無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#71「人と成れ」

 目を開けると、そこはもといた研究室だった。

 近くには無銘が倒れているが、こちらも目を覚ましたようで、緩慢な動きで起き上がろうとしている。

 苛内の姿は見当たらず、先程まで美雪の模造品が入っていた容器は空っぽになっている。その代わり、壁際に和樹が倒れていた。

 

「和樹!」

 

 慌てて起き上がり、和樹に駆け寄る。

 触手に貫かれ、鮮血と共に崩れ落ちた光景を思い出し、目の前が滲んでいく。

 和樹の躰には傷がなかった。しかし、揺すっても目を覚まさない。

 

「やだ……嫌だよ……和樹……起きてよ……」

 

 涙が零れ、躰から力が抜ける。

 そのまま和樹に縋り付き、その躰に顔を埋めた。

 

「和樹……」

 

 真っ暗闇。

 母と会い、生きる希望をもらった。

 それなのに、自分はまた、失うのか。

 なにも、護れないのか……。

 

「……泣くなよ」

 

 ぽんぽん、と頭を軽く叩かれ、撫でられる。

 それと同時にきこえた声は、馴染みのある声だった。

 

「かず……き……」

 

 顔を上げる。

 苦笑を湛えた和樹が、自分を見つめ返していた。

 

「生きてるよ。心配すんな」

 

 まぁ、さっきまで死んでたみたいだけどな──和樹がそう言ったとき、小鳥がのしかかるように抱きついてきた。

 

「いぎででよがっだぁ〜〜〜〜がずぎ〜〜〜〜」

「ああもう泣くな泣くな。悪かったな心配かけて。っておい! 鼻水ついてる! 拭け!」

 

 和樹にそう言われ、躰を離しながらずずっと鼻水を啜る小鳥は、「……本当に、心配したんだよ」と涙声で言う。

 

「俺もなんだか分からないけど、どうにか生きてたみたいだ。それより小鳥……おまえこそ、大丈夫なのか」

 

 和樹の脳裏に、拘束された小鳥の姿が過ぎる。

 小鳥もそれを思い出したのだろう。目の奥に怯えの色が走り、羞恥で頬が赤くなる。

 

「とっても……気持ち悪かった。あんなこと、されるなんて……」

 

 俯いた小鳥は、ややあって「……ねぇ」と、和樹を見上げて言った。

 

「ごめん。ちょっと、いいかな」

「……ああ」

 

 小鳥は和樹の躰に縋り付き、その心音に身を委ねる。

 和樹は彼女の震えを受け止めながら、その乱れが収まるのを静かに待った。

 会話はない。

 おそらく、外では戦闘が続いている。

 だけど、いま、この時だけは、とても静かだった。

 

   *   *   *

 

 やがて、小鳥が離れる。

 ありがとうという声に頷いた和樹は周りを見回して、あるものを見つけて固まった。

 

「む、無銘さん……」

 

 視線が合うと、無銘は気まずそうに寝癖頭を掻いた。

 それもそのはずで、自分はいま、目の前で彼の娘と抱き合っていた(傍から見ればそう見えるだろう)のだ。気まずくなって当然である。

 しかしその沈黙は、小鳥によってあっさりと破られた。

 

「お父さん! 目を覚ましたんだ!」

「ああ。躰は大丈夫か?」

「大丈夫だよ! むしろさっきまでより元気!」

 

 無銘は安心したように頷くと、和樹の方へと視線を移す。

 

「和樹くんは……なんともないのか? かなりの重傷だったはずだけれど」

「目が覚めたら治ってました。あの、無銘さん。これは……」

「……オレが口を出す事ではないし、小鳥がいいならそれでいいんだ。むしろ、ありがとうな」

 

 無銘は周りを見て、「苛内は……いないみたいだな」と呟く。僅かに緊張を解いたようだった。

 と、小鳥が「そういえば聞き忘れてたけど、お父さんは大丈夫なの?」と訊ねた。

 

「たしか、リンフォンを破壊したあと、ずっと眠ってたって……」

「ああ。回復に時間が掛かっていただけみたいだ。リンフォンは破壊できたし、躰は問題ないよ」

 

 無銘は小鳥の頭を撫でると、「まだ、みんな戦ってる。オレは行くけど、ふたりはどうする?」と訊く。

 小鳥と和樹は顔を見合わせたあと、「一緒に行く」と答えた。

 

「そうか。なら、行こう」

 

 三人は研究室を出て、外へと向かう。

 その途中で、小鳥があるものを見つけた。

 

「瑞希!」

 

