無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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今回から、ヒロインのひとりであるイアに焦点…は当たらないかもしれないけど、イアと夜桜を中心とした話になります。


#16「スカイ・ハイ」―イア・ループの章― 

 或る夏の日だった。

 酷く暑い日だった事は良く覚えている。

 その日、和奏心春(わかなこはる)は高い場所に居た。

 雲を超えて、高い(そら)へ高度を上げていく。窓から映る景色は雄大で、幼い自分は興奮していた。

 隣には大好きな両親が居て、にこにこと微笑んでいる。

 とても、幸せだった。

 

 幸せだったのだ。

 

 だけど…。

 

 

 気付いたら、落ちていた。

 天は足元に。

 自分は重力に引かれて。

 傍には、動かなくなった両親が。

 心春は泣き叫んだ。

 訳も分からず、全てを呪った。

 スピードは更に上がる。

 おちて。

 落ちて。

 墜ちて。

 意識がぼんやりとして。

 身体が酷く痛くて。

 不条理に殺される事を怨みながら。

 

 …心春の意識は、そこで途絶えた。

 

   *   *   *

 

 その出来事は、静かに始まった。

 朝七時、通勤ラッシュの中で或る会社員が地面に倒れている男を見つけた。

 男の手足は有り得ない方向に折れ曲がっており、目は見開かれていた。口からは泡が吹き出されている。

 びっくりして、会社員は警察に通報した。

 

   *   *   *

 

 検死の結果、死因はショック死との事だった。

 驚いて死ぬ―馬鹿馬鹿しいと思う人もいるだろうが、実際起こらないとは限らない。そういった結果が出た以上、それを認めるしかないのだ。

 ただ、手足が有り得ない方向に折れ曲がっていたという点については疑問が残った。男の身体には外傷は無かったからだ。何故骨が折れたのかは判然としておらず、そこだけが気味悪い結果として残った。

 また、彼が何に対してショックを受けたのかも分かっていない。目撃者は一人も居なかったし、彼を最初に観測したのは死体を見つけた会社員だったからだ。

 警察はかなり悩んだ末、この事件を事故死として処理した―しようとした。

 然し、そのタイミングで新たな報告が入った。

 男と全く同じ状態で死んだ人間が、町のあちこちで発見されたのだ。

 その為、警察はこの事件を殺人事件として扱う事を決め、全く手掛かりがない中犯人を探し続けている。

 ちなみに、亡くなった人間には共通点は見つからなかった。老人から子供まで、幅広い年代の人々が亡くなっており、彼ら彼女らが一同に介したという記録も無い。

 強いて言うなら、発見された場所が「高い建物の近く」だったという事くらいか。

 この事件は「冬天(ふゆぞら)市変死事件」と呼ばれ、暫くの間マスコミを賑わせる事となった。

 

   *   *   *

 

 イア・ループが「それ」を見つけたのは、単なる偶然だった。

 三日前の深夜、恋人である暁月夜桜とぐちゃぐちゃに気持ちよくなり、寝ているところを逆浪の電話に叩き起された所から話は始まる。

 何でも、失踪中の泊亮一と高凪ちとせの行方が分かったというのだ。話を聞いた時は半信半疑だったが、翌日になって夢羽の喫茶店に集合し、逆浪が持っていた謎の本を見て、ようやく納得がいった。

 その日から更に範囲を広げて「螺鈿會のアジト」を捜索する事になった。手掛かりは逆浪と美雪、つばめの記憶だけだったが、三人とも不確かな記憶しか持っておらず、本にもぼんやりとした記述しか書かれていない。なので捜査は難航したが…それでも、手掛かりは掴みつつある。

 そんな捜査の中で、イアは「それ」と行き遭った。

 

 調査の為に立ち寄った路地裏。

 そこに、人が倒れていた。

 慌てて抱き起こすが反応は無し。

 手足が有り得ない方向に折れ曲がっていて、口からは泡を吹いている。

 もう死んでいる事は明らかだった。

 

 イアは素早く辺りを見渡した。自分にも危険が近付いているのではないかと思ったからだ。

 狭い路地裏、隠れる場所も無い。

 だが…上を見た時、イアは走り出していた。

 宙に、人間が浮いていた。

 小柄で、顔は見えない。

 だが服装から女だという事は分かった。

 その視線はイアを観察しているようで、敵意は感じられない。

 だが、イアは走って逃げだした。

 何故か、恐怖を感じたからだった。

 

 暫く走り、人通りの多い場所に出る。

 息を整えてから携帯端末で警察を呼んだ。

 十分程してからやってきた警察と共に、先程の路地裏に向かう。

 そこには死体があるだけで、宙に浮く人影は無かった。

 もしかしたら、幻だったのかもしれない。

 だが…人影を見た時に感じた恐怖は消える事無く、イアの心中に小さな不安の芽を芽吹かせていた。

 

   *   *   *

 

 そらからおちる。

 おちたらおわる。

 おわりはまぼろし。

 まぼろしがころす。

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