無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#72「OVER HEAT」

 鉄が焼き切れ、熱気が肌を焦がす。

 剣を溶かされた霧風は後退し、再び剣を生成する。

 一陣の風が吹き、気づいた時には茨羽の懐に。

 下段から振り上げられる剣は銀色の煌めきを残し、茨羽の躰を切り裂く。

 よろめいた茨羽は後退し、その身を散らす。

 舞い飛ぶ火の粉。霧風は目を見開く。

 

「分身か」

「ああそうだよ!」

 

 その声は頭上から聞こえた。

 霧風が半歩退いたタイミングで、先程まで彼がいた所に踵が落とされる。

 体勢を立て直した茨羽の左回し蹴りが、初めて霧風の側頭部を捉えた。

 嫌な音がして、霧風の躰が吹き飛ぶ。

 茨羽は呼吸をひとつ。霧風が突っ込んだ瓦礫の山に視線を向ける。

 瞬間、そこからなにかが飛んできた。

 咄嗟に左腕で顔を庇うと、空気を切り裂く音とともに、腕がスッパリと切れた。

 鮮血の向こう。首の骨を元に戻した霧風が、事も無げに歩いてくる。

 

「こんなもんか茨羽。こんなんじゃ虫も殺せねぇぞ」

「普通の人間ならいまので死んでたよ。やっぱり模造品はしぶといな」

「オレもそう思うよ。こっちは……早いとこくたばりてぇんだがな!」

 

 霧風は地を蹴り、再び距離を詰める。

 発生させた風の刃を投げつけ、躱したのを予測して炎を纏った拳を繰り出す。

 茨羽は黒焔を操って壁を作り、霧風の拳を防ぐ。炎を扱うという点では同じだが、茨羽の能力の方が上のようだった。

 

「なら、これならどうだよ!」

 

 距離を取った霧風は右手を翳し、強く握り締める。

 

「“紫雨(ムラサメ)”!」

 

 瞬間、霧風の周りに五つの火球が現れ、そこから熱線が迸る。

 左に飛んで回避したが、霧風が腕を左に振ると、熱線はひとつに収束し、茨羽を追尾する。

 先程のように焔の壁を作り出すが、それで起きた爆発に耐えきれずに吹き飛ばされる。その先には霧風がいて、右脚に力を込めていた。

 

「“ピンポイントショット”!」

 

 駆け出した霧風は、茨羽の腹部に蹴りを打ち込む。吹き飛ばされた勢いと相まっていとも容易く腹を貫いたが、同時に霧風の脚も壊れ、ふたりはもつれ合うようにして地面を転がった。

 痛いを通り越して腹が熱い。茨羽は口から血をこぼしながら腹部に手を当て、傷口を焼いて止血しようとした。

 その時、急激な目眩に襲われ、躰が痺れ出した。

 

(これは……毒か!)

 

 先程、蹴りを食らった時に打ち込まれたのだろう。

 喋ろうにも口が上手く動かず、立ち上がる事もままならない。

 それに対して、霧風は半ばから欠損した右脚に剣を差し込み、義足代わりにして立ち上がった。

 

「これで終わりだ……と言いたいところだが、テメェはしぶといからな。もう少しだけ、ここにいてくれ」

 

 霧風が手を翳すと、竜巻が茨羽を呑み込む。

 風の刃により、躰が削れていく。数分もすれば、肉は削げ落ち骨だけとなるだろう。

 

「オレだって、こんな事はしたくなかった。苛内の野郎、意識だけ残したまま躰の自由を奪いやがった。だから、茨羽も陽香ちゃんも、オレが殺すんだ。幸せに、なってほしかったのに……」

 

 この躰では、涙すら流せない。

 やりたくないと思っても、躰は動いてしまう。

 大切な人を、手にかけてしまう。

 霧風とて、生きたくないわけがない。

 陽香のために燃やした命に悔いはないが、生きて、彼女の行く先を見届けたいという気持ちもあった。

 だからこそ──霧風才斗は、いまとても、死にたかった。

 

 

「……誰か、オレを殺してくれ」

 

 

「おまえがそう望むなら、そうしてやるよ」

 

 

 聞こえるはずのない声が、聞こえた。

 目の前で巻き起こる竜巻が勢いを失い、やがて消えていく。

 後には、ひとりの男が残された。

 

「なんで、生きて……」

「まだ死ぬ訳にはいかないんでな。殺されたって生きてやる」

 

 若干呂律が回らない口調でそう言う茨羽の表情は、しかし苦しみに満ちている。

 彼の様子を見て、霧風はその理由を察した。

 

「おまえ、焔を使って無理矢理動いているのか!」

 

