無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
暁月はぼんやりとしていた。
ショックで頭が上手く働かなかった。
イアが居なくなってしまうかもしれないなんて…耐えられない。
今朝、普通に出ていったのに。
連絡を受けて病院に駆けつけた時には、彼女はもう生者と死者の間をさまよっていた。
なんで。
どうして、こんな事に…。
半ば放心したまま、フラフラと歩く。
と、後ろから声を掛けられた。
「暁月夜桜だな」
振り向くと、暗緑色の髪に青い瞳の、端正な顔立ちをした男が居た。
「…誰だ」
「螺鈿會と言ったら分かるか?」
「…何の用だ」
暁月が覇気の無い声できくと、
「貴様の想い人を救う方法を知っている…と言ったら?」
男がそう言った瞬間、暁月の瞳に光が戻った。
「教えろ。今すぐに!さもないと―」
先程とは打って変わって覇気のある声で言う暁月に対し、男は冷静な口調でそれを遮った。
「貴様がある条件を呑んでくれたなら教えてやる。が、此処で話したくはない。場所を変えよう」
暁月は素直に頷く。
それを見ると、男は歩き出した。
* * *
病院から少し離れた空き地で、男は立ち止まった。
「まず…暁月夜桜。貴様は想い人に何が起きたかを把握しているのか?」
「随分と唐突だな。今話題になっている変死事件に巻き込まれたんじゃないのか?」
「その真相を知っているのかと聞いているんだ」
「…知らないよ。それがどうしたんだ?」
暁月が言うと、男は頷いて、
「では、まずはそこからだな…あの事件を引き起こしたのは和奏心春という少女だ。既に故人だがな」
「故人?」
死者が起こした事件だとでもいうのか。訝しむ暁月に、男は淡々と事実を事実を述べていく。
「そうだ。数年前に起きた旅客機爆発事件に巻き込まれ、その際に異能を得た。『恨みを現実に変える』という異能をな」
「………」
「そして和奏はその力を使って無差別に人を殺し始めた。肉体は死んだが異能は残っている。それで人に『空から落ちる』という幻を見せ、ショック死させた」
「それが、真相か」
犯人が見つかるはずがない訳だ。死人に気を配る余裕など、警察には無いだろう。
「だが、その話と螺鈿會がどう繋がるんだ?」
「我々は和奏の異能を補足し、度々利用していた。今回の事件も我々が引き起こしたものだ。…そして当然、異能の解除法も把握している」
「だからそれを教えろと…」
「ただで教える訳が無いだろう」
男は軽蔑した様に暁月を見て、それから言った。
「想い人を救いたくば…我々の同士となれ」
「……分からないな。どうして僕なんだ?」
「特に理由は無い。逆浪光でも良かったが…アレは使い勝手が悪過ぎるからな」
「巧未とかじゃいけないのかよ?」
暁月がきくと、男は「ダメだ」と断言した。
「赤坂蜥蜴と茨羽巧未、そして源夜月…彼らは我々の同士とはなり得ないからだ」
「どうして」
「…それも含めて、今から教えよう」
「いいのか?僕に話せば、巧未達に知られる事になるぞ?」
「貴様が気にする事は無い。それに…話せば想い人が死ぬだけだ」
暁月は黙り込む。それを見た男は、パチンと指を鳴らした。
すると、空中から青づくめの男と黒いローブを羽織った人影が二人現れた。
「コイツが暁月夜桜か。弱そうなガキじゃねぇか」
青づくめがニヤニヤしながら言う。暁月はそれを無視して男にきいた。
「コイツらはアンタの仲間か?」
「ああ、そこの青い男は神知戦という」
神知という名前には聞き覚えがあった。確か茨羽がうんざりした様子で話していた記憶がある。
「よろしくなー」
神知はニヤニヤと笑いながら暁月に顔を近付けた。酒臭い呼気が顔にかかり、暁月は顔を顰めて後ずさる。
「…そこのローブは誰だ」
顔を顰めながらきいた暁月に、男は口角を少し吊り上げて答えた。
「彼らは我々の新たな同士だ」
その言葉と共に、ローブの二人はフードを上げる。
現れた顔を見て、暁月はあっと声を上げた。
「な、なんで…」
「ハッ、驚いてらぁ」
神知が愉快そうに言う。
驚くのも無理は無い。だってその二人は―暁月達が探していた人物なのだから。
「なんで、あなた達が…」
フードの下から現れた顔。
それは紛れも無く、泊亮一と高凪ちとせのものだった。