無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「なんで、お前がこんな所にいるんだ!」
茨羽は叫ぶ。今まで行方不明だった暁月が、どうして螺鈿會にいるのか―理由が分からず頭が混乱した。
「…僕の目的を果たす為さ。此処に居た方が達成しやすいからね」
「…お前、螺鈿會が何をしているか分かっているのか?逆浪と美雪を監禁して…つばめを捕まえようとしたんだぞ?」
「…そんなの、必要犠牲だろう。巧未も螺鈿會がやろうとしている事を知れば、そんな事言えなくなると思うけど」
暁月は平然とした口調で言う。
「ふざけるな。陽香をさらった時点で、螺鈿會は俺の敵だ」
怒気を含んだ声。然し暁月は動じず、「そう…」と関心のなさそうな声で言った。
「…本当は見逃そうと思っていたけれど、敵対されちゃしょうがない。その人を差し出して大人しく斬られな」
「断る」
茨羽は即答する。それから思い付いたように暁月にきいた。
「そもそも、何故螺鈿會は陽香をさらったんだ。お前の目的とやらと関係があるのか?」
暁月の目が細まる。敵意を装着しながら、低い声で「いずれはそうなる」と言った。
「いずれは…?どういう事だ?」
「答える必要がない…まあ、風読さんをさらった目的だけは教えておこうか」
暁月は一拍置くと、敵意を装着したまま話し始めた。
「その人をさらった理由は、風読家の権力を取り入れる為だ。元々螺鈿會のトップ―春風郭公と風読の当主は知り合いだったんだけど、風読は春風の目的に賛同しかねていた。だけど風読は警察や異能関係にも影響を及ぼす一族だから、目的の為にその権力を手に入れても損は無いと考えた」
「…だから、陽香をさらったのか」
「そうだよ。ちょうど風読の病院で起きた医療ミスで兄を亡くした男が居たから、彼の復讐と風読の権力を手に入れるという目的を同時に達成する事にしたんだ」
その医療ミスがきっかけで春風が風読総合病院から追放されたという背景もあるのだが、暁月は話さなかった。
「風読の次期当主をさらったのは良かったけど、まさか風読の当主があっさりと娘に見切りを付けるとは思わなかったよ。おかげで計画は失敗。娘の処分をどうするか悩んでいた時に、君が来たという訳さ」
「…待て、風読家は動いていないのか?」
暁月の話をきいた茨羽は、疑問に思った事を訊ねる。暁月は頷き、茨羽の後ろで諦めの表情を浮かべている陽香を見た。
「娘の死体は『偽装』の携帯型異能で誤魔化したけど、それを見ただけ。突然の死に疑いを持つ事無く、日常に戻ったみたいだよ。執事がひとり、こっそり事件の調査をしていたみたいだけど当主に見つかって軟禁されたみたいだし」
陽香が目を見開いた。暁月は「最低な話だよ」と肩をすくめると、ややぶっきらぼうな口調で言った。
「跡継ぎが居なくなったらまた産めばいい。なんなら他の名家との養子縁組という方法もあるだろうね。…風読家にとって娘とは、それだけの存在だったんだよ」
陽香がふらつく。血の気を失った唇が細かく動いたが、言葉は出てこなかった。暁月はそれを見るとブレードを構え、茨羽に言った。
「…もういいでしょ?巧未は兎も角、風読さんは外に出られるとまずいから殺すか元いた檻に戻ってもらうかしてもらうけど…」
「…させるかよ」
茨羽は身構える。その手には黒い焔の槍が握られていた。
「まあそうなるよね。じゃあ…」
―始めようか。
そう呟いた瞬間には、暁月は陽香の背後に居た。
「…え」
陽香が振り返った時には、既にブレードの刃が陽香の首を切り落として―いなかった。
「…だから、させねえって言ってんだろ」
茨羽が陽香を強引に後ろへと下がらせた為、ブレードの刃は空を切り裂いただけだった。
「やっぱり、分かるよね」
「そりゃあな。陽香、離れてろ」
