無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「どうして、ここに……」
母を目の前にして小鳥の口から出たのは、そんな単純な質問だった。
それを予測していたのか、つばめは微笑んで、「ここは、世界の外側だよ」と答える。
「私がふたりのところに来たんじゃなくて、ふたりが私のところに来た、が正しいかな」
「世界の外側……」
家村天花と戦った時、訪れた場所。
だが、そこはこんな世界ではなかったはず。
そこまで考えて、小鳥は自らの服装が気になった。唐突な思考ではあるが、自分の服は剥ぎ取られ、下着姿だったはず。母に会うのに相応しい服装だとは思えない。
慌てて躰を見て、思わず「あれ……」と声を上げた。
「あたし、いつの間に制服なんて着てたんだろう……」
小鳥は学校の夏服を身に纏っていた。先程、無銘が声を掛けてきた際、彼女の服装について言及しなかったのは、このためだろう。
しかし、苛内に捕まる前も、制服なんて着ていなかったはず。どういう事かと思っていると、つばめがそれに気付いてこう言った。
「ここは、想像力で様々な奇跡を起こせる場所なんだ。小鳥ちゃんがここに来る際、無意識に“自分が服を着ている”と思っていたのかもしれないね」
「でも、なんで制服なんだろう……」
その疑問に答えたのは、小鳥の隣にいた無銘だった。
「いちばん想像しやすい服が、学校の制服だったからかもしれないな。小鳥の制服は特徴的だし」
「あ……」
女子の制服はスカートを履くようにデザインされているが、小鳥は「スカートはやだ」という理由でショートパンツを履いている。
当然、校則違反ではあるのだが、元々の校風が緩いため、半ば黙認されていた。これには昔から制服のカスタマイズをする生徒が一定数いたという事情もあったりするのだが、それはまた別の話である。
兎角、小鳥の制服は周りと比べると少しばかり個性的であり、半ばトレードマークのようになっていた。それが小鳥の無意識にも刻まれていたため、このような姿になったのだろう。
「じゃあ、ここは本当に世界の外側……」
小鳥が呟くと、つばめは頷いて、
「苛内植は美雪さんの模造品を利用して、世界の外側を引き寄せたみたい。リンフォン以外にも方法があったとは知らなかったけれど……」
「リンフォンが……世界の外側を開けるための道具?」
「世界の外側っていうのは、言うなれば地獄や天国と同義だからね。だから、リンフォンは世界の外側への門ともいえるものなんだ」
「そうだったんだ……」
知らなかった、と小鳥は呟く。
と、そこで無銘が誰にともなくこうきいた。
「でも、なんで日向の模造品で世界の外側を引き寄せたんだ?」
その問いに答えたのは、やはりというべきかつばめだった。
「それは……異能力が、世界の外側に由来するものだからです。世界の外側に存在する魔神が与えた力こそが異能力……って話、きいたことがありますか?」
「異能起源譚……だよね?」
小鳥が言うと、つばめは頷いて、
「異能力は魔神の力そのもの……だから、異能力者を集めれば、世界の外側に辿り着けるかもしれない……そう考えたんだと思います」
実際、アリスさんも同じ仮説を立てていました──そうつばめは言った。
「それで、実際に辿り着いたと……」
「ただ、アリスさんが言うには模造品はオリジナルより劣るようです。なので、一時的に引き寄せただけで、時が経てば元の世界に戻ると思います」
つばめが口にした“模造品”という言葉に、小鳥が反応する。
「あ……」と弱々しい声と共に、目を見開き、呟くようにこう言った。
「模造品……あたしも、そうなの?」
「小鳥……なんで、それを……」
無銘が驚きの表情で小鳥を見る。
それに対し、小鳥は「苛内に言われた」と力のない声で言った。
「あたしは模造品の素体から生まれたって。あたしがいなければ、お母さん生きてたかもしれないって……!」
「……それは違う。あの時、既につばめちゃんは亡くなっていた。オレが、救えなかったんだ」
「でもっ! お母さんの模造品はあったんでしょ!? なら、お母さんと一緒に生きる事もできた! なのに、あたしが……あたしが、いたせいで……」
小鳥はその場に崩れ落ちる。
それを支えようとした無銘の手は、弱々しく跳ね除けられた。
「生まれてきて、ごめんなさい……」
絞り出すような、悲鳴のような声のあと、小鳥は手で顔を覆い、静かに泣き出した。
その言葉を向けられたつばめは、小鳥の元に歩み寄り、躰をふわりと抱きしめる。
