無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#85「過去への誘い」

 各々の戦闘を終え、津奈木第三ビルに戻ってきた小鳥たちは、戦闘で得た情報を交換していた。

 

「いまのところ、敵は三人。いずれものっぺらぼうで、人間かどうかも分からない。異能力を持っている奴がふたりいて、それぞれ空間操作と無効化を使ってきた。そして無効化を使った奴は、無銘さんの声で喋った……と」

 

 翔一が情報を纏めると、フレデリカが「とてつもない強さでした」と表情を曇らせた。

 

「私ひとりでは、負けていたかもしれません」

「まぁまぁ、五体満足で帰ってきたんだからいいじゃないですかぁ〜」

 

 入戸が呑気な声で言って、「そんな事よりも、気になる事がありますよぉ」と身を乗り出す。

 

「L・D研究所に向かえと言っていたそうですが、なんで今更あんなところに行く必要があるんですかねぇ……?」

「そもそも、L・D研究所って?」

 

 小鳥がきくと、和樹が「まえに無銘さんたちからきいた事があったろ」と呆れたような視線を向けて言った。

 

「重石沢市にあった研究所で、かつて螺鈿會が拠点としていた場所だよ」

「なるほど……? 重石沢って、たしか遠いよね?」

「県境だから、ここからだと遠いね」

 

 そう答えた楓が「でも大丈夫! あたしの“空間接続(コネクト)”でイッパツよ!」と胸を張ってみせた。

 

「でもお前、この人数を連れて行けるのか?」

「……ごめん見栄張ってた。小鳥が協力してくれないときついかも」

「……はぁ。とりあえず、行ってみる価値はあるかもな」

 

 和樹がそう纏めたところで、小鳥の携帯端末が振動した。

 

「あ、泊さんからだ。ちょっとごめんね」

 

 断りを入れてから部屋を出て、通話ボタンをタップする。

 

「はい、赤坂です」

『赤坂さん? 泊だけど、いま大丈夫かな?』

「大丈夫です。どうしましたか?」

『実は……って危ないなこの車、思い切り反対車線にはみ出してるし』

 

 亮一は運転中のようだった。泊さんこそ大丈夫ですかと小鳥がきくと、『ごめんごめん』と涼しい声がそれに応えた。

 

『実は今、重石沢市にあるL・D研究所に向かっているんだ。それで、きみたちにも来てほしいと思ってね』

「今からですか?」

『急な話で申し訳ないとは思っている。だけど、きみたちは無銘さんたちと接触したんだろう?』

「お父さんと……?」

 

 違う、と言いかけて、脳裏を過ぎった映像に言葉を飲み込む。

 無銘の声で喋ったのっぺらぼうと、「L・D研究所に向かえ」という言葉。もしかすると、あれは無銘だったのではないだろうか。

 

『とにかく、頼んだよ。交通費が必要ならあとで支払うから、メンバー全員に声をかけてほしい。じゃあ、また』

 

 言葉を挟む隙を与える事なく通話は切れた。

 小鳥はこの場にいないメンバーにメッセージを送ると、会議室に戻り、亮一との通話内容を伝えた。

 

「今からか。それこそ、神永に頼るしかないな」

 

 零導がそう言うと、楓が「任せて!」と笑顔で返す。

 

「……もう頃合ですか、もうちょっと遊びたかったなぁ」

 

 そう呟いた入戸は勢いよく立ち上がると、「ワタシは訳あって研究所には行けませんので、あとはよろしくお願いしますね!」と言い残して部屋を出ていった。

 

「あ、ちょっと!」

 

 楓が声を掛けるが、入戸は歩みを止める事なくビルから出ていった。

 残された面々は顔を見合わせたが、他のメンバーからの返信を待つ事に決め、ビルのあちこちに散らばっていった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、喫茶はるかぜ

 

 茨羽帆紫は友人──霄木(みぞれぎ)春音(はるね)の受験勉強に付き合っていた。

 といっても、春音は成績優秀な優等生である。帆紫が教える事などほとんどなく、たまに不明な箇所を解説するのみとなっていた。

 

