無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#80「それぞれの幕間(前編)」

 神流瑞希が新たな一歩を踏み出し、赤坂小鳥と真中真生が家村天花と面会した日から三日が経過した、水曜日の事。

 先の事件で異能対策室が作戦本部としていたビル──津奈木(つなぎ)第三ビルの一室に、泊亮一と海月眠梨の姿があった。

 このビルは爆破テロの後に異能省が入手し、いまは異能対策室の冬天市支部兼“HELLO WORLD”の拠点として運用されていた。澪標市にある異能研究所の建物がそれなりに老朽化しているため、ゆくゆくはこちらに移転する事も考慮しての購入だったようだが、真相は闇の中である。

 日中なので、“HELLO WORLD”のメンバーは学校にいる。なのでビルにいるのは亮一と眠梨のみとなっていた。

 

 

「全く……急に呼び出したと思ったらこんなビルに閉じ込めるなんて、どういうつもりだい? 僕はきみとそういう仲になるつもりはないんだが」

 

 眠梨がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら言う。それをきいた亮一は無表情で、

 

「仮にも光の記憶を持っているヤツがそういう事を口にするな」

 

 淡々とした口調で言った。

 

「……きみはアイツを美化しすぎてるよ。逆浪はきみが思うほど賢しい人間じゃない」

 

 そう言ってため息をついた眠梨は、「で、なんでこんなところに連れてきたんだい」と部屋を見回してきいた。

 殺風景な部屋で、机と椅子しかない。刑務所でももう少しマシな設備があると思わせてくれる部屋だが、これは単に家具を入れていないだけである。

 生活能力がほぼ皆無に等しく、生きる事に関心がない眠梨でも、もう少し家具がほしいと思う部屋。そんな部屋の中で、亮一は平然と、

 

「おまえにはここで小説を書いてもらう」

 

 そんな事を口にした。

「……正気かい?」

「大真面目だが」

「こんなところでカンヅメになれと?」

「そういうの憧れてたじゃないか。高校生の時、羨ましがってたろ」

「それは逆浪光であって僕じゃないんだけどね……っていうか、書くだけならここじゃなくてもいいと思うけど」

「おまえ、資料室だとサボるだろう。ここならなにもないから集中できるぞ」

「……はぁ、わかったよ」

 

 眠梨は再び溜息をつくと、「それで、なにを書けばいいんだい」ときいた。

 

「ちょっと待て、そのまえに会わせたい人がいる」

 

 亮一は携帯端末を一瞥し、「そろそろかな」と呟く。

 それから四秒後、控え目なノックの音がした。

 

「どうぞ」

 

 亮一が声を掛けると、「失礼します」という声とともにふたりの女性が入ってきた。

 ひとりは桜井恵。そしてもうひとりは──

 

「……なぜ、あなたがここに」

 

 眠梨が驚いたように声をあげる。

 それを受け、もうひとりの女性──天河ひよりはぺこりと頭を下げた。

 

「彼女は服役中だろう」

「特例で認めさせた。街の被害を抑えるためには天河さんの異能力……和奏さんの力が必要だからな」

「サラリと言うね。相当苦労しただろうに」

「ま、腐っても異能省長官だったからな」

「…………」

 

 眠梨は本気でこの国の未来を憂いたが、口にせず。「それで、なぜ彼女を呼んだんだい?」ときいた。

 

「それは──」

 

 亮一の説明をきいて、眠梨は呆れたように、

 

「そんな事、よく思いつくね」

「理論上はできるはずだが、実際にやってみない事には分からん。だからこそ、おまえに小説を書いてほしいんだ」

「まぁ、そういう事ならいいけど……どのくらいまでに完成させればいいんだい?」

 

 眠梨の疑問を受けた亮一は端末のカレンダーを表示し、頭の中で少しばかり考える。

 そして数秒後、端末の画面を眠梨に見せて、こう言った。

 

「二週間でいけるか?」

「無理」

 

 眠梨の即答に、亮一はよろめく。

 

「なんでだ」

「僕の異能は物語を完結させないと発動しない。物語をきちんと畳むとなると、文庫本一冊分はほしいところだ。それを二週間で書くのは無謀すぎる」

「だからこそ部屋を用意したんだが……」

「こんなところに二週間もカンヅメになるのはちょっとね」

「じゃあどうしろと……」

 

 亮一が頭を抱えたところで、ひよりが「あの……」と声を上げた。

 

「それなら、わたしの家で書くのはどうでしょう」

「天河さんの家?」

「親がアパートを所有していて、そこに住んでいるんです。空き部屋もありますし、お貸しできると思います」

「そうだね、それがいい」

「だが眠梨、おまえサボるだろう」

「天河さんを監視に立てればいい。恵がいれば、ある程度は自由に動けるんだろう?」

 

 眠梨の言葉に、それまで黙っていた桜井が頷く。

 

