無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#61「インドラ」

 ささやかな休息時間はあっという間に過ぎていき、気付くと時計の針は決行の三十分まえ──四時三十分を指していた。

 その段階になって、風読家襲撃作戦に参加する者は集合し、この場を仕切る覚寺我路の元、襲撃方法について話し合った。

 

「実は、パトロールの際にオレの異能で風読家を調べてきました。結果、陽香さんと帆紫さんは地下牢にいる事が分かりました」

 

 覚寺が淡々と報告する。

 彼の異能──“芸道地に墜つ”は、サーモグラフィーのような形で異能を認識する事ができる。なので外から見れば、どこになにがあるのか大まかに把握する事ができるというわけである。

 

「ついでにマップも作りましたので、よければどうぞ」

 

 言葉と共に、その場にいた者の携帯端末が振動する。覚寺がマップを送信したようだ。

 

「覚寺、もしかして寝てないんじゃないか?」

 

 翔一がきくと、覚寺は「大丈夫です。これくらいしかできないので」と淡々と言ったあと、「そんな事より、問題があります」と話を戻した。

 

「オレの異能でも、茨羽さんの居場所を把握する事はできませんでした。建物の中にいるのか、外にいるのかすら分かりません」

「行方不明って事か……」

 

 小鳥が腕を組み、難しい顔になる。

 

「茨羽の居場所が分からない以上、陽香と帆紫の救出を優先した方がいいだろうな。覚寺、風読家に誰がいるのかは分かるか?」

 

 夜月がきくと、覚寺は頷いて、

 

「当主である風読夜見と彼に雇われている意志アリナ、他にも異能を持たない者がいるかもしれませんが、オレの異能で探れたのはここまででした」

「話をきく限り、手練れは少なそうだ」

 

 夜月が呟く。それをきいた和樹が「じゃあ、風読とアリナを抑えて、その隙にふたりを救出すればいいんじゃないか」と言ったので、小鳥と翔一は頷いた。

 

「アリナは俺が抑えます。アイツには尋ねたい事がある」

「風読は俺が抑えよう。となると残るのは小鳥と和樹だが、ふたりだけで大丈夫か?」

 

 和樹は小鳥を一瞥したあと、考え込む素振りを見せてから言った。

 

「なにがあるか分からないので、大丈夫だとは言いきれません。なので、先手を打っておきたい」

 

 そして、和樹は自らが考えた作戦をみんなに伝えたのだった。

 

   *   *   *

 

 決行時刻となり、作戦に参加するメンバーは全員が風読家の付近に集まった。

 

「本当にやるのか?」

 

 そうきいたのは真中真生。眠そうに目を擦ってはいるが、声には心配するような響きが込められている。

 

「和樹の異能で当主を襲撃して、パニックに陥った隙にふたりを救出するなんて、言うのは簡単だがやるとなると難しいぞ」

「そもそも、当主がパニックに陥るとは考えにくいですが、でも上手くやれば事がすんなり運ぶかもしれないので」

 

 和樹はそう言って、精神を集中する。

 真中は「……わかった。無事に帰ってこいよ」と真摯な口調で言って、和樹の肩に手を置いた。

 

水準昇華(レベルアップ)──Lv.3」

 

 体力と引き換えに、自らの能力を底上げする。

 Lv.3だと一時間は持つため、真中は突入する全員にこの異能を使っていた。

 

「おまえの体力的にも、これが限界だ。4でも良かったが体力持ってかれるし五分しか持たないからな」

「十分です」

 

 和樹は短く答え、横にいた小鳥を見る。

 小鳥は頷いて、和樹の左手を握った。

 

 ──“腕の中で眠る灯”

 

 出力調整で能力を十分に引き出し、水準昇華でそれを超えた力を発動させる。小鳥もこの力を突入する全員に使っていた。

 これにより、和樹の異能も強化される。

 和樹の“アクセルボルト”は雷を操る異能力であり、主として生体電気の増幅に使用される異能力である。

 脳からの電気信号が伝わる速度を上げたり簡易的なスタンガンとして用いたりと、応用が効く異能力ではあるが、それでも便利の範疇を超える事はない。

 しかし、強化された異能は、人を殺すほどの凶器に成り得る力を持っていた。

 小鳥が和樹を抱え、風読家の屋根まで軽々と跳躍する。

 着地したのは、ちょうど当主の部屋の真上。風読夜見がここにいる事は覚寺の異能で把握していた。

 

