無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「裏切り者…」
「はい。僕は、自分の理想の為に友人を裏切りました」
亮一は淡々と言う。その目は何処か虚ろだった。
「…私の過去を知っていたのは何故?」
「この眼の所為です。コイツは自分では制御出来ない。意志とは無関係に周りの情報を拾い、解を組み立ててしまう」
コイツの所為で、僕の人生は狂いました―亮一は言って、それから頭を下げた。
「すいません。知られたくない事でしたよね…」
それも、分かるのか―陽香はやや呆然としながら頷く。
亮一は申し訳なさそうに頭を掻く。それから、「また何かあったら言ってください」と言い残して姿を消した。
陽香はひとり俯く。自分の深淵―最も知られたくない所を見透かされるとは思わなかった。
思い出したくないのに。
私は、わたしの事を思い出したくないのに。
それでも、思考は自然と過去に向かっていく。
* * *
雨が降っていた。
その日も、わたしはあの子に会うために屋敷を抜け出し、いつも遊んでいる神社に向かった。雨の日でも彼が来る事は、今までの事から分かっていた。
だけどこの日は、何かがおかしかった。
神社の前にあるバス停―いつもの待ち合わせ場所に、彼が居なかったのだ。
先に神社で待っているのかと思った。彼はわたしより早く着く事が多いから、そういう事もありえる。
わたしは神社の階段を駆け登る。その途中―
「や…めろ…っ」
「煩い!お前さえ居なければ、陽香さんは…!」
彼の声と、もう一人誰かの声。その後に続くのは―争っていると容易に想像出来る鈍い音。
わたしは傘を投げ捨て、夢中で階段を駆け登る。
そして、長い階段を登りきり、神社の境内で「それ」を見た。
彼の腹部に、銀色の輝き。
彼の上にのしかかるようにして動きを制限している少年が、突き刺したものだった。
「あ」
わたしの思考が止まる。
なんで、彼が刺されてるの?
なんで、彼の腹から血が出ているの?
なんで?
どうして?
「ハルくん…」
彼の名を呼ぶ。
それで此方に気付いたのだろう。彼は首をこちらに向けて、掠れた声で呟いた。
「よ…う…ちゃん、逃げ…」
ザクリ。
彼の心臓に、ナイフが突き立てられ、
もうひとりの少年が狂った様に嗤う。
それを見て、わたしは…。
異能を発動し、その少年を近くにあった木で貫いた。
戸惑いが、殺意に転化する。
…殺す。
わたしが、ハルくんを護るんだ。
わたしが…
わ た し が 、 や ら な い と 。
気付いた時には、少年は血染めの肉塊となっていた。
自分が何をしたのか理解して、わたしは呆然とした。しかし直ぐに我に返り、ハルくんに近付き、震える手で抱き上げる。
傷は深い。恐らくもう、助からない…。
取り乱している自分の他に、そう判断を下す自分が居た。
「陽、ちゃん…」
弱々しい声。ハルくんが、薄らと目を開けてわたしを見ていた。
「ハルくん…」
「陽ちゃん…泣いているの…?」
「だって、わたしのせいで…」
わたしが居なければ、ハルくんがこんな目に遭うことも無かった。
「違うよ…陽ちゃんのせいじゃない…だから…なかないで」
声が徐々に小さくなっていく。ハルくんは微笑み、腕を上げてわたしの涙を拭った。
「…っ、ぐすっ、ハル、くん…」
「…ねえ、陽ちゃん」
色を喪った唇が、ちいさく動いた。
―わらっていて。
―きみは、えがおがすごくきれいだから。
―だから…わらって、ようかちゃん…。
腕が、地面に落ちる。
ハルくんの顔には微笑みが浮かんでいて、
だけどもう、彼が動く事は無かった。
…わかった、わたし、笑ってるね。
だから、すこしだけ。
今だけ、泣かせてください。
わたしは彼の胸に顔を埋めて、泣いた。
頬を流れるものが雨なのか、涙なのかも、もう分からなかった。
…それから、わたしは笑顔の仮面を被る様になった。
それが、大好きな人の最期の願いだから。
本当は、笑いたくなんてないけれど。
彼が、それを望んだから。
弱い
強い
…大丈夫。
私、笑っているよ。
どんな事があっても、笑っている。
だから、ハルくん…。
私は大丈夫だから…。
だから…。
…こうして、わたしは私に成って、わたしを殺した。
思えば、私はあの日に死んでいたんだ。
だから、ここで終わったとしても、それは仕方のない事なんだ。
両親は跡継ぎとしての陽香しか要らないんだし、私が死んでも跡継ぎが居なくなったとしか思わないだろう。
なら、いっその事…ここで終わってしまおうか。
そうすれば、ハルくんの所に行ける。
それで、いいよね…。
* * *
「……ようか」
誰かの声が聞こえた。
「…陽香」
誰なの?
私は終わりたいのに。
「陽香!」
私を、呼ぶこの声は…。
「陽香っ!」
目を、開ける。
殺風景な牢屋。折れ曲がったその向こうに、彼は立っていた。陽香が目を開けると、その顔が安堵に染まる。
事態が把握出来ないまま、陽香は掠れた声で彼の名を呼んだ。
「…巧未、くん」