無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#84「接近遭遇」

 ──翌日、放課後

 

 小鳥たち“HELLO WORLD”の面々は、津奈木第三ビルに集まっていた。

 ここのところは大きな事件は起きておらず、ほぼ活動休止状態だった。それが今日になって集まった理由は──

 

「不審者って、昨日言っていたやつ?」

 

 小鳥がきくと、左隣に座っていた茨羽和樹が頷いた。

 

「ここのところ話題になってるんで、学校側から調べてほしいって依頼が来た。そこまで難しい仕事でもないだろうから、手が空いてるメンバーで調査すればいいかなと思ってる」

「だから今日はいつもより少ないんだ」

 

 小鳥はぐるりと部屋を見回す。会議室として利用されている部屋に、何人かの少年少女が集まっていた。

 小鳥の右隣に座っている入戸からすはこっくりと船を漕いでいる。その隣には朝倉零導がいて、携帯端末に視線を落としている。おそらく、学校側から提供された資料に目を通しているのだろう。

 零導の右隣には神永楓、さらにその隣には鮮真翔一がいて、その右隣に座るフレデリカ・リンドヴルムで輪が一周する。朝倉紗由は武器制作で学校を休んでおり、東爽介はバイトで不在。茨羽帆紫は友達の受験勉強に付き合っているようだった。

 

「……というかリンドウ先輩、受験勉強は大丈夫なの?」

 

 小鳥がそう尋ねると、零導は「問題ない」と短く答える。

 

「紗由が来れない分と、皆に迷惑を掛けてしまった分、自分が動かなければいけないからな」

「それならいいんだけど……」

 

 そこで会話が終わり、和樹が事件についての話題を再開させる。

 

「七人いるから、二人一組で情報収集をしよう。残ったひとりはここで待機して、ネットでの情報収集に当たってほしい。ないとは思うけど、場合によっては解決業や異能対に頼る必要も考慮した方がいいな」

 

 解決業というのは、無銘が営む探偵事務所や茨羽巧未の何でも屋など、トラブルの解決に携わる業種を総称する言葉である。

 寝ていた入戸が「じゃあワタシ残って情報集めまぁ〜す」と呑気に言ったので、それを契機にペアを決めていき、子供たちは外へと飛び出していった。

 

   *   *   *

 

 ──零導・フレデリカサイド

 

 学校に戻る最中、ふたりは妙なものを見つけた。

 位置としては無題荘の付近にあたる。学校から十分ほど歩いた住宅街の中だった。

 黒いフードで顔を隠した人影。まっすぐこちらへと向かってくる。

 

「……コイツが、依頼にあった不審者か」

「そのようですね」

 

 零導とフレデリカは不審者を警戒しながら、いつでも飛び出せるように身構える。

 と、不審者の姿が消え、一瞬の後にはふたりの背後に現れていた。

 

(──ッ!!!)

 

 咄嗟に首を捻る。先程まで頭があった位置を、漆黒のブレードが貫いていた。

 

「……フレデリカ!」

 

 零導が叫ぶと、フレデリカは重力操作の魔法を発動。不審者を地面に叩きつけようとしたが、なぜか効かず、背後に現れた不審者の蹴りを喰らい、真横に吹っ飛ばされた。

 

「なんで、私の力が……!」

「……“和光”!」

 

 零導が叫ぶと、彼が身につけていたペンダントが大きくなり、一振りの刀となった。紗由が開発した、“携帯型武装”の技術によるものである。

 刀身がぶつかり合い、火花を散らす。その隙に起き上がったフレデリカは再び重力操作を試すが、やはり効果はない。

 

(効かない……いや、打ち消されている? それなら──)

 

 フレデリカは重力操作の魔法を応用し、自身の蹴りを加速させる。

 槍のような一撃は、しかし寸前で静止して、不審者には届かない。

 それどころか──

 

(躰が、動かない……!)