「ごめんね帆紫ちゃん。赤坂さんたちに呼ばれていたのに……」

「ううん、大丈夫。“あたしたちだけでどうにかなるから心配しないで”って小鳥ちゃんも言ってたし。それより、不審者が出てるって話だったから、春音も気を付けてね」

 

 そんなやりとりをしながら、春音がペンを動かすのを見守っていると、帆紫の携帯端末が振動した。小鳥からメッセージが届いており、それを見た帆紫は思わず「今から?」と声を上げた。

 

「失礼します。コーヒーのお代わりをお持ちしました」

 

 そこに、東爽介がやってきた。彼はバイト中であり、ふたりの前にコーヒーを置くと立ち去ろうとする。

 

「あ、待って爽介くん! 実は、小鳥ちゃんからこんな連絡が……」

 

 慌てて呼び止めた帆紫は、爽介に携帯端末の画面を向ける。

 そこに書かれていたメッセージを読んだ爽介は、「L・D研究所……? なんであんなところに」と訝しげな声を上げた。

 

「緊急招集って書いてあるし、行かないとかも」

「……分かりました。事情を話してみます」

 

 爽介は頷くと、小走りで戻っていき、カウンターにいた幹ヶ谷柘榴と話を始めた。

 帆紫が春音の方を向くと、彼女はペンを止めて「どうしたの?」ときいてきたので、小鳥から送られてきたメッセージについて話した。

 

「それで……ごめん。緊急招集だから、行かないといけないみたい」

「ううん、大丈夫。気を付けてね」

 

 春音の柔らかい笑顔に背中を押され、帆紫は立ち上がる。財布から取り出した千円札を置くと、「私の分、これで支払っておいて」と言い残し、店の入口へと急いだ。

 そこに爽介も合流してきたので、ふたりは急いで津奈木第三ビルへと向かった。

 

   *   *   *

 

 少し時間を遡る。

 冬桜山にある朝倉家、そこから少し離れた、朝倉紗由の工房で、紗由は驚きの声を上げていた。

 

「大和重工って……あの大和重工ですか!?」

『その大和重工だよん。で、ウチが社長の大和(やまと)(はるか)ってワケ』

 

 PCの画面に映る女は陽気な口調でそう言った。

 SNSのDMに届いた武器の制作依頼を請け負う事にして、依頼人とコンタクトを取る事に成功したのだが、どうにも妙な話になってきたところだった。

 

「でも、大和重工がどうして私に? とまりさ……異能対策室の室長が言うには、あなたたちは異能力に対抗する兵器を製作しているとの事でしたが」

 

 紗由が警戒しながらそうきくと、大和は『それであってるよん』と親指を立てた。

 大和重工は、冬天市に所在する株式会社である。表向きには作業機械を生産する会社として知られているが、裏では異能力に対抗する兵器を生産しており、研究のために異能力者を被検体にしているとの噂もある組織であった。

 今から二十年以上前に「神色(かみいろ)螺旋(ねじ)」という宗教団体が壊滅してからは裏の活動を縮小しており、異能対策室がマークしているだけの組織となっていたが、それが自分に接触してきた意図は分からない。

 

「私も異能力者ですよ。それを分かっていて、依頼をするんですか?」

『でもアンタは、異能力者である前に一流の職人だと聞いているけれどね。それに、これは他でもない、異能対策室からの依頼だ』

「異能対策室が、大和重工に依頼をした……?」

 

 ますます訳が分からなくなってきた。混乱する紗由などお構い無しに、大和は話を続ける。

 

『なんでも、街を防衛するシステムってのを作っているらしいんだけどね。そこになんか組み込めないかって相談が来たんだ。まー異能力者とはドンパチやってきた仲だけど、街を守るとなれば話は別さね。ウチら、正義の味方だし』

「はぁ……」

『で、折角だから弊社が誇る最高傑作を組み込もうと思って、いま大急ぎで調整してるとこ。これなんだけど』

 

