無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#64「複写人形」

「久しぶりって……どこかで会った事、あったっけ?」

 

 アリスの言葉をきいて、小鳥は首を傾げる。こんな目立つ容姿の子と会っているならば記憶に残っているはずなのだが、小鳥には覚えがなかった。

 

「まぁ、覚えてないよね。小鳥ちゃんがちっちゃい頃にいちど会っただけだもん」

「そうなの?」

「うん。異能力を渡した時にね」

 

 その言葉をきいて、記憶の蓋が開いた。

 幼い頃、小鳥は熱を出して意識を失った事があった。その時に出会った少女から異能力を受け取り、回復して現在のような頑丈な躰となったものの、それが現実なのか、それとも夢なのかはずっと分からずにいた。

 だけど、あれは──

 

「夢じゃ、なかったんだ」

 

 そう呟いた小鳥は自分が今いる場所の正体を思いつき、「って事は、ここって……天国?」と顔を青くする。

 

「合ってるけど呼び名は違うかな。ここは世界の外側だよ」

 

 アリスはそう言うと、白一色の世界をぐるりと見回した。

 

「正確には、現世と世界の外側の中間地点っていうところかな。どっちにしろ、小鳥ちゃんの認識で間違いはないよ」

「じゃあ……えっと……あんずの皮って事?」

「……それはもしかして三途の川の事? うん、まぁ、そうなるかな」

 

 アリスの言葉を受けた小鳥は「じゃあ早く戻らないと! あたしはまだ死ねない!」と叫ぶ。目には狼狽のひかりが宿っていて、今にも走り出さんとする様子だった。

 

「落ち着いて小鳥ちゃん。きみはまだ死んでないよ。生と死の狭間にいるだけ」

 

 アリスは落ち着き払った様子でそう言うと、どこからともなく不思議な色の結晶を取り出した。

 

「といっても、ここに留まりすぎるのもよくない。だから、これを受け取って元の世界に戻って」

「これは?」

 

 見る角度によって色を変える不思議な結晶。

 様々な角度からそれを見る小鳥に、アリスは「これは異能力だよ。記憶操作の異能力」と言った。

 

「記憶操作?」

「きみのお母さん……春風つばめの親友が使っていた異能力。きみの名前の元となった人の異能力だよ」

「あたしの名前の……」

 

 そういえば、子供の頃に父からきいた事があった。

 確か、学校の授業で「自分の名前の意味や由来を親にきいてこよう」といった宿題が出た時だったと記憶している。

 父に意味を訊ねると、遠くを見るような目をしながら「お母さんの……大切な人から取ったんだ」と教えてくれた。

 幼い時にはよく分からなかったが、今ならその人は既に亡くなっていたのだな、と分かる。

 

「……でも、記憶操作の異能力なんて持ってどうするの?」

 

 異能力を用いて天花の記憶を消すという方法が、頭に浮かぶ。

 しかしあれほどの達人の隙を突くのは難しいだろうと思った。現世に戻っても、自分の躰は思うように動いてはくれないだろう。

 どうしたものかと思っていると、アリスが真剣な表情で言った。

 

「その異能と小鳥ちゃんは、もしかしたら相性がいいかもしれない。だって、小鳥ちゃんは──」

 

 そこでアリスは躊躇うように口を結び、視線を下げる。

 小鳥が先を続けるよう促すと、アリスは「ううん、なんでもない」と呟いたあと、再び小鳥の方を向いた。

 

「この異能力の使い方は──」

 

   *   *   *

 

 突如、背後から気配。

 繰り出された拳を咄嗟に防ぎ、天花は忌々しげに舌打ちをした。

 

「まだ動けたか」

 

 視線の先にいるのは、自分が打ち倒したはずの敵。天花は臨戦態勢を取り、僅かに口元を上げてこう言った。

 

「しかし、動くのがやっとといった様子だな。そんな状態でなにができる?」

 

 天花の言葉に、目の前の敵──赤坂小鳥は俯く。

 しかし顔を上げた時、その目には先程までとは違う力強さが宿っていた。

 

「まだ歯向かうつもりのようだな。なら、今度こそ息の根を止めてやる!」

 

 そう言うなり、天花は小鳥に向かって走り出し、その勢いで拳を繰り出した。

 不意打ちにしては雑な攻撃であるが、天花の攻撃はスピードとパワーが乗っている。いまの小鳥では回避は難しいだろうし、仮に防げたとしても、躰は使い物にならなくなるだろう。

 しかし、小鳥は左腕でそれを防いだ。腕は砕け、躰は吹き飛んだが、ダメージは最小限に抑えたといえる。

 

「その躰でどこまで持つか試してやろう!」

 

 吹き飛んで体勢を崩した小鳥に追い打ちを掛けるべく、天花は踏み込んで追撃する。

 しかし小鳥はそれを防ごうとするように左腕を突き出し、またもやダメージを最小限に抑えた。

 

