無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
事件から二週間が経過した。
街の復興は急ピッチで進められ、異能省が全国から掻き集めた“創建”やそれに類する異能力者の活躍もあって、事件前とほぼ変わらない状態まで戻ってきていた。
それより問題となっていたのは、事件直後に治安が少しばかり悪くなった事だった。混乱にかこつけて金目のものを奪うような輩が増えてきたのである。
それらを片っ端から捕まえるために警察や異能対策室が出張る事が増え、“HELLO WORLD”やその協力者たちも忙しく飛び回っていた。
結果として、二週間が経過した現在では治安も元に戻りつつあるが、街の防人たちは今日も平和を護るために戦い続けている。
* * *
午後二時の異能対策室。パトロールに出ていた真中真生と桜井恵が帰投すると、泊亮一がデスクで雑誌を広げていた。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様。異常はなかったか?」
「一時期よりかはだいぶ落ち着きましたよ。そういえば覚寺はどこに行ったんですか?」
「病院。異能を使って御刀さんを調べるって言ってた」
「ああ、狭霧村の……異能力で精神汚染のようなものを受けているって言ってましたよね」
「現場にいた俺の目からしても異様でしたしね。まるで欲望を引き出されたような感じだった」
そんな会話の中で、真中と桜井は自らのデスクまで戻ると、帰りがけに購入した弁当を食べ始める。亮一は昼食をとり終えていたようで、難しい顔で雑誌を睨んでいた。
「ひふひょふ、ひゃっひひゃひゃひゃひぃひょひょんひぇひゅんひぇひゅひゃ?」
「こら真中、飲み込んでから話せよ……なんて言ってるか分からないぞ」
「室長、さっきからなにを読んでるんですか? だと思います」
「なんで理解できてるんだ……? まぁいいや。異能薬学の論文だよ。アイツが書いたやつ」
そう言って亮一が見せた論文には幹ヶ谷万象の名前があり、タイトルは「“Hello World”についての考察」だった。学会誌に掲載されるようなきちんとしたものではなく、どちらかというと報告書に近いもののようだ。
「木野さんに例の麻薬を打ち込んだら、躰が自壊した。その事から、異能力者にあの麻薬を投与すると死に至るんじゃないかとアイツは考えているみたいだ。陽香さんたちが会った霧風才斗の模造品も同じようになっていたみたいだし、可能性は高いだろうな」
「じゃあ、流通を止めないと……!」
「でも、もう流通しきってるだろーし、根絶は難しいんじゃねーのか?」
慌てた声を出した桜井に、真中がそう意見する。
亮一は頷いて「真中の言う通りかもな」と言ってから、「……でも」と考え込むような素振りを見せる。
「製造には風読家が関わっていたようだし、そんじょそこらの麻薬と違って簡単に作れるものではないからな。製造はできなくなっていると思う」
「なら、流通ルートを潰せば根絶も可能かもしれませんね!」
桜井が嬉しそうに言う。
亮一は「そうだな」と頷いて、「そういえば、木野さんがもうすぐ来るんだったな」と呟いた。
「木野さんが来るんですか?」
「ああ。怪異型異能力の所有者は木野さんだし、どの異能が具現化したのかは彼女じゃないと分からないからな。今日なら時間が取れるというので、来てもらう事にしたんだ」
亮一がそう言った瞬間、彼の携帯端末が振動した。
二言ほどの通話を終えた亮一は、「噂をすればなんとやらだな」とインスタントコーヒーの準備を始める。その様子を見て、桜井と真中は急いで弁当を掻っ込んだ。
やがてノックの音がして、ふたりの少女が入ってくる。ひとりは灰色の髪の少女──木野葉月で、もうひとりは黄金色の髪の少女──天姫奏だった。
「御足労いただきありがとうございます。躰の調子はいかがですか?」
対外モードに切り替わった亮一がそう尋ねると、葉月は笑顔で、
「初めのうちは違和感がありましたが、もう大丈夫です。模造品の躰とは思えないくらい馴染んでいます」
と答えた。
「でも、本当に驚きました。いとも容易く他の躰に魂を移すなんて……」
「百年はかかるって話だったのにな、すげーよ」
桜井と真中が感嘆したように言う。
幹ヶ谷の実験により子供の素体に魂を移された葉月は記憶を失っていた。異能力が機能しているのを見た幹ヶ谷は、どこからともなく模造品の素体を調達し、爆破テロを他所に実験を進めていた。