 美雪の模造品が入っていた容器、そのうちのひとつが割れ、中に瑞希が倒れていた。異能を用いたカモフラージュが解けたからだと推測はついたが、いまは彼女を助ける方が先決だ。

 呼吸はしているが、意識はない。小鳥は瑞希を抱えると、ふたりに続いて研究室を出た。

 

 

 地上に戻る最中、和樹が小鳥にこうきいた。

 

「なぁ、小鳥」

「ん?」

「なにかあったのか?」

「なにかって?」

「よく分からないけど、なんか……」

 

 適切な言葉が思いつかないが、存在が濃くなったというか、この世界にしっかりと結びついているような気がする。

 そのような事を言うと、小鳥は「あぁ……」と微笑んだ。

 

「実はね、あたし、お母さんに会ったんだ」

「でも、おまえの母さんは……」

「この戦いが終わったらゆっくり話すよ。色々あったから」

 

 そう言う小鳥の表情はとても嬉しそうで。

 悪い事ではなかったのだなと、そう思った。

 

   *   *   *

 

 世界の外側と接続し、それが途切れた直後の事。

 模造品の前でひかりに呑み込まれた東爽介は、復帰してすぐに模造品に襲われた。

 距離を取り、異能力を発動。頭から突進するという愚直な一撃ではあったが、異能力により加速した躰は爆破の隙を与える事なく模造品を吹き飛ばし、気絶させる事に成功した。

 一息つき、先程自分を襲ったひかりに考えを巡らせる。一瞬だけ気が遠くなっただけだが、市内全域に起きた現象のようなので、なにかしらの異能力によるものだろうと当たりをつけた。

 幸い、躰に変化はない。一度拠点に戻ろうと思い、爽介は歩き始めた。

 しかし、そこを突かれた。風を斬る音と共に右肩に焼け付くような痛みが走り、爽介はその場に崩れ落ちる。

 彼を攻撃したのはひとりの女だった。緑色の長い髪に灰色の眼。事件の最中にフレデリカを襲った女と同じ姿ではあるが、模造品であるため、同一の個体のようだ。

 肩を貫いているのは先端に刃のついた鎖だった。返しがついているため容易には抜けず、女が鎖を引っ張る度に痛みが増していく。

 

(まずい……!)

 

 爽介がとった行動はひとつ。異能を発動して加速する事で、無理矢理に刃を引き抜いた。

 しかし、その代償は大きく、肩は大きく抉れている。血が吹き出し、躰がふらつく。

 

(ここでは死ねないのに……!)

 

 苛立つ気持ちとは裏腹に、躰は自由を失っていく。

 女は無表情に二射目を放ってきた。狙いは額。刃の鋭さから見て、頭蓋骨を貫通して脳をぐちゃぐちゃにする事など容易だろう。

 逃げられない事を悟り、ぎゅっと目を瞑る。

 しかし、予期していた痛みはやってこなかった。

 恐る恐る目を開ける。

 そこにいたのは──

 

「泊さん……」

 

 泊亮一の手の中で、鎖が消滅する。

 それを見た女は無表情で、「データと違う」と呟いた。

 

「あなたの異能は無効化ではなかったはずですが」

「ああ、無効化じゃない。なんせこういう事もできるからな」

 

 瞬間、亮一の目の前に空間の歪みが出現し、それに飲み込まれた躰が女の背後に転移する。

 その動きに対応しようとした女は、次の瞬間に上半身を消し飛ばされた。女の上半身を覆うように出現したゲートが閉じ、躰が分断されたからだった。

 

「それって、楓さんの“空間接続(コネクト)”……なんで、泊さんが……」

「話はあとだ。東くん、怪我は……負ってるか」

 

 亮一の右目は閉じられているが、怪我を気遣うその様子は眠りにつく前と変わっていない。

 ちょっと待っていて──そう言った亮一が傷口に触れると、見る間に傷が治癒していく。紛れもなく、朝倉美幸の“奇跡(ライフ・エクストリーム)”だった。

 

「……流石に三つ連続して使うと躰が重いな。まぁいい。とりあえず移動しよう」

 

 亮一が開いたゲートをくぐる。

 そこは拠点で、爽介の姿を見つけ駆け寄ってきたのは──

 

「爽介!」

「楓さん!」

 

 神永楓は「無事だったんだね……よかった」と胸を撫で下ろす。

 

「楓さんも……大丈夫なの?」

「うん。もうすっかり元気。あたしだけじゃなくて、亜美さんと叶、夢羽さんも良くなったみたいだよ」

「そっか……あのひかりのおかげかな」

 

