無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
小桜みなもが皐月日夜宵となった理由。
それには、七年前に狭霧村で起きた、とある事件が関係していた。
加えて、鮮真翔一の父親──鮮真練血も、その事件で命を落としていた。
記憶を取り戻した夜宵の話と、翔一たちが見つけた練血の手記。
それらを照らし合わせる事で、狭霧村で起こった事件の詳細が明らかになった。
すべての始まりとなったその物語を、以下に詳述する。
・ ・ ・
その少女は、代替品として生を受けた。
母親は少女が物心つくまえに蒸発し、嘆き悲しんだ父親は、少女を妻の代替品とする事にした。
母の名前をつけられた少女は、物心ついた時から父の妻を演じるよう教育を施された。独占欲と執着に満ちた教育を受け続けた少女は、しかし父親の思い通りにはならず、誰に対しても心を閉ざすようになってしまった。
それに業を煮やした父親は、さも当たり前であるかのように暴力を振るいはじめ、ただでさえボロボロだった少女の心は、いとも容易く壊れてしまった。
ちょうどその頃、父親は莫大な借金を抱えており、借金取りが家に押しかけるようになっていた。それを苦と思ったのか、父親は少女と心中しようと試みて、家に火を放った。
逃げる気もなかったし、父親が手を強く繋いでいて、逃れられそうにもなかった。
そのまま躰が焼かれていき、あとには人とも物ともつかぬ灰のみが残った。
・ ・ ・
事件の後、一人生き残った少女を助けたのは、「小桜」と名乗る夫婦だった。
ふたりは異能力の研究者で、少女が火災から生き残った理由に興味を抱き、少女を引き取ったのだという。
小桜夫妻が調べた結果、少女は異能力者である事が判明した。「一握の砂」と名付けられたその異能力は、死に瀕した時に自らの躰を灰に変え、そこから時間を掛けて復活するというものであった。
夫妻の研究が「異能力を用いた死の超越」であった事もあり、少女はふたりに温かく迎え入れられ、安らげる場所を得た。
以前の名前を捨てる事になった少女は「みなも」と名付けられた。なぜその名前なのか、後になって聞いてみたところ、夫妻には少女を引き取る前に子供ができたが、その子が産まれてくる事はなかった。「みなも」というのは、その子に付けるつもりだった名前だという。
ここでも、少女は誰かの代替品だった。しかし、両親となった夫妻が惜しみない愛を注いでくれたおかげで、少女はそれまでの人生が嘘であったかのようにすくすくと育っていった。
引き取られた時の少女──みなもは言葉を話す事もままならない状態で、誰に対しても心を開かなかったが、親の愛をしっかりと受け、教育を受ける機会を得た事で人並みの生活を送れるようになっていった。大人しい性格ではあるが、心優しい少女に育っていき、そこにかつて虐げられていた少女の面影はなかった。
新たな生活は順風満帆に見えたが、ただひとつ気掛かりな点があった。小桜夫妻は研究のために日本中を飛び回る生活が常態となっていたため、それについていくみなもには親しい友達がなかなかできなかった。
元々、自分から積極的に話しかけるタイプではなく、友達ができてもすぐに別れてしまう。両親はそれを申し訳なく思っていたようだが、みなもは彼らに救われた身であり、「気にしないで」と言うのみとなっていた。
そんな生活を二年間続け、みなもが八歳になった時、一家は愛知県にある狭霧村に引っ越す事になった。
例によって両親の仕事の都合であり、みなもも着いていく事になった。
山の中にある村という事もあり、両親はみなもの事を心配しているようだったが、未知の場所に向かうのは慣れている。なので、みなも自身は特に心配していなかった。
山の中にある村で、子供の数はそこまで多くはないが、小学校と中学校(正確には小中一貫校と呼ぶべきか)はあるようだったので、教育面でも問題はない。
なのでみなもは友達に別れを告げ、狭霧村へと旅立った。
友達は別れ際こそ悲しそうな顔をして、「絶対連絡するからね」、「ずっと友達だよ」と言ってくれるが、実際に連絡が来た事は数えるほどしかない。
そこまで親しい訳でもないし、みなもがいなくなったところで、新しい友達を作るだけ。
恐らく、自分はここでも代替品なのだろう。
そんな事実には慣れていたはずなのに、なぜか毎回、寂しさを覚えてしまう。
