無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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前回の番外編の続きとなるお話です。


#EX3「はつこい」

 始まりは、越月夢羽から齎された相談事だった。

 

「……つばめちゃんを、遊園地に?」

「はい。ここ最近、元気がないみたいで……」

 

 定休日の喫茶店に呼び出された無銘は目の前に置かれたコーヒーを飲みながら、夢羽の相談を受けていた。

 なんでも、つばめの元気がないらしい。それは無銘も感じていた事で、気にかけてはいた。

 二年前、泊亮一や高凪ちとせ、暁月夜桜やイアが失踪したのをきっかけに、つばめは少し不安定な状態となっていた。

 みんなで手分けして探してはいたものの、なかなか見つからない。螺鈿會が絡んでいるのではないかという説もあったが、確定するには乏しいものだった。

 それでもつばめは螺鈿會が絡んでいると思ったようで、責任を感じていた。自分さえいなければ、みんなが螺鈿會とかかわることもないと思っていたのだろう。

 そして、少し前に起きた風読陽香を巡る事件にて彼らが螺鈿會側についた事が発覚し、つばめはますます不安定になってしまっていた。

 だからこそ、気分転換が必要だと夢羽は考えた。それで無銘に相談したという訳だ。

 

「事情は分かったけど……どうしてオレに?」

 

 無銘が首を傾げると、夢羽は少し呆れたような表情を浮かべた。

 

「もしかして、気付いていないんですか?」

「え、何に?」

「………まあ、つばめちゃんも自覚に至ってないみたいだし、ちょうどいいかも」

「何か言ったか?」

「独り言です。とにかく、無銘さんじゃないといけない理由があるんです!」

 

 いつにも増して真剣な夢羽に若干驚きながら、無銘は頷いた。

 別に嫌という訳では無いのだが…それでも、何故自分に話が持ち込まれたのか、無銘には分からなかった。

 

   *   *   *

 

 という訳で、翌日。

 無銘は駅前でつばめを待っていた。

 行き先は遊園地だが、某夢の国のような大きな所ではない。県内にある、小さな遊園地だ。

 交通手段は電車。集合時間は9時にしていたが、少し早く来すぎてしまった。

 女の子と遊園地に行くという経験は、あまりない。妹と何回か行った事があったが、それを除けば片手で数える程しかない。なので何をすればいいのか、よく分からないのだった。

 少しすると、つばめがやってきた。

 

「おはようございます、無銘さん」

「お、来た来た。おはよ〜」

 

 つばめはブラウスとスカートといったシンプルな出で立ちではあるが、よく似合っている。一方の無銘はTシャツとジーンズに適当な上着を重ねただけのいつもの格好だった。自然体の方がいいと何となく思ったのだ。

 いや、そんな事より……

 

「つばめちゃん、眼帯はしていないのか?」

 

 無銘は驚いてきいた。つばめはいつも付けている眼帯を付けておらず、二色の瞳が露出していたのだ。

 

「は、はい……この格好で眼帯をしていると目立つかなと思ったので……」

 

 つばめはもじもじしながら答えた。

 

「なるほどな……でも、よく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 無銘の言葉に、つばめの顔が真っ赤に染まる。その顔を見て、無銘も自分がらしくない事を言っているのに気付き、気恥しくなった。

 

「………ま、まぁとりあえず行こうか」

「わ、分かりました」

 

 ぎこちない雰囲気になりつつも、ふたりは電車に乗り、遊園地を目指した。

 

   *   *   *

 

 休日の遊園地は活気に溢れていた。

 つばめはこういった場所に来た事がないらしく、物珍しそうに辺りを見渡している。

 

「さて、何から乗る?」

 

 無銘がきくと、つばめは真剣に悩み始めた。

 いくら悩んでも結論が出ないので、とりあえず片っ端から乗る事に決め、行動を開始した。

 

   *   *   *

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 ジェットコースターに乗った無銘は絶叫していた。

 普通のコースターならまあ、耐えられる。というか普段からジェットコースターに乗るよりも恐ろしい体験をしているので、そういうものには耐性があると思っていたのだが……このコースターは耐性を遥かに上回ってきた。

 何でも、この遊園地の目玉にする為に他県にある有名コースターを参考にして試行錯誤を重ねた結果、それを超えてしまったという謎のクオリティを誇るジェットコースターだった。そもそも名前が「Go To Hell」っておかしいだろ。もっとマシな名前付けろよ。

 とにかくアップダウンが激しいし回転しまくるしで普通に怖い。三半規管を本気で殺しに掛かっている。

 つばめは隣に乗っているのだが、顔は見れないしそれどころじゃない。というか首が飛びそうだ。このままだとマジで死ぬ。

 体感時間はかなり長かったが、実際はあっという間だった。それでも十分地獄は味わえたし、二度と乗りたくないと思わせてくれる素敵なジェットコースターだった。最も、殆どの乗客は楽しそうだったのでこの反応は無銘だけのものかもしれないが。