陽香は額に汗を浮かべながら頷き、茨羽と暁月から距離を取る。それを見た茨羽が指を鳴らすと、まるで陽香を護るかのように黒い焔の壁が現れた。
茨羽の異能は純粋な焔である「赤焔」と、彼のイメージによって自在に操る事が出来る「黒焔」を操るというものである。陽香の周りに出現させた黒い焔にはある程度のカウンター機能が備わっており、敵が近付けば反撃を行うというものだった。
「…なるほど、考えたね」
「こうでもしないとお前の異能で接近されるからな」
「まあ、そうか」
暁月がブレードを構える。彼が移動するよりも早く茨羽が「黒焔」で創った槍を投擲した為、暁月はそれをブレードで振り払ってから異能を使う事になった。
暁月の異能は「空間掌握」と「空間転移」である。読んで字のごとく、周辺の空間を自由に操り、能力の範囲内であれば自由に転移する事が出来る。要は瞬間移動だ。
今も空間転移を使い、暁月は茨羽の死角に移動した。後はブレードで茨羽の首なりなんなりを切り落とせばいい。
暁月の異能は確かに強力なものだ。だが、動きを読めればその限りでは無い。
茨羽は暁月が死角から攻撃してくる事を把握していた。だから、予め手を打っておいた。
暁月が茨羽の死角に移動し、ブレードを構えた瞬間―彼の身体が発火した。
「…ァ」
黒い焔が暁月を燃やす。茨羽は振り返り、やっぱり引っかかったかと呟いた。
「お前が死角に移動する事は読んでいた。だから、予め黒焔を仕込んでおいたのさ」
こっそり仕掛けるのは骨が折れた。槍を創り出し、投擲したのも時間稼ぎの為だ。
いくら暁月と
―だがそれは、間違いだった。
首に鋭い痛みが走り、赤いマフラーが更に紅く染まる。
茨羽はがくりと膝を着く。暁月のブレードが茨羽の頸動脈を正確に切断していた。
暁月は焔で燃やされて、動けない筈だ。なのに、何故…。
首から大量の血を流した茨羽は暁月の方に視線を向け、そして絶句した。
先程見た時は、暁月は黒焔に包まれていた。だが…彼はダメージを負った様子も無い。それに、黒焔は茨羽の意思でないと解除出来ない筈なのに、暁月を燃やしていた焔は消えている。
(…どういう、事だ)
焔から逃れる事など出来ないはずだ。無銘―赤坂蜥蜴の「
考えられるのは、暁月の異能―空間転移と空間掌握を応用したという事だ。予め空間を掌握しておき、後は転移能力を応用して焔だけを何処かに飛ばす…有り得ない話では無いが、相当の技量が必要とされる技法だ。話しながら仕込んでいたのだろうか。
この時点で既に茨羽の勝利は絶望的だったのだが、もうひとつ考えたくない考えが頭に浮かんだ。
暁月が持っている能力がふたつだけでは無かったら?自分が知らない未知の能力を持っていて、それを使ったのだとしたら?
暁月なら有り得ない話では無い。それくらいの事はやりそうな男なのだ。
…実際、茨羽の想像は当たっていた。暁月夜桜には本人も知り得ないもうひとつの能力が備わっていたのだ。「現実に書き換える能力」とでも呼称するべき能力で、異能や高過ぎる身体能力などといった「異質」なものを無効化する能力である。但し暁月は能力に気付いておらず、任意で発動する事は出来ない。茨羽の焔を消した時は無意識に能力を発動し、無効化したというだけだった。
本来ならばこの能力の効果は本人にも適用されるが、今回は出力をかなり絞った状態で発動された為、自分の能力を完全に無効化するまではいかなかった。自在に発動する事が出来ないとはいえ、無意識に制御してのけるのだから暁月は相当な実力者だといえる。
素の身体能力がかなり高いのに、空間転移と空間掌握という異能を持ち合わせ、オマケに無意識とはいえ異能まで無効化する―まさに難攻不落といった暁月に、然し茨羽は立ち向かう。
自分の背後に護るべき人がいる限り、何度でも立ち上がる―それが、茨羽巧未という人間なのだから。