無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

157 / 182
#58「狂騒未だ止まず」

 事件発生から二十四時間が経過する間に、事態は大きく動いていた。

 先に記述したように、事態を起こしたのはいずれも年若い少年少女。爆破テロということもあり、身柄の確保は困難を極めた。

 しかし、異能対の尽力により、なんとかひとりだけ身柄を確保することに成功した。

 確保されたのはまだ幼い少女で、虚ろな目で譫言を呟いている。明らかに正気ではなく、精神操作系の異能や薬物の使用が疑われた。

 異能研にはたまたま副所長──幹ヶ谷万象が来ていたため、すぐに研究チームが組まれた。興味深いものが運ばれてきた幹ヶ谷は生き生きとし始め、研究チームを振り回しながら二時間ほどで調査報告書を提出した。

 報告書に書かれていたのは三つの事実。ひとつめは、この少女が模造品だという事。ふたつめは、新型の麻薬──“Hello World”を投与されているという事。そして三つ目は、ある実験の成果についてだった。

 サンプルとして確保した少女が模造品だったのだから、他の犯人も模造品だろうという結論に達するのは容易い事だった。闇バイトかなにかで雇われた人間もいるかもしれないという意見も出たが、警察と協力して調べたところ、そのような事実はないという事が発覚した。

 “Hello World”については、なぜ複数人が同じ異能を使っているのかという疑問が浮上した。これについては苛内が改良を加えたというのが正解で、会議でもほぼ同様の意見が出た。

 問題となったのは、三つ目の事項についてだった。それをきいた異能研上層部は皆一様に青ざめ、すぐに異能省に連絡を入れた。

 異能省の長官──霧ヶ峰勘助はこれを重く捉え、すぐに三つの指示を飛ばしてきた。

 ひとつは、テロへの対応について。未だテロは止まらず、公共施設だけでなく個人の家にまで被害が及んでいる。以前の変死事件を筆頭として、人が死にやすい街ではあるものの、今回ばかりは尋常ではない被害が出る可能性がある。そのため霧ヶ峰は市民の避難を指示し、近隣の街や村に協力を要請、それまでの一時避難場所として、被害を免れている市内外の教育機関などを解放した。

 また、警察組織や自衛隊などの組織にも協力を要請し、テロの収束に全力を注いだ。

 二つ目は、“Hello World”の回収及び販売組織の撲滅。これは異能研と協力して行うこととなり、異能研にあって戦力となり得る者は全員出動する事となった。

 そして三つ目は──この事態を引き起こした風読家及び苛内植の抹殺。これは異能対及びその協力組織に勅命が下された。

 “HELLO WORLD”については、メンバーの一部が狭霧村に行っているということもあり、風読家襲撃からは外された。その代わり遊撃を担当することになり、動けるメンバーは全員駆り出された。

 といっても、動ける人員は普段の半分以下となっており、そこが問題となっていた。

 異能対で動けるのは、覚寺我路と桜井恵。

 協力組織で動けるのは、朝倉夜月と朝倉美幸。

 “HELLO WORLD”で動けるのは、茨羽和樹、フレデリカ・リンドヴルム、菫。

 爆発に巻き込まれた朝倉亜美、神永楓は重傷を負って生死の境をさまよっており、茨羽陽香や茨羽帆紫、茨羽巧未は行方不明となっている。泊亮一と無銘は各々の理由で廃人寸前となっており、動ける状況ではない。

 ほかにも姐御や神永、鬱櫛鎺や易蟻萌々子、幹ヶ谷柘榴などが動いていたものの、“HELLO WORLD”の中核メンバーや異能対のサポート役──真中真生が不在である状況下では全員が苦戦を強いられており、状況は芳しいとはいえなかった。

 しかしそんな中でも、自分の役目を果たそうとする者は存在していた。

 

   *   *   *

 

「できたぞ。簡単なものだが食ってくれ!」

 

 事件発生から二十七時間後。

 時刻は十四時半。市内に所在する小学校の体育館での事。

 多くの人々が避難している中で、六場緑郎をはじめとした“料理屋 霧風”の連中は炊き出しを行っていた。

 店は襲撃に遭って半壊状態。命からがら逃げ出してきた六場たちは各地の避難所に散らばり、自衛隊が持ってきた食料を用いて飢えを満たそうとしていた。

 

「店長、この街どうなるんすかね」

 

 出来上がった味噌汁を配布している六場に、ひとりの店員──五火がきいてきた。六場は手を止めないまま「さあな」と短く答える。

 

「俺たちにできる事は、人々の飢えを満たす事くらいだ。あとは……疲れた英雄を労ってやる事くらいだな」

 

 六場の視線の先には、校庭を突っ切ってこちらに歩いてくる少年の姿があった。視力があまりよくない五火が目を細め、やっとその姿を視認したのか「茨羽のとこの……和樹か?」と声を上げる。

 

「アンタたちも無事だったのか。いい匂いがするけどなに作ってたんだ?」

「味噌汁。おまえも飲め」

 

