無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「赦さないぃ?どう赦さないってんだ?お?」
神知が小馬鹿にした様に言う。
それに対する返答は―風の刃だった。神知は軽々と躱し、目を細める。
「乳臭い女がイキってんじゃねーよ」
「……」
陽香は冷徹に二発目を放つ。今度は異能殺しで受け止めた神知は、お返しとばかりに小石で陽香を貫こうとする、が…。
「…チッ、外したか」
茨羽の舌打ち。彼は神知の後ろに回り込み、炎の矢を放っていた。それを察知した神知が当たる寸前で回避したものの、神知の攻撃は不発に終わった。
茨羽は裏の世界の連中を見て叫ぶ。
「お前らは逃げろ。俺と陽香が残る」
「だがよ双焔…」
「皆さん」
声を上げかけた裏の世界の連中を、陽香が制止する。
「私と巧未くんは大丈夫です…だから、早く逃げてください」
「……クソっ!死ぬんじゃねーぞ!」
陽香の言葉に込められた重みを感じたのだろう。渋々といった形ではあったが、裏の世界の連中は撤退していった。
正直に言うと、陽香にも逃げて欲しかった。だが今の陽香は何がなんでも残ろうとするだろう。
何故、霧風の異能を陽香が使えるのか―それは分からない。今言える事は、陽香に相当の覚悟があるという事だ。そしてその覚悟を裏切るなんて事は、茨羽には出来ない。
茨羽は神知に視線を移す。彼は先程まで浮かべていた笑みを消し、真剣な目付きになった。
「…仕方ねぇな。ちっとばかし本気を出すとするか」
―瞬間、神知の姿が消える。
次の瞬間には、陽香の懐に。
「終わりだ」
剣を陽香の心臓目掛けて突き出す。一瞬の後、陽香は心臓を穿たれている筈だった。
突然、轟音と共に陽香を起点として暴風が生まれる。それは神知を易々と吹き飛ばした。
そして―吹き飛ばされた先には、茨羽の姿が。
「くたばれ!」
そんな声と共に、焔を纏った拳で神知を殴り付ける。
咄嗟に異能殺しで防御したが―それは焔だけ。拳が当たった腕に鈍い痛みが走る。
無理やり身体を捻り、剣を突き出す。茨羽はそれを躱し、滑らかな動きで膝蹴りを放った。
「チッ…」
見事に腹部にヒットし、吐き気が込み上げる。ともすれば意識を失う程の痛みに。然し神知は動じない。逆に茨羽を殴り飛ばし、大きく後ろに跳んだ。茨羽が吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がるのを見ると、陽香の方へ視線を向ける。
前には陽香、後ろには…直ぐに体勢を立て直したらしき茨羽。正直言って面倒くさい組み合わせだ。
だが、
「こういう時は上に逃げるに限るぜ」
バネを生成し、高く跳躍する神知。
茨羽も陽香も面倒くさいだけだ。こっちには腐るほど手駒がある。
例えば、
「―
瞬間、神知の両側にガトリング砲が七つ現れる。
「
神知が力ある言葉を紡ぐと、七つのガトリング砲が一斉に咆哮した。
陽香と茨羽に、絶望的な程の銃弾が襲い掛かる。
「陽香ッ!」
茨羽は陽香の頭上に焔の傘を作る。咄嗟の行動だったが、これである程度は銃弾を防ぐ事が出来るはずだ。
最も―自分は間に合わないが。
「巧未くん!伏せてッ!」
陽香が叫ぶ。茨羽が伏せると、彼の頭上で風が荒れ狂い、銃弾を弾き飛ばした。
然し、
「ぐぁっ!」
「…あ…ッ!」
銃弾が多過ぎた。焔の傘も暴風も銃弾を防ぎ切れず、幾つかの銃弾はふたりの身体を貫いた。
鮮血が飛び散る。銃弾の雨が収まると、ふたりはがくりと膝を着いた。
「ハッ、ざまあねぇな」
神知が嗤う。所詮はヒトだ、神に敵う筈が無い。
「さてと、まずはテメェからだ」
