無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#22「始動する焔」

 茨羽巧未の元に風読陽香の訃報が齎されたのは、彼女の死が公表される一時間程前の事で、その時茨羽は自分の事務所で自分に持ち込まれた依頼のチェックをしている所だった。

 高校を卒業した後、茨羽は今までのツテを利用して何でも屋を開業した。高校在学中も逆浪や赤坂、夜月らと何でも屋紛いの事をやっていたが、茨羽は学生である彼らより時間がある。よって、彼らに来る依頼も少し引き受けていた。そのおかげで出席日数が危ない逆浪は救われたらしいが、それはまた別の話である。

 何でも屋は繁盛し、茨羽は忙しい日々を送っていた。

 そんな最中、陽香の訃報が夜月から齎されたのである。

 

   *   *   *

 

「トマトいるか!」

 

 事務所に飛び込んできた夜月に、茨羽は驚きながらも「いるぞ。どうした…ってかトマトって呼ぶなぶん殴るぞ」と何時もの調子で言った。

 

「風読家で事件が起きた。それでその…陽香氏が…殺されたって」

「!」

 

 茨羽の目が鋭くなる。低い声で「それ、本当の事か」と夜月にきいた。

 

「ああ…もうすぐ警察の発表がある筈だ」

「……」

 

 茨羽は暫く魂が抜けた様に立ち竦んでいた。

 

(陽香が殺された)

 

 その言葉が頭の中で反響していた。

 同時に、彼の中で怒りが生産される。

 

「…誰がやった」

「俺も詳しい話をきいた訳じゃない。噂できいただけだが…犯人は見つかってないらしい」

「…」

 

 握り締めた拳が、震える。

 顔も名前も分からない犯人を、殺したかった。

 自分は余程凄い顔をしているのだろう。夜月は「…大丈夫、じゃないよな」と心配する様に呟いた。

 

「いや、俺は大丈夫だ…」

 

 茨羽は静かに言った。氷のように冷たい自分の内側に、燃え盛る自分がいる。焔が氷を溶かす前に、動かなければいけない。

 と、その時茨羽の携帯端末が震動した。

ディスプレイには知らない番号。依頼人からだろうか。

 とりあえず出てみる。

 

「もしもし」

『双焔…じゃなくて、茨羽巧未か?』

「そうだが、アンタ誰だ」

『鎌鼬って言えば分かるか?』

 

 鎌鼬というと、茨羽には思い当たる人物は一人しか居ない。裏の世界の殺し屋だ。知り合いという程では無いが、顔見知りではある。

 

「何の用だ。俺は今忙しいんだよ」

『…要件は陽香ちゃんの事だ。お前、オレが真相を知っていると言ったらどうする?』

「…何?」

 

 茨羽は声を上げた。夜月が何かを察したのか、どうしたときいてくる。

 茨羽は少し待てというジェスチャーをした後、鎌鼬に問いかけた。

 

「知っているって、陽香は誰に殺されたんだ!」

『陽香ちゃんは殺されていない。死体は偽物で、本人は行方不明なんだ…といってもこの辺りの話は電話じゃ面倒だ。直接顔を合わせて話し合おうじゃねぇか』

「…分かった。場所は何処だ?」

 

 鎌鼬は裏の世界にある酒場の名前を言って電話を切った。

 

「誰からだったんだ?」

 

 夜月がきいた。

 

「鎌鼬っていう、裏の世界の殺し屋だ。陽香は殺されてないって言っていた」

「はぁ?殺されていないって…それ、嘘じゃないだろうな?」

「分からない、だけど…」

 

 可能性があるなら、賭けてみるしかないだろと茨羽は言った。

 

「それに、鎌鼬は陽香を好いている。アイツが嘘をつくとは思えない」

「そうか…」

「夜月、暫く空けるからそっちの依頼には対応出来なくなるけど大丈夫か?」

「モーマンタイだ。最近ひかるんがサボり気味だからそろそろこき使わないとって無銘(あいぼう)と話してたし」

「そうか。すまんな…」

 

 茨羽は簡単に身支度を整え、夜月と外に出る。施錠した後、待ち合わせの場所に向かうため歩き出した。

 

「茨羽」

 

 後ろから掛けられた声に振り返ると、夜月が真摯な目をして言った。

 

「…陽香氏がどんな事になっているのか、俺には分からないが…救えるのはお前しかいない」

 

 負けるなよ―そう言い残すと、夜月は去って行った。

 茨羽はもう一度拳を握り締めると、待ち合わせ場所へと向かった。

 

   *   *   *

 

 裏の世界にある酒場に入ると、既に鎌鼬―霧風才斗が待っていた。茨羽に気付くと「久しぶりだな」と軽く手を挙げる。

 茨羽は彼の隣に座り、マスターが持って来たお冷を一口飲むと早速本題に入った。

 

「お前が知ってる事を教えてくれ」

「分かった。って言ってもオレも人に聞いたんだけどな」

 

 そう前置きして、霧風は話し始めた。

 

   *   *   *

 

「…なるほどな」

 

 話を聞き終えた茨羽はお冷を一口飲んでから、今聞いた話を整理していった。

 

「つまり、陽香は携帯型を持ってるヤツに襲われたって事か」

「ああ、ルートの特定はもうすぐで終わるらしい。無駄に体力使うより、ここで英気を養った方がいいと思うぜ」

「確かに…道が見えてるならそうだな」

 

 茨羽は少し力を抜いた。その様子を見て、霧風が思いついたように言った。

 

「…そういや、なんでお前と陽香ちゃんは知り合いになったんだ?」

「陽香から聞かなかったのか?」

「聞こうとはしたけど恥ずかしがって教えてくれなかったんだよ。だから余計気になってな」

 

 中学生かよと茨羽は思ったが口にせず。代わりに目を閉じ、昔の事を記憶から引き出しながら答えた。

 

「まあ、ここで何もしてないで待ってるってのもなんだからな。それに、もしかしたら過去の事が関わっているかもしれないし」

 

 陽香は風読家の令嬢で、狙われる事も多かった。もしかしたら今回も、そんな連中の仕業かもしれない。

 

「じゃあ、話してくれるのか?」

「ああ」

 

 茨羽は目を開き、陽香との出会いを思い出しながら話し始めた。

 

「あれは、数年前の事だ…」




本編では言及されていませんが、イア編終幕から陽香編開始までは2年ほど時間が経っています。
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