無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「―オレ達が神知を抑える?」
酒場での作戦会議の際、日向が口にした作戦を聞き、裏の世界の連中はどよめいた。
「そ。風読さんの救出は茨羽くん単体で行い、あとの人達で神知くんを抑えた方がいい。あまり大人数で行くと目立つしね」
「でも、潜入なら霧風の方が向いてるんじゃないか?」
茨羽の言葉に、何人かがウンウンと頷く。然し日向は首を横に振り、言った。
「あの神知くんを味方に引き入れているくらいだ。それ以外にどんな敵が出てくるか分かったものじゃない。この中で一番強い茨羽くんが行くべきだよ…それに」
お姫様を助けるのは主人公の役目だからね―そう言って、日向は霧風の方を見た。
「わたしもサポートするけど、相手は化け物…覚悟はした方がいい」
「…それなら大丈夫だ。覚悟なんて、とっくにできてる」
霧風は鋭い目をしながら呟き、それから他の連中の方を向く。彼等の目も霧風と同じものになっていた。
日向は頷くと、「茨羽くんもそれでいいね?」ときく。
「…ああ、俺は大丈夫だ」
「なら、決まりだね」
日向は微笑み、それから言った。
「…さて、祭りの始まりだ」
* * *
現在、螺鈿會本部前。
「…なんだテメェ」
隕石を消した日向を、神知は意外そうな目で見る。
「わたしは日向咲。ただの通りすがりだよ」
「その通りすがりさんが、なんでコイツらの味方してんだよ。不公平じゃねぇか」
「まあ、成り行きだよ…それを言うならこっちの方が不公平だし」
「ま、そうか」
神知はニヤリと笑うと、次の瞬間には日向の眼前に居た。
「!」
「じゃあくたばれ」
神知が剣を振り下ろす―直前、霧風が彼に飛び蹴りを食らわせた。ダメージにこそならなかったものの、日向の頭を狙っていた剣は横に逸れた。
「ありがと」
「礼はいい。それよりマジで抑え込まないと全滅しかねないぞこれは」
「だからそう言ってるのに…」
日向は呆れた様に呟くと、「でも、本当に本気を出そうかな」と不敵に笑った。
「どーでもいいから、早くかかってこいよ」
神知が言う。日向は、「言われなくてもそうするよ」と言い返し、精神を集中させる。
「作者特権、発動…対象、源夜月の『
日向の目が、夜月と同じ配色…赤と紫に変わっていく。
「時間稼ぎさえ出来ればいいんだよ。だからこれでいかせてもらう」
何かが来る事を感じ、神知は身構える。
日向は神知を睨み付けて、「それ」を発動した。
―
* * *
「なんで、ここに…」
突然目の前に現れた青年―茨羽巧未に、陽香はまだすこしぼんやりとした声できいた。
「誘拐されたって聞いたから助けに来たんだよ」
茨羽はそう言うと、陽香の手を取る。然し、陽香はその手を振り払ってしまう。
「陽香…」
「私は…ここで終わりたいの」
髪が顔を覆い隠しているため、陽香の表情は分からない。だがその声は涙混じりのものだった。
「ここから出ても、私は風読家に使われるだけ…なら、ここで死んでハルくんの所に行きたいの…」
「……」
茨羽は黙る。陽香の過去は以前彼女に教えられて知っていた。だからこそ、直ぐに返答する事を躊躇ったのだ。
だが…茨羽だって、陽香をここで終わらせる訳にはいかなかった。
「…ここで陽香が終わったとして…ハルくんは喜ぶのか?」
「……」
「あの子は、陽香に笑っていて欲しいって願ったんだろ…今ハルくんに会ったとして、お前は笑えるのか?」
「…笑えるよ。だって。私…」
「…それは、偽物の笑顔じゃないのか?」
「…っ」
陽香は黙り込む。茨羽は静かに彼女の髪をかき分け、その顔を見た。
きれいな金色の瞳が、涙で潤んでいる。その顔を、笑顔にしてあげたい―そう、思った。
「精一杯生きて、胸を張ってハルくんに会う方がいいんじゃないか?確かに辛い事ばかりかもしれない。だけどそれを必死に乗り越えて、最後に笑うんだ…その笑顔は、きっと誇れるものだよ」
「だけど、私…居場所も無いし、精一杯生きても、本当に笑えるかも分からない…」
「なら…俺が陽香の笑顔を取り戻すよ」
自然と出た言葉だった。
陽香が驚いた様に茨羽を見る。
茨羽は真摯な目をして、陽香を見つめている。その首に巻かれた赤いマフラーが、風もないのにはためいた。
一瞬、陽香は英雄の姿を幻視した。その英雄は自分に手を差し伸べ、そして…。
「風読のしがらみも、何もかも全部俺がぶっ壊してやる。俺が陽香の傍に居て、本当の笑顔を取り戻す」
それに―と、茨羽は続けて言う。
「俺だけじゃない。裏の連中も、お前の為に戦ってくれているんだ。だから、もうそんな事言うな…」
「巧未、くん…」
「一緒に行こう、陽香」
―一緒に、笑顔を取り戻そう。
茨羽の胸に、陽香は顔を埋める。
暫く無言だったが、軈てくぐもった泣き声が聞こえてきた。
地下牢は冷たかったが、ふたりがいる部分だけは、ほのかに暖かかった。
* * *
それから、茨羽と陽香は地下牢を抜け、地上階へと進んでいた。
侵入経路を逆に辿れば良いだけなので、楽といえば楽なのだが…茨羽は微かな違和感を抱いていた。
先程から、自分達以外の人影が見えないのだ。以前、逆浪と美雪が話してくれた螺鈿會像とは、あまりに掛け離れている。
何か、嫌な予感がする―その気味悪さが、茨羽の足を速めていた。
暫く進むと、前方に人影が立ちはだかった。黒いコートを着ており、フードを被っているので顔は見えない。
「…やっぱり、そう簡単には脱出させてくれないか」
茨羽は呟き、陽香を庇いながら身構える。
対して黒コートの人物は…静かにフードを取った。
どういうつもりだと思った茨羽だったが…フードの下から現れた顔を見て、思考が停止した。
「なんで、お前が…」
それは、ここに居るはずのない人物だった。
柔らかな茶髪に、冷たい瞳。手に持つのは漆黒のブレード。
「…久しぶりだね、巧未」
「…暁月」
自分達の前に立ちはだかったのは…かつての仲間である、暁月夜桜だった。