無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#66「無価値な少女の平凡な結末」

 少し時を遡り、小鳥たちが風読家に突入した直後のこと。

 鮮真翔一は、目の前に現れた“敵”の姿を見て困惑していた。

 

「アリナじゃない? どうして、きみが……」

 

 この作戦では、翔一がアリナを相手取る予定となっていた。翔一にはアリナを留める実力があると判断されたのもあるが、翔一の父親──鮮真練血を殺したのはアリナであり、その事について詳しく話をきく必要がある。なので、自ら志願した役割であった。

 しかし、翔一の前にいるのはアリナではなかった。少女ではあるのだが、アリナが醸し出すどこか無機質で冷たい雰囲気は微塵もない。

 少女は俯き、翔一と目を合わせようとしない。叱られた子供のような様子に、いたたまれなくなった翔一は思わず声をかけた。

 

「みいろちゃん……どうしてきみがここにいるんだ? サカナミはどうした?」

 

 少女──みいろはほぼ無反応だったが、なにかを堪えるように拳を握りしめる。

 それを見た翔一は彼女に近付き、目線を合わせて「とりあえず移動しよう。ここは危険だ」と優しい声で言う。

 しかし、差し伸べられた手は跳ね除けられた。

 

「みいろちゃん……?」

 

 みいろは持っていたタブレット端末を操作して、翔一に突きつける。

 

『わたしはいけない。わたしは、しょういちのてきだから』

「てき……敵って、なにを言って──」

 

 みいろは翔一から離れると、ポケットから結晶を取り出す。

 それが携帯型異能力である事に気付いた時には、結晶が光り出していた。

 

 

 携帯型異能力──“なかったことにする(つづきからはじめる)

 

 

 瞬間、翔一はみいろから引き離されていた。

 正確には、三秒ほど前にいた位置に戻された。

 それに気づいた時には、眼前に銀色の輝きが迫っていた。

 回避したが、動揺がないわけではない。みいろが敵である事を否が応でも理解させられたが、すぐさま手を下せるほど冷酷ではなかった。

 

「みいろちゃん……」

 

 みいろはナイフを握りしめたまま、無言で近づいてくる。その目にひかりはない。

 振り下ろされる刃は、翔一ならば寝ていても避けられるほど鈍重かつ単純な動きをしていた。

 しかし、避けた瞬間、元の位置に引き戻される。そのため、浅いながらも傷を負う事となった。

 血を流すという事は、ある意味では翔一にとってプラスになり得る。血を操る異能を持つ彼にとって、ピンチはチャンスでもあるからだ。

 しかし、翔一にはみいろを傷付ける事はできない。故に、流れた血はダメージにしかなり得ない。

 それでも、翔一はみいろの攻撃に対応しつつあった。彼は血を操る力の他にも、自らのスピードを引き上げる力を持っている。たとえ時間が巻き戻されようと、スピードを上げて回避する事は可能だった。

 みいろが持つ携帯型異能力は二秒〜三秒ほど時間を巻き戻す異能力のようだが、連続使用はできないようだった。なので、しばらくの攻防のあと、翔一はみいろの持つナイフと携帯型異能力を弾き飛ばし、彼女を無力化した。

 

「……どうしてきみがここにいるのかは分からないけれど、ここはきみがいていい場所じゃない。だから、一緒に行こう」

 

 翔一の言葉にみいろは俯き、タブレット端末に文字を打ち込んでいく。

 

『わたしは、せかいをおわらせるかぎ。こざくらみなもの、かわり。りんふぉんをうめこまれて、せかいをおわらせるためにうまれた。だから、いけない』

「世界を終わらせる鍵……リンフォンを埋め込まれたって……この前にもそんな事言ってたけど……」

 

 いや、それよりも……。

 

「こざくらみなも……小桜みなもが、前に言っていた狭霧村でリンフォンを埋め込まれたっていう女の子なのか?」

 

 香恋ほまれの友人で、既に亡くなっているときいた。

 みいろは、その少女の代わりだという。

 

「ってことは、みいろちゃんはリンフォンを埋め込まれているのか?」

 

 翔一の言葉に、みいろは首を横に振る。

 

『まだ。でもいずれはうめこまれる。それか、せかいのそとがわをひきよせるためのかぎになる』

「世界の外側……」

 

 小鳥と夜宵が海月眠梨からきいたという、異能起源譚。

 世界の外側という領域に御座す魔神がこの世界のものに分け与えた力こそが異能力であるという、単なる仮説。

 しかし、みいろはあたかも世界の外側が存在するかのように話している。

 そこまで思考を泳がせて、翔一はとある事に気づいた。

 

(リンフォンって、地獄の門だよな……リンフォンを埋め込むか、世界の外側を引き寄せる鍵にされるって事は……世界の外側って、地獄の事なのか?)