 茨羽が使う黒焔は、イメージによって動かせる。

 それを利用し、躰を黒焔で覆い、無理に動かしていた。

 最も、代償は大きい。麻痺した躰を無理矢理動かしているため、躰への負担は大きいし、腹の傷を焼いて止血したため、常に激痛に襲われている。気を抜いたらそのまま倒れてしまいそうだった。

 それでも、茨羽は止まらない。一歩ずつ、霧風の方へと歩いてくる。

 

「……ああ、そうかよ」

 

 やっぱり、おまえでよかったよ。

 陽香ちゃんの隣にいてくれるのが、茨羽で本当によかった。

 そう思いながら、霧風は地を蹴った。

 

「なら、殺してみせろ!」

 

 頭の中で、目の前の敵を打ち倒す方法が浮かぶ。

 今までは、その通りに動くしかなかった。

 しかし、霧風はそれすら忘れ、ひたすらに躰を動かした。

 異能を使わず、ただ殴り合うだけ。

 何度も、拳を打ち付ける。

 発する言葉は叫びとなり、汗が血と混ざり飛び散る。

 防御なんてしない。ただ、ひたすらに拳をぶつける。

 その拳で、色々な事を語り合った。

 色々な事が伝わってきて、通り過ぎて、また伝わってくる。

 茨羽は一歩も引かなかった。

 霧風は一歩も引けなかった。

 ただ、互いの命を喰らい、削り尽くした。

 長いように感じられたが、実際は十分ほどそうしていた。

 茨羽が繰り出す左の拳と、霧風が放った右の拳がかち合い、空気を揺らす。

 すかさず互いに一歩踏み込み、対となる拳を打ち込む。

 交差したそれは互いの頬を捉え、互いの躰を弾き飛ばした。

 独楽(コマ)のように回り、そのまま倒れる。

 霧風の躰は動こうとしていた。

 しかし、立ち上がろうとしてもままならない。

 右脚を見て、その理由が分かった。

 義足の代わりとしていた剣が消失している。どうやら、気力を欠いたために異能が解除されてしまったようだ。

 対する茨羽は、黒焔の助けを借りて立ち上がる。

 それが、決着だった。

 

「負けたな……」

 

 霧風は呟く。言葉とは裏腹に、心中は晴れ晴れとしていた。

 

「さぁ、殺してくれ。オレはそれを望んでる」

 

 弱々しい笑みを浮かべる霧風に、茨羽は──

 

「だけどおまえ、もう自由に躰を動かせるんじゃないのか?」

 

 手を差し伸べながらそうきいた。

 え、と呟き、その手を取る。

 たしかに、自分の意志で躰を動かせていた。

 

「いつの間に……」

「俺を殺すなら、異能を使ったほうが手っ取り早い。だけどおまえはそうしなかった。多分、その時点で支配から逃れていたんだ」

「オレは、自由になったのか」

 

 実感は、まだ湧かない。

 だけど、自由になったというなら、すべき事はひとつだけ。

 

「なら、オレも陽香ちゃんを……ッ!?」

 

 言葉を飲み込み、霧風は茨羽を突き飛ばす。

 瞬間、霧風の躰は瓦礫の山へと叩きつけられ、その心臓にはメスが突き刺さっていた。

 

「霧風!」

 

 駆け寄ろうとする茨羽だが、その瞬間、躰が言う事をきかなくなった。

 黒焔が解除され、躰を動かせなくなったのだ。

 加えて、倒れるより早く、茨羽の心臓にもメスが突き刺さり、滝のように血が噴き出した。

 メスを投擲したのは、地下牢から上がってきた風読夜見だった。動けなくなったふたりを見下ろすと、整った顔を崩して歪んだ笑みを浮かべる。

 

「足止めご苦労様。時間を稼いでくれたおかげで、陽香はもう僕のモノになったよ」

「テメェ……」

 

 茨羽は手を伸ばすが、それより先に意識が落ちていく。

 最後に聞こえたのは、風読の狂ったような笑い声だった。

 

   *   *   *

 

 風読が立ち去った後の地下牢。

 その奥に、ひとりの女が囚われている。

 鎖に締め付けられた躰は無数の傷と血で赤く染まっており、服は剥ぎ取られている。

 特に、陰部からの出血が激しく、その体内には、「キミハボクノモノ」という傷があちこちに刻まれていた。刃を体内に挿入され、それによりついた傷だった。

 辛うじて生きてはいるが、その呼吸は浅い。

 なにより、その目は濁り、輝きは失われていた。

 

 当主を誑かしたファム・ファタール──風読陽香は、風読夜見の手に落ちた。

 しかし、その魂は屈服していなかった。

 

「……たくみ、くん」

 

 その証として、掠れた声で呼ぶのは、最愛の人の名前。

 彼の命が、いままさに消えかかろうとしているとも知らずに……。

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