無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#24「Believe myself(後編)」

 少女…風読陽香は目の前で倒れた男…茨羽拓未を呆然と見ていた。彼はピクリとも動かず、既に気を失っているのは誰の目にも明らかであった。然し男達は彼に執拗に攻撃を加えている。…このままでは、彼が危ない。

 自分の所為だ。自分の所為で彼は…そんな気持ちが湧き上がる。後悔、諦観、焦燥…それらが次第に陽香を支配していく。この状況を抜け出す為の方法はないかと考えるも、そんなものが思いつくはずもなくただ無力感にうち震える事しか出来なかった。

 …元々、助かる事なんて期待していなかった。風読家が必要としているのは「跡継ぎとしての」陽香であり、「娘としての」陽香ではない。このまま助かっても、結局は風読家の為に一生を捧げる事になるのだろう。なら、いっその事この人の為に自分の命を捧げた方がいいのではないか?

 陽香は震え声で男達に言った。

 

「や、やめてください…」

 

 男達が暴行を止め、こちらを向く。

 

「やめてくださいって言われてやめるバカがいる訳ねぇだろ」

「それとも何だ?嬢ちゃんが代わりになるか?」

「………」

 

 陽香は震えながらも頷いた。

 

「わ、私が何でもしますから…っ!」

「ん?何でも?」

 

 途端に男達の表情が変わった。元々下卑た面をしていたがそれが更に緩む。猿の様な…と言えば猿に怒られそうな面構えだった。

 

「それじゃあ…その身体で御奉仕してもらおうかねぇ!」

「うへへへへ…」

 

 気持ちが悪い。だが、どうせ悪い人生を過ごすのだ。なら…!

 陽香は覚悟を決めた。と、倒れていた茨羽がよろよろと起き上がり、掠れた声で叫んだ。

 

「ふざけんな!」

「んだコイツ…まだ生きていやがったか」

 

 茨羽の視線は陽香に注がれている。ただでさえ迫力があるその目は怒りで鋭さを増していた。

 

「自分を犠牲にするなんて、そんな事考えるんじゃねぇ!それはお前の為に苦労してきたヤツらを裏切る事に他ならないんだぞ!」

「…なら」

 

 茨羽の言葉を聞いて、目の前がぼやける。

 気付くと陽香は、彼に向かって叫んでいた。

 

「なら、どうすればいいんですか!ここで助けられても、私は風読の奴隷のまま…ならあなたの為に命を使ったほうが…」

「…それでも、こんな所で自分を捨てるなよ!俺なんかのために自分を捨てるなよ!」

 

 茨羽は陽香を真っ直ぐな瞳で見る。

 

「風読が嫌なら、俺がそこからお前を連れ出してみせる。何年かかったとしても、いつか必ずお前を救い出す!だからこんな所で命を投げ出すようなマネをするな!」

 

 それからいっそう声を張り上げて、力強く言った。

 

「俺を信じろ!」

 

 そう言い終わった瞬間、男の一人が殴りかかってきた。

 それは茨羽の頬にヒットし、その顔を歪める…筈だった。

 

「ぐああっ!」

 

 突然男の躰が燃えだした。拳は茨羽に触れる事すらなく炭化し、男は原型を失って崩れ落ちた。

 

「な、何ィィィッー!」

 

 男達が驚いて声をあげる。茨羽は不敵に笑うと、男達を見据えた。

 

「あれで終わりになると思っていたが…やっぱダメだ。まだ死ねねぇわ」

 

 茨羽の両手に燃え盛る焔が顕現する。「双焔」の異名を持つ男は、異能という武器を振りかざし、ニヤリと笑った。

 

「さて、第二ラウンドを始めるか」

 

   *   *   *

 

 戦闘は一方的なものだった。

 茨羽の異能は万能型で、近距離遠距離どちらでも対応出来る。男達は茨羽の異能に恐れをなし、気絶したり焼かれたりしていった。

 一分ほどで全員を無力化すると、茨羽は陽香の拘束を解いて外に連れ出した。

 これで依頼は達成した。依頼主は茨羽に報酬を渡すと、早くここから立ち去るように支持した。彼らからしてみれば、大事な跡継ぎが傭兵如きに触れられるのは良くない事なのだろう。

 茨羽は素直に従い、その場から離れた。その時陽香と目が合って、茨羽は力強く頷いてみせた。

 

 ―絶対に、君を救い出してみせる。

 

 …自分なら出来るはずだ。

 時間は掛かっても、いつかきっと救い出す。

 誰かのヒーローになりたいと願い、努力してきた自分自身を信じて…茨羽は、陽香を救い出す事を強く決意したのだった。

 

 その後、陽香と茨羽はこっそりと連絡を取り合う様になった。小さな一歩だが、目的には近付きつつあると言える。

 果ては未だ見えず、その道程すら不明瞭だ。

 だが、茨羽巧未は進んでいく。

 ヒーローになる為に、陽香の笑顔を護る為に…。

 

   *   *   *

 

 茨羽が話し終えた丁度その時、酒場にどやどやと人が流れ込んできた。

 彼らは霧風の前で整列すると、声を揃えて報告する。

 

『携帯型のルート特定が終わりました!アニキ!』

「よしご苦労」

「待て待て待て、アニキってなんだよアニキって」

 

 茨羽がツッコむと、霧風はなんでもない様に、

 

「成り行きでな。オレが号令掛けたらなんかアニキとか呼ばれてた」

「ええ…」

 

 茨羽は困惑した。だが直ぐに真剣な目付きになり、霧風の部下達(正確には部下ではないのだが)にきく。

 

「それで、どういうルートを辿っていたんだ?」

 

 部下の一人がポケットから紙を取り出して読み上げ始めた。

 

「えっとですね…アレ、これなんて読むんだっけ」

「異能省だよ!」

「そうそう、異能省から…これなんて読むんだっけ」

「あ、それは分からねぇ。ドクター分かるか?」

 

 ドクターと呼ばれたのは裏世界のやぶ医者だ。異能に造形が深く、ルート特定にも大いに役立っていた。

 

「お前ら阿呆じゃの。貸してみい」

 

 紙を奪い取ると、ドクターは茨羽に言った。

 

「携帯型は異能省からとある場所に送られていた。それもトップ直々の命令だった様だ」

「異能省のトップって…天京(てんきょう)月賀(げつが)の事か?」

 

 ドクターは首を横に振る。

 

「アレはただのお飾りじゃよ。実際には裏ボスみたいな男が居て、ソイツの命令らしい」

「誰なんだ?その裏ボスってのは」

 

茨羽がきくと、ドクターは紙に書かれている事を読んだ。

 

「…携帯型が送られたのは螺鈿會の本部。それを指示したのは春風郭公という男だった様じゃ」

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