最終的には、元の躰と同じ模造品を作り出し、それに魂を移し替え、記憶を修復したうえで葉月を目覚めさせる事に成功していた。この事について幹ヶ谷は「魂を移し替える事は可能でも、全く違う見た目にすると記憶が消えるようだ。模造品の普及で永遠の生を得られても、望む姿になる事は難しいという事になるだろうな」と話していた。
「外見のデザインについては、地下で寝ているガキ共で試すとしよう」
そう言い残して、幹ヶ谷は帰っていった。
その様子を思い返した亮一は、ため息混じりに「悔しいが、アイツは天才だよ」と呟いた。
「とりあえず、なんともないならよかった。それで、天姫さんは……」
「葉月さんの付き添いです!」
奏は元気よく答えた。
彼女はしばらくこの街に留まると決めたらしく、無題荘に部屋を借りて生活していた。葉月と再会した後は彼女と行動を共にする事が増えたようで、今日も自ら同行を申し出たようだった。
「なるほど。でも、天姫さんが同行してくれて助かりました。今から怪異型異能力のチェックを行いますが、名前を呼んだだけで発動する能力もあるかもしれません。その時は力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。私に任せてください!」
奏が胸を張って答える。
彼女の異能力── 「
つまり、奏ならばあらゆる異能力を浄化し、消滅させる事ができる。異能力を自壊させるアポトーシスとはまた異なる形で異能力を否定する力──それが奏の力だった。
「ありがとうございます。では……早速始めましょうか」
亮一はブラインドを下げてプロジェクターを用意し、これまでに破壊した怪異型異能力のリストを表示する。
そして、葉月の記憶と照らし合わせ、照合していく。
ロストアイがあれば楽なのだが、小鳥は叶のお見舞いに行っていて不在だし、桜井の“
「……天河さんに宿った“臨時放送”の異能を除く全ての怪異型が破壊されている事を確認しました。お疲れ様でした」
亮一が言うと、張り詰めていた空気が弛緩する。
「風読家もなくなったし、怪異型も消滅した。これで全て終わりって事か?」
真中がきくと、亮一は難しい表情になって、
「だといいんだがな……不安はまだある」
「というと?」
「苛内の死体が見つかっていない。生きている可能性があります」
「それに、アポトーシスもまだ消滅していません」
桜井に続いて、奏も不安を口にする。
それを受けた亮一は、彼が思い描いている最も強い不安を吐露した。
「それに……怪異型異能力は恐怖を形にした異能力だが、複製品だ。複製品があるなら、オリジナルもどこかにあるはず」
「苛内が生きていて、オリジナルの存在に気づいているのだとしたら、それを利用するかもしれない……と」
まだ何も終わってないじゃねーかと真中が唸る。
風読家が崩壊し、被害を受けた街も元に戻ろうとしているが、防人たちの不安は晴れないまま、燻り続けていた。
* * *
午後四時、陽ヶ鳴総合病院。
御刀祈が眠る病室に、ふたつの人影があった。
そのうちのひとり──覚寺我路が、もうひとり──鮮真翔一に声をかける。
「ここにいていいのか? “HELLO WORLD”のメンバーは御剣の病室に集まっているはずだけど」
「俺はここに入院してるからな。あいつらがいま話してる内容は事前に聞いているし問題ない」
そう言った翔一は、「それより、御刀さんを視たんだろう? どうだった?」と尋ねる。
それに対して覚寺は数秒ほど黙ってから、
「精神汚染系の異能を使われていたのは間違いない」
と答えた。
「やっぱりか。明らかに様子がおかしかったしな」
納得したように頷く翔一に対し、覚寺は僅かに顔を顰めて、
「しかも、それだけじゃない。御刀さんに使用されていた異能と、高凪さんに使用されていた異能のパターンが一致した」
「高凪さんって……異能対策室の?」
翔一は驚いたように声をあげる。
先の事件の最中、異能対策室の面々は、行方不明となっていた高凪ちとせと再会した。しかし彼女は覚寺たちを敵と看做し、襲いかかってきた。
異能力を用いてちとせを視た覚寺は、彼女が精神汚染を受けている事を知った。かなり高度な異能である事から使い手は限られるだろうが、探すには手間がかかるだろうと思っていた。
しかし──
「おそらく、ふたりに異能力を使ったのは同じ人物だ。それが誰なのかまでは分からないけれど……」
「そういえば、狭霧村で爽介と朝倉が妙なヤツと遭遇したと言っていたな。怪異型を使っていたらしいが……まさか、そいつがやったのか?」
分からない事だらけで、沈黙が降りる。
そんな沈黙を打破するように、覚寺がきいた。
「……そういえば、御剣が話してた内容っていうのは?」
「ああ、その事か」
翔一はしばらく口篭ったあと、暗い表情で叶からきいた話を伝えた。
「御剣は──」