「天河さんが……正確にはその中にいる和奏さんが暴走しなければ、ある程度の自由はききます。最も、暴走する危険性はないようですが」

「僕としても、天河さんが近くにいてくれた方が書きやすいし、ここははろわるの拠点だ。部屋から呻き声がきこえてきたら彼らも不安だろう。ただでさえ、ここ最近いろいろ起きているんだし」

「しかし……ああでも、環境は重要か……」

 

 うんうん唸った亮一は、やがて諦めたように「分かった。それで手配しよう。天河さんのご両親には俺からも説明する」と草臥れた様子で言った。

 

「やったね」

 

 にっこりと笑う眠梨を見て、亮一は深々とため息をつく。

 こうして、この街を防衛するための策は、秘密裏に進んでいったのだった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、松ヶ崎高校

 

 お昼休みになり、生徒たちが思い思いに散っていく。

 茨羽帆紫も大きく伸びをして立ち上がった。普段は自分で作ったお弁当を食べるのだが、今日は学食か購買のパンで済ませようと考えていた。

 廊下に出て、食堂に向かおうとしたところで、背後から声を掛けられる。振り向くと、背の高い男子生徒がこちらに向かってくるところだった。

 

「茨羽姉、少しいいか」

弓谷(ゆみたに)くん? どうしたの?」

 

 話しかけてきたのは弓谷という三年生だった。帆紫はそこまで親しい訳ではないが、零導と同じクラスで、ふたりで行動しているのを何度か見掛けたことがあった。

 背が高く顔立ちも整っている弓谷と、校内一の美少女との呼び声高い帆紫という組み合わせは、嫌でも目立つ。周りに人が集まりかけているのを見た弓谷が「ここじゃなんだし、学食で話そう」と言って歩き始めたので、帆紫はそれを追いかけて食堂へと向かった。

 

 

 お昼休みという事もあり、食堂は混雑していた。

 帆紫が食券を買うために財布を取り出すと、弓谷がそれを静止して、「これを使え」とカードのようなものを差し出してきた。

 

「これは?」

「教職員に配布される学食無料券だ。券売機に差し込めばどんな学食でも無料で食べられる」

 

 券売機には硬貨やお札の投入口の他に、カードを入れるためのスロットも付いている。生徒は使えないので、なんのためにあるんだろうと常々思っていたが、こんなところで疑問が解消されるとは思っていなかった。

 

「でも、なんで弓谷くんがそんなものを持っているの?」

「さる筋から手に入れた。安心しろ、非合法なものじゃない」

 

 どこから手に入れたのかは怖くてきけなかったが、帆紫は「ありがとう」と言ってカードを差し込み、日替わりランチを選択した。

 食券と引き換えにランチを受け取り、空いている席に座る。しばらくすると弓谷がラーメンを持って現れ、帆紫の対面に座った。

 

「さて……本題に入ろう」

 

 ラーメンを美味そうに啜りつつ、弓谷は帆紫に視線を向けて、

 

我が友(マイフレンド)……朝倉零導はどこにいる?」

 

 真剣な口調でそうきいた。

 やっぱりその質問か、と帆紫は思いつつ、日替わりランチ(今日はハンバーグだった)をひとくち食べ、思考を巡らせる。

 弓谷は一般人だが、零導が“HELLO WORLD”の一員である事は理解している。加えて、彼は独自の情報網を持っているらしく、下手に話すと巻き込みかねない。

 いまの零導──アポトーシスは異能力者以外には危害を加えないだろうが、それでも危険な存在だ。できれば、自分たちだけで対処したかった。

 沈黙を回答と悟ったのか、弓谷は納得したような表情を浮かべ、

 

「……朝倉妹にも尋ねたが、はぐらかされた。理由もなく学校を休むとは考えにくいし、人には言えないような事情があるのだな」

 

 そう言って水をひとくち飲んだ。

 

「ひとつだけきかせてくれ。我が大親友(マイベストフレンド)……朝倉は、無事なのか?」

「それは──」

 

 アポトーシスに支配されているいまの状態で、無事と言えるのか──答えは否だ。

 しかし、それを弓谷に言ったところで、余計に心配させてしまうだけだろう。なので、帆紫はこう答えた。

 

「無事……だと思う。実は私たちも最近は会えてないんだ。零導くん、ちょっと遠い所に行ってるから……」

「……そうか」

 

 弓谷は釈然としない様子で呟いたあと、しばらくラーメンを食べる事に集中する。

 帆紫も無言で食べ進め、ふたりとも食べ終わったタイミングで、弓谷がぽつりと零した。

 

「だが俺は信じているぞ。我が心の友(マイソウルフレンド)……朝倉はそう簡単にくたばるような奴ではない。いつか俺の前に姿を現し、また馬鹿をやってくれると、信じている」

 

 それだけ言うと、弓谷は食器を片付けるために立ち上がる。

 残された帆紫は、拳を固く握りしめた。

 

(早く、零導くんを見つけないと……)

 

 そう考えているのは、帆紫だけではなかった。

 故に──




後編に続く。
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