無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
小鳥と天花の戦いは、開始してすぐに膠着状態へと陥った。
元々、小鳥も天花も超人的な身体能力の持ち主である。なので相手の僅かな動きなどから次に来る攻撃を予測し、対処する事ができていた。故に、攻撃しては防がれるという流れを延々と繰り返す事になっていた。
(しかし、以前より動きが良くなっているな)
戦闘の最中、天花は小鳥の攻撃を防ぎながらそんな事を考えた。
恐らく、まだ力を十分に解放していない状態。それにも関わらず、以前より攻撃が激しく、一撃が重い。
強化でも掛けたのか、精神面で好調なのか、あるいはその両方か。
いずれにせよ、以前よりも厄介な存在になったといえる。ここで排除しなければ、当主の命を脅かす存在になりかねない。
天花は重さとスピードが乗った連打で小鳥の防御を削り、そこに生じた隙に一撃を打ち込まんとする。
しかし、小鳥はその全てを防ぎ切ってみせた。
「少しはやるようだな」
「ここで負けるわけにはいかないからね」
言葉を交わし、拳を躱す。
小鳥の攻撃を最小限の動きで回避し、カウンターを入れる。
それを防がれる。
小鳥は距離を取り、身を屈めて突撃する。
マウントポジションを取るつもりか。
天花も姿勢を低くし、それを迎え撃つ。
しかし、小鳥はぶつかる直前で跳躍し、勢いに任せて踵を振り下ろした。
咄嗟に左腕を上げ、それを防ぐ。
激痛が走ったが、折れてはいない。
本命は力を溜めた右腕。
小鳥は空中で無防備。
しかし、恐らく防いでくる。
だから、それを上回る速さで。
無能力者である自分が、異能力者である小鳥に勝つのは難しい。
それは分かっている。
だが、それがなんだというのだ。
異能力者といえども所詮は人間。ヒトの範疇を超える事はない。
ならば、人間が撃てる限界の一撃で沈ませればよい。
普段の拳よりも、より早く、より硬い拳で。
音を置き去りにし、鉄をも砕く一撃を放つ──。
──
大砲から放たれた砲弾のように小鳥が吹き飛ばされ、壁を突き破って見えなくなる。
一瞬にして跡形もなくなると思われた小鳥の躰は、しかし原型を留めていた。
風読家どころか近隣の建物を数件ほどぶち抜いて吹き飛ばされ、何度も意識が飛んだが、死んではいなかった。最も、それは自身の異能と真中の異能を組み合わせた結果であり、普通の人間なら即死間違いなしの一撃であった事は間違いない。
「っ……たぁ……」
自分の躰の頑丈さに軽く驚きつつも立ち上がり、地を蹴って風読家を目指そうとする。
しかし、もうすぐで自分が開けた穴に到達するというところで、天花がそれを妨害してきた。
「まだ生きてたか!」
「言ったでしょ。生きて帰るって!」
天花は跳躍し、踵落としで小鳥を地面に叩きつけようとする。
しかし、小鳥は躰を捻ってそれを回避し、自分が開けた穴から風読家の邸内へと転がり込んだ。
天花は地面に着地したが、すぐさま二階まで跳躍し、小鳥を追いかける。
「ここ二階だよ!? 空中ジャンプでも使えるの!?」
「今更だろう!」
そんなどこかズレた会話をしながらも、ふたりは再び拳を交える。
しかし、小鳥の動きは先程までと比べて明らかに鈍くなっていた。額には脂汗をかき、表情も苦しげだ。
死んでもおかしくない傷を負っているのだから、無理もない。むしろ、動けるのが異常であるといえる。
そして、天花はその隙を見逃さなかった。
「グッ……」
アッパーを喰らい、小鳥の脳が揺れたところに、右ストレートを叩き込む。
それは腹に直撃し、小鳥は躰をくの字に曲げて後ずさった。
「少しは善戦したようだが、ここまでのようだな」
「まだ……だよ、まだ、まけてない……」
呻くようにそう言う小鳥に、天花は哀れむような目を向け、
「その躰で言う事ではないだろう。息をするのも苦しいはずだが」
そう言って半身に構えた。
「まぁいい。いまその苦痛から解放してやろう」
滑らかな動きで小鳥の懐に入り込んだ天花は、身を低くして攻撃態勢をとる。
予備動作が見えず、対応できなかった──小鳥は咄嗟に後退しようとしたが、それより早く、躰がふわりと浮き上がった。
「……え」
異能力?
いや、違う。
鮮やかな動きで、投げ飛ばされた。
それを知覚した時には、既に遅かった。
──天花月地
腹部に衝撃。
天井には絨毯と割れた花瓶。
自分の横には月が見える。
上下が反転しているのだ、と気づいた時には、小鳥の意識は飛んでいた。
天井にめり込んだまま落ちてこない小鳥を見て、天花は自分の役割が終わった事を悟った。
「さらばだ、赤坂小鳥。異能力に頼るだけの、弱い人間」
勝ちはしたが、傷がないわけではない。
躰の痛みに顔を顰めながらも、天花は振り返る事なく歩き出す。
当主を守護するという、自分の役目を果たすために──。
* * *
気づくと、白一色の世界にいた。
上下左右、全てが白い世界。そこには何もなく、ただ虚空だけが拡がっていた。
異物と言えるものは、自分の躰と、目の前にいるひとりの少女だけ。
雪のように白く、長い髪を持つ少女。自分よりも幼い見た目をした少女。
なぜか、彼女の事を知っている気がした。
「あなたは……?」
自分の疑問に、少女は答えた。
「わたしはアリス。久しぶりだね、赤坂小鳥ちゃん」