無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#3「その始まり」

 無銘こと赤坂蜥蜴が「その少女」に出会ったのは、薄暗い路地裏での事だった。

 

   *   *   *

 

 その時、無銘は知り合いの男―茨羽巧未と共に依頼を受ける為、待ち合わせ場所に向かおうとしていた。

 ヘッドホンで音楽を聴きながら歩いていると、不意に腰に衝撃を感じた。

 振り返ると、そこには一人の少女がいて、驚いた様に此方(こちら)を見ている。入院着のような薄い服に包まれた身体は華奢で、おそらく自分より年下であろうと察しがついた。

 それよりも気になったのは、少女の眼だ。片方は綺麗な赤色。だが片目は黒い眼帯によって隠されており、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「あ…」

 

 少女は暫くフリーズしていたが、軈てぺこりと頭を下げると走って行ってしまった。

 無銘は少し立ち止まっていたが、やがてまた歩き出した。

 

   *   *   *

 

 暫くして、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 無銘が振り返ると、三人の男が此方に向かって走ってきている所だった。

 サングラスに黒い服の肩幅が広いその男達はすぐに無銘の脇をすり抜けていく。その動きは、まるで何かを追っているかの様に慌ただしいものだった。

 その時、不意に一つの考えが浮かんだ。

 

(まさか…さっきの子を追って…?)

 

 荒唐無稽な考え方ではあるが、兎に角、何かが起こっていることは間違いない―そう考えた無銘は男達を追い始めた。

 

   *   *   *

 

 気付かれないように距離を置いて追っていると、男のうちの一人が急に立ち止まり、何やら無線機のようなものを取り出して耳に当てた。口の動きから、会話していると分かる。

 数秒後、男達は脇にあった細い道に入っていった。無銘も慌てて後を追う。

 進んだ先は薄暗く、ジメジメとした路地裏だった。

 そして、そこには…。

 

 蹲る少女に暴行を加える男達の姿があった。

 

「………ッ!」

 

 無銘は反射的に飛び出し、男達に叫んだ。

 

「てめえら…何やってやがる!」

 

 それに気付き、男達がこちらを見る。激する無銘とは対象的に淡々としている様子の彼らは、素っ気ない口調で話し始めた。

 

「貴様には関係ない」

「俺達は大切な任務の最中なのだ」

「直ぐに立ち去らないと…貴様も同じ目に遭う事になるぞ」

 然し、無銘は動じない。

 

「そう言われてはいそうですかって立ち去れる人間じゃないんでな…それ以上その子になにかするようだったら全力で止めるぞ」

 

 男達は無銘の言葉に顔を見合せ―彼を敵と認識したのだろう。静かに構えた。

 無銘もまた、応戦の構えを取った。

 

 無銘は素早い動きで一人の男に接近し、重い拳で殴り飛ばす。

 次いで、近くにいた二人目に蹴りを叩き込む。

 三人目が我に返り動いた時には既に彼の背後に回っており、三人目も蹴りで吹き飛ばす。

 全ては一瞬だった。無銘は少女を庇うように立ち、尚も構えを崩さない。

 男達は何事も無かったかのように起き上がると、無銘に攻撃を開始した。

 

   *   *   *

 

 数分後。

 無銘は地面に押さえつけられていた。

 男達はどうやら一人一人が相当な実力者であるらしい。数分間の死闘の末、彼らのうち一人は倒したが、後二人残っている。然し彼らも無傷では無く、あともう少し粘れば倒せそうだ。

 それでも、(からだ)は言うことを聞かない。

 

(クソッタレ…!)

 

 男達は無銘が動けなくなったのを見ると、今度は彼に暴行を加え始める。

 痛みと熱が容赦無く身体に刻み込まれるが、声も出ない。

 このまま終わってしまうのか…そう思った。

 

 その時、少女が叫んだ。

 

「もうやめてください!」

 

 無銘は少女の方を見る。少女は大粒の涙を流していた。

 

「その人は関係無いはずです。だから……きゃあっ!」

 

 彼女の声を鬱陶しいと思ったのか、男の一人が少女に近づき、その眼帯をむしり取る。

 現れた瞳は左右で色が違っていた。つまりこの少女の眼はオッドアイなのだ。

 

「うるさい…オッドアイのゴミが!」

 

 男は急に激すると、少女を殴り飛ばした。

 少女は吹っ飛ばされながらも、鋭い眼で男を睨みつけている。オッドアイという理由だけでこんな仕打ちを受けているであろう少女は、それでも見ず知らずの他人である無銘を助けるために戦っている。

 そんな少女も救えないとは…自分はなんて弱いのだろうか。

 

 …その時、不意に路地裏の入り口の方から声が聞こえた。

 

「楽しそうだな」

 

