無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#77「終わりと始まり」―風読決戦の章 終幕―

 鮮真翔一と覚寺我路が話している、ちょうどその頃。

 入院している茨羽姉弟や翔一を除いた“HELLO WORLD”のメンバーは、御剣叶の病室に集まっていた。

 世界の外側が引き寄せられた事により、叶の傷はほぼ癒えていた。しかし精神状態が思わしくないため、未だに入院していた。これは祈も同様である。

 叶も祈も錯乱する危険があるため、個室を宛てがわれていた。面会も最小限の時間しかできないが、その僅かな時間のなかで、“HELLO WORLD”の面々が聞かされた話は衝撃的なものだった。

 

「……はろわるを、抜ける?」

 

 楓が呆然とした様子で呟く。

 

「なんで、そんな……」

 

 爽介も驚いたように声を上げる。それに対して、叶は冷静な口調で、

 

「あれから、色々考えました。私は過去に人を殺してしまったし、私のせいで祈は暴走した。そんな私が、皆さんと一緒にいる資格はないんです。だからこの街を出ようと思っています」

「でも、叶はたくさんの人を助けてきた! あたしたちだって、叶に何度も助けられたよ! 人を殺すのはいけない事だけど……それでも、叶ははろわるで罪を償おうとしてる! 抜ける必要なんてないよ!」

 

 病院である事も忘れ、楓が叫ぶ。

 その横にいた小鳥や紗由には、叶の気持ちが痛いほど分かった。

 

「叶が全部背負う必要はない!」

「僕たちにも背負わせてくださいよ! 仲間じゃないですか!」

 

 楓と爽介は、叶の気持ちを変えようと語りかける。

 その言葉を受けた叶は微笑み、

 

「……ありがとうございます」

 

 窓の外に目を向け、淡々とした口調で言った。

 

「でも、私は償わないといけない。もっと多くの人を助けて、この命が尽きるまで、刀を振るわないといけない。そしてそれは、私だけの問題なんです」

 

 そこまで言うと、叶はみんなの方を向いて、

 

「それに、会えなくなるわけじゃありません。私は自分の意思でこの街を出ますが、皆さんが窮地に陥った時は、必ず助けに行きます」

 

 と言った。

 

「叶……」

 

 楓が泣きそうな表情になる。

 爽介も、大きく息をついた。

 重い沈黙が満ちる。そんな中、小鳥が静かにこう聞いた。

 

「ここにいないメンバーには話したの?」

「話しました。茨羽も帆紫先輩も鮮真先輩も、私の選択を尊重すると言ってくれました」

 

 その三人ならそう言うだろう、と小鳥は思う。

 翔一は叶が犯した罪の顛末を見届けているし、和樹と帆紫も叶の意志を無下にするような人間ではない。

 叶の決意は固く、それを尊重する人間がいる。

 それなら──

 

「……それなら、止められないよね」

「小鳥!」

 

 小鳥が零した言葉に、楓が驚いたように声をあげる。

 

「アンタまでなんでそんな事……!」

「叶の意志は固い。あたしたちにそれを止める資格はないよ」

「小鳥は寂しくないの!? リンドウ先輩に続いて叶までいなくなっちゃうなんて、あたしはそんなの嫌だよ!」

「あたしだって、嫌だよ……」

 

 声が掠れる。

 目の前がぼやける。

 それでも、小鳥は止まらなかった。

 

「また会えたのに、すぐにさよならなんてそんなの嫌だよ! でも、叶は自分の意志で道を決めた! 生きていてもいいって言われて、その命の使い道を自分で決めたんだ! なら、あたしたちにはそれを止められない!」

 

 叫ぶようにそう言ったあと、自分を制御するように大きく息をつき、小鳥はこう続けた。

 

「それに、叶も言っていたけど、もう会えなくなるわけじゃない。だから、叶が帰ってきた時に出迎えられるようにしなきゃ。叶が安心できる場所を、あたしたちで作るんだ」

「小鳥先輩……」

 

 叶が泣きそうな表情になる。

 小鳥に続いて、紗由が前に進み出て、こう言った。

 

「叶が戻ってくるまでには、にぃも取り戻す。そうしたらまた、みんなで遊ぼうよ。旅行も行けてないし」

 

 それを聞いた小鳥の脳裏に、夜宵との約束が過ぎる。

 

 

 ── じゃあ、一緒に海に行きたいな

 

