無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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番外編です。


#EX1「裏の世界の救世主」

 霧ヶ峰からの依頼を受けて、これからオレの活躍が始まる―前に昔話だ。

 肩の力を抜いて、飲み物でも飲みながらきくといい。

 …え?オレの名前?アンタ、随分と物好きだな。殺し屋の名前を聞くなんてよ。オレじゃなかったら命取られてるぜ?

 ま、いいか。アンタ、裏の世界にお世話になる人間じゃ無さそうだしな。真っ当な人生を歩み、真っ当に死んでいくんだろうよ。

 オレの名前は霧風(きりかぜ)才斗(さいと)。裏の世界では「鎌鼬(カマイタチ)」って名で通っている。知っての通り、殺し屋だ。

 そう簡単に名乗っていいのかって?問題ねぇよ。オレは裏ではかなり知られていてな。素性もバレバレって訳さ。

 ま、そんな事はどーでもいい。そろそろ始めるぜ。

 読者諸賢が楽しみにしていたであろう、オレと陽香ちゃんの運命の出会いをよ…。

 

   *   *   *

 

 陽香ちゃんと出会ったのは、一年くらい前の事だ。その時は裏の世界を牛耳っていた組織―「零」が壊滅したばかりで、裏の世界は荒れていた。まあ「零」が居た時も業者同士の小競り合いとかシマを巡って組織が対立するなんて事は日常茶飯事だったんだが、そんなレベルじゃなかった。血で血を洗う、殺し合いがそこらじゅうで起こっていたのさ。

 いくら裏の世界って言っても、秩序もあるし法もある。利益にならない殺しはしねぇし、優しいヤツだって居る。表の連中はオレ達を怖がっているが、オレ達からしてみれば表の連中の方がよっぽど恐ろしい。だってアイツらは人を傷付けて笑っている様なヤツらだからな。オレは殺し屋だが、人を傷付ける時は気分が悪くなる。ヘラヘラ笑うなんて、とても出来ねぇよ。

 まあそんな訳で戦争は激化し、止まる事を知らなかった。無駄に血が流れて、裏だけでは無く表の世界にも影響が出た程だった。正直に言ってもう止まらねえと思ったよ。

 だけど―それを無理矢理終わらせたのが、風読家だった。

 風読が表において絶大な権力を持っているってのはアンタらも知ってると思う。だがアイツらは権力だけでなく武力も凄かった。

 十人にも満たない少数精鋭に、裏の世界は叩き潰されたんだ。こちら側には異能力者も多いし、実力があるヤツなんて沢山居る。それが(ことごと)く叩き潰されたってんだから、アイツらの実力は相当なものだと思うぜ。

 兎に角そんな訳で、裏の世界は風読家の支配にあった。まあそれで秩序が築かれるならいい事なんだろうが、残念ながらそれで終わりじゃなかった。

 風読の連中は、オレ達を奴隷扱いしやがったんだ。裏の世界は底辺(おちこぼれ)共が集う場所とはいえ、やりたくも無い仕事をさせられて、報酬すら満足に貰えないようじゃストレスも溜まる。いつしか裏の住人共は風読家を憎む様になっていった。

 その一方で、オレ達に優しくしてくれるヤツも居た。それが陽香ちゃんだ。

 あの子は風読家の人間だが、オレ達の事を悪く言ったりはしなかった。寧ろ仕事を終えて気分が悪くなっているヤツのメンタルケアまでしてくれていたんだ。当然、風読の当主はやめるように言ったが…陽香ちゃんはそれに背き、オレ達の世話をしてくれた。

 …本当に、いい子だよ。表では疎まれていたオレらに分け隔てなく接してくれるんだからな。なんつうか、死んだおふくろみたいだったよ。

 だけど…風読家へのヘイトはどんどん溜まっていく。何時しかオレ達は、陽香ちゃんも敵として看做さなくちゃならなくなっていった。

 そして、風読家への怒りが最大限に達した時、オレの元にひとつの依頼が持ち込まれた。

 「風読陽香を、暗殺せよ」という、クソッタレな依頼がな。

 

   *   *   *

 

 依頼を持ち込んだのは仲介所のヤツだった。

 仲介所は依頼の仲介をする組織の事だ。依頼を仲介するヤツらがオレに依頼を持ち込む―仲介所名義の依頼を出す事自体が異例だった。

 

「何故オレなんだ?」

 

 オレがきくと、

 

「お前の異能が暗殺に適しているからだ」

 

 という答えが返ってきた。

 確かにオレは風を操る異能を持ち、風と同化して対象に接近、殺害する事を得意としていた。だからこそ「鎌鼬」なんていう名が着いているのだが…。

 

「オレに、陽香ちゃんを殺せってのか」

「仕方が無いだろう。私達も陽香さんを殺したくは無い。だが、もう限界なんだ。風読の支配は…」

「……」

 

 確かに、風読の支配に耐えるのはもう無理だ。

 だが、その為に陽香ちゃんを殺すなど…。

 

「やってくれるな」

「……誘拐じゃダメなのか。殺しちまったらオレ達は、今度こそ風読に潰されるぞ」

「……」

 