 大和の言葉が終わると同時に、画面に設計図が展開される。

 それを見た紗由は驚きのあまりに仰け反り、危うく椅子から転げ落ちるところだった。

 

「な、なんですかこれ!? ()()()()()、本当に作るんですか!?」

『うん。ってか粗方作ってある』

「マジで!?」

『マジで』

「ほんまに!?」

『ほんまに』

 

 紗由の反応がお気に召したようで、大和はゲラゲラと笑う。一頻り笑ったあと、『で、アンタにはそれの武器を作ってほしいんだよね』と言った。

 

「でも私、こんな大きさのもの作った事が……」

『もちろん、弊社が全力でバックアップするさね。資金面もなんとかなる。異能対の室長から巻き上げるからね。ウチがききたいのは、やるかやらないかの選択だけだ』

「私は……」

 

 紗由が悩み始めたその時、手元に置いていた携帯端末が振動した。小鳥からメッセージが届いたためである。

 それを読んだ紗由は、「……すみません、緊急招集が掛かりました」と申し訳なさそうに大和に言った。

 

「お? いいよいいよ行ってきなー。返事はすぐじゃなくてもいいからねー」

 

 その言葉と共に通話が切れる。

 紗由は急いで支度を済ますと、外へと飛び出した。

 仲間の元に向かう道すがら、大和からの提案を検討したが、考えても仕方がない事ではある。ひとまず脇に押しやって、足を前へと動かしていった。

 

   *   *   *

 

 招集から一時間後、メンバー全員が津奈木第三ビルに集まった。

 早速、小鳥が異能力で楓の潜在能力を引き出す。楓は大きく息を吸い込んだあと、“空間接続”を用いて研究所までのゲートを作った。

 転送するもののサイズに応じて負荷が増大するため、いまの楓にはかなりの負荷が掛かっている。それでも歯を食いしばり、全員を転送する事に成功した。

 研究所に着いた途端に崩れ落ちた楓を、爽介が支える。小鳥も彼女を支えながら、周りに視線をやった。

 異能夜行により更地となっており、周りには木々とクレーターしかない。しかし研究所の建物自体は残っており、中に入る事もできるようだった。

 建物の前にはひとりの男性──泊亮一がいて、小鳥たちを見つけると駆け寄ってきた。

 

「急に呼び出して済まなかった。楓くんは大丈夫かい?」

「はい……なんとか……」

 

 力なく頷く楓を心配そうに見た亮一は「とりあえず、場所を変えよう」と研究所に向かって歩き始めた。

 全員がそれについて行き、中に入る。そして、そこで目にした光景に、驚きの声を上げた。

 一面、白い部屋。全員が入っても余裕があるくらいには広かったが、入口を除けば窓もドアもない。研究所の外観から見て、もう少し入り組んでいてもいいはずだが、この一部屋しかないようだ。なんとなく、騙されたような気分になる。

 部屋の中央には透明な棺が置かれていて、その周りに何人かの人間がいた。その中に父の姿を見つけた小鳥は、「お父さん……」と声をあげる。

 

「瑞希に愛夜も……どうして、こんなところに?」

 

 紗由が戸惑ったようにきくと、亮一が「話すと長くなる。だから、見てもらった方が早いかな」と棺の方へと全員を導いた。

 棺の中には女の子が入っていた。灰色の髪に花車な躰の女の子で、目を閉じている事から眠っていると分かる。

 なんとなく、少女に見覚えがある気がした。それは他のメンバーも同じようで、記憶を探るように考え込んでいるものもいる。

 

「赤坂さん。彼女にロストアイを使ってくれるかな。そうすれば、全員が同じ映像を視るはずだ」

「わ、分かりました」

 

 小鳥はロストアイを発動し、少女に秘められた過去を視ようと試みる。

 バチバチとした電気のようなものが全員に伝播し、意識が過去へと落ちていく。

 その直前、小鳥は少女の名前を思い出した。

 

「……よいちゃん」

 

 

 そして、子供たちは知る事となる。

 自分たちの世界が混沌に包まれた事と、それに至る道筋を──。

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