無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#20「復讐劇」

 風読秀陽(かざよみひではる)は院長室からの遠景を見ていた。

 風読総合病院の院長室は四階にある。そこから見える街並みは、権力を持った者に与えられるささやかな特典だろう。

 風読は思う存分遠景を堪能した後、視線をデスクの上に移す。いくつかの資料が整理されて置かれており、デスクの主の几帳面さを反映していた。

 風読は一枚の資料を取り、それを眺めながら呟く。

 

「オートプシー・イメージング…AIか。時代は変わったな」

 

 オートプシー・イメージング、通称AIは、死亡時画像病理診断の事だ。簡単に言えば死体に対する画像診断の事で、コンピュータ断層撮影 (CT)や核磁気共鳴画像法 (MRI)によって撮影された死後画像により、死体にどのような器質的病変を生じているのかを診断することによって、死亡時の病態把握、死因の究明などを行うシステムである。

 詳細は割愛するが、日本の解剖率は極めて低いと言われている。そしてそれは正確な死因等が明らかになる例が極めて低いという事になる。だがそれはAIの登場によって変化しつつある。解剖と比べると労力が少なくて済み、死体に傷を付けずに死因を明確化出来るシステム…それがAIという訳だ。勿論AIにも様々な問題があるのだが、そこは今問題にすべき事では無い。

 風読総合病院でもAIは行っており、死因不明のケースは減った。これがもう少し早く登場していれば…と、思わずにはいられない。

 風読の脳裏に、かつて医療界を追放された男の姿が蘇る。医療ミスを疑われ、それによる全責任を負わされた男。彼は去り際に、風読に言った。

 

「今後、この様な事が減る事を切に願うよ。…私の犠牲がが医療界の発展に繋がるのならば、それで構わない」

「お前はこれからどうするのだ?」

「異能の研究をするさ。そちらが私の本業だ」

 

 男は薄く笑んだ。

 

「もう医療界に未練は無い。これからは、私自身の為に動くさ。君にも以前話しただろう?」

 風読は頷き、それから少しばかり呆れた。彼の目的には賛同しかねていたからだ。

 男は軽く手を上げると、何処かへと姿を消した。

 

(お前は今、何をしているのだ…春風よ)

 

 風読は暫くの間、物思いに耽った。

 

   *   *   *

 

 荒々しいノックの音に、風読の思考は中断された。

 許可を得ずに入って来たのは、二人組のスーツの男達。風読が何かを言う前に、懐から黒革の手帖を取り出す。

 

「風読秀陽さんですね。私達は、こういうものです」

 

 何の用だときくと、警察手帳を見せた男達―榎田と治水は、少しばかり表情を曇らせた。

 

「実は…先程風読邸が襲撃に遭いまして」

「襲撃?」

「ええ、それで、その…」

 

 治水が口篭る。それを目で制し、榎田が事実を告げた。

 

「奥様は外出中で難を逃れました。執事さん達にも異常はなし。金品が盗まれた様子もありません…ただ、娘さんの部屋から、身元不明の遺体が発見されました。当の娘さん本人は行方不明です。おそらく、その遺体が娘さんのものである可能性が高いかと。犯人は未だ見つかっていません」

「…成程」

 

 風読は眉を少し上げただけだった。その様子に治水は薄気味悪いものを覚える。

 娘の部屋から遺体が発見された…それはつまり、娘…風読陽香が死んだという可能性もあるという事だ。なのに取り乱しもしないとは。

 風読は「直ぐ向かいます」と言うと、何処かに電話を掛けた。白衣を脱ぎ、コートを身に纏う。

 三人の男達は、風読邸へと向かった。

 

   *   *   *

 

 風読邸に着くと、榎田がブルーシートに包まれた遺体を見せた。

 中に入っていたのは、常人ならば目を背けたくなる程の遺体だ。全裸の遺体は腹がこじ開けられており、中身が飛び散っていた。頭部は無惨に砕かれ、身元の判別は不可能だった。

 風読は無表情でそれを見る。それから頷いた。

 

「恐らく、陽香の可能性が高いかと」

「そうですか…」

 

 榎田は顔を顰めた。この遺体を無表情で見て、娘だと言えるのは医師ゆえか、それとも何か別の理由からか。

 

「…そう言えば、小原の姿が見当たりませんが」

 

 小原俊(おはらしゅん)は陽香の専属執事である。彼が陽香をこんな目に遭わせた犯人を見逃すとは思えないが…。

 

「小原さんは、地下で発見されました。気を失っているようでしたが命に別状は無し。どうやら犯人に襲われたようです」

「……分かりました」

 

 風読は踵を返す。治水が慌てて彼を呼び止めると、彼は無表情で、

 

「仕事があるので」

 

 そう言って立ち去っていった。

 

「…ありゃ、イカれてるな」

 

 風読が立ち去った後、榎田は苦い物を食べたような表情で言った。治水もそれに同意する。

 

「娘の死に対して表情一つ変えないなんて…それに奥様も変ですよ。連絡を入れたのに戻ってこない」

 

 捜査は難航しそうだなと、二人は溜息をついた。

 

   *   *   *

 

「こ、これでいいんだろ!」

 

 何処かの研究施設、その一角。

 汗と涎に塗れながら、一人の男がうずくまっていた。

 それに相対しているのは、黒いコートを着た青年だ。彼は頷き、男の隣にあるものに目を向けた。

 紫色の髪に金色の瞳をした、綺麗な女性。縛られて意識を失っているが、確かに生きてはいた。

 

「…しっかし、相変わらずイイ女だなぁ」

 

 青年の隣からそんな声がした。青づくめの青年がニヤニヤ笑いながら、女性に手を伸ばそうとする。

 

「やめろ神知。その人は大事な客だ」

「…チッ、まあいい。用が終わったらヤらせろよ」

「…好きにしろ」

 

 青づくめの青年―神知戦は何処かへと歩いていった。それを見届けると、黒いコートの青年―暁月夜桜は床に這いつくばっている男に言った。

 

「これでお前の復讐は完了した。それでいいだろう?」

「あ、ああ…だけど、あの子をどうするんだ」

「…お前に教える義務はない」

 

 暁月は意識を失っている女性を抱え、歩き出す。その後ろ姿に向かって男は喚いた。

 

「ちょっと待てよ!俺はどうなるんだよ!」

「…お前か?お前は…ここにいればいい。少なくとも今は始末しない」

 

 暁月は面倒くさそうにそう言うと、姿を消した。

 後には呆然とした男が残されるばかりだった。




 オートブシー・イメージング(AI)については、調べる時間と予算が無かった為、ウィキペディアを参考にしました。あくまでもネットの情報であり、正しいと言い切れるものでは無いということを付記しておきます。
 また、この物語はフィクションです。実際の事件や人物、事象とは何ら関係は有りません。作者の空想(若しくは妄想)としてお楽しみ頂けると幸いです。
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