 相手の動きが止まる。

 

「然し、誘拐の方がリスクが大きいぞ。風読が要求を聞くとは思えん」

「それでも、だよ…陽香ちゃんに罪は無いだろう」

 

 相手はその提案を吟味した後、頷いた。

 

「分かった。方法はお前に任せよう」

 

 それはつまり、何かあった時はオレに責任を負わせるという事か。だが、それでいい。

 

「分かった」

 

 オレは頷き、その日の夜には風読邸に侵入していた。

 

   *   *   *

 

 風読家のセキュリティは厳重だが、異能を使って風と同化したオレにとってはあまり問題では無かった。

 陽香ちゃんの部屋の場所は知っていた。以前、何かの雑談の時に聞いた事があったからだ。

 オレは窓ガラスを破って部屋に侵入した。多少の物音がしても、陽香ちゃんを捕まえて一瞬で離脱すればいい。

 陽香ちゃんは机で書き物をしていた。オレを見ると驚いた様な顔をしたが、直ぐに「霧風さん…どうしたんですか?」と囁き声で言った。

 

「陽香ちゃん…すまないが、頼みがあるんだ」

「え?」

「オレの人質になって欲しい」

 

 陽香ちゃんはまた驚いた様にオレを見た。まあそれが普通の反応だろう。

 本当は話すつもりは無かったが、早口で理由を説明する。早く離脱しないとマズイが、理由を知らないまま巻き込まれるのも可哀想だと思ったからだ。

 陽香ちゃんは風読の人間でありながらオレ達の事情も知っていたので、話を聞くと表情を曇らせた。それから少し考える素振りをした後、決意を秘めた目でオレを見る。

 

「霧風さん」

「なんだ」

「…私の、言う通りにして下さい」

 

 どういう事だと聞こうとした時、何かがオレの身体を拘束した。それは部屋の隅にある観葉植物の蔦だった。

 オレは驚いた。陽香ちゃんは真剣な目でオレを見た後、「大人しくしていてください」と言って部屋を出ていった。

 はめられたのかと思ったが、陽香ちゃんに限ってそれは無いだろう。いずれにせよ、オレは大人しくしているしかないようだ。観葉植物の蔦はガッチリとオレの身体を締め付けているし、ナイフも取り出せない。異能を使えば脱出は容易だろうが陽香ちゃんは大人しくしていろと言ったのだ。それに背く必要は無い。

 暫くすると、ドアが開いて陽香ちゃんともう一人、男が現れた。風読の当主―風読秀陽だ。ヤツはオレをゴミでも見るような目付きで見ると、陽香ちゃんに言った。

 

「この男が、お前に直談判してきたと」

「はい、お父様…私自身、彼等の待遇には疑問を持っておりました。幾ら裏の世界の人間と(いえど)も、彼等だって同じ人間…奴隷の様に扱って良いはずがありません」

「………」

「私達が出来ない事を彼等にやって貰っているのです。辛い事も有るのに、彼等は汚れ仕事をこなしてくれている…それを悪く扱うというのは、風読の当主として…いや、人として最悪の行為です!」

 

 陽香ちゃんは叫ぶ。その身体は震えていた。

 当主は陽香ちゃんを見ると、冷たい口調で言った。

 

「道具を道具として扱って何が悪いというのだ」

「道具じゃありません!風読は裏の世界の支配者…民の気持ちが分からない王は悲劇を呼ぶだけですよ!」

 

 陽香ちゃんの気迫に、流石の当主も驚いた様だった。だが、何かを思考するように目を瞑った後…その表情はいつも通り冷静なものに戻っていた。

 

「…ならば、お前が統治してみせろ。風読の次期当主として、その力を私に見せてみろ」

「…承知致しました。お父様」

 

 陽香ちゃんは丁寧なお辞儀をする。当主はオレを一瞥した後、部屋を出ていった。

 陽香ちゃんはオレの方を向き、にっこりと笑った。

 

「私が、変えてみせますから」

 

 オレの中で熱いものが込み上げる。泣きそうになるのを堪えて、精一杯冗談めかして言った。

 

「…じゃあ、まずこれを解いてくれよ、お姫様」

「ご、ごめんなさい!」

 

 オレが冗談を言うと、それを聞いた陽香ちゃんの顔が赤くなった。

 

   *   *   *

 

 それから、裏の世界は陽香ちゃんの統治の元、以前の様な状態に戻っていった。

 風読の血のなせる技か、陽香ちゃんの統治は的確だった。争いは減ったし、ヤクや女の売買も減った。少しばかり平和になったって訳だ。

 最も、一部の人間は自由にやっている様だ。陽香ちゃんの目の届かない所で色々とやっているというウワサを聞いたが、本当かどうかは分からない。

 ま、そんな訳でオレ達は陽香ちゃんを慕っている。

 オレ達は陽香ちゃんに助けられた。だから、次はオレ達が助けるんだ。

 …そうだ、アンタ、もし何かの間違いで事件の関係者に会ったら言っておいてくれないか?

 

 「裏の住人を舐めんじゃねぇぞ」ってよ。

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