無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#60「群青色の続き」―異能狂騒の章 終幕―

 二十三時。

 夜が深まり、あともう少しで日付が変わるというところで、赤坂小鳥をはじめとしたメンバーが狭霧村から戻ってきた。

 公共交通機関は麻痺していたが、真中が異能省に連絡を取ったところ、霧ヶ峰の計らいで迎えが手配され、無事に戻る事ができた。

 最も、厳密に言えば無事とは言い難い。狭霧村で起きた事件により、メンバーは疲労困憊していたし、御剣叶と御刀祈は重傷を負っている。到着してすぐに異能研が作戦本部としているビルに連れていかれ、待機していた美幸によって治療が施された。

 狭霧村で起きた事と、現在この街で起きている事についての情報交換が済むと、小鳥が真剣な表情でこう言った。

 

「事情はわかった。それで、お父さんは……」

「リンフォンを破壊したあと、眠り続けている。ずっとあんな作業をしてたんだ。正気を保っていた事が奇跡みたいなものだろうよ」

 

 夜月がそう言って、疲れたように天を仰ぐ。無銘に対して、思う事が色々あるのだろう。

 

「となると、動けないのは和樹と鮮真先輩以外の茨羽家と、無銘さん、亜美さんと楓さん。泊さん……という事ですね」

 

 爽介が整理すると、覚寺が頷く。亮一がいない今、彼が異能対を仕切っていた。

 

「美幸さんでも、人の意識までは戻せない。回復からの戦線復帰は考えない方がいいでしょうね」

「でも、この人数で街を護るのにも限度があるんじゃ……」

 

 紗由が言うと、覚寺は彼女を見て、

 

「だからこそ、元を叩く……風読家に乗り込み、場合によっては潰します」

 

 淡々とそう言った。

 

「決行は朝の五時。最小限のメンバーで乗り込みます。風読家当主の性格からして、行方不明になった陽香さんは彼処にいる可能性が高いし、どのみちやるなら早いうちに片をつけた方がいい」

「じゃあもしかして、帆紫と巧未さんも……」

「その可能性はあるでしょうね」

 

 覚寺の即答に、翔一は拳を握りしめる。

 

「俺は風読家に向かいます」

「俺もだ。止められようが行く」

 

 翔一に続き、和樹も決意の篭もった声で言う。

 

「あたしも行く。行って、ほむ姉たちを助け出す」

「俺も行こう。子供だけに任せておけない」

 

 小鳥と夜月が声をあげ、メンバーは決まった。

 

「でも、四人だけで大丈夫なの?」

 

 紗由がきくと、夜月が「むしろこっちは少ない方がいい」と言った。

 

「減ってきているとはいえ、まだ敵の数は多い。防衛に数を割いて、風読家には最小限の人数で向かった方がいい」

 

 それに、恐らく茨羽も向かっているはずだ──夜月はそう言って、紗由の頭を撫でた。

 

「だからなんとかなるさ、というかなんとかする。だから心配すんな」

「……うん」

 

 紗由はそれでも不安そうに父の躰に身を寄せる。

 丸くなったなぁ夜月と真中がからかうように言って、うるせぇよと夜月が答えた事により、場の空気が少しだけ解れた。

 

「ひとまず、疲れている者もいると思うので四時十五分までは交代で街を回りましょう。交代の時は端末に連絡を入れます。まずはオレと……桜井さんで回ろうと思うのですが、大丈夫ですか?」

「もちろん」

 

 頷いた桜井を見ると、覚寺は解散を指示する。

 それを切っ掛けに各人があちこちに散らばっていき、残されたのはその場で爆睡した真中、準備を整える覚寺と桜井、そして小鳥だけとなった。

 

「あの、恵さん。美桜姉とよいちゃんってどこにいるのか知ってますか?」

 

 椅子から立ち上がった小鳥が桜井に訊ねると、彼女は「背月さんと夜宵ちゃんですか……」と呟いて、携帯端末を操作し始めた。

 あちこちに電話を掛けた後、「背月さんは避難所にはいないみたいです。パトロールをしている時にそれらしき人はいなかったので、もしかしたら街を出ているのかもしれませんが……」と緩く首を振る。

 

「そうですか……電話もメッセージも入れたけど、なかなか繋がらなくて……無事だといいけど」

 

 小鳥は不安そうな顔になる。

 それを見た覚寺が「皐月日さんならここの地下にいる」と声を掛けた。

 

「地下なんてあるの?」

「ああ。体調は優れないようだが、ひとまず無事だ」

「そっか……」

 

