無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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今回からヒロインのひとりである陽香に焦点を当てた話となります。


#21「風読家の殺人」―風読陽香の章― 

 風読家の一人娘、風読陽香が何者かによって殺害された。

 そのニュースが世間に公表されたのは翌日の事だったが、それより先―事件発生から数時間後には、裏の世界に伝わっていた。

 物事に表と裏が在るように、世界にも表裏が存在する。警察やヤクザ屋などの職業は一般人が生きる世界を「表の世界(サーフィス)」と呼び、殺人や暴力に満ち溢れた部分を「裏の世界(ディープ)」と呼称していた。

 表では決して取り扱われない情報が出回る裏の世界にとって、表の情報は入手するのが容易なものだった。その為世間に出回るよりも早く情報が出回るのだ。

 風読家といえば、この街の名士であり、異能関係にも強い力を持つ一族である。その影響力は表だけに留まらず、裏にも浸透しているとされる。

 殺害されたという風読陽香も「植物を自在に操る」という異能力者である。名家の一人娘で異能力者―これだけでも十分話題になるのだが、それ以外にも彼女が話題になる理由があった。

 それは―ルックスだ。陽香はかなりの美少女で、「こんな子と一緒になれたら…」という不埒な願いを持つ(バカ)共は多い。とりわけ裏にはそういうヤツが多い傾向にある。

 そんな「みんなのアイドル」的な女性が殺害されたのだ。裏の世界はその話題で沸騰していた。

 

   *   *   *

 

「ったく、どういう事だよ!」

 

 とある酒場で、一人の男が怒鳴った。彼は裏の世界に生息する殺し屋で、そういった仕事を生業とする業者の一人だった。

 

「オレの陽香ちゃんが殺されるなんてよォ!」

『お前のじゃねぇよバカ野郎』

 

 彼の愚痴に、酒場に居た全員がツッコミを入れる。

 

「あの子は『双焔』のものだろうが」

 

 『双焔』が風読陽香と仲がいいというのは裏の世界の常識だった。とある事件で出会ってからこっそりと付き合いを続けているとの事である。

 

「そうだ!双焔のヤツは何やってんだ!陽香ちゃんが殺されたんだ。アイツが動かない筈がねぇ!」

「アイツは表の世界のヤツだからな。ウワサじゃ、『冥獄(ディストピア)』や『異能殺し(イマージュブレイカー)』と行動しているらしいぞ」

 

 その言葉に、周りがざわめく。

 

 「冥獄」と「異能殺し」、そして「双焔」…彼らは表の世界の人間でありながら、裏の世界にもその名が知れ渡っていた。

 

「後はアレだな『暁の天使』や『天帝眼(エンペラーアイ)』、『獣使い(ビーストテイマー)』も一緒だったって所を見た事がある」

「は?なんだよそれ…表で戦争でも起こそうってのか!」

「実質表の最高戦力なんじゃねぇの?アレを抑えるなんて、それこそ神知戦か『零』の連中くらいだろ」

「『零』って…公安警察の非合法組織だろ?でもあの組織は数年前に螺鈿會が潰したじゃねぇか」

「まあそうだな。だが、トップは未だ生き残っている」

 

 再びざわめき。気付けば全員がその話題に耳を傾けていた。

 殺し屋の男が酒のグラスを落としそうになり、顔面蒼白の様子で呟いた。

 

「トップって、まさか…霧ヶ崎とかいう…」

「霧ヶ峰だ」

 

 その声は、店の入口から聞こえた。

 全員がそちらを向く。杖をついた眼帯の男が、殺し屋の横に座って店員に水を注文した。

 

「き…霧ヶ峰勘助…」

「久しぶりだにゃー、裏の諸君。元気にしていたか?」

「ほ、本物かよ…」

「なんでそんなヤツが…」

 

 店内は今日一番のざわめきに満ち溢れた。

 

「お、お前みたいなヤツがなんでここに居るんだよ!引退したんじゃなかったのか!」

「ああ、引退したさ。『零』が壊滅して哲也が死んでからは、そっち方面には近寄ってない。今日はただ呑みに来ただけだ」

「呑みに来たって…水しか頼んでないじゃねぇか」

「酒はやめてるんだよ…まあそんな事より…ききたい事がある」

 

 店内がシンと静まり返る。それを意に返さず、勘助は殺し屋の男にきいた。

 

「…お前、風読の娘の死の詳細について何か知っているか?」

「い、いや、知らねぇよ…殺されたんだろ確か」

「…ふむ、やはりか…お前らもそうだな?」

「あ、ああ…」

「そうきいている」

 

 勘助は運ばれて来た水を一口飲んで、それから酒場にいる人々に向かって言った。

 

「あー、諸君らはひとつ勘違いをしている。風読陽香は殺されてはいない」

『なんだとォ!?』

「じゃあ、死体が見つかったってのは何故なんだよ!」

 

 殺し屋が勘助に詰め寄る。

 

「落ち着け。それも引っ括めてオレが知っている事を話してやる」

 

 再び店内が静まり返る。全員がきく体勢になったのを見ると、勘助は話し始めた。

 

「まず、今回の事件で出てきた死体…アレは、風読陽香であって風読陽香ではない」

「どういう事だ?」

「…死体は異能によって創られたものだ。それもただの異能じゃない。『携帯型異能力(インスタント)』で創られたものだ。本人は行方不明って事になっている」

「携帯型異能力…って事は、事件に政府が関わっているって事か!?」

 

 携帯型異能力というのは、文字通り携帯して使う異能力の事だ。これを使えば、異能力者ではない一般人でも異能を使う事が出来る。ただし危険な代物である為、政府の「異能省」が管理していた。

 

「さあな…以前テロリストが異能省を襲撃して、携帯型異能力を奪ったって事件もある。そこら辺の手合いがやったのかもな」

 

 それをお前らに調べて欲しいんだよと勘助は言った。

 

「『零』が無くなった今、警察じゃ裏の世界に介入出来ない。お前らが携帯型異能力のルートを突き止めろ。それが風読陽香を救出する鍵になる筈だ」

「それは構わねぇよ。陽香ちゃんはオレ達みたいなクズにも優しくしてくれたんだ!風読は皆オレ達の事を蔑むのに、あの子だけは違った…だから今度はオレ達が助ける!そうだろテメェら!」

『おおっ!』

「…ならいい。調べ終わったら、それをこれから来るであろう一人の男に伝えるんだ」

「一人の男ぉ?誰だソイツは。オレか?」

 

 殺し屋の男が首を傾げる。勘助は薄く笑い、水を飲み干した。

 

「…そりゃ勿論、『双焔』…茨羽巧未に決まっているだろう」

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