(ついに気が狂ったか? もう腕は動かせないだろうに)

 

 小鳥は体勢を立て直し、左腕を気にする事なく天花に向かっていく。無論、片腕で天花に勝てるわけもなく、手詰まりに近い状況であるといえる。

 しかし、その姿を見た天花はなぜか薄気味悪いものを覚えた。無謀な特攻のように見えるが、小鳥の目には先程までとはまた異なる強さが宿っている。

 ここで仕留めなければいけない、と思った。

 小鳥の攻撃を躱し、その際に一撃食らわせて仕留める。

 そう決めた躰が自然と動いて、小鳥の攻撃を躱す。

 といっても、小鳥のそれは攻撃などという大層なものではなく、ただ天花に突進しただけ。

 そして天花の拳は、小鳥の肋骨を粉砕し、心臓まで届いていた。

 確かな手応え。血の温かさ。

 勝った──そう思った。

 

「……掴んで離すな(スタンド・バイ・ミー)

 

 自分が殺したと思った少女が、小さな声で呟く。

 一瞬のうちに再構成されたかのように、その躰には傷など見当たらなくて。

 そしてその右腕は、必殺の一撃となって天花に撃ち込まれようとしていた。

 

「口伝反撃術──『渡鳥』」

 

 天花の拳に対してカウンターとして撃ち込まれた一撃は、人間が耐えられるものではなかった。

 たった一撃で、天花は行動不能となり、打ち倒したはずの敵の前で膝を着く事となった。

 

「貴様……なぜ、傷が癒えている……」

「それが()()の能力だからだ」

 

 声は小鳥のものだが、口調は明らかに異なっている。

 それだけで、目の前にいる人間が赤坂小鳥ではない事を察し、本能的に怖気を覚えた。

 と、小鳥が貧血でも起こしたようにふらつき、俯いて後ずさる。そして顔を上げた時には、先程のような雰囲気は霧散していた。

 

「ふぅ……()()()()()()()()()()()()()()……すごいな……」

 

 小鳥は小さく息をつくと、天花の脇を抜けて歩いていく。

 それを追おうとするがダメージが蓄積した躰は言う事をきいてくれず、天花は掠れた声でこう問う事しかできなかった。

 

「待て……なぜ、私を殺していかない」

 

 その言葉に小鳥は足を止めて、

 

「殺す理由がないよ。そのダメージじゃもう動けないだろうし」

「……まだ貴様の邪魔をするとは……思わないのか」

「その時は何度だって倒すだけだよ」

 

 なんでもないように答える小鳥の姿にどうしようもない苛立ちと屈辱を覚えた天花は、声を必死に絞り出して思いの丈をぶちまける。

 

「なぜだ! なぜ情けをかける! 私は貴様の敵なんだぞ! それに当主の役に立てないのならば、ここで死んだ方がマシだ!」

「それでもアンタは生きないといけない。風読家は憎いし、許せない。だけど、殺せば罪は償えなくなる。だから、あたしは殺さない」

 

 淡々と言う小鳥に、天花は悔しさと苛立ちを滲ませながら唇を噛む。

 と、その時──何かが高速で空を裂き、天花の躰を貫いた。

 

「ぐぁ……!」

「えっ!?」

 

 小鳥が驚き、天花に駆け寄る。

 天花の躰を貫いたのは半透明の触手で、躰から引き抜かれて赤く染まったそれが、小鳥の躰に巻き付く。

 

「っ!」

 

 小鳥はすぐさま触手を引きちぎろうとするが、それより早く数本の触手が飛来し、手足を絡め取る。

 触手はそのまま戻っていき、それに拘束された小鳥もまた、長い廊下の向こうに消えていった。

 残された天花は、激痛で意識が朦朧となるのを堪えながら、手を伸ばそうとする。

 

(待て……私はまだ……)

 

 しかし、視界が次第に闇に包まれていき、思考の速度が鈍っていく。

 そして家村天花の意識は、そこで途切れた。

 

   *   *   *

 

 小鳥と天花の戦いが決着した、ちょうどその頃。

 薄暗い地下牢を、ひとりの少年が歩いていた。

 地下牢へと続く階段の前では和樹とアリナが交戦しているが、少年はその事を知らない。アリナがここに来る前に既に地下牢にいたので、上階の様子を知る術はなかった。

 それでも断続的な地面の揺れから、なにかが起きている事は分かったし、それが誰によるものなのかも、大体察しがついていた。

 なので、自分がすべき事を成すために、こうして地下牢にいるというわけである。

 奥の牢まで辿り着くと、そこには拘束された少女がいた。

 躰には無数の傷が刻まれ、呼吸も浅い。生きているのが奇跡といった有様だった。

 少年の足音に反応して顔を上げ、目隠しにより遮られた視線を向けてくるその姿からは、絶望と恐怖が伝わってくる。

 それに拳を握りしめながら、少年は声を掛けた。

 

「ここから出よう、帆紫」

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