無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#27「奪還開始」

 時を少し遡る。

 茨羽達が裏の世界の酒場で作戦会議を開いていた頃、ひとりの少女が酒場に入ってきた。何気なくそちらに目をやった茨羽は、その場違いな姿に一瞬だけ硬直する。

 まだ幼い。小学生か、大きく見積もっても中学生くらいの少女だ。綺麗な銀髪に、二色の瞳―左が青で右が赤という組み合わせは、とある少女を彷彿させた。

 その少女は酒場を見渡すと、「どうやら間に合ったみたいだねぇ」と安心したような笑みを浮かべた。

 

「おいガキ。ここはテメェみたいなのが来る所じゃねぇんだよ」

 

 霧風の部下のひとりがそう言って少女を睨み付ける。だが少女は動じず、茨羽の方を見ると言った。

 

「君が茨羽巧未くんか」

「そうだが…君は?」

 

 茨羽がきくと、少女はにこりと笑って、

 

「わたしは日向咲(ひむかいさき)。ただの通りすがりだよ」

 

 めちゃくちゃ怪しい自己紹介に、周りの人間の警戒が高まる。一方で、茨羽は少女―日向咲の姓に反応した。

 

「日向…?」

「日向だよ?」

 茨羽の後輩にも日向美雪という少女が居るが…彼女の親族だろうか。

 

「まあ、わたしの事なんてどうでもいいんだ。それより、螺鈿會に襲撃を掛けるつもりなんだろう?」

「な、なんでそれを…」

 

 霧風が呟く。日向はニヤリと笑い、「わたしはなんでも知っているんだよ」と言った。

 

「まあ、螺鈿會とやり合うのは勝手だけど…君たち、多分負けるよ?」

「…どうしてそう言い切れるんだ?」

 

 茨羽がきく。その目は細まっており、表情は真剣なものだった。

 

「螺鈿會には神知戦くんがいるからねぇ。いくら君たちと雖も、あの化け物には勝てないだろう?」

「…何だと?」

「神知…戦」

 

 霧風が呆然として呟いた。周りの連中もどよめく。

 神知戦といえば、裏の世界どころか表の世界にまでその名を轟かす異能力者だ。

 彼は少し前まで、「神色(かみいろ)螺旋(ねじ)」という風変わりな宗教団体に居たのだが、螺旋が壊滅してからは行方不明となっていた。神色の螺旋は世界を滅ぼす魔神の復活を公約に掲げた宗教団体で、第一級の異能力者が揃っている危険な団体だった。そんな組織を一夜で滅ぼしたのが、神知戦という異能力者なのだ。

 そんな化け物が、螺鈿會に付いている…最悪のニュースだった。

 

「流石に笑えねぇな…」

「そうだろう?それくらい無謀な事を、君たちはやろうとしているって事だ。それでも風読陽香さんを助けたいかい?」

 

 日向の言葉に、茨羽以外の全員が逡巡した。躊躇わず頷いたのは茨羽だけだった。

 全員が悔しげな顔をする。陽香を救いたい気持ちは皆同じだ。だが、神知を敵に回したら確実に殺される。相反するふたつの気持ちが、全員の判断を鈍らせたのだ。

 それを見て茨羽は言う。

 

「…お前らは良くやってくれたよ。後は俺ひとりで大丈夫だ」

 

 茨羽は薄い笑みを浮かべると、今まで黙っていたドクターにきいた。

 

「陽香は何処にいる?」

「…携帯型が送られた場所から察するに、澪標(みおしるべ)市の方じゃな。そこに螺鈿會の本部がある様じゃ」

 

 澪標市は、ここから少し離れた所に位置する街である。この街と同じく、異能力者が多いという話をどこかで聞いた事があった。

 

「携帯型を持っているのは小暮秀人(こぐれしゅうと)という男じゃ。調べてみたら、過去に風読総合病院の医療ミスで兄を亡くしておる。その復讐に、螺鈿會が手を貸したといった所じゃろうな」

「なるほどな。ありがとう」

 

 茨羽は言うと、酒場から出て行こうとする。その背中に霧風が声を掛けた。

 

「双焔…本当にひとりで行くつもりか?」

「ああ。陽香は絶対に救い出す」

 