 ──海なんて見た事なかったし、みんなで行ってみたいなって

 

 

 いつか、みんなで海に行く。

 それがいつになるかは分からないけれど、約束があれば、またみんなと会える気がした。

 

「だから、その時まで、ちょっとだけお別れになるね」

 

 また声が掠れる。

 自分でも気づかないうちに涙が流れていた。

 

「小鳥……」

 

 楓は目を乱暴に擦り、大きく息を吐き出す。

 その横にいる爽介も、もう答えは決めていた。

 

「皆さん……」

 

 叶の口からは、“ごめんなさい”という言葉が出かけていた。

 それは自らの罪にみんなを巻き込んでしまった事への謝罪であり、自分の身勝手な決断でみんなを振り回してしまった事への謝罪だった。

 しかし、いま自分が言うべき事はそうではないと気付き、直前でその言葉を飲み込む。

 

「……皆さん、ありがとうございます」

 

 生きてはいけないと思っていた。

 死ぬべきだと思っていた。

 だけど、生きなければいけない。

 誰かのために刀を振るい、いつか仲間の元へ帰るために……。

 

「行ってきます」

 

 叶は微笑む。

 みんなも笑顔で、それに応えた。

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 その後、退院した御剣叶は学校を辞め、街を出た。

 これを以て“HELLO WORLD”のメンバーはひとり減り、活動も少しばかり縮小した。

 それでも、子供たちは今日も戦い続ける。

 仲間の心が安らげる場所を、護るために……。

 

   *   *   *

 

 陽ヶ鳴総合病院、陽香の病室。

 先の事件で生死の境を彷徨った茨羽陽香は、しばらく入院生活を強いられる事となった。

 美幸の異能力でだいぶ傷が癒えたとはいえ、全快するまでには二ヶ月を要するとの事だった。これは同じく囚われていた帆紫も同様で、比較的軽傷で済んだ和樹や翔一はそろそろ退院できるようだ。

 そして今回の事件で最も重傷だった茨羽巧未は、全快するまでに二年ほどかかると言われていた。これも美幸の異能力で幾分かマシになってはいたが、躰が壊れてもなお動き続けた代償は大きく、美幸の異能力を使用してもなお、これまでのようには動けなくなるだろうと言われていた。

 しかし茨羽巧未という男は死神に嫌われているようで、二週間が経過した現在ではゆっくりと歩けるほどに回復していた。医者は「現代医療では説明がつかないほどの回復力だ」と驚嘆していたが、それについては陽香も同意見だった。

 現に、今も目の前に茨羽がいる。まだまだ動けない陽香の話し相手になってくれているが、怪我の具合から見て立場が逆であるべきなのは否めない。

 茨羽が病室を訪れた理由は、警察からとある情報を得たためだった。

 

「風読夜見が自殺したそうだ。逮捕された時には既に精神状態がおかしくなっていたようだが、今日の朝に突然錯乱して、その勢いで……という事らしい」

「そっか……」

 

 悲しいとは思わない。

 むしろ、彼の所業を思えば当然の末路だろう。

 だけど、それでも少し、哀れみを覚えた。

 

「当主の護衛……家村天花も逮捕されているから、そこから情報を引き出すつもりのようだが……それもどうなるかは分からないな」

 

 茨羽は窓の外を見る。その顔に苦みを含んだ表情が過ぎり、彼はちいさく息をついた。

 

「陽香も帆紫も助け出せた。風読家も壊せた。だけど……最後の最後に、してやられた気がする」

「……それでも、巧未くんはヒーローだよ。助けに来てくれて、ありがとう」

 

 陽香は花が咲いたような笑顔で、茨羽の淀みを吹き飛ばす。

 茨羽は屈み、陽香に顔を近づけ、それに応えた。

 一瞬の熱を唇に感じ、互いの顔が離れる。久しぶりだったので、陽香は硬直していた。

 

「……陽香?」

「あ、あはは……もう若くないのに、なんか、久しぶりだったから……」

 

 パタパタと手を振り、自分を落ち着かせようと深呼吸。

 それから話題を変えようと試みて、冷静の殻を被った口調でこう言った。

 

「これで、全て終わったのかな」

「どうだろうな……まだなにも終わっていないかもしれない」

 

 けれど、と茨羽は陽香を見て続ける。

 

「俺も陽香も、子供たちもみんな生きてる。いまは、それで充分だ」

「そうだね……そうだよね」

 