 

 そのあたりの事情を知っているであろう異能研や苛内にきけばなにか分かるかもしれないが、いずれにせよ風読家がろくでもない事をしようとしているのは確かだ。

 ここにいては、みいろは確実に使い捨てられる──そう思った翔一は、先程よりも幾分か強い口調でみいろに言った。

 

「みいろちゃん、逃げよう。敵だろうとなんだろうと、きみはここにいちゃいけない」

 

 みいろは俯き、文字を打ち込む。

 

『わたしがここにいないと、おにいちゃんもおかあさんも、おとうさんになにをされるかわからない』

「お父さんって……」

『いらないうえる。わたしをうみだしたひと』

「苛内博士が、みいろちゃんを生み出した……?」

 

 そう呟いた翔一は、思考を纏めるうちに妙な事に気づいた。

 苛内は自分たちの味方だ。実際、これまでの戦いでも翔一たちをサポートしてくれた。

 しかし、彼が生み出したみいろが風読家にいるのはどういうわけだ?

 風読家に囚われた? 

 いや、そんな記憶はない。

 そもそも、自分は苛内としっかり話した事があっただろうか……。

 

 

『喋りすぎだよぉ。失敗作の分際で』

 

 

 突如、みいろが装着していたチョーカーから声がきこえた。

 一瞬遅れて、アラームのような無機質な音が鳴り響く。

 

 

『せっかく貴重な携帯型異能力まで持たせたのに、情を移しちゃうなんてねぇ。もういいや、きみ、いらない』

 

 それをきいたみいろは、強い力で翔一を突き飛ばす。

 

「みいろちゃん──」

 

 異能力を発動してみいろを抱きかかえ、そのチョーカーを引きちぎろうとした。

 しかし、行動に移るよりも早く、みいろの唇が動いた。

 

 

 しょういち

 ごめんね

 

 

 次の瞬間、みいろの躰は跡形もなく吹き飛び、あとには飛び散る肉や血と、それを浴びた翔一だけが残された。

 

「みいろ、ちゃん……」

 

 呆然とする翔一の足元に、なにかが転がる。

 それは、みいろが使っていた携帯型異能力だった。

 すぐさまそれを拾い、時間を巻き戻そうと試みる。

 しかし、巻き戻せる範疇を超えていたのか、あるいはなにかしらの制限に引っかかったのか──時間は、無情にも針を進めていった。

 

「ミナモ……?」

 

 背後から声がして、翔一はのろのろと振り向く。

 和樹と帆紫、そしてサカナミ──苛内春人が、呆然とした表情を浮かべてこちらに向かってきていた。

 

「翔一、ミナモは……オレの妹はどうなった」

 

 酷く静かな口調で、春人が問う。

 翔一は答える事ができなかったが、それがなによりも雄弁に事実を物語っていた。

 

「……分かってたさ。こうなる事なんて。あのクソ野郎の元に産まれた時から、オレたちに希望なんてなかった」

 

 春人は俯き、笑っているかのように肩を震わせる。

 

「でもさぁ……ミナモはただの女の子だぜ? こんな目に逢う事、なかったじゃねぇかよ。なぁ、翔一……おまえなら、ミナモを救えたんじゃないのかよ」

 

 春人は泣き笑いのような表情で、翔一を見た。

 

「目の前にいたんだろ? おまえならできたはずだよ。だって、町の防人なんだろ? ……いや、おまえを責めるのも違うよな。悪かったのはオレたちだ。苛内の血だよ、悪いのは……オレたちは産まれてくるべきじゃなかったんだ」

 

 春人はその場に崩れ落ち、頭を抱えて髪を掻き毟る。

 