「小鳥」

 

 和樹が呼ぶと、小鳥は再び和樹の左手を握る。

 それで、小鳥は気付いた。

 

「手、震えてる」

「え……ああ、そうか……」

 

 先程握った時にはなかった震え。

 和樹の緊張が、小鳥に伝わってきた。

 

「……怖い?」

「戦う事自体は怖くない。だけど……家族がどうなっているのか分からないのは、怖い」

 

 和樹は正直に呟いた。

 それは、幼馴染である小鳥にだからこそ吐き出せた本音だった。

 もしかしたら、全てが手遅れかもしれない。

 そう思うと、冷水を掛けられたように躰が震える。

 それでも、小鳥の手の温もりは和樹の恐怖を僅かながら抑えてくれた。

 

「確かに、あたしも怖い。だけど実際に見てみないと分からないよ。だから、戦おう。巧未さんと陽香さんとほむ姉を、取り戻しに行こう」

 

 そう言って、小鳥はにっと笑ってみせる。

 年齢はひとつ上だけど、自分より背が低く、精神的にも幼い。だけどいまの小鳥は、いつもより遥かに大人びて見えた。

 その笑顔に背を押された気がして、和樹は口の端を僅かに上げ、頷いた。

 繋ぐ手に力を込める。

 和樹は右手を掲げると目を閉じ、精神を集中させる。

 その手に生体電気を集め、スパークさせる。

 それは見る間に増幅し、スパークの規模も大きくなっていく。

 そしてそれが最高潮に達したとき、瞼の裏にいつかの光景が浮かんだ。

 家族でラーメンを食べに行った日。嵐と嵐の狭間にできた、穏やかな日常。

 それすらも力に変え、和樹は目を見開く。

 そして右手を振り下ろし──

 

「“アクセルボルト”──“怒りの雷(インドラ)”!」

 

 瞬間。

 当主の部屋を、雷光が穿ち抜いた。

 

   *   *   *

 

 風読夜見は目覚めてすぐに気分が高揚しているのを知覚した。

 もう深夜だというのに、いつもより眠気が鈍い。風読家当主という肩書きは時として激務を伴うものなので、昔よりも寝付きが良くなっていると思っていたが、今日に限って眠れず、いつもより早く起床してしまった。

 だが、それも仕方がない事だと思う。なにせ、欲しいものがようやく手に入ったのだから。

 風読陽香。

 夜見が求めていた存在であり、恋焦がれていた存在。

 一度は手に入らないと諦めたその女は、今、夜見の手中にある。

 本日は陽香を屈服させるため、目の前で彼女の娘を殺す事にしていた。ただ殺すだけではつまらないし、ちょうどここには苛内植という異状性癖者がいるので、娘は死すらも生温い状態にしてから殺すつもりだった。

 それにより屈服した陽香の姿を想像して、歪んだ笑みが溢れる。夜見が好きなひかりの失われた目になった陽香に傷をつけ、心身ともに犯し尽くす──それは、至上の喜びとなるはずだ。

 まるで玩具を前にした少年のような気分になった事に苦笑しつつ、陽香の姿を想像して軽い性的興奮を覚えていたところで、夜見の興奮に水を差す出来事が起きた。

 突如、雷に撃たれたかのような衝撃を覚え、夜見は崩れ落ちる。やや遅れて、文字通り雷が落ちた事を実感した。

 更に追い打ちをかけるように、自分の懐にひとりの少女が入り込んでいた。その右腕に雷を纏い、目にはハッキリとした怒りが浮かんでいる。

 茨羽和樹が仕掛けた奇襲に乗るように、赤坂小鳥が一撃を叩き込む。それによって起きた混乱の最中に、陽香たちを救出する──そんな作戦を知る由もなく、夜見は少女の拳が迫るのを知覚する事しかできなかった。

 

 “腕の中で眠る灯”+“アクセルボルト”──雷霆(ケラウノス)

 

 まともに動けない躰に、怒りの雷が突き刺さる。

 夜見の躰は壁を容易く突き破り、宙へと投げ出された。

 飛びそうになる意識の中で見たものは、自分を襲撃した、少年少女の姿。

 それを見て彼らの目的を察した夜見の中で、異常な怒りが湧き上がり、そして──。

 

 

 

 八月も終盤に差しかかろうとしていたある日の、午前五時。

 神鳴りの音を開戦の銅鑼として、風読家とそれに仇なすものたちの決戦が始まった。

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