無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

27 / 182
#26「自分を殺したその日から」

「裏切り者…」

「はい。僕は、自分の理想の為に友人を裏切りました」

 

 亮一は淡々と言う。その目は何処か虚ろだった。

 

「…私の過去を知っていたのは何故?」

「この眼の所為です。コイツは自分では制御出来ない。意志とは無関係に周りの情報を拾い、解を組み立ててしまう」

 

 コイツの所為で、僕の人生は狂いました―亮一は言って、それから頭を下げた。

 

「すいません。知られたくない事でしたよね…」

 

 それも、分かるのか―陽香はやや呆然としながら頷く。

 亮一は申し訳なさそうに頭を掻く。それから、「また何かあったら言ってください」と言い残して姿を消した。

 陽香はひとり俯く。自分の深淵―最も知られたくない所を見透かされるとは思わなかった。

 思い出したくないのに。

 私は、わたしの事を思い出したくないのに。

 それでも、思考は自然と過去に向かっていく。

 

   *   *   *

 

 雨が降っていた。

 その日も、わたしはあの子に会うために屋敷を抜け出し、いつも遊んでいる神社に向かった。雨の日でも彼が来る事は、今までの事から分かっていた。

 だけどこの日は、何かがおかしかった。

 神社の前にあるバス停―いつもの待ち合わせ場所に、彼が居なかったのだ。

 先に神社で待っているのかと思った。彼はわたしより早く着く事が多いから、そういう事もありえる。

 わたしは神社の階段を駆け登る。その途中―

 

「や…めろ…っ」

「煩い!お前さえ居なければ、陽香さんは…!」

 

 彼の声と、もう一人誰かの声。その後に続くのは―争っていると容易に想像出来る鈍い音。

 わたしは傘を投げ捨て、夢中で階段を駆け登る。

 そして、長い階段を登りきり、神社の境内で「それ」を見た。

 

 彼の腹部に、銀色の輝き。

 彼の上にのしかかるようにして動きを制限している少年が、突き刺したものだった。

 

「あ」

 

 わたしの思考が止まる。

 なんで、彼が刺されてるの?

 なんで、彼の腹から血が出ているの?

 なんで?

 どうして?

 

「ハルくん…」

 

 彼の名を呼ぶ。

 それで此方に気付いたのだろう。彼は首をこちらに向けて、掠れた声で呟いた。

 

「よ…う…ちゃん、逃げ…」

 

 ザクリ。

 彼の心臓に、ナイフが突き立てられ、

 もうひとりの少年が狂った様に嗤う。

 

 それを見て、わたしは…。

 

 異能を発動し、その少年を近くにあった木で貫いた。

 戸惑いが、殺意に転化する。

 

 …殺す。

 わたしが、ハルくんを護るんだ。

 わたしが…

 

 

 

 

 

 

わ た し が 、 や ら な い と 。

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には、少年は血染めの肉塊となっていた。

 自分が何をしたのか理解して、わたしは呆然とした。しかし直ぐに我に返り、ハルくんに近付き、震える手で抱き上げる。

 傷は深い。恐らくもう、助からない…。

 取り乱している自分の他に、そう判断を下す自分が居た。

 

「陽、ちゃん…」

 

 弱々しい声。ハルくんが、薄らと目を開けてわたしを見ていた。

 

「ハルくん…」

「陽ちゃん…泣いているの…?」

「だって、わたしのせいで…」

 

 わたしが居なければ、ハルくんがこんな目に遭うことも無かった。

 

「違うよ…陽ちゃんのせいじゃない…だから…なかないで」

 

 声が徐々に小さくなっていく。ハルくんは微笑み、腕を上げてわたしの涙を拭った。

 

「…っ、ぐすっ、ハル、くん…」

「…ねえ、陽ちゃん」

 

 色を喪った唇が、ちいさく動いた。

 

 ―わらっていて。

 ―きみは、えがおがすごくきれいだから。

 ―だから…わらって、ようかちゃん…。

 

 腕が、地面に落ちる。

 ハルくんの顔には微笑みが浮かんでいて、

 だけどもう、彼が動く事は無かった。

 

 …わかった、わたし、笑ってるね。

 だから、すこしだけ。

 今だけ、泣かせてください。

 

 わたしは彼の胸に顔を埋めて、泣いた。

 頬を流れるものが雨なのか、涙なのかも、もう分からなかった。

 

 …それから、わたしは笑顔の仮面を被る様になった。

 それが、大好きな人の最期の願いだから。

 本当は、笑いたくなんてないけれど。

 彼が、それを望んだから。

 弱い陽香(わたし)は要らない。

 強い陽香()じゃないといけないんだ。

 

 …大丈夫。

 私、笑っているよ。

 どんな事があっても、笑っている。

 だから、ハルくん…。

 私は大丈夫だから…。

 だから…。

 

 …こうして、わたしは私に成って、わたしを殺した。

 思えば、私はあの日に死んでいたんだ。

 だから、ここで終わったとしても、それは仕方のない事なんだ。

 両親は跡継ぎとしての陽香しか要らないんだし、私が死んでも跡継ぎが居なくなったとしか思わないだろう。

 なら、いっその事…ここで終わってしまおうか。

 そうすれば、ハルくんの所に行ける。

 それで、いいよね…。

 

   *   *   *

 

「……ようか」

 

 誰かの声が聞こえた。

 

「…陽香」

 

 誰なの?

 私は終わりたいのに。

 

「陽香!」

 

 私を、呼ぶこの声は…。

 

「陽香っ!」

 

 目を、開ける。

 殺風景な牢屋。折れ曲がったその向こうに、彼は立っていた。陽香が目を開けると、その顔が安堵に染まる。

 事態が把握出来ないまま、陽香は掠れた声で彼の名を呼んだ。

 

「…巧未、くん」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。