「ミナモはさぁ……いい子だよ。口はきけねぇけど、優しい子だった。……なのにさ、あんな家に産まれただけでこのザマだよ。ほんと、バカみてえだよな。なんのための人生だったんだろうな……」

 

 春人の顔から表情が抜け落ちる。

 ゆらりと翔一を見つめる目には、底知れぬ闇だけが浮かんでいた。

 

「なぁ、翔一……頼むよ。クソ親父を……苛内を殺してくれ。じゃないと、ミナモはどこにも行けねぇ。アイツ、わざとおまえにミナモをけしかけたんだよ。それで、最後はおまえ諸共爆死させるつもりだったんだ」

 

 しかし、みいろはそうしなかった。

 最後に翔一を救って、死んでいった。

 それを知覚して、翔一のなかに黒く禍々しい感情が生まれかける。

 それを呼吸ひとつでエネルギーに変え、翔一は春人の顔を見てしっかりと頷いた。

 

「苛内はどこにいる」

「研究室……案内する」

 

 春人はそう言うと、よろよろと歩き出す。

 和樹と帆紫、翔一は目線を交わし合うと、頷いてそれに続く。

 しかし、その前にひとりの女が立ちはだかり、彼らの歩みを阻害した。

 

「やあやあ、久しぶりだね」

 

 現れたのは、かつて翔一たちに菫を託した、小桜みなもを名乗る女。

 

「アンタは……どうしてここに? いや、それよりも……何者だ?」

 

 翔一が進み出て、低い声で問う。

 女は「怖いなぁ。そんなに殺気撒き散らさないでよぉ」と大げさに仰け反ってみせてから、にこやかな笑顔で言った。

 

「菫は元気にしてるかな? あぁ、安心して。アイツはただのわんこだし、そもそも僕は君たちをどうにかしようと思ってる訳じゃないからね」

「でも、小桜みなもを騙って俺たちに近づいただろう」

「うーんまあそうなんだけど、アレは単なる気紛れだから、本当に意味はないよ。それに、君たちを殺しちゃうと、アリナが退屈しちゃうかもしれないしね」

「どういう事?」

 

 帆紫がきくと、女は「アレ、言ってなかったっけ」と首を傾げてから、

 

「君たちと交戦したアリナは僕だよ」

 

 となんでもない事のように言った。

 

「なら敵じゃねぇか」

 

 和樹の目がスッと細まり、躰にスパークが走る。

 女は「いやだから、話きいてた? 危害を加えるつもりはないんだってば」と大仰な仕草で手を突き出した。

 

「アリナに変身してる時はアリナの人格も入り込むし、僕はアリナの好きにさせてるから攻撃しちゃうけどね、僕個人としては攻撃する意図はないんだ」

「なら、どうして現れた?」

 

 翔一が問うと、女は春人の方を一瞥してから、

 

「風読家に協力するのにも飽きたしね。元々お金のために協力してただけだし……()()()()()()()()()()()に乗り続けるほどお人好しじゃないしね」

 

 それに──と翔一に視線を移し、女はこう続ける。

 

「アリナは君に期待している。あの鮮真練血の息子だし、まだまだポテンシャルはあると思っているみたいだよ」

 

 そこでオペラ歌手のように両手を広げ、女は楽しそうに言った。

 

「だから、僕が持つ情報を開示しよう。といっても、これは真実の一欠片にすぎないけれどね」

「情報って……」

「狭霧村、リンフォン、小桜みなも、鮮真練血……まぁ、色々だよ。といっても、僕が語るのは欠片の欠片だけどね」

 

 明らかに怪しい。

 しかし、情報がないのも事実だった。

 なにより、この女は……鮮真練血の死に関わっているのかもしれないのだ。

 翔一が春人の方を見ると、彼は「……オレは聞く」と小さな声で言った。

 三人もそのつもりだと思ったのだろう。女は「決まりだね」と言うと、どこか作り物めいた動作でお辞儀をした。

 

「僕は桜庭(さくらば)梨奈(りな)。これから話すお話は、果たして嘘か真実か……」

 

 ──それを決めるのは、君たちだよ。




携帯型異能力“なかったことにする(つづきからはじめる)
対象の時間を2秒〜3秒ほど巻き戻す。なお、持ち主の時間は巻き戻せない。
持ち主が死ぬと、次に触れた人間を持ち主とする。
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