無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#32「風は少女と共に」

 ―時間を僅かに遡る。

 澪標市の近くにある街―陽ヶ鳴(ひがなき)市の某所で、ひとりの少年が誰かと通話していた。

 

「澪標に隕石落ちたって…茨羽先輩がらみですよね絶対。助けに行った方が…え?螺鈿會の本部?澪標に?何でそんな事知ってるんですか」

 

 少年は慌てた様子で電話口に(まく)し立てる。

 

「知ったのはついさっき?裏の世界のドクターが教えてくれた?…分かりました。分かりましたから。俺が行きます。ちょうど今陽ヶ鳴なんで、澪標にはすぐ着きますし…はい、はい、無茶はしませんよ。それにどちらにせよいつかは争わないとですし、それが早まっただけで…はい、分かりました。ついでに亮一達の事も探ってきます。…美雪とつばめには誤魔化しておいてください。よろしくお願いします」

 

 少年は電話を切り、大きく息を吐き出す。

 

「…行くか」

 

 誰にともなく呟き、少年―逆浪光は何処かへと歩き出した。

 

   *   *   *

 

 同時刻、螺鈿會本部内。

 陽香を攫った張本人―小暮秀人は血走った目で眼前にあるものを凝視した。

 

「…何もしなくていいと言われた。だけど、許せねぇんだよ…!」

 

 風読だけは、俺が殺す…呪う様にそう言うと、小暮は眼前にあるものを掴み、勝手に部屋を出ていく。

 …銀色のナイフが、部屋の明かりを反射して鈍く光った。

 

   *   *   *

 

 再び時間を戻す。

 混乱に乗じて逃げ仰せた茨羽達は、螺鈿會からかなり離れたところで(ようや)く一息ついた。

 神知が追ってこないとも限らないので気は抜けない。茨羽達は警戒しながら駅への道を進んでいた。

 

「…巧未くん」

 

 不意に、陽香が茨羽を呼ぶ。

 

「どうした?」

「…その、助けてくれてありがとう」

「気にするな。それが俺の役目だからな」

 

 茨羽は微笑む。陽香は嬉しそうに頬を染め、ありがとうと再び言った。

 霧風はそれを面白くなさそうな顔で見ていたが、陽香に「みなさんもありがとうございます」と言われるとデレデレしていた。

 

「いやぁそんなオレなんて…あそうだ陽香ちゃん、もし良ければオレと…」

「霧風」

 

 茨羽が鋭い声で霧風を呼ぶ。なんだよ妬いてんのかよと言いながら霧風は茨羽の方を見たが…。

 

「…予想より早い」

「…って事はまさか…もう追いついてきやがったのか!」

 

 霧風は思わず唸る。次の瞬間、

 

「よう!鈍亀さん!」

 

 そんな声と共に、神知が上から現れ、行く手を塞ぐように立ちはだかる。

 

「お楽しみはこれからだぜ?何帰ろうとしてんだよ」

 

 クソッタレと茨羽が舌打ちをする。

 

「暁月と泊君はどうした」

「知らねぇよ。ぶちのめしたから死んだんじゃねぇの」

 

 神知は何言ってんだコイツと言わんばかりの口調で言う。

 

「…一応聞いておくが、見逃すという選択肢は」

「寝言は寝て言え」

 

 はあ、と茨羽はため息をついた。

 

「俺が食い止めるから早く逃げ―」

「…いや、オレが食い止める」

 

 茨羽は驚いた顔で言葉の主―霧風才斗を見る。

 

「何言ってんだ!」

「お前こそ何言ってんだ。陽香ちゃんの隣にお前が居なくてどうすんだよ!」

 

 霧風は強い口調で言い返す。

 

「お前は陽香ちゃんのヒーローだろ!ならここはオレに任せろよ!っつうかちょっとくらい格好付けさせろ!」

「だってお前、ここに残ったら」

 

 うるせえよ双焔―霧風は怒鳴った。

 

「オレはもういいんだよ。後はお前に任せるって決めてんだ。だから茨羽―陽香ちゃんを頼む」

 

 確かな重みの込められた言葉。それで、茨羽は悟った。

 コイツは、何がなんでもここに残るつもりなのだと。

 

「…分かった。その代わり、絶対帰ってこい」

「へっ、お前もしくじるなよ」

 

 茨羽は強く頷き、陽香に「行こう」と言った。然し陽香は激しく抵抗し、苦悩に満ちた声で叫んだ。

 

「嫌だ!私は…もう誰も…っ」

「陽香ちゃん!」

 

 霧風は陽香を呼ぶ。

 

「…頼むよ。オレの覚悟を無駄にしないでくれ」

 

 苦笑に似た表情に、陽香の動きが止まる。

 

「霧風、さん…」

「…それに、オレは死なねぇよ(・・・・・・・・)。ほら…」

 

 霧風は一瞬だけ目を瞑り、手を固く握る。

 次に開かれた時、その手には翠色の結晶が握られていた。

 霧風はそれを陽香に渡す。

 

「なにかピンチな事が起きたら、それを握ってオレに助けを求めてくれ。そうすれば、必ず助けに行く」

「……」

 

 陽香は震える手で結晶を受け取る。

 