 無銘が声のした方向を見ると、そこには青いマントに青髪という、奇妙なファッションの少年が立っていた。

 彼は自然な足取りで無銘の近くにいた男に近づき、言った。

 

「俺も混ぜろよ」

 

 ―瞬間、男が崩れ落ちた。

 自分を拘束する力に緩みが生じたのを感じた無銘はもう一人の男を押し退け、何とか立ち上がり、呆然としている男に向かっていく。

 ふらつきながらも前に進み、男に拳をぶち込んだ。その一撃で男は倒れ、今度こそ動かなくなった。

 それを見届けた青髪の少年がこちらに向かってくる。

 

「ったく、つまんねえな」

 

 彼は本当につまらなさそうに呟いた。無銘は少年に言う。

 

「助けてくれてありがとうな」

 

 それに対し、少年はニヤッと笑みを浮かべる。

 

「別に?俺は楽しそうだから来ただけだしなあ…ところでアンタ名前は?」

 

「赤坂蜥蜴…いや、無銘だ」

 

 少年は少し驚いたような素振りを見せる。

 

「アンタが無銘か…」

 

 少年が何か呟いたが聞き取れなかった。

 

「何か言ったか?」

「いや何も……っと、俺はそろそろ行くわ」

 

 少年は歩き出す。

 その途中で振り返ると無銘に言った。

 

「俺は神知戦(かみしりいくさ)…また会おうぜ、無銘」

 

 そう言い残して、少年…神知は去っていった。

 

 

 無銘は少女に駆け寄る。躰に痛みが走ったが今はとりあえず無視だ。

 

「大丈夫か!?」

 

 少女は俯いており、その華奢な身体は震えていた。余程辛かったのだろう。

 無銘は一瞬躊躇い、少女の肩に手を置いた。

 少女はビクッと震えて顔を上げる。その二色の瞳は潤み、とても綺麗だった。

 少女は蚊の鳴くような声で言う。

 

「ごめん…なさい」

「なんで謝る?」

「私のせいで…こんなことに…」

「君のせいじゃないよ。悪いのはアイツらだ」

「でも……っ」

 

 無銘は少女の頭を撫でる。

 そして、優しい声で言った。

 

「辛かったよな…でも、もう大丈夫だから…すべて吐き出しちまいな」

 

 それを聞いた少女は…肩を震わせながら泣き始めた。

 大粒の涙が地面を濡らす。

 それを見て無銘は思う。

 この子はこの小さな身体で、どれだけの理不尽を耐えてきたのか…。

 この子だって普通の女の子だ。

 普通に生活して、普通に恋をするであろう女の子なのだ。

 なのに、そんな「普通」は歪められている。怪しい男に狙われ、そして恐らくは目の色が違うというちっぽけな理由だけで、理不尽に歪められている。

 そんな理不尽を抱えて生きているのに、何故他人のために必死になれるのか。

 …この子は、優しすぎるのだ。

 どこか自分にも似ている。

 もしかしたらこの子も、自分と同じかもしれない。

 自分を犠牲にして他人を救うかもしれない。

 そんな事を思った……。

 

   *   *   *

 

 暫くして、少女は泣き止んだ。

 

「すみません、もう大丈夫です」

「そうか」

 

 少女はまだ涙の跡が残る顔で微笑む。

 

「助けてくれて、ありがとうございます」

 

 その笑顔は年相応の少女のものだった。

 

「なあに、いいってことよ…オレは赤坂蜥蜴…無銘の方が通りがいいかな。まあ、よろしく」

 

 少女は優雅な動作でお辞儀をする。

 

「私は春風(はるかぜ)つばめです。よろしくお願いします、無銘さん」

 

 少女―春風つばめは綺麗に笑った。と、その身体がふらつき…彼女は、口から血を吐いた。

 

「…ッ!」

 

 無銘は絶句する。

 見る間につばめの身体から赤い線が浮かび上がり、血が噴き出す。間違い無く、異能の力だ。

 …だが、異能なら対抗手段がある。無銘の右手は某ライトノベルの主人公の様に、触れた異能を打ち消す力があった。

 無銘は慌てて右手をつばめの身体に押し当てるが…範囲が広いのか、血は中々止まらない。異能を殺しきれないのだ。

 無銘は冷静さを必死に保ち、つばめを観察する。すると、彼女の衣服―薄い入院着の胸元がはだけており、露出した薄い乳房の上辺りにちいさな刻印が刻まれているのを見つけた。無銘は一瞬躊躇してから、その刻印に触れる。するとつばめの身体に浮かび上がった赤い線は消えた。先程まで苦しんでいたつばめも、穏やかな寝息をたてつつある。

 安堵したが、つばめは血塗れのままだ。ひとまず、茨羽達の元へ連れていこう。そう判断した無銘は、つばめを背負って歩き出した。

 華奢な身体から、確かな温もりが伝わってきた。

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