やりきれない気持ちを抱えたまま、みなもは狭霧村の村民となり、村で唯一の教育機関──
・ ・ ・
その少女と出会ったのは、転校初日の事だった。
先生に連れられて教室に入り、黒板に名前を書いて自己紹介をする。といってもこのクラスの生徒はみなもを含めて四人しかおらず、拍手もまばらなものだった。
みなもが座ったのは二列あるうちの後ろの席で、隣には小柄な少女が座っていた。黄金色の天然パーマをツインテールにし、青い目は理知的なひかりを湛えている。躰は小さく、顔立ちも幼いが、綺麗な子だと思った。
「……私の顔になにかついてる?」
少女が怪訝そうな視線を向けたので、みなもは慌てて「な、なんでもない……」と視線を逸らした。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。別に、怒っているわけじゃないんだし」
少女は口元を僅かに緩めて言う。年齢は同じはずだが、その口調はみなもよりも大人びていた。
「それより、村の外から来たんでしょ? 実は私も、外から来たんだ」
「えっ……そうなの?」
少女は頷くと、前に座っている生徒たちの方を見て、
「段と
そう言ったあとにみなもの方を向いて、「どこから来たの?」ときいた。
「えっと、京都の蓮見市から……」
「京都から来たんだ〜! 教科書でしか見た事ないなぁ。どんなところ? やっぱりお寺とか沢山あるの?」
グイグイと質問してくる少女に、みなもは「ええっと……」と戸惑いの声をあげる。
それで少女も距離を詰めすぎたと気づいたのか、苦笑しながら「ごめんね」と申し訳なさそうに言った。
「小桜みなもちゃん……だよね。私は香恋ほまれ。よろしくね」
「う、うん。よろしく……」
そこで教師が「そこ、おしゃべりしない。授業始めるぞ」と言ったので、ふたりは慌てて前を向き、授業を聴く事に集中した。
・ ・ ・
放課後になり、「村の中を案内するよ!」というほまれの申し出により、ふたりは村を見て回っていた。
ちなみに、他のクラスメイト──平柄段と
「──それで、ここが剣道場! 村の人はここで剣を教わる事になってるんだ」
「って事は、ほまれちゃんも剣道やってるの?」
「私はそこまで熱心にはやってないけど……。でも、一度は教わる決まりになってるから、みなももそのうち教わるかもね」
ほまれは自然とみなもを呼び捨てしていたが、みなも自身は特に嫌と思っておらず、むしろこのくらい距離を詰めてきた方がありがたかったので、特に指摘はしなかった。
「……これでだいたい説明したかな。狭い村だから、すぐに見終わっちゃうんだよね」
「それでも助かったよ、ありがとう」
みなもが微笑むと、ほまれは「よかった!」と嬉しそうに言った。
空は茜色に染まり、ふたりの影は長く伸びている。互いに村の外から来た身という事もあって話題は尽きず、気づけばみなもの家の前までやってきていた。
「ねえ、ほまれちゃん」
「ん?」
「わたし、いままで友達があまりいなくて、誰かとこんな事するの初めてだったから……とても楽しかった」
「ただ村を案内しただけだけどね」
ほまれはそう謙遜したあと、「でも、そう思ってくれるならよかったよ」と笑顔になって、手を差し出してきた。
「改めて……これからよろしくね、みなも」
「うん、よろしく……ほっちゃん」
殆ど無意識に口をついて出た言葉を聞いて、ほまれが驚いたような表情を浮かべる。
みなももそれに気づいて、「ご、ごめんね! 馴れ馴れしかったよね」と真っ赤になった。
「ううん。そんな呼び方された事なかったから……とっても嬉しい」
ほまれは頬を染めて、喜びを顔に出しながら微笑む。茜色に照らされたその顔があまりにも綺麗で、みなもは思わず見惚れてしまった。
暫しの間、ふたりの視線が交わる。それを打ち破ったのはほまれの携帯端末から流れた通知音で、それを見た彼女はハッとした表情に変わって、「ってやば、そろそろ帰らないとお母さんに怒られる!」と慌てた様子で言った。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、またあした」
ほまれは手を振ると、茜色の中に消えていく。
それを見送ったみなもは、幸せな気分を感じながら家の中に入った。
なんとなく、ほまれといると代替品から抜け出せるような、そんな気がした。