無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
時を少し遡る。
茨羽達が裏の世界の酒場で作戦会議を開いていた頃、ひとりの少女が酒場に入ってきた。何気なくそちらに目をやった茨羽は、その場違いな姿に一瞬だけ硬直する。
まだ幼い。小学生か、大きく見積もっても中学生くらいの少女だ。綺麗な銀髪に、二色の瞳―左が青で右が赤という組み合わせは、とある少女を彷彿させた。
その少女は酒場を見渡すと、「どうやら間に合ったみたいだねぇ」と安心したような笑みを浮かべた。
「おいガキ。ここはテメェみたいなのが来る所じゃねぇんだよ」
霧風の部下のひとりがそう言って少女を睨み付ける。だが少女は動じず、茨羽の方を見ると言った。
「君が茨羽巧未くんか」
「そうだが…君は?」
茨羽がきくと、少女はにこりと笑って、
「わたしは
めちゃくちゃ怪しい自己紹介に、周りの人間の警戒が高まる。一方で、茨羽は少女―日向咲の姓に反応した。
「日向…?」
「日向だよ?」
茨羽の後輩にも日向美雪という少女が居るが…彼女の親族だろうか。
「まあ、わたしの事なんてどうでもいいんだ。それより、螺鈿會に襲撃を掛けるつもりなんだろう?」
「な、なんでそれを…」
霧風が呟く。日向はニヤリと笑い、「わたしはなんでも知っているんだよ」と言った。
「まあ、螺鈿會とやり合うのは勝手だけど…君たち、多分負けるよ?」
「…どうしてそう言い切れるんだ?」
茨羽がきく。その目は細まっており、表情は真剣なものだった。
「螺鈿會には神知戦くんがいるからねぇ。いくら君たちと雖も、あの化け物には勝てないだろう?」
「…何だと?」
「神知…戦」
霧風が呆然として呟いた。周りの連中もどよめく。
神知戦といえば、裏の世界どころか表の世界にまでその名を轟かす異能力者だ。
彼は少し前まで、「
そんな化け物が、螺鈿會に付いている…最悪のニュースだった。
「流石に笑えねぇな…」
「そうだろう?それくらい無謀な事を、君たちはやろうとしているって事だ。それでも風読陽香さんを助けたいかい?」
日向の言葉に、茨羽以外の全員が逡巡した。躊躇わず頷いたのは茨羽だけだった。
全員が悔しげな顔をする。陽香を救いたい気持ちは皆同じだ。だが、神知を敵に回したら確実に殺される。相反するふたつの気持ちが、全員の判断を鈍らせたのだ。
それを見て茨羽は言う。
「…お前らは良くやってくれたよ。後は俺ひとりで大丈夫だ」
茨羽は薄い笑みを浮かべると、今まで黙っていたドクターにきいた。
「陽香は何処にいる?」
「…携帯型が送られた場所から察するに、
澪標市は、ここから少し離れた所に位置する街である。この街と同じく、異能力者が多いという話をどこかで聞いた事があった。
「携帯型を持っているのは
「なるほどな。ありがとう」
茨羽は言うと、酒場から出て行こうとする。その背中に霧風が声を掛けた。
「双焔…本当にひとりで行くつもりか?」
「ああ。陽香は絶対に救い出す」
茨羽は背を向けたまま言う。その声には確かな決意がこもっていた。
霧風は一瞬だけ躊躇う。それから意を決して、言う。
「…なら、オレも行く」
「……」
茨羽は振り返る。その瞳が、本気かどうかを確かめている。
「…オレだって、陽香ちゃんを救いてぇんだ。お前ひとりに任せるのは嫌なんだよ」
霧風は表情を引き攣らせながらも、笑う。
「神知がなんだ。螺鈿會がなんだ!陽香ちゃんに手出しする輩はオレが許さねぇッ!」
霧風が叫ぶ。すると一瞬の間を置いて、酒場のあちこちから声が上がった。
「なら、オレも行く!」
「陽香ちゃんを助けて、神知のヤツをぶっ殺してやるんだ!」
「俺たちに不可能はねぇ!」
先程とは打って変わって、燃え盛る火のように声を上げる男達。彼らの迷いを、茨羽の姿が…霧風の絶叫が断ち切ったのだ。
「行くぞ野郎ども!陽香ちゃんを救い隊、突撃だァァァッ!」
『うぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!』
男共の絶叫、それに耳を塞ぎつつ、日向は「ちょっと待ってよ!」と叫んだ。
「ただ真正面から行ったとしても、全滅するだけだよ!」
「なら、どうするんだ!」
茨羽も周りの声に掻き消されないように怒鳴る。日向は少し考えた後、吠えている連中をどうにか宥め、それから言った。
「…君たち、命を捨てる覚悟はあるかい?」
* * *
―現在、螺鈿會本部前。
神知戦は呆れていた。
目の前には烏合の衆。その中にはちらほらと見た事がある顔もある。裏の世界の連中だった。
本部の前に怪しい連中がいるから鎮圧してこいと春風に言われ、鼻糞をほじりながら出向いてみたらこれだ。数だけは多いが、それだけの連中である。
「テメェら何しにきたんだよ。ここはキャバクラでも何でもねぇぞ」
神知が言うと、集団の中からひとりの男が進み出てきた。コイツもどこかで見た事がある顔だ。
「ちょっと理由があってな。お前らにケンカを売りに来たんだ」
「あそう」
神知はつまらなさそうに呟いた後、薄い笑みを浮かべる。命知らずなヤツらだが、暇つぶしには丁度いい。
「ま、暇だから相手してやるよ」
神知はほじくった鼻糞を男に飛ばす。それを軽く避けた男が、ナイフを構えて言う。
「殺しちまうかもしれねぇが、構わねぇよな?」
「言ってろ」
神知が異能を発動すると、その腕に何かがまとわりつき、歪な剣の形になった。それを見て、その他の連中も一斉に得物を構える。
「…行くぞ」
「来いよ」
瞬間、男の姿が消える。
次の瞬間には神知の背後に。
手に持ったナイフの一撃は、神知の剣に受け止められた。
「遅い遅い」
神知は鼻歌を歌いながら、男のナイフを捌いていく。その背後から、別の男が棍棒で殴り掛かる。
それをしゃがんで回避すると、今度は別の男が、それを躱すとまた別のヤツが…というふうに、数打ちゃ当たる戦法を仕掛けてきた。
「あー!めんどくせぇな!」
それらを躱し、いなし、時には反撃を加えながら神知は舌打ちをする。数がありゃいいってものでもあるまいに。
面倒くさいので、一斉に片付けてやる事にした。
神知が異能を発動すると、轟音と共に「何か」が降ってくる。
それを見た男のひとりが絶叫し…その絶叫でそれに気付いた連中も同じ様な反応を示す。
無理も無い。だって、空から落ちてきているのは…。
「隕石、だと…」
霧風が絶句する。
次の瞬間―隕石が衝突…する筈だった。
「無駄だよ」
突如、迫っていた隕石が消える。隕石を消した張本人―日向咲は微笑み、絶句している裏の世界の連中に言った。
「ほら、早く神知くんを抑え込まないと…君たちだけじゃなくて、中にいる陽香さんと茨羽くんも死んじゃうよ?」