 

 まるで糸で操られているかのように、自分の意思で躰を動かす事ができなくなっていた。

 空間そのものが、躰を拘束しているかのようだ──そこで、自らを拘束する異能力の正体に思い当たり、フレデリカは声を上げた。

 

「零導様! 敵の異能は空間操作か、それに類するものです! だから攻撃が届かな……っ」

 

 口を塞がれたかのように言葉が止められ、見えない手で握り潰されているかのように躰が軋んでいく。

 零導は刀を振るうが、やはり届かない。それどころか圧縮した空気が大砲のように飛んできて、数メートルほど吹っ飛ばされた。

 

(……なら、仕方ない)

 

 体勢を立て直した零導は目を閉じ、自らの内面を探る。

 自らに宿る力──異能力を否定する力を解放しようとした、その時、

 

 この世界から、総ての異能力が消失した。

 

   *   *   *

 

 ──翔一・楓サイド

 

 翔一と楓もまた、フードを被った不審者と退治していた。

 二人組で、おそらく女だと思われるが、言葉も発さないためよく分からない。ひとりが両手剣を構えて襲い来るのを翔一が食い止め、その場から離脱した。

 残された楓はもうひとりと対峙する。先に動いたのは相手で、正拳突きを打ち込んできた。

 実直な動きから、空手をやっているのかなと予想する。見たところ、異能力者ではないようなので、これなら自分でも制圧できると思った。

 

(ちょうどいい、試してみよう)

 

 楓は距離を取り、空を殴りつける。当然、攻撃は当たらない。相手は理解不能な行動に戸惑ったようだったが、これを好機と見たのか突進してきた。

 その拳が楓の顔面を捉える──その直前で止まる。

 なにもない空間から楓の腕が現れ、相手の鳩尾を殴りつけていた。

 異能力を鍛えた結果、躰の一部を転移させる事ができるようになっていた。いまは腕だけを転移させ、油断させて一撃を加えたというわけだ。

 不審者は躰をくの字に折り、その場に崩れ落ちる。どうやら、何らかの怪異というわけではないらしい。

 

「ごめんね。顔を見せてもらうよ」

 

 楓は不審者に近づくと、そのフードを取る。

 

「え」

 

 そして、その中にあったものを見て、困惑の声をあげた。

 脳が目の前の光景を理解しようとした、その瞬間、

 世界から、総ての異能力が消失した。

 

 

 

 同時刻、翔一の戦いも、決着を迎えていた。

 相手の異能力は不明だが、身体能力がとても高く、異能を発動した翔一と遜色ないほどのスピードで襲いかかってきた。

 両手の剣から繰り出される斬撃は変幻自在で、全てを回避するのは至難の業だ。なので翔一は、致命傷になる攻撃以外は受け、怯むことなく攻撃していった。

 相手は中々隙を作らず、攻略は難しい。

 血の網を作って動きを止めようとしたが、すぐに破られた。搦手も難しいだろう。

 それならば、と翔一は距離を取り、自分の右腕を血の刃で切り裂く。

 面白いように血が噴き出し、地面を染めていく。躰がどんどん冷たくなっていくが、意に介さず血を撒き散らし続けた。

 自傷を好機と見たのか、相手は突進してくる。しかし、その動きは翔一が作り出した血の海に足を踏み入れた途端に停止した。

 血の海は翔一の能力の範囲内であり、彼の世界も同然だ。いくら身体能力が高くても、動けないならば意味がない。翔一は血の刃を相手の首筋に這わせ、「なぜ襲いかかってきた」と低い声で問う。

 それで観念したのか、相手はフードを取り、素顔を晒した。

 

「お前は……」

 

 そう呟いた途端、世界から総ての異能力が消失し、拘束を振り払われた。

 一陣の風が吹いたかと思うと、相手の姿はどこにもなかったかのように消えていた。ひとり残された翔一はすぐに周りを探すが、どうやら逃げられたらしいと気付き、小さく溜息をつく。

 

(……とりあえず、他のメンバーと合流するか)

 

 ひとまず楓と別れた場所まで戻る事にして、翔一は歩き出した。

 

   *   *   *

 

 ──小鳥・和樹サイド

 

 ふたりもまた、フードを被った不審者との戦闘に入っていた。

 おそらく男だと思われるが、よく分からない。素手での格闘をメインにしており、触れた異能力を打ち消す力を持っているようだった。

 

(お父さんと同じ能力……まさか、模造品ってやつ?)