 自分はまだ生きている。

 今はそれでいいのだろう。

 きっと、それで……。

 

 陽香は窓の外に目を向ける。

 風が吹き、木々を揺らして消えていった。

 

   *   *   *

 

 陽ヶ鳴市と澪標市の境目に、常人では知覚不可能な空間がある。

 そこには大きな屋敷があり、いくつかの人影が動いていた。

 

「それにしても、本当に助かったよぉ。危うく死ぬところだった」

 

 そう言ったのは長髪の男。汚れた眼鏡の奥にある目を細め、唇を吊り上げて笑う。

 

「よい。私としても、お前に死なれては困るのでな」

 

 男の言葉に答えたのは、玉座のように飾り付けられた椅子に座る女だった。

 黒衣に身を包んだ黒髪の女。外見を見た限りでは二十代ほどに見えるが、実際の年齢は百を優に超えている。

 

「して、計画はどうなっている?」

「怪異型異能力って呼ばれているんだっけ。アレは全て破壊されたか、異能研が手に入れたかしたみたいだけどね。僕の読みが正しければ、リンフォンがひとつ残っているはずだ」

「それは、お前がかつて埋め込んだ少女の事か?」

「そうそう。多分生きてると思うから、これから探すとするよ」

 

 成程、と頷いた女は、男の背後にいた人影に目を向ける。

 

「それで、その者たちが新たな手駒か」

「そうだねぇ。世界の外側と接続した時、こちら側に引き入れた。躰までは用意できなかったから模造品だけど」

「だからといって、儂をこんな躰に入れるなど……」

 

 そう呟いたのは銀髪の少女だった。涙目で睨みつけるその視線を軽く流し、男は「似合ってるよ悪泣(あくなき)くん……いや、輪廻(りんね)ちゃんって呼んだ方がいいかなぁ?」と少女を揶揄う。

 

「やめなよ植。アンタの趣味でやった事なんでしょ」

 少女の隣にいたもうひとりの少女がそう言って男をたしなめる。緑色の髪をふたつに結んだその姿は、春風つばめそのものだった。

 

「あたしもこんな躰に入れられて嫌なんだけど。今からでも元に戻せないの?」

「悪いけど、それは無理だ。風読家がなくなっちゃったし、模造品もほとんど失ったからねぇ」

 

 男はそう言って、「それより……」とつばめに視線を向ける。

 

「キミの役割は魔神と一体化するって事、忘れないでよぉ? キミはもう僕の手駒なんだからね」

「分かっているよ。あたしはアイツらに復讐できればそれでいい」

「しかし、本当にできるのか? 地獄の門を使って異能力者を溢れ出させ、その力で魔神を復活させるなど」

 

 銀髪の少女──悪泣輪廻の言葉に、男──苛内植は「理論上は可能だよぉ」と答える。

 

「あとは上手く魔神をコントロールできれば、この世界を玩具にできる。この子はそのために復活させたんだよぉ」

 

 苛内が言う「この子」とは、つばめの躰に入れられた存在の事である。

 

「成程。それで、その女は何者だ?」

 

 悪泣の言葉に、「そういえば名乗っていなかったか」と女が呟いた。

 

「私の名は透翅魅雪(とうはねみゆき)。そこにいる男の母親だ」

「なんと……苛内に親という存在があったのか」

「キミ、さりげなく失礼な事いうね」

 

 苛内はそう言ってから、「まあそういう事。いま壊滅しかかっている天咲家を管理しているのもこの人だよ」と透翅を指差す。

 

「夜見くんがいなくなって、後ろ盾がなくなると面倒だったからね。相談して出張ってきてもらったってワケ」

 

 そう言った苛内は、つばめに視線を向ける。

 

「そういう訳だ。リンフォンが発動して死者が溶け込み始めたら、キミにも動いてもらうからね」

 

 ──分かったかい? ドロシィ。

 その言葉に頷いたつばめ──ドロシィは、心中で滾る黒い炎を感じ、部屋を出ていった。

 

 

 風読家の崩壊により幕を閉じた物語。

 その裏で、静かな悪意が蠢き始める。




名前の読みが“みゆき”のキャラが3人に増えましたが特に意味はないです……たぶん。(ゆき姉こと朝倉美幸は参加者のキャラクターなので無関係。あとのふたりは……)

“風読決戦の章”はこれでおしまいです。
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