 すると、話を聞いていた亮一が「それについては俺が説明するから、いままで起こった事を教えてくれないか?」と言ったので、爽介はいままで起こった事を説明した。

 いつの間にか帰投し、話に加わっていた覚寺の補足もあって、一頻り話し終えたところで、爽介は「それで……あのひかりはなにかの異能なんですか?」ときいた。

 

「あれは世界の外側に接続するためのひかりだ。あれに包まれたものは一度死んで、世界の外側に移動した。まあ、そのあと戻れたみたいだけどな。目が覚めたのはその副産物みたいなものだろう」

「赤坂さんの異能を大規模にしたようなものですね」

 

 覚寺の言葉に、亮一は頷く。

 赤坂さんの異能というのは、無銘の“掴んで離すな(スタンド・バイ・ミー)”の事だ。ひかりに包まれた全てのものがその異能を発動し、世界の外側に接続したというイメージである。

 と、そこで楓が「でも、なんで泊さんはそんな事を知ってるの?」ときいた。

 それに対して亮一は微笑みを浮かべ、

 

「世界の外側で、懐かしいヤツに会ったんだ。そいつが俺に模倣の異能をくれて、こっちに送り返してくれた」

「模倣の異能?」

「あいつは“人間失格”と呼んでいた。だけど異能を渡す際にデメリット……人間未満になる呪いだけを引き受けてくれてな。だから俺はこの力を“人と成れ”って呼んでる」

「それって……」

 

 その話をきいて、楓と爽介は亮一が誰と会ったのかを悟った。

 

「あいつに言われたんだ。おまえはそっちで足掻きながら生きるべきだって。ちとせが敵になろうが関係ない。せっかく権力手に入れたんだからなにもかもブチ壊しておまえのやりたいようにやれって。だから、そうする事にした」

 

 ちとせと邂逅した時の表情とは裏腹に、いまの亮一の表情は晴れやかですらあった。

 右眼は失われ、異能も消えた。だけど、新たな力を手に入れ、再び戻ってきた。

 異能対策室の長は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべ、こう言った。

 

「まずは模造品の一掃からだ。みんな、俺に力を貸してくれ」

 

 この場に、それを断るものなど、誰もいなかった。

 そのうちに出張っていた真中や桜井、フレデリカも戻ってきた。

 そして、短い休息を挟んだ後、一同は今度こそ模造品を一掃するために飛び出していったのだった。

 

   *   *   *

 

 泊亮一の復活とほぼ同時刻。

 茨羽巧未は、風読夜見を追って地下牢に向かわんとしていた。

 神知戦の襲撃、世界の外側への接続──立て続けに起こった非常事態の最中、風読は姿をくらました。

 陽香の元に向かうのだと当たりをつけた茨羽だったが、神知は攻撃の手を緩めない。夜月や翔一と協力して立ち向かってはいるが底が見えず、このままだと先に体力が尽きるのは明白であった。

 その時、戦場に乱入者が現れた。神知に向かって拳銃を発砲した男──幹ヶ谷柘榴のおかげで隙ができ、それを利用して風読を追いかける事に成功した。

 

「早く行け!」

「陽香さんの事、お願いします!」

 

 夜月と翔一の声に背を押され、茨羽は走る。

 神知が豪快に破壊した屋敷は、見るも無惨な事になっていた。和樹や小鳥、陽香など、中にいる者の安否が気になったが、それを確かめるためにも風読を追いかけないといけない。

 そして地下牢に辿り着き、階段を塞いでいた瓦礫を易々と砕いたところで、背後から殺気を感じて飛び退いた。

 茨羽がいた場所を銀色の輝きが通過する。それを投げた相手を見て、茨羽は低い声で呟いた。

 

「……霧風」

「よぉ、茨羽。悪ぃがそこは通さねぇぜ」

 

 霧風才斗はそう言って、剣を生成する。

 それを見て、彼が模造品なのだと実感した。

 

「オレはおまえが知る霧風才斗じゃねぇ。風読家の操り道具だ。だから……分かるよな?」

「おまえ……」

 

 茨羽は目を見開く。

 霧風は剣を構え、「行くぜ。簡単にくたばるんじゃねぇぞ」と言って、地を蹴った。

 その様子を見た茨羽は炎の剣を生成し、それを迎え撃つ。

 

「ここでくたばれ、茨羽巧未!」

「霧風才斗! おまえを倒して、俺は陽香を助けに行く!」

 

 

 ひとりの女を愛し、その幸せを願ったふたりの男。

 望まぬ戦いが、幕を開けた。

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