 

 小鳥は攻撃を防ぎながらそう考える。異能力で和樹を強化する事はできても、相手に弱化をかける事はできない。おまけに和樹の異能力は無効化されるため、こちらも身体能力のみで立ち向かうしかない。

 和樹は脳からの電気信号が伝わる速度を上げ、文字通り雷のような勢いで猛攻を仕掛けているが、相手はその悉くをいなしている。時間差で小鳥も仕掛けるが、相手は易々と対応してきた。一筋縄ではいかなさそうだ。

 一度距離を取ると、和樹が「どうする?」と相手から目を離さぬまま聞いてくる。

 

「このままだとジリ貧だぞ」

「っていっても、アイツ、めちゃくちゃ強いよ……」

 

 小鳥も警戒を崩さぬまま呟く。

 このままではこちらの体力が尽きてしまう。その前に、どうにかして無力化させないといけない。

 幸いにも、相手の力が父と同じ能力なら、やりようはあった。

 

「和樹、この前やったやつって撃てる? 手を繋いで撃つやつ」

「ああ、アレか。おまえの能力と併用すれば撃てると思うけれど、あいつには効かないだろ」

「アイツの能力がお父さんと同じなら、異能力は殺せても衝撃までは殺せないはず。大技を撃って隙を作らせて、そのうちに一撃入れるしかないよ」

「……たしかにそうかもな。やってみる価値はあると思う」

 

 和樹が頷くのを見て、小鳥は彼の左手を握る。

 異能力で和樹の力を最大まで引き出し、雷に転換させて放つ大技。

 攻撃を防げても、その衝撃はダメージとなるはず。

 有効打を与えるには、これしかなかった。

 

「“アクセルボルト”──“怒りの雷(インドラ)”!」

 

 雷光一閃。

 相手は反射的に右手を突き出し、その一撃を防ごうとする。攻撃を予測していなければ不可能な芸当だったが、その判断が功を奏し、雷に撃たれる事だけは免れた。

 しかしその攻撃の余波は凄まじく、後方へと吹き飛ばされる。

 すかさず小鳥が地面を蹴り、追撃しようとしたが、そこで相手が呟いた。

 

 ──■■■■■■(スタンド・バイ・ミー)

 

 瞬間、世界から総ての異能力が消失した。

 それと同時に相手が被っていたフードが脱げ、その素顔が晒された。

 

「え……」

 

 今まさに拳を叩きつけようとした小鳥は、戸惑ったように声をあげた。

 相手には顔がなかった。つるりとした表面はマネキンのようで不気味だったが、次に相手がとった行動で、その恐怖は吹き飛んだ。

 

「向かえ」

「えっ?」

「L・D研究所に、向かえ」

 

 その言葉と共に、異能無効化が解除される。

 強い風が吹き、気付くと相手の姿は消えていた。

 

「小鳥!」

 

 和樹が駆け寄ってくる。小鳥は半ば自失していたが、その言葉で我に返り、震える声で呟いた。

 

「……お父さん」

「え」

「今の声、お父さんの声だった」

 

 どうして、お父さんが。

 小鳥は理解できない様子で呟き、項垂れる。

 和樹は目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻り、「とりあえず、他の奴らと合流しよう」と言った。

 小鳥が縋るように手を繋いでくる。それを握り返しながら、和樹は歩き始めた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、異能対策室

 

 所員が出払っている異能対策室。泊亮一が事務作業をしていると、ドアがノックされた。

 入ってきたのは逆浪光だった。彼はここの所員ではないので、きちんと来客用の入館証を下げている。

 

「光か、どうした?」

 

 亮一がきくと、逆浪は彼のデスクまで近づいて、

 

「師匠が小鳥ちゃんたちに接触した。そろそろ時間だ」

 

 淡々とそう言った。

 

「……そうか」

 

 亮一は呟くと、立ち上がる。

 

「おまえもそろそろ夢から覚める時だ。例のものはL・D研究所にあるんだろう? とっとと行きな」

 

 逆浪の言葉に頷くと、デスクの引き出しを開ける。

 そこにあった拳銃を掴み、安全装置を解除すると、逆浪に銃口を向け、躊躇いなく発砲した。

 乾いた音と共に、逆浪の額に穴が開き、脳漿がぶち撒けられる。ぐらりと倒れた躰には生気がなく、絶命しているのは明らかだった。

 

「……こんなもんか」

 

 亮一は呟くと、夕日が差し込む対策室を出て、何処かへと歩いていく。

 あとには、絶命した逆浪のみが残されるばかりだった。

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