無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#30「撤退と惨状」

 茨羽は首に手を当てる。未だ血は流れ続け、少しづつ意識が薄れていくのが分かった。

 グッと歯を食いしばり、茨羽は異能を発動する。首の傷を焼く事で血を止めようとしたのだ。

 激痛が襲い、気が遠くなる。だが傷は塞がった。無理矢理だったので次に傷が開いたらお終いだろうが―今は、この状況を打破出来ればいい。

 暁月はそれを黙って見ていた。

 ナメられているのだろうか。確かに暁月の方が実力は上だが…それでも、勝機はある筈だ。

 後悔するぞと心中で呟いた後、茨羽は再び異能を発動した。

 

 茨羽の手に紅と黒の焔が現れる。

 それらは絡み合い、形を変え、一振りの剣となった。かなり長いこの剣は「焔刃ナイトフェンサー」といい、茨羽のメインウエポンである。殆ど素手で戦う為に使う機会は余り無い…それはすなわち、この剣を使う時は彼が本気である事を意味する。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 暁月はブレードを構え、能力を発動した。

 瞬間―茨羽の身体が動かなくなった。暁月の空間掌握を活用して動きを止めたのだろう。

 馬鹿げている程に圧倒的だ。だが―

 

(動きを止めた位じゃ俺は倒せねぇよ!)

 

 茨羽の身体が黒い焔に覆われる。それはうねうねと不規則に動き回り、スライムの様に暁月の方へと広がった。

 当然、暁月は瞬間移動によりそれを回避。茨羽の真後ろに回り込むが…そこにも焔が伸びてきた。本気で近付けない様にしているらしい。空間掌握を使おうにも、茨羽は黒い焔で身体を覆っているので攻撃手段が無い。

 どうしたものかと思案しているうちに、茨羽が突っ込んできた。

 

「真っ向一文字斬り!」

 

 茨羽は剣を上段に構え、そのまま真っ直ぐ振り下ろした。単純な攻撃だが、スピードはかなり早い。

 暁月は後ろに下がって回避。然し焔のスライムがまた伸びてきて、暁月の身体に纒わり付こうとしてきたので転移を使用し安全地帯まで移動する。

 と、そこで思い付いた事があった。

 

「巧未、今すぐその焔のスライムを解いた方がいい」

「解けと言われて解くヤツは居ねぇよ」

 

 茨羽の返事に、暁月は薄らと笑みを浮かべる。

 

「解かないと、風読さんが犠牲になるよ?」

「…!どういう…って、お前まさか…!」

 

 暁月の言葉の真意に気付いたのだろう。茨羽は舌打ちすると焔のスライムを解除した。

 暁月の異能を用いれば、空間掌握と転移で自分と陽香の位置を入れ替える事が出来る。外道っぽいので余り使いたくは無いが、勝利の為には仕方が無い。

 かといって陽香に危害を加えると茨羽がどんな行動を取るか分からない。なので敢えて警告し、焔のスライムを解除させたのだ。

 更に、茨羽にとっては最悪の状況が出来上がってしまった。

 

「俺の助けは必要無さそうですね」

 

 そんな声がして、茨羽と暁月、そして陽香は声のした方を向く。

 泊亮一が高凪ちとせを伴い、どこからともなく現れた。

 

「亮一か。外の警備はどうしたんだ?」

「神知に任せましたよ。彼ひとりで何とでもなる」

 

 亮一は淡々と言って、眼帯を外す。鮮やかな紫色が茨羽の目に飛び込んで来た。

 

「お久しぶりです。茨羽さん…申し訳ありませんが、大人しくしていて貰いますよ」

「泊君に、高凪さん…君達もそちら側に着いたのか」

 

 脳裏に、ふたりを心配している逆浪と美雪の姿が浮かぶ。これを知ったら彼らはなんと言うだろうか。

 

「逆浪と日向が心配していたぞ」

「…今の俺には関係ありませんよ」

 

 亮一は表情を変えずに言った。対照的に、隣に居たちとせは少し苦しそうな表情になる。

 

(三対二…陽香は異能が使えないし、実質三対一か)

 

 厳しいなと茨羽は思う。ただでさえ自分より強く、厄介な暁月に加え、実力が未知数な亮一とちとせ…自分ひとりで捌ききれる自身は無い。

 陽香も簡単な護身術くらいは使えると聞いた事があるが、相手が悪い。それに茨羽は陽香を傷付けたく無かった。

 こうなったら…。

 

(逃げるしかないか)

 

 何も戦いに来たのではない。陽香を助けに来たのだ。目的は果たした以上、無理に戦う事は無い。

 だが逃げるにしても暁月の空間掌握と空間転移の前には無力だ。おまけに彼は異能を無効化する。どうすれば…。

 

(…ん?異能を無効化する?)