 六場は短く答えると、鍋から味噌汁を掬い、椀に注いで和樹に渡す。

 

「助かる。汗かいてるし、塩分補給したかったからちょうどよかった」

 

 和樹は椀を受け取ると、手近にあるパイプ椅子に座って味噌汁を飲み始める。その様子を見た五火が「外はどんな感じだ?」ときいた。

 

「まだ危険な状態だよ。っていっても、建物への被害はほとんどなくなったかな。アイツら俺たちを見つけると追いかけてくるから」

 

 NPCを相手にしている気分だ──そう和樹は言って、はぁと溜息をついた。

 

「茨羽には連絡ついたのか?」

「いや、まだだ。母さんと姉さんにも連絡が取れないし、心配だけど……手掛かりがなにもないんじゃ探しようがない」

 

 和樹の口調には苛立ちと悔しさが滲んでいる。それでも味噌汁をぐいと飲み干し、パイプ椅子から立ち上がって軽く躰を解すと、すぐに臨戦態勢をとった。

 

「ご馳走様。俺はまた外に出るけど、もう少ししたらフレデリカさんと幹ヶ谷さんが来ると思う」

「分かった。おまえも一日近く動いてるだろうから、あまり無理はするなよ」

 

 ああ、と和樹は頷いて、体育館を飛び出していく。

 それを見送ったふたりは、やがて来るであろう防人たちのために、軽食を用意する事にして動き出したのだった。

 

   *   *   *

 

 それから一時間後、冬天市内。

 フレデリカ・リンドヴルムは市内を駆け回り、模造品を次々に排除していた。

 重力操作の能力を用いた格闘で、相手に異能を使わせる隙を与えずに倒す──それをひたすら繰り返す。その性質上、多数の相手との交戦には向かないため、地形を上手く利用しながら立ち回っていた。

 季節は夏。外にいるだけでも汗が吹き出してくる時期だが、フレデリカは汗ひとつかかずに動いていた。

 既にかなりの数を倒したが、全滅する気配はない。模造品が使うのは爆破の異能のみなので、動きはある程度把握しているが、それでも危険である事には変わりない。

 加えて、敵はそれだけではなかった。

 

「……!」

 

 ひとりの模造品──高校生くらいの男子を路地裏に誘導して始末しようとした時、脚に違和感を覚えた。

 見ると、左脚に鎖が巻きついている。反応する暇もなく、更に複数の鎖が伸びてきて、腕と右脚、腹部に巻き付いてきた。

 そのまま強い力で吊り上げられ、磔の形で拘束される。抜け出そうにも締め付けが強く、ままならない。

 フレデリカを拘束したのはひとりの女だった。緑色の長い髪に、灰色の眼。目の前にいる模造品のようにひかりを失った目をしているが、纏う雰囲気はこちらの方が冷たく、禍々しい。

 鎖は異能によるもののようだった。模造品か、新手の異能力者か──いずれにせよ、窮地に立たされた事は間違いない。

 

「捕らえました。排除を」

 

 女が短く言うと、少年が進み出て右手を翳す。

 掌にひかりが収束していき、エネルギーが圧縮されていく。

 異能を発動しようとしたが、その前に鎖が首と胸に巻き付き、容赦なく締め付けてきた。

 空気が吐き出され、体内で骨が折れる。思わず出かけた苦痛の喘ぎは、吐血を伴ってマスクを汚す。

 エネルギーが解き放たれ、そして──

 

「……?」

 

 少年が首を傾げる。

 彼の右目に、一振りのナイフが刺さっていた。

 

「間一髪でしたね」

 

 フレデリカの背後──出口の方から涼しい声。その場にいた全員の視線を受けながら歩いてきたのは、幹ヶ谷柘榴だった。

 

「フレデリカさんを放してください」

 

 鋭い視線を向けられた女は動じる事なく、少年に「彼も始末してください」と命じる。

 しかし、少年は首を傾げるばかり。その様子を見た柘榴は「無駄ですよ」と女に言う。

 

「私の異能で“視る”機能を封じました。彼の視界は暗闇に閉ざされているはずです」

 

 暗闇の中では、人の認知は狂う。

 それは模造品とて例外ではない。異能を発動する事自体は容易だろうが、事態を把握するまでに少しばかりのタイムラグが生じる。

 そして、その僅かな隙を見逃さず、柘榴は拳銃で模造品の額を撃ち抜いた。

 右目を貫かれて血塗れになっていた顔に、新たな穴が開けられる。脳漿が飛び散り、模造品はゆっくりと崩れ落ちていった。

 

「なるほど。確かに有効な手段です。しかし、」

 

 女は右手を突き出し、握り締める。

 同時に鎖の締め付けが強くなり、フレデリカは呻き声をあげた。

 

「彼女の命はこちらが握っています。そちらが不利なのは変わらない」

 

 女の言葉に対して、柘榴は冷静に、

 

「……本当にそうでしょうか?」

 

 そう返した。

 

「なに……」

 

