲われ、重傷を負ったときの光景が浮かんでいた。

 

「記憶を喪失しているようなので失敗かと思ったが、異能は機能していたようだな。ひとまず成功だと考えてもいいだろう」

 

 そう言った幹ヶ谷は、覚寺と桜井に「なにをしている。とっととそのガキを救護室に連れて行け」と命令する。

 ふたりは我に帰った様子でストレッチャーを押し、葉月を救護室に運んでいった。

 

「今回は有用なデータが取れた。こんなことならもっと素体を持ってくればよかったな」

 

 そう呟いた幹ヶ谷は、「近いうちにまた来る。その時は地下で寝ているガキ共を叩き起すからそのつもりでいろ」と亮一に行って部屋を出ようとする。

 亮一は呼び止めようとしたが──それより早く幹ヶ谷を止めたのは、天井のスピーカーから流れたアナウンスだった。

 

『冬天市松ヶ崎町で事件発生。場所は喫茶はるかぜ。店内で異能が暴発し、死傷者多数との情報あり。異能対は直ちに出動し鎮圧に当たれ。繰り返す──』

 

 幹ヶ谷は天井を見上げ、「喫茶はるかぜだと?」と呟く。その目は剣呑なひかりを湛えていた。

 

「あそこになにかあるのか」

「……いや、なにも。それより仕事だろう。さっさと出動しろ」

「言われなくてもそのつもりだ。真中……はいないんだっけか……お、ふたりとも戻ってきた。この場に残っている異能対は全員出動。人員が足りないから、他部署の職員も何人か連れて動け」

『了解』

 

 アナウンスをきいて慌てて戻ってきたらしいふたりは頷くと、再び部屋を出ていく。亮一は和樹に視線を映すと、「“HELLO WORLD”はここで待機していて、いざとなった時に動けるようにしておいてほしい。済まないけど、帆紫さんを呼び戻しておいてくれるかな」と言った。

 

「分かりました」

 

 和樹が頷くと、亮一は部屋を飛び出していく。あとに残った幹ヶ谷はタバコに火をつけると、不機嫌そうに腕を組んで目を瞑った。

 和樹は帆紫に電話を掛けながら、フレデリカにも協力を要請してみよう、と思った。

 

   *   *   *

 

 ──三十分ほどまえ、喫茶はるかぜ

 

 幹ヶ谷暁音(あきね)が店内に入ると、久しぶりに見た姿が「いらっしゃいませ」と丁寧に言った。ややあって、入ってきた客が自らの家族だと気づくと、その顔が嬉しそうに綻ぶ。

 

「暁音! 久しぶりね」

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

 店員──歌先姫名に勧められるままにカウンター席に座り、コーヒーを注文する。店内は混んでおり、従業員が忙しそうに動き回っていた。

 そんな中でも、姫名は時間を見つけて話しかけてきた。妹が来たのが嬉しくてしょうがないのだろう。

 

「暁音が来ているってことは、お父さんもこっちに来てるの?」

「うん。って言っても、お父さんはすぐに異能研に行っちゃったけれど」

「相変わらずみたいね」

 

 暁音の言葉をきいて、姫名が苦笑する。

 暁音と姫名の父親──幹ヶ谷万象は、基本的に人の話をきかない男だ。昨日までは京都にいたのだが、夜になって急に「これから異能研に戻る」と言い出し、暁音を仰天させた。

 幸い、学校が夏休みだったので暁音もついていく事にした。離れて暮らす家族に会いたかったというのが大きいが、暁音は幹ヶ谷の研究助手という立場でもあるので、何も言わなくても幹ヶ谷は暁音を連れて行っただろう。

 そして冬天市に着いた途端、「異能研にはオレひとりで行く。おまえは姫名と柘榴の様子を見て来い」と言って姿を消してしまった。口にこそ出さなかったが、暁音が家族に会いたいという事が分かっていたから、わざとこんな事を口にしたのだと暁音は思っている。なので逆らう事なく、ふたりが働いている喫茶はるかぜに向かったというわけだ。

 

「相変わらず世界中を飛び回っているの?」

「うん。といっても、私は学校があるから長期休みの時について行くだけだけどね」

 

 昨日は京都の蓮見市にいたよ、と言うと姫名は「それで昨日冬天市に行くぞって言われた訳? ほんとお父さんは……」と呆れた表情を浮かべた。

 

「でも、元気そうでよかった」

「お姉ちゃんもね。オーディションで東京に来るとはきいていたけど、その前に会えてよかった」

「もうすぐだからね。今は最終調整中」

 

 姫名は自信があるようで、ウインクをしながらそう言った。

 

「……っと、そろそろ持ち場に戻らないと。柘榴さんももうすぐ戻ってくるはずだから、会えると思うよ」

 

 その名前をきいただけで顔が赤くなるのが分かる。姫名は妹の様子に満足そうな表情を浮かべると、ひらひらと手を振って持ち場に戻っていった。

 残された暁音は、どきどきしながらも出されたコーヒーを飲む。と、裏口が開いてこれまた見慣れた男が入ってきた。

 後ろで結われた赤紫の髪に、紅い瞳。幹ヶ谷柘榴は買ってきたものを冷蔵庫に入れてからカウンターの方を見て、暁音の姿を認めるとこちらに近づいてきた。

 

「暁音さん、お久しぶりです」

「え、あ、柘榴さん……お久しぶり、です」

 

 姫名とは普通に話せていたのに、柘榴が相手になると途端に緊張してしまう。

 整った顔立ちに、柔らかい物腰。誰がどう見ても暁音が柘榴に惚れているのは明らかだったが、当の暁音はまだそれを自覚するには至っていなかった。ちなみに、姫名はバッチリ気付いていたりするのだが。