 

 ふと、茨羽は小さな引っ掛かりを覚えた。

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()?)

 

 異能無効化と異能が同時に使えるという事は有り得ない。厳密に言えば暁月の異能は異能無効化ではないのだが、やっている事を考えれば同じ事だ。

 考えられるのは出力を調整したという事か。先程の焔程度の攻撃なら出力を絞っても対応出来るという事だろう。

 ならば―出力を絞らせなければいい。

 茨羽は身構え、位置関係を確認した。前方には暁月と亮一、ちとせ。自分の背後には焔の壁に囲まれた陽香。

 運がいい。これならいける。

 茨羽は暁月に向かって駆け出し、殴り掛かる。異能を使わなくても捌けると判断したのだろう。暁月はブレードと自分の身体を駆使して茨羽の攻撃を捌いた。

 いや、暁月だけではない。

 

「三秒後に脇腹への蹴り。その二秒後に左フック」 

 

 亮一だ。彼が異能を駆使し、暁月に指示を与えていた。全くその通りに攻撃してしまう為、茨羽は苛立った。ちとせは傍観している様に見えて、陽香が怪しい動きを見せないか監視しているようだった。

 だが、これでいい。

 暁月に近付きさえすれば…勝機はある。

 茨羽は暁月に接近したまま異能を発動し、声高々に叫んだ。

 

「バニシング…バスタァァァァァァァッ!」

 

 瞬間、紅と黒の焔が混ざり合ったビームがぶっ放された。一直線に突き進むソレは暁月や亮一、ちとせを呑み込み、彼等を肉体ごと消し去る…はずだった。

 バニシングバスターは暁月に触れた瞬間掻き消えた。それだけでなく、陽香を護っていた焔の壁も消え去った。

 暁月の現実改変が発動したのだ。

 現に、亮一が「異能が使えない…」と目を見開いているし、ちとせも自分の能力が使えないようだった。もちろん、茨羽や陽香も…そして、恐らく暁月本人でさえも例外ではないだろう。

 茨羽は直ぐに身を翻し、陽香の腕を掴んで走り出した。

 

「巧未くん!」

「恐らく、今なら暁月は異能を使えない!今のうちに逃げるぞ!」

 

 茨羽と陽香はひたすらに走った。後ろから暁月達が追いかけて来たが、異能は使用されなかった。

 入口までの道を走る。亮一とちとせはともかく、暁月はかなりの速さだ。だが、スタミナならこちらも負けてはいない。

 陽香は息を切らしていた。茨羽の全力に着いてくる程の体力は無かったらしい、なので

 

「きゃっ!ちょっと、巧未くん!?」

 

 陽香を抱え、お姫様抱っこをして走る。とても軽かった。

 

「これからも、こうして俺が一緒に居る!だから、一緒に帰ろう!」

 

 無駄な体力を使うと分かっていながらも、茨羽は叫んだ。

 陽香は僅かに頬を染め、頷いた。

 

 やがて、入口が見えてくる。後は神知をかわし、外に居た連中と逃げ出せばいい。

 

「霧風!陽香は救出したぞ!逃げ…」

 

 外に出るなり、茨羽は声を張り上げ…途中で、言葉が途切れた。

 眼前には裏の世界の連中が倒れている。全員が血を流し、中には一目見て助からないと分かるものも居た。霧風も地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。

 その惨状の中で、日向が神知に襟首を掴まれ、持ち上げられていた。彼女はぐったりしており、意識を失っている様だった。

 神知は此方に気付くとニヤリと笑い、楽しそうに言葉を発した。

 

「遅かったじゃねぇか茨羽」

「神知…」

「予想通り脱出してきたか。だけどまぁ…残念ながら、ここでゲームオーバーだ」

 

 そう言うなり、神知は剣を日向の首に当て…

 

 ―静止する間もなく、その首を落とした。

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