神知は手近に居た茨羽に歩み寄り、剣を振り上げる。
茨羽は動かない。銃弾に貫かれ、その上運が悪い事に暁月と戦った時の傷が開いてしまった。首から血が流れ落ちる。
「たくみ…くん」
陽香が弱々しく呟く。茨羽は陽香の目を見て…それから直ぐに目線を外した。
陽香がハッとなる。それに気付かない神知は剣を振り上げ、茨羽の首を落とした。
神知は笑みを浮かべ、勝ち誇った様な表情をしていた…地面に落ちた茨羽の首が燃え始めるまでは。
「…は?ふざけんじゃねぇぞ」
神知が苛立たしげな表情になった瞬間…茨羽の首と身体が焔の縄に変化し、神知に固く巻き付く。
「…時間稼ぎのつもりか?つまらねぇな」
前を見ると、風の刃が飛んできた。倒れながらも陽香が放ったものの様だ。
動けなくすればいいと思ってんのか?神知は回避しようとしたが…何故か風の刃は神知の横を通り過ぎた。
「は!操作ミスか?」
馬鹿な女だと呟いて、神知は異能殺しで縄を破壊した。
茨羽が偽物だとするならば、本物が何処かに居るはずだ。
「出てこい茨羽!じゃねぇと風読の嬢ちゃんぶち犯すぞ!」
「…んな事言われなくても出てくるよ」
茨羽は神知のすぐ背後に立っていた。手が届く距離だ。
「やっと出てきたか。死ね」
「死ぬのはお前だ」
神知は後ろを向き、茨羽の拳を受け止める。あまりにも勢いが強く、重い拳だった為、それを受け止める事に意識を削がれた。
…それが、仇となった。
茨羽はもう一方の手を突き出す。神知の頭部の横で止まったその手には…強いエネルギーの塊が。
「…あ?」
「くたばれクソ野郎」
瞬間、茨羽の腕と神知の頭を巻き込み、エネルギーの塊が爆発した。
それが、決着だった。
* * *
「巧未くん!」
陽香は何とか立ち上がり、よろめきながらも茨羽の元に辿り着く。手首を失った茨羽の顔色は余り良くない。血を流しすぎたのだ。
…先刻、茨羽の偽物が首を跳ね飛ばされる寸前、陽香は本物の茨羽が神知の後ろに居る事に気付いた。互いに目線を交わし合い、偽物の事や、これからすべき事を察したのだ。最も後者の方は殆ど勘だった。茨羽が爆発のジェスチャーをしてやっと伝わったのだ。
神知にぶつけたのは簡単な爆弾のようなものだった。風と焔を上手く混ぜ合わせて即席の爆弾を作ったのだろうと陽香は予測した。そんな事が出来るなんて知らなかったが、実際に出来ているのでいいのだろう。
今はそんな事より茨羽の事が最優先だ。陽香は携帯端末を持っていなかった為、近くの病院に行くしかない。
神知は頭部を吹き飛ばされて再起不可能の様だった。これで襲いかかってきたらもはやゾンビだ。神知ならやりかねない気もするが。
とりあえず、茨羽を病院に連れていこうとして彼の身体を支えた時…後ろから叫び声が聞こえた。
振り返ると、そこには見覚えのあるひとりの男。自分を攫った男―小暮秀人は手にナイフを持ち、こちらに突進してきた。
直ぐに異能を発動しようとして、大きくふらつく。先程銃弾に貫かれた事がかなりのダメージになっていたらしい。
(しまっ…)
逃げる事も出来ない。
殺される…陽香はギュッと目を瞑った。
だが、痛みはやってこない。代わりに、自分が支えていた身体が離れている事に気付いた。
恐る恐る目を開けて、陽香は硬直した。
「え…」
そこには、自分を庇うように立ちはだかった茨羽の姿。
そしてその腹部に…小暮が深々とナイフを刺していた。
赤が地面を染め、茨羽の身体がゆっくりと
「たくみ、くん?」
陽香は震える手で茨羽に触れた。
冷たい。
茨羽の目は固く閉じられている。
動かない茨羽の姿、それが、かつて自分が喪った少年の姿と重なった時…陽香は発狂した。