「さあ、早く行け。茨羽、そしてお前ら…陽香ちゃんの事、よろしくな」

『あ、アニキ…』

 

 裏の世界の連中は号泣しながらも頷く、茨羽は最後にもう一度だけ霧風を見て、「任せろ」と呟いた。

 

「霧風さん!」

 

 陽香の絶叫。それを半ば引き摺る様に、茨羽は歩き出す…自らも、怒りと不甲斐なさで震えながら。

 そして―彼らは元来た道を引き返し、別の道へと向かった。

 後に残されたのは、霧風と神知のみ。

 

「待たせたな。やるか?」

「…下らねぇ茶番をありがとよ」

 

 神知はゲテモノを食べたかの様な顔をしてそう言い…次の瞬間には、霧風の懐に。

 霧風は神知の一撃をナイフで受け止め、後退する。

 すかさず神知の追撃。受け止めたが、大きく後ろに飛ばされる。

 

「…チッ」

「んだよつまらねぇなぁ…もっと抵抗しろよ」

 

 神知の言葉が聞こえた瞬間―右肩に激痛。神知が石ころを勢いよく飛ばして貫いたのだ。

 ナイフを取り落とす。二刀流ではあったためあと一振りは手の中にあるが…恐らくこれでは無理だ。

 だが、これでいい。

 この作戦に参加した時から、命なんて捨てている。

 陽香が幸せでいてくれれば、自分は…。

 

 再び衝撃。

 心臓を貫かれ、霧風は崩れ落ちる。

 

「つまらねぇヤツ」

 

 神知はそう吐き捨て、踵を返そうとするが…。

 

「…何終わらせようとしてんだよ」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返る。

 霧風が、血反吐を吐きながらも立ち上がっていた。

 

「…そうこなくちゃな」

 

 神知は嗤い、霧風を完全に破壊する為に行動を始める。

 

 それからは、一方的な蹂躙。

 霧風は徹底的に打ちのめされ、地面に這いつくばりながらも―立ち上がって、また蹂躙される。

 長い様で短い時間が過ぎた時、無傷の神知の前には、息も絶え絶えで地面に這いつくばる霧風の姿が。

 あと一撃で、決着が着く…然し、そこで神知は攻撃の手を止めた。

 

「…なあ、ひとつきかせろ」

「…なん、だよ…」

「お前、異能力者だろ?なんで使わねぇんだよ」

 

 神知の疑問は最もだ。

 この戦闘中、霧風は一度も異能を使わなかった。異能を使えば、戦闘はもう少し違ったものになっていたにも関わらず、だ。

 だが、彼が異能を使わないのは当たり前だった。

 なぜなら、

 

「オレは…異能を、使えねぇんだよ…」

「なんで」

「…テメェに教える義理はねぇよ、ただ」

 

 希望なんだよ(・・・・・・)と霧風は言った。

 

「…あそう。まあなんでもいいや、死ね」

 

 神知が剣を振り上げる。

 霧風は目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、裏の世界の連中との…そして陽香との日々。

 

(……ありがとよ、みんな…後は頼んだぜ)

 

 ―そして、凶刃は(あやま)たずに霧風才斗の命を奪い去った。

 

   *   *   *

 

 茨羽達は路地裏を進んでいた。

 大通りに出て神知に見つかったら一般人も巻き込む恐れがあると判断しての事だ。霧風が止めてくれていると(いえど)も、いつまで持つのかは分からない。

 陽香は先程から無言だ。その手には、霧風から託された結晶が握られている。

 彼の為にも、陽香を護らなければ…茨羽の胸には新たな決意が芽生えていた。

 

 然し、

 

「待てや」

 

 そんな声と共に、茨羽の横に居た男―裏の世界の一員が倒れた。何かに貫かれたのだ。

 彼を貫いた張本人は「何置いてこうとしてんだよ」と不満げな声で言う。

 もう少しだった。

 もう少しだったのに―。

 茨羽が振り向くと、そこには青い悪魔の姿が。否、青い悪魔というのは間違いか。

 神知の身体は、血で真っ赤に染まっていたのだから。

 

「…神知」

「よう、案外あっけなかったな」

「…お前、霧風はどうした」

 

 予想はしていた、だが…。

 

「殺した」

 

 その言葉を聞いて、茨羽の胸の底に重苦しい塊が落ちた。

 

「テメェ…」

「よくもアニキを」

 

 裏の世界の連中が殺気を浮かべる。が、それを愉しむように神知はニヤニヤと笑う。

 ここまでか―茨羽は、陽香に逃げる様に言おうとした。

 

 …その時、凛とした声がきこえた。

 

「…赦さない」

 

 全員が声の出処を見る。

 

「よくも、よくも霧風さんを…!」

 

 普段は温厚な少女。

 だが今、その目に浮かぶのは―憤怒。

 

「私は、貴方を…」

 

 少女の手に握られていた結晶が眩く輝き…手の中で消える。

 まるで、少女と同化したかのようだった。

 風が吹き荒れる。

 先程までは無風の筈だったのに。

 少女の怒りに呼応する様に風は吹き荒れる。

 その風はまさしく…。

 

「―絶対に赦さない!」

 

 霧風才斗の異能(・・・・・・・)を操り、

 風読陽香は、目の前の敵を見据えた。

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