 茨羽は背を向けたまま言う。その声には確かな決意がこもっていた。

 霧風は一瞬だけ躊躇う。それから意を決して、言う。

 

「…なら、オレも行く」

「……」

 

 茨羽は振り返る。その瞳が、本気かどうかを確かめている。

 

「…オレだって、陽香ちゃんを救いてぇんだ。お前ひとりに任せるのは嫌なんだよ」

 

 霧風は表情を引き攣らせながらも、笑う。

 

「神知がなんだ。螺鈿會がなんだ!陽香ちゃんに手出しする輩はオレが許さねぇッ!」

 

 霧風が叫ぶ。すると一瞬の間を置いて、酒場のあちこちから声が上がった。

 

「なら、オレも行く!」

「陽香ちゃんを助けて、神知のヤツをぶっ殺してやるんだ!」

「俺たちに不可能はねぇ!」

 

 先程とは打って変わって、燃え盛る火のように声を上げる男達。彼らの迷いを、茨羽の姿が…霧風の絶叫が断ち切ったのだ。

 

「行くぞ野郎ども!陽香ちゃんを救い隊、突撃だァァァッ!」

『うぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!』

 

 男共の絶叫、それに耳を塞ぎつつ、日向は「ちょっと待ってよ!」と叫んだ。

 

「ただ真正面から行ったとしても、全滅するだけだよ!」

「なら、どうするんだ!」

 

 茨羽も周りの声に掻き消されないように怒鳴る。日向は少し考えた後、吠えている連中をどうにか宥め、それから言った。

 

「…君たち、命を捨てる覚悟はあるかい?」

 

   *   *   *

 

 ―現在、螺鈿會本部前。

 

 神知戦は呆れていた。

 目の前には烏合の衆。その中にはちらほらと見た事がある顔もある。裏の世界の連中だった。

 本部の前に怪しい連中がいるから鎮圧してこいと春風に言われ、鼻糞をほじりながら出向いてみたらこれだ。数だけは多いが、それだけの連中である。

 

「テメェら何しにきたんだよ。ここはキャバクラでも何でもねぇぞ」

 

 神知が言うと、集団の中からひとりの男が進み出てきた。コイツもどこかで見た事がある顔だ。

 

「ちょっと理由があってな。お前らにケンカを売りに来たんだ」

「あそう」

 

 神知はつまらなさそうに呟いた後、薄い笑みを浮かべる。命知らずなヤツらだが、暇つぶしには丁度いい。

 

「ま、暇だから相手してやるよ」

 

 神知はほじくった鼻糞を男に飛ばす。それを軽く避けた男が、ナイフを構えて言う。

 

「殺しちまうかもしれねぇが、構わねぇよな?」

「言ってろ」

 

 神知が異能を発動すると、その腕に何かがまとわりつき、歪な剣の形になった。それを見て、その他の連中も一斉に得物を構える。

 

「…行くぞ」

「来いよ」

 

 瞬間、男の姿が消える。

 次の瞬間には神知の背後に。

 手に持ったナイフの一撃は、神知の剣に受け止められた。

 

「遅い遅い」

 

 神知は鼻歌を歌いながら、男のナイフを捌いていく。その背後から、別の男が棍棒で殴り掛かる。

 それをしゃがんで回避すると、今度は別の男が、それを躱すとまた別のヤツが…というふうに、数打ちゃ当たる戦法を仕掛けてきた。

 

「あー!めんどくせぇな!」

 

 それらを躱し、いなし、時には反撃を加えながら神知は舌打ちをする。数がありゃいいってものでもあるまいに。

 面倒くさいので、一斉に片付けてやる事にした。

 神知が異能を発動すると、轟音と共に「何か」が降ってくる。

 それを見た男のひとりが絶叫し…その絶叫でそれに気付いた連中も同じ様な反応を示す。

 無理も無い。だって、空から落ちてきているのは…。

 

「隕石、だと…」

 

 霧風が絶句する。

 次の瞬間―隕石が衝突…する筈だった。

 

「無駄だよ」

 

 突如、迫っていた隕石が消える。隕石を消した張本人―日向咲は微笑み、絶句している裏の世界の連中に言った。

 

「ほら、早く神知くんを抑え込まないと…君たちだけじゃなくて、中にいる陽香さんと茨羽くんも死んじゃうよ?」

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