無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#17「フォーリン・スカイ」

 その後、暁月と合流したイアは自宅に戻り、先程の出来事を彼に話した。

 

「人が浮遊していた?」

「うん。多分女のひとだと思う」

「死体に、浮遊した人間か…何か嫌な予感がするな」

 

 暁月は難しい顔で首を傾げたが、直ぐに温和な顔に戻るとイアを抱き締めた。

 

「わっ、どうしたの」

「イアが無事で良かったよ…君がいなければ、僕は…」

 

 暁月の肩が微かに震えている。それを見たイアは、彼を安心させるようにポンポンと背中を叩いた。

 

「私は大丈夫だよ。それより…茨羽さん達に知らせないと」

「そうだね…僕が連絡するから、イアは休んでいて」

 

 彼の好意に甘え、イアはソファに横たわり目を閉じる。

 直ぐに睡魔がやって来て、彼女を眠りのベールで包み込んだ。

 

   *   *   *

 

「浮遊する人間、か…」

『ああ、心当たりは無いか?』

「無いな…そういう異能力者が出たという報告も無いし」

『そうか…でも一応調べてみてくれよ。もしかしたら、イアが危険にさらされる可能性がある』

「イアちゃんが?何故…」

『イアが発見したっていう死体とその浮遊人間が関わってるとしたら、次に襲われるのはイアかもしれない。彼女は二つとも見てしまっているからね』

「それもそうか…分かった、調べておくよ。お前は彼女をいたわってやれ。間近で死体を見ちまって、ショックを受けているだろうからな…」

『ああ、そうするよ…ありがとう』

 

 相手は電話を切った。

 やれやれと首を振り、茨羽巧未は立ち上がる。

 

(目撃情報を収集するのが筋だろうが…面倒くさいな。時間も無いし)

 

 彼の前には大量の書類が積まれていた。その全てが、今日彼に届いた依頼である。

 

(…あんまりこの手は使いたくないが、こればかりは仕方ないか…)

 

 茨羽は溜息をつくと、持ったままの携帯端末で何処かに電話を掛けた。

 

「…もしもし、陽香(ようか)か?ちょっとききたい事があるんだが」

 

   *   *   *

 

 翌日。

 暁月の携帯端末に茨羽からメッセージが入った。

 

『イアちゃんが昨日見たものについてだが、調べてみるとこんな事が分かった。

 

・浮遊する人間は、度々目撃されている。それは女の子の姿形をしているらしい。

 

・その子の近くには高い確率で死体があって、その死因はいずれもショック死である。

 

・ただその中で、唯一死を免れた人がいた。彼は警察の事情聴取に「空から落ちた」と答えたらしい。』

 

「空から落ちた?」

「どういう事なんだろう…」

 

 暁月とイアは首を傾げた。

 死因が共通している死体と、浮遊する女の子。生き残った人は「空から落ちた」と証言した…全く意味が分からない。

 

「バンジージャンプとか?」

「街中でするかなぁ…」

「じゃあ、飛び降り自殺」

「だったら死体はもっとぐちゃぐちゃになってるはずだけど…」

 

 暫く考えてみたものの、結局意味は分からなかった。

 

 だが、二日後…その事件は二人に牙を剥く事になる。

 

   *   *   *

 

 ……気付くと、イアは空に居た。

 雲ひとつない、無限の青。白いキャンバスに青い絵の具を塗りたくれば、こんな色になるのかもしれない。

 自分の身体は、空に向かって落ちているようだった。空から落ちているのでは無く、空に向かって落ちているのだ。

 何処までも。

 いつまでも。

 重力は無いはずなのに。

 落ちて。

 堕ちる。

 落下してゆく。

 自分で自分の身体がコントロール出来ない。

 その事実に、今更ながら恐れを感じた。

 何故、自分は落ちている?

 前後の記憶が全く無い。

 自分がどうしていたのかも、思い出せない。

 助けて。

 助けて、暁月くん。

 そう言おうとしても、口は動かない。

 頭に血が上る。

 落ちるスピードは益々上がって行く。

 それにつれて、気が遠のいていく。

 私、死んじゃうのかな。

 ダメだ。もうまともに考える事も出来ない。

 意識がブラックアウトしていく。

 その寸前、イアは「何か」を見た。

 それはまだ幼い女の子の様で。

 嬉しそうに、ニコニコと微笑んでいた。

 自分と同じ様に、落ちている。

 その唇がちいさく動いた。

 

 ―あなたも道連れよ。

 

 その言葉を聞いて―イアの意識は、完全に真っ黒になった。

 

   *   *  *

 

 イアは人通りの多い場所で倒れていた。

 直ぐに病院に運ばれ、暁月が駆け付けた時には手術が始まっていた。

 医者は、暁月の顔を見ると言った。

 

「外傷は有りません。ですが、心臓と脳が機能を停止している…私達も全力を尽くしますが、このままではもう…」

 

 暁月は何も言えなかった。

 ただ、手術室の無機質な扉を見詰め、立ち尽くしていた。

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