 

「お元気そうでよかった。万象博士と一緒に来たのですか?」

「はい。お父さんがこっちに用事があるみたいで……」

 

 もじもじしながら話す姫名に、柘榴は優しい眼差しを向けてくる。

 柘榴はある日突然幹ヶ谷に連れられてきた。そのあとすぐに冬天市に向かったため、会う機会は少なかったが、これまでに見たことのないタイプの男性だったため、暁音は強く惹かれた。

 口は動くが、頭の中は混乱している。自分がどんな言葉を話しているのかさえ分からない。

 だからだろうか──自分の隣にその少年が座っても、暁音は気づかなかった。

 ぼさぼさで汚れた髪に、生気のない瞳の少年。彼はカウンターに座ると、じっと柘榴を見た。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 視線に気付いた柘榴が声をかける。

 少年は一言呟いた。

 

「かのそぅ」

「え?」

「けけな、かのそ」

 

 少年は無表情で立ち上がり、暁音に向けて右手を突き出した。

 

「けろるたゅう。のおあすゆ“えくすぷろーじょん”」

 

 最後の言葉だけが、はっきりと聞き取れた。

 柘榴が目を見開き、「伏せろ!」と叫ぶ。

 声を出す暇もなく、衝撃と轟音があって。

 視界が白くなり、なにもわからなくなった。

 

   *   *   *

 

 どのくらい気を失っていただろう。

 数秒か、数分か、あるいは数時間か。

 暁音は目を開け、躰の痛みに顔を顰めながらゆっくりと身を起こした。

 先程まで多くの客がいたはずの喫茶店は、見るも無惨な状態になっていた。

 天井は吹き飛び、青空が見える。冷房のきいた部屋にいたことで忘れていた夏の暑さを思い出し、暁音は目眩にも似た感覚を覚えた。

 落ち着いた雰囲気だった店内は瓦礫と煙に包まれ、人があちこちに倒れている。煙が目にしみて痛かったが、暁音はよろよろと歩いていき、その先で見つけたものに驚いて掠れた声を絞り出した。

 

「おねえちゃ……」

 

 目の前に倒れているのは、姫名だった。

 割れたガラスがあちこちに突き刺さり、針を刺したクッションを連想させる姿となっている。目にもガラスが突き刺さり、暁音の姿は見えていないようだったが、声はきこえるようで、潰れた喉で「あきね……」と小さな声を出した。

 

「しっかりしてお姉ちゃん! いま救急車を──」

「………ね」

「え?」

「もんがひらいて……しがあふれだす……」

 

 姫名が途切れ途切れに発する声は、酷く歪で掠れたメロディだった。

 彼女は、歌を歌おうとしていたのだ。

 

「やくさいのなかでほしがかがやいて……あきらめずにたちむかう……だけどあなたはもういなくて……めざめたあとにはなみだだけ……」

 

 喘鳴。

 そこまで歌うと、姫名は動かなくなった。

 つい先程まで、妹との再会を喜んでいた。

 その時の笑顔が、色を失っていく。

 暁音は涙も零せず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

   *   *   *

 

 携帯端末の振動に、フレデリカ・リンドヴルムは作業の手を止め、通話ボタンをタップした。

 

「はい、フレデリカです」

『フレデリカさん? 茨羽です』

「和樹様、どうされましたか?」

 

 電話を掛けてきたのは茨羽和樹だった。彼は緊張が伝わる声で、「緊急事態です」と事情を説明する。

 

『冬天と陽ヶ鳴で事件が発生しました。異能が暴発して死傷者多数って話で、俺たちはひとまず待機だそうです。それで、その……』

 

 和樹は言いにくそうに口ごもってから、数秒の静寂を経てこう言った。

 

『他のヤツらに連絡しようとしたんですが、姉さんと連絡が取れないんです。陽ヶ鳴総合病院にいたはずで、そこは対象になってないはずなんですが──』

 

 言い終わる前に、電話の向こうでアナウンスの音。

 和樹が息を飲む気配がして、次いで怒りと焦りに満ちた言葉が吐き出された。

 

「陽ヶ鳴総合病院で爆発……すいませんフレデリカさん、あとで掛け直します!」

 

 電話が切れ、フレデリカは冷たい目で自分の前にあるものを見下ろす。

 それは人間だった。つい先程、異能を暴発させて教会を襲おうとした少年少女たちだ。

 彼ら彼女らの目は虚ろで、口からは意味のない言葉が吐き出されている。

 この状態では情報を聞き出す事もままならないだろう──そう思ったフレデリカは、朝倉美幸に電話を掛けた。

 

「フレデリカです……はい、そのことでひとつお願いしたいのですが……はい、場所は教会です………ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 短い通話を終えると、フレデリカは後ろを振り返る。

 ステンドグラスと、主の像が視界に映る!祈りを捧げるように手を組み、内に秘めた決意を言葉に乗せた。

 

「“務め”を、果たして参ります」

 

 フレデリカは身を翻し、教会を出ていく。

 あとには、正気を失った哀れな子羊たちが残された。

 

 

 

 

 

 冬天市と陽ヶ鳴市で起こった事件はテロとして認識され、異能対が捜査を開始した。

 事件を起こしたのはいずれも少年少女で、成人はひとりもいなかった。

 そして調査を進めていくと、彼らの体内からとあるものが見つかった。

 それは、薬。

 “Hello World”と呼ばれている、新種の麻薬だった。

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