 小鳥は胸を撫で下ろす。

 それから「ありがとう、あたし、よいちゃんのところに行ってくるね」と言って部屋を出ていった。 

 残された覚寺と桜井は、準備を済ませると深夜の街へと飛び出していくのだった。

 

   *   *   *

 

 見つけた階段で降りていき、しばらく歩くと左にドアが見えた。

 開けると、殺風景な室内が視界に入った。元は物置かなにかだったのだろうその部屋は綺麗に片付けられ、ベッドとサイドテーブルがあるだけだった。

 そしてベッドにはひとりの少女が横たわっていて、小鳥が入ってきたのを見ると「あ……こっちゃん……」と身を起こした。

 

「ただいま。体調は大丈夫?」

「……あんまり寝れてないけど、だいぶ楽にはなったかな」

 

 少女──皐月日夜宵はゆっくりした口調でそう言った。以前と比べると少し痩せたようだったが、血色も良くなってきており、回復してきている事が見て取れる。

 

「こっちゃんは……たしか、狭霧村に行っていたんだよね」

「うん。いなくなった叶を探しに行ってきた」

 

 小鳥は狭霧村で起きた出来事を話す。

 それをきいているうちに、夜宵の表情がぼんやりしたものに変わっていき、話が終わるとこう呟いた。

 

「わたし……その村、知ってる」

「えっ?」

「昔住んでた……だけどいつの間にか引っ越していて……そうだ、その時、わたしは()()──」

 

 譫言のように呟く最中、うっと短い声を上げ、頭を抑えて躰を折る。

 小鳥が慌てて背中をさすると、次第に落ち着いてきたのか、「大丈夫……ありがとう……」とゆっくりした口調で言った。

 

「一瞬、なにか思い出しかけたんだけど……」

「無理しない方がいいよ。無理に思い出して、よいちゃんが壊れちゃったなら元も子もないよ」

 

 小鳥が言うと、夜宵はこくんと頷いて、ベッドに身を横たえる。

 その様子を見てひとまずは大丈夫そうだと判断した小鳥は、自分たちがこれからやる事について夜宵に話した。

 

「……風読家に行くんだね」

「うん。行って、ほむ姉たちを助けてくる」

 

 よいちゃんはゆっくり休んでいてねと言うと、夜宵は「こんな事にならなければ、わたしも手伝えたかもしれないのに……ごめん」と悔やむように言った。

 それから思いついたように、サイドテーブルの上に置かれていた拳銃──“リコリス”を掴むと、それを小鳥に差し出した。

 

「よければこれ、持って行って。手入れは桜井さんがやってくれたから使えると思う」

「えっ……でもそれだとよいちゃんが……」

「わたしは大丈夫。こっちゃんが使えないと思ったら、紗由ちゃんとか、使える人に渡して。わたしにできるのは、このくらいだから」

 

 街は未だ渦中にあり、この場所とて安全とは限らない。

 それでも夜宵の決意は固く、折れる気配はない。目を見て、それが伝わってきた。

 だから小鳥は頷き、拳銃を手に取った。

 

「分かった、借りてくね」

 

 それから思いついたように、

 

「そうだよいちゃん。この戦いが終わったらどこか行こうよ」

 

 笑顔でそう提案した。

 

「それ、フラグになっちゃうやつじゃ……」

「約束は大事だよ。ご褒美があるからテストも頑張れるでしょ?」

「そんなものかなぁ……」

「そんなものだよ」

 

 小鳥の言葉をきいた夜宵は、視線を下げてうーんと悩み始める。

 しかしすぐに思いついたらしく、顔を上げてこう言った。

 

「じゃあ、一緒に海に行きたいな」

「海?」

「うん、みんなで一緒に。海なんて見た事なかったし、みんなで行ってみたいなって」

 

 確かに、と小鳥も思う。

 この県には海がないし、いままでの人生の中で、友達と海に行った記憶もなかった。

 遠出にはなるが、狭霧村に行った時よりは近いだろうし、とても楽しいものになるに違いない。

 だから、小鳥は笑顔で頷いた。

 

「いいねそれ! じゃあ、全部終わったらみんなで海に行こう!」

 

 小鳥が差し出した小指に、夜宵が自らの小指を絡める。

 指切りげんまん。そしてそれが終わったあと、夜宵は目を細め、僅かに上気した表情で囁くように言った。

 

 

 ──約束、だよ。




“異能狂騒の章”はこれでおしまいです。
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