 瞬間、女の背後から殺気。

 長い黒髪を踊らせたスーツの女。その手には先程の少年のものより強い、エネルギーの収束が。

 

資格取得者(プロフェッショナル)──“登録番号(コードネーム):888(:ファイナルマスカレード)”」

 

 エネルギーは光線となって女に向かっていく。

 それを回避した際に異能が解除され、フレデリカは地面に落下して激しく咳き込んだ。

 

「異能対……」

 

 女は襲撃者を見据えて呟く。

 対して、襲撃者──桜井恵はフレデリカを庇うように立ち、拳銃を構えた。

 

「形勢逆転です。どうしますか?」

 

 柘榴が問うと、女は「なるほど、分が悪いようですね。ここは撤退します」と言って、手を翳す。

 瞬間、地面から幾本もの鎖が伸びてきて、壁となって女との間を遮った。

 そしてそれが消えた時、女の姿はどこにもなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 桜井がフレデリカにきくと、フレデリカは「大丈夫です……ありがとうございます」と頷いた。

 

「少し休んだ方がいい。近くの小学校に六場さんたちが避難していると和樹くんが言っていたので、そこに向かいましょう」

 

 柘榴はそう言うと、携帯端末を取り出してどこかに電話を掛け始める。話の内容からして、相手は美幸のようだった。フレデリカを治療してもらうよう頼んでいるようだ。

 フレデリカも回復の異能は使えるが、美幸の異能の方が遥かに強力だ。正直、動くのもしんどい状況だったので、とてもありがたかった。

 

「美幸さんも来てくれるそうです。とりあえず移動しましょう」

 

 柘榴はそう言うと、フレデリカに肩を貸す。

 次いで桜井もフレデリカを支え、歩き始めた。

 

「……桜井さん、泊さんは……大丈夫なのですか?」

 

 移動中、フレデリカが掠れ声できくと、桜井は表情を曇らせて、

 

「一命は取り留めました。ですが……目を覚まさないんです」

 

 “喫茶はるかぜ”の救助活動のあと、亮一はすぐに異能研に運ばれ、治療を受けた。

 なんとか一命を取り留めたものの、異能を完全に喪失しており、なにかを拒絶するように眠り続けているのだという。桜井は彼の傍についていたが、“探知”の異能でフレデリカの危機を知り、救助に向かったとの事だった。

 

「そうですか……」

 

 亮一になにがあったのかは分からない。

 だが、重要な戦力がなくなったのは事実だ。

 いまはまだなんとか防衛できているが、いずれこちらが押し負ける。

 その時、この街はどうなるのか──フレデリカの胸中には不安が滲んでいたが、いまはただ、躰を癒す事しかできなかった。

 

   *   *   *

 

 夏真っ盛りな今の時期は日が長いため、十八時を過ぎても明るい。

 しかし風読家はその限りではなく、屋敷の中はひっそりと静まり返っている。

 特に苛内が研究室としている部屋は外の気配とは無縁で、光源といえば壁一面に広がるモニターくらいのものだった。

 苛内がここに閉じこもってから一日以上が経過している。そろそろ様子を見ようと思い、風読夜見は研究室に向かった。

 自分が欲しかったものが届いたため、ずっとそれと共にいたいという気持ちはある。だが、苛内の研究も気になっており、後者を選んだというわけだった。

 ノックをしてから室内に入る。鍵は掛かっておらず、ドアはあっさり開いた。

 薄暗い部屋。モニターがひかりを放ち、機械の駆動音がきこえる。そして、デスクには研究を進める苛内の姿が……なかった。

 

「苛内さん?」

 

 室内には誰もいないようだった。てっきりここにいるものと思っていたが、それならばどこに行ったのだろう。

 デスクの上に紙切れがあったので、そちらに近づいて見てみる。紙切れには汚い字でこう書いてあった。

 

 ──実験は順調。しばらく機械任せにするから少し出る。

 

 苛内がメッセージを残す事などまずなかったので、それに対しても驚いたが──“世界の外側”を引き寄せる事は、彼にとっても重要な事なのだろう。

 ここにいる理由もなくなったので、風読は踵を返し、その足で地下牢に向かう。

 空気は刺すように冷えている。風読は奥の牢まで歩くと、中にいるものを見て歪んだ笑みを浮かべた。

 

「やぁ、調子はどうかな? といっても、もうきこえていないか」

 

 牢にいたのは、ひとりの少女。

 鎖で拘束され、目隠しをされている。なによりその躰には無数のナイフが突き刺さっていて、生きているのが不思議なくらいだった。

 

「もうすぐキミのお父さんが来るはずだ。そのときになったら殺してあげるから、まだ死んじゃダメだよ」

 

 言って、風読は取り出したナイフを投げる。

 それは少女の躰に突き刺さり、苦痛と悲鳴を生み出した。

 

「いい声だ、楽しませてくれよ? 帆紫ちゃん」

 

 地下牢には防音を施しているため、悲鳴は地上には届かない。

 だからこの余興は、誰にも知られる事なく、しかし着実に、風読の嗜虐心を満たしていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。