無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#25「地下牢の囚人、堕ちた天帝」

 周りにあるのは石の壁。温かみというものを感じないそれに、風読陽香は(かじか)んだ手で触れた。

 ここが何処なのか、陽香には分からない。自分は何者かに捕まり、この場所に連れてこられた。だが移動中は目隠しをされていた為、周りの景色は見えなかった。今自分がいるのは牢屋だが、それだけでは何も分からない。階段を降りた気がするのでここが地下だという事は推測出来たが、それだけだ。

 そもそも、何故自分がこんな事になっているのかすら分からなかった。ここに連れてこられる前の記憶が曖昧で、何も思い出せないのだ。恐らく、風読を憎む何者かの犯行だと思うのだが…。

 この場所に連れてこられてから、体感時間では二日程経過している。一日三食、パンと水が差し入れられるので大まかに時間の感覚を掴む事は出来た。この程度ならばまだ耐える事が出来る。

 ここには、少なくともひとりの少女がいる様だった。彼女がいつも食事を運んで来る。肩までの長い黒髪に、茶色掛かった目。薄いフレームの眼鏡を掛けた少女。名前も聞いた事が無かったしそもそも会話した事も無かったが、何となく悪い人間には見えなかった。

 自分がどうなるかは分からない。それだけが気掛かりだったが…陽香にはどうする事も出来ない。異能は植物が無いと使えないし、ここには植物が無い。

 陽香に出来る事は、ただ漠然と過ごす事だけだった。

 

   *   *   *

 

 膝を抱えて座り込んでいると、鉄格子の向こうに人影が見えた。いつもの少女かと思ったが、直ぐに違うと判断した。

 鉄格子の向こうに居たのは黒髪の少年だった。片目は眼帯に覆われており、首にはヘッドフォンを掛けている。手には、パンと水の載った盆を持っていた。

 彼は鉄格子の扉を僅かに開け、そこから盆を差し入れると直ぐに鍵を閉め、踵を返そうとした。

 

「待って!」

 

 陽香は彼に声を掛ける。特に理由は無い。だが、もしかしたらここが何処なのかきき出せるかもしれない。

 少年は振り返る。陽香は必死な声で言った。

 

「…ここは、何処なの?どうして私はここにいるの?」

「………」

 

 少年は答えない。陽香は続けて言った。

 

「教えてよ…意味もわからずにこんな所に連れてこられて、訳が分からないよ…」

 

 少年は振り返り、それから言った。

 

「…あなたの言う事ももっともです。だけど、僕達からは何も話せません」

 

 そこで間を置いて、

 

「ただ、あなたの要望には出来る限り従えと言われています。といっても、話し相手になる事しか出来ませんが」

 

 コミュニケーションが成立した事に安堵を覚えつつ、陽香は必死に頭を働かせる。

 要望に従えと言われた…つまり、陽香の扱いは悪いものではないらしい。

 なら、この際だ。情報を引き出してみよう…そう考えた陽香は、少年に話しかけた。

 

「じゃあ、少しだけ、話をしてもいいですか?」

「…分かりました。ただ、情報を引き出そうとしても無駄ですよ。僕は殆どの事を知らないのですから」

 

 少年は淡々と言った。陽香は少し驚く。自分の目論見がバレていたとは…。

 

「それじゃあ…なんで、あなたはここにいるんですか?」

「…自分の目的を達成する為ですよ。その為に友達を裏切り、この場所に居るのです」

「目的?」

「それは話せません。ただ…必要な事です」

 

 少年は静かな口調で言う。陽香は、彼が悪い人間では無いのではないかと思い始めた。

 

「あなたは、私の事を知っているんですか?」

 

 陽香は次の質問をする。

 

「…ええ。風読陽香さん。風読家の次期当主で、裏の世界の統治者だ。植物を操る異能を持ち、そして…」

 

 そこで、少年は恐ろしい事を言った。

 

「…偽物の笑顔しか浮かべられなくなった、哀れな道化(ピエロ)…ですよね?」

 

「…ッ!」

 

 陽香は固まる。

 何故、

 何故、それを知っている…?

 

「…どうして」

「あなたの写真を見た時、すぐに分かりました。この人は本当の笑顔を浮かべられていないんだなって」

「…写真では、笑顔が本物か分からないでしょう」

「いえ、分かりますよ。だって…裏の世界の人達と写っている写真を見て、そう判断したのですから」

 

 裏の世界。

 確かに、彼らに向ける気持ちは本物だった。彼らの統治者として、純粋な気持ちを持って接していた。

 だけど、そんな時でも陽香の笑顔は偽物で。

 本物の笑顔は、もう浮かべられなかった。

 だけど、それは誰も知らない筈だ。

 自分の過去(・・・・・)を知っている人は、誰もいない。

 両親ですら知らない事を、何故この少年は…。

 

 背筋に悪寒が走る。

 顔が引き攣るのを自覚しながら、陽香は少年にきいた。

 

「あなたは、誰…?どうしてその事を知っているの?」

 

 陽香の問いに、少年は眼帯を外す。

 現れた右目は、鮮やかな紫色に染まっていた。

 

「…僕は泊亮一。ただの、裏切り者です」

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