無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
知っているかもしれないけれど、僕はアリナとほか数名で復讐代行なんて仕事をやっている。
その名の通り、復讐を肩代わりするのが僕たちの仕事なんだけど、このご時世だともっと手を広げていかないとご飯が食べられなかったりしてね。結果的に裏の世界の殺し屋と同じような事をやっているんだ。
その時引き受けた依頼も、そんな依頼だった。敵勢力の妨害と排除──依頼人は匿名だし、僕たちはボディガードじゃないよって言いたくなるような依頼ではあったけれど、報酬が破格だったから引き受ける事にした。
指定されたのは愛知県の山の中。狭霧村からほどよく近いところだね。どうやら、依頼人が言うところの「敵勢力」がそこにやってくるらしい。
その当時、僕たちは三重県を拠点にしていたから、愛知県に行くのは比較的容易だった。といっても、交通費はきっちり請求したけれどね。
他のメンバーは別の依頼で不在だったから、僕は菫と共に指定された場所まで出向いた。
そこで、ひとりの男に出くわした。異能対策室に所属していながら、他のメンバーに内緒でここまで来た男──鮮真練血だった。
なぜ彼がここまで来たのかは分からない。手掛かりがないこともないけれど、そこまでして知ろうとは思わなかったからね。
僕はアリナに変身して、鮮真と戦った。時間帯は夜だったし、圧勝できると思っていた。
だけどそのうちに、提示された報酬の額が妥当である事に気付かされた。
鮮真練血──異能力者としては中の上といったところだ。しかし、とにかく諦めが悪い男だった。
単純な実力だけでいえば、アリナの方が上。だけど鮮真は、何度倒れても起き上がって向かってきた。
致命傷を負わせる頃には、夜が明けていた。足止めという依頼内容からしてみれば大成功と言ってもいいし、報酬UPを要求してもいいくらいだったけれど、それ以上に衝撃的だったのは、アリナの力を使っても手間取ったという事実だった。僕は戦闘が好きなわけじゃないけど、変身時はアリナに人格が引っ張られる。だから、それ以降の戦闘は全て退屈だったよ。なにせ、彼以上に諦めの悪い敵はいなかったからね。
ともかく、そうして鮮真練血は殺された。そして、彼が護りたかったものもまた、無惨に蹂躙される事となったんだ。
……彼が護りたかったものってなにかって?
それはね、ひとりの女の子だよ。
全く面識のない子を護ろうとするなんて、僕には理解できないけれどね。
・ ・ ・
僕が鮮真練血を足止めしていたその頃、狭霧村でとある女の子が殺された。
名前は小桜みなも。村の住民で、胸から股までをこじ開けられ、臓物を撒き散らすという極めて残虐な方法で殺されていた。
あの辺りは獣が出たりするから、そういうものの仕業ではないかと思われていたみたいだけど、それにしては綺麗な遺体だった。まぁ、獣がやったならもっと喰われていただろうし、人間の仕業だと思うのは当然の事かな。
小桜みなもは数年まえに村に越してきた子で、静かで穏やかな子だった。恨みを買って殺されるような子じゃなかったみたいだね。
当然、村の人間は驚いた事だろう。だけど、問題はそのあとだった。
村医者の元に運び込まれた遺体が、翌日になって綺麗さっぱり消えていたんだ。血の染みすら残さず、最初からいなかったかのようにそこから消え失せていた。
村中が大騒ぎになって必死に探したけど、見つかるはずもない。そのあとに村の剣道場の師範代が殺害される事件が起きたりもして、事態は次第に沈静化していった。
どうやら、小桜みなもは殺される時にリンフォンを埋め込まれていたみたいだね。それが遺体消失とどう繋がるのかは分からないけどね。
ちなみに、これについては正確な情報だよ。警察官に成りすまして調べたりしたからね。
僕が知っている情報はこんなところだよ。
満足してくれたかな?
* * *
話をきいた翔一は口を結び、桜庭に睨むような視線を向ける。
目の前に、父を殺した仇がいる。
しかし、復讐を為したところで、父が帰ってくる訳でもない。
それに、今はやるべき事がある。
自分が救えなかった少女と、自分が絶望させてしまった少年を救うために、苛内植を葬り去る──それが、最優先事項。
桜庭もそれを分かっていたのだろう。「じゃあ、僕はもう行くね」と踵を返そうとする。
「待て。逃がすわけねぇだろ」
和樹が声を上げる。それに続いて春人も「そうだ。その小桜みなもって子はどうなったんだ」と低い声できく。
「さぁ? そこまでは知らないよ。僕は持ってる情報を教えたし、ここからおさらばしたいところなんだけどね」
させるかと春人は叫び、桜庭との距離を詰める。いつ出したのか、その手には銀色に光るナイフが握られていた。
「まったく……恩を仇で返すってこういう事を言うんだろうね」
桜庭は溜息をつき、春人を受け入れるように手を広げる。
ふたりがぶつかったその瞬間、桜庭の姿は消失し、あとには一葉の写真が残されていた。
──それはあげる。じゃあ、またね〜
ナイフが突き刺さった写真は、ひとりの少女を写したものだった。
長い白髪に黒い眼の少女。それを見た四人は、自然とみいろの姿を想起していた。
春人が写真を拾い上げ、複雑そうな表情でそれを眺める。
翔一は気持ちを整理するように息を吐き出すと、春人に「……行こう」と言った。
その時、ガラスが割れる音がきこえ、彼らの前になにかが立ちはだかった。
桜庭が戻ってきたのか、と身構えた一同が見たのは、知らない人物。
視界に焼き付いたのは青い色と、暴力を予感させるような禍々しい笑み。
それだけで、恐怖が背中を這い上がり、足が竦んだ。
“それ”の腕になにかがまとわりつき、歪な剣となる。
逃げろ、と叫んだのは春人か和樹か、あるいは帆紫か。
ただひとり、翔一だけが犠牲となる覚悟を固め、血の刃を生み出していた。
疾駆する姿は獰猛な獣のよう。
翔一が異能を用いて駆け出し、それを迎撃せんとする。
赤と青が交差し、嵐が吹き荒れたかのような衝撃が建物を揺らした。
* * *
同じ頃、屋敷の外で交戦していた夜月と風読にも、変化が訪れていた。
風読の異能は強化だろうと夜月はあたりをつけた。特別な能力を使っていないというところと、彼の身体能力が明らかに異常である事からそう判断したが、あくまでも推測の域を出ない。
夜月は無能力者だが、その動きは異能力者に勝るとも劣らない。故に、風読との実力差はほとんどないと言ってよい。
このままだと千日手となり、どちらかが力尽きるまで戦う事となる。そうなると面倒だと思ったが、思ったところでどうにかなるわけでもない。
風読もそう思ったのだろう。攻撃に苛立ちが滲んでいるように感じられる。
いつ終わるとも知れぬ争い。しかしその拮抗は、ある男の登場により崩れる事となる。
突如、ふたりの間に焔の壁が現れる。
反射的に身を引いた風読は、壁の向こうに現れた男を見て、苦々しげに顔を歪めた。
「茨羽巧未ぃぃ……やっぱり現れたか」
夜月の隣に現れた男は、壁の向こうを見据えたまま、「悪い、遅れた」と短く言う。
「遅せぇよ、ヒーロー」
夜月の言葉に応えるように、赤いマフラーがたなびく。
そして焔の壁が消えた時、仇敵同士とも言えるふたりの男は、互いの姿をその目に写し、互いを排除するために行動を起こしたのだった。