無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#35「明日へ」―風読陽香の章 終幕― 

 ―数日後。

 

「ええっ!髪切っちゃったんすかぁ!」

 

 茨羽に呼ばれ、何でも屋にやってきた裏の世界の連中は驚いた様に声を上げた。

 

「えへへ…だって、見つかったらまずいし…それにすぐ伸びるから、ね?」

 

 そう微笑む陽香の髪は、短くなっていた。

 今までの陽香は紫色の長髪で、それが清楚な印象を与えていた。だが、今の陽香の髪はかなり短い。ショートカットにしてしまったのだ。

 最も、陽香はどんな髪型でも似合う。現に今も、髪を切った事であらわになった健康的な首筋や(うなじ)をうっとり眺めているヤツが多い。揃いも揃って阿呆なのだ。

 茨羽が咳払いをすると全員が我に返り、直立不動で彼を見た。

 

「あー、いきなり集めて悪かったな。でも大事な話だから聞いてくれ…お前らこれからどうする?」

「どうする…って?」

「裏の世界には居られないんじゃないのか?」

 

 茨羽の言う事は最もだ。

 現在、裏の世界は風読家が掌握している。陽香の治世で安定した状況だったのだが、その陽香が風読から居なくなるとなると話は別だ。陽香と親しい連中は居づらくなるだろう。

 陽香は俯いた。自分の所為で、彼らにまで迷惑を掛ける事になる…それが申し訳なかった。だが、茨羽は…。

 茨羽は黙りこくっている連中に「俺から提案がある」と切り出した。

 

「お前らさ、良ければ俺達の所に来ないか?」

『あ!?』

 

 茨羽以外の連中が発した声は綺麗に揃った。声こそ出さなかったが陽香も同じ気持ちだ。

 

「俺の何でも屋も、無銘と夜月の所も、あとは夢羽ちゃんの喫茶店もとにかく人手が足りねぇんだよ。お前らは十四人にドクター加えて十五人だろ。五人ずつのグループでも作って手伝ってくれれば俺達としては万々歳なんだよ。勿論給料は出るぞ。喫茶店以外は歩合制だけど」

「いや、給料は前の仕事でもらってるからどうでもいいけどよ…でも、いいのか?」

 

 裏の連中ひとりが震え声できいた。ちなみに彼らは名前が無く、適当に呼びあっているらしい。

 

「おれ達、厄介者だぞ?日陰者だぞ?それでも…」

「何言ってんだよ」

 

 男の言葉を、茨羽が遮る。

 

「お前ら、なんだかんだ言って真面目だし、いいヤツじゃねぇか。それに俺達の仲間はそんな理由で人を迫害しねぇよ。したヤツが居たら俺がぶん殴る」

 

 最後が何やら物騒だったが、陽香も同じ気持ちだ。

 

「私も、皆さんはいい人だと自信を持って言えます…一緒に、前に進みましょう」

 

 男達は一斉に沈黙する。そして、

 

『アニキぃぃぃぃぃぃぃ!』

 

 一斉に茨羽に抱き着いた。

 

「うわやめろ!俺が抱きしめられたいのは陽香だけだ!って汗臭っ!お前らシャワー浴びろ!うちの貸すから!」

 

 ギャーギャーとやかましい男達を陽香が微笑ましげに見ていると、誰かが隣に来た。見るとドクターだった。

 

「ありがとう。霧風も肩の荷が降りたじゃろう」

「…そうだと、いいです」

 

 霧風やあの戦いで死んだ者は先日火葬された。裏の世界の連中は葬式という概念が無いため、だいたいその場に放置か火葬である。最後の別れの時には全員が泣いていた。茨羽でさえ悲しげな雰囲気を纏っていた。

 陽香は胸に手を当てる。トクトクと、心臓の鼓動が伝わってくる。 

 霧風はもう居ないけれど、彼と過ごした日々は、彼に託されたものは自分の中にある。

 それを背負って、進んでいくのだ。

 皆と、茨羽と一緒に―。

 

   *   *   *

 

 それから三日後。

 裏の連中も無事配属先(?)が決まり、どんどん仕事に慣れていっている最中だ。

 茨羽の元には四人が配属された。ドクターはそういった仕事には加わらず、何かと傷が耐えない茨羽や無銘達の治療に専念している。

 今日も依頼が山積みだ。陽香が作ってくれた朝食を慌ただしく掻き込むと、仕事に出る。

 今日は直接依頼人の元に出向く事になっていた。玄関で靴を履いていると、エプロンを身につけた陽香がやって来た。

 

「お仕事頑張ってね!」

「ああ、陽香も連中の制御と家事、よろしくな」

 

 陽香は(もっぱ)ら家事担当で、裏の連中には有事が起きない限りは事務仕事をして貰っている。

 

 陽香は笑顔で頷き、それから茨羽に顔を近付け、

 

「いってらっしゃい、巧未くん」

 

 そっと、茨羽の唇に自分の唇を重ねた。

 茨羽も陽香も赤くなる。それを物陰から見ていた野郎共が倒れたのはひとまず気にしないでおこう。

 

 暁月や亮一達の事、螺鈿會の事、神知の事…色々な事を背負いながら、今日も一日が始まる。 

 もう、希望は無いかもしれない。霧風や奪還作戦で死んだ連中の様に、絶望に満ち溢れた事が起こるかもしれない。

 それでも、陽香や皆と進んでいけば―いつか、希望に満ち溢れた明日が来るかもしれない。

 だから、茨羽巧未は今日も戦い続ける。

 ヒーローとして、明日へ進み続ける。

 

「行ってきます、陽香」

 

 陽香の頭を撫でて、外に出る。

 

 ―さあ…今日も一日、始めようか。




陽香編はこれでおしまいです。
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