「そんなこと、言わないで? 私は、小鳥ちゃんが生まれてきて、嬉しかったんだから……」
「…………」
手の隙間から覗く、涙に濡れた眼。
そこに届けるように、つばめは優しい口調で言葉を紡いでいく。
「元々、私はそんなに長く生きられる運命じゃなかった。だけど、色々な人と出会って、楽しい人生を送る事ができた。辛い事もたくさんあったけど、友達と出会えて、好きな人ができて、満ち足りた人生を過ごせたと思う」
つばめは小鳥の頭を、愛おしいものに触れるような手つきで撫でる。
「死んでからも、それは変わらない。むしろ、嬉しい事が増えたんだ。それはね、小鳥ちゃんのおかげなんだよ」
「あたしの……おかげ」
小さな声を、頷く事で肯定して、つばめは話を続ける。
「私はここで、小鳥ちゃんをずっと見守ってた。無銘さんに育てられた小鳥ちゃんが大きくなるのを、ずっと見てた。そこに私も加わりたかったっていうのも、確かにある。だけどそれ以上に、小鳥ちゃんの成長が嬉しかった。元を辿れば模造品かもしれないけれど、成長して、私を追い越して、小鳥ちゃんだけの人生を歩んでいく……その様子を見守るのが、私にとっての幸せだった」
二色の眼が煌めき、かつて、無銘に小鳥を託した時、つばめが言った事を、小鳥に伝達する。
『素体を……私の子供を連れて、その子と色々なものを見てください。私が見れなかった分まで、たくさん……それで、私は救われるんです』
赤坂小鳥の存在そのものが、春風つばめにとっての救いだった。
小鳥は、生まれてきてはいけない存在などではなかった。
つばめのロストアイによって伝達された過去の光景は、それを如実に物語っていた。
「誰がなんと言おうと、小鳥ちゃん……小鳥は、私にとって大切な娘だよ。だから、そんな悲しい事、言わないで?」
その言葉が浸透していき、悲しみの殻を少しずつ剥がしていく。
覆われていた手が下りて、涙でぐしゃぐしゃになった顔が現れる。
つばめはその顔に頬を寄せ、自らの娘に、いちばん言いたかった事を伝えた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
それを受けて、小鳥は、
「おかあさん……」
「なあに?」
「あたし、生まれてきて、よかったの?」
「いいんだよ。生まれてきちゃいけない生命なんて、ひとつもない。それは、小鳥も同じだよ」
「あたしのこと、娘だって、思ってくれるの?」
「もちろん。小鳥ちゃんは、私の……私たちの、自慢の娘だよ」
「あたし……お母さんに……」
謝らなくちゃいけない。
そう言おうとして、それは違うと気付いた。
気付く事が、できた。
「……ねえ、お母さん」
まだ涙でぐしゃぐしゃだけど、
みっともない顔をしているけれど、
それでも、伝えたい事を、言葉にする。
「生んでくれて、ありがとう。お母さんの娘でいられて、幸せだよ」
つばめの表情は見えなかったけれど、抱き締める手に力がこもって、つばめが泣いている事が分かった。
一際大きな腕が、ふたりを抱きしめる。
見なくとも、誰か分かった。
「お父さん……」
「つばめちゃん……きみの娘は、こんなに大きく、立派になったよ」
「無銘さん……」
つばめは微笑みながら、涙に濡れた声で、こう言った。
「家族って、あたたかいですね」
「………ああ」
「私、いまとっても、幸せです」
「……オレもだよ」
「………」
「………」
会話は途切れ、互いが互いの温もりを感じあう。
ずっと、そうしていた。
そのうち、世界の様相が変化する。
輪郭を失い、眩いひかりに包まれる。
世界の外側が過ぎ去り、元に戻ろうとしていた。
「……小鳥」
つばめが、娘の名前を呼ぶ。
「なあに? お母さん」
「私は、ずっとあなたを見守っているよ。だけどもし、本当に私が必要になった時は……いつでも呼んで。絶対、助けに行くから」
「わかった。だけど……会いたい時にも、呼んでいい?」
「もちろんだよ。
ひかりはいよいよ強くなり、ようやく会う事ができた家族を元の世界に飛ばさんとする。
それでも、最後まで、三人はそれぞれの温もりを感じていた。
「またね、無銘さん、小鳥」
「またね、お母さん」
「つばめちゃん、またいつか会おうな」
最後に、お互いの笑顔をしっかりと記憶に焼き付け、それぞれの場所へと戻っていく。
あとには、眩いひかりだけが残された。
無題奇譚〜Juvenile tale〜
#70「生まれてきて、ごめんなさい」
無銘さん。
小鳥。
ありがとう。
ふたりに会えて、私はとっても、幸せだよ。
#70 「生まれてきてくれて、ありがとう」