 ちなみに、つばめは全く平気そうだった。その姿を見て無銘が少し落ち込んだのは、また別の話である。

 

   *   *   *

 

 ダウンしている無銘に水を渡す為につばめは自動販売機に向かった。

 そして無事に水を買い、戻る途中……事件は起きた。

 肩がぶつかった事が切っ掛けで、改造学ランを身に纏っている不良っぽい男……というか不良に絡まれてしまったのだ。

 不良は無銘くらいの背だったが、肩幅が広くがっしりしている。つばめの襟首を掴んで暗がりに引きずり込み、唾が掛かるほどの勢いで怒鳴ってきた。

 

「んだテメェ!ぼさっとしてんじゃねぇよクソガキがよォ!」

「す、すいません……」

「すいませんで決着ついたらケーサツなんぞ要らねぇだろうがよォ!こっちは肩がクソいてぇんだよ!治療費払えやクソが!」

 

 そう怒鳴って、不良はつばめの頬を勢いよく殴った。

 軽い躰は吹き飛ばされ、痛みに呻く。

 鼻から血が出る感覚。

 そのまま無様に地面に這いつくばった。

 

「あああぁぁムシャクシャする!くたばれクソガキがよォ!」

 

 そう言うと、彼は掌をこちらに向け……

 

火炎(フレイム)

 

 放たれるは、炎の弾丸。

 回避は出来ない。

 ぶつかる……そう思い、目を瞑ったその時、

 

 

「―もう大丈夫だ」

 

 

 優しい声がきこえて目を開ける。

 目の前には、ひとりの少年の背中。

 その背中が、とても頼もしく見えた。

 

「無銘さん……」

 

 つばめは掠れた声で彼の名を呼ぶ。

 無銘はこちらを見ると軽く頷き、不良に向き直った。

 

「て、テメェ……あの時の……!」

 

 不良が怯えた表情を浮かべた。

 つばめは知らない事だが、この不良は以前、無銘や逆浪にボコられている(#1参照)。

 その時のトラウマが蘇ったのだろう。不良は発狂しながら炎の弾丸を撃ちまくってきた。

 そんな攻撃が無銘に通用する訳がない。あっさりと無効化し、腕を捻りあげた。

 

「いででででででで!悪かった、オレが悪かったからぁっ!」

「あの子に謝れ」

「すいませんでしたぁっ!」

 

 謝罪をきくと、無銘は不良を解放した。

 不良が走り去っていくと、無銘は「大丈夫か?」とつばめの鼻血をティッシュで拭ってくれた。

 

「ありがとうございます……」

「軽傷で済んだのは不幸中の幸いだったよ。とりあえずこれ、ほっぺたに当てておきな」

 

 そう言って、無銘はつばめが買った水をつばめの頬に押し当てた。

 その冷たさにつばめが飛び上がると慌てた顔になり、「ごめん!」と勢いよく謝る。

 その様子が何だかおかしくて、つばめは少し笑った。

 自然に出た笑顔だった。

 

   *   *   *

 

 その後、コーヒーカップやメリーゴーラウンドなど、優しめの乗り物に乗ったり、ふたりで昼食を食べたりした。

 そうこうしているうちに楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ふたりは遊園地を出て帰りの電車に乗り込んだ。

 

「今日はどうだった?いい気分転換になれたか?」

 

 無銘がきくと、つばめは「はい!」と笑顔で答えた。

 遊園地に行く前は何処かおどおどとしていた笑顔を浮かべていたが、今はそれが無い。その事に安堵した。

 

「ならよかった。オレも久しぶりに楽しかったよ」

「でも、こんなに楽しんでよかったのでしょうか……」

 

 暁月たちの事を思い出したのだろう。つばめの顔が僅かに曇る。

 

「たまにはガス抜きしないとだしな。それに、つばめちゃんが悪く思う事じゃないよ」

 

 つばめが全てを背負う必要は無い。

 自分たちにも、責任はあるのだ。

 無銘の想いが伝わったのだろう。つばめは微かに頷いてくれた。

 

   *   *   *

 

 帰り道、無銘はつばめを無題荘まで送ってくれた。

 ふたりで歩く途中、つばめは不思議な気持ちになっていた。

 なんというか、無銘の顔がまともに見れない。隣を歩いているだけで顔が赤くなるし、どきどきする。悪い感覚ではないが、初めての感覚だった。

 原因は分かっていた。初めて出会った時と、遊園地で不良に絡まれた時……そのどちらも、自分は無銘に助けられた。

 彼は英雄みたいにかっこよくて、その姿に憧れたのだろうと自己分析する。だけど、直ぐに憧れではないと思った。憧れとは、また違う感情だと気付いたからだ。

 

「つばめちゃん、大丈夫か?なんか顔が赤いけど……」

 

 無銘が心配そうにこちらを覗き込んでくる。それだけでつばめはオーバーヒート寸前だった。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 またおどおどとした口調に戻ってしまう。だが、無銘は気にしなかったのか「ならいいけど……」と前を向いた。

 

 結局この気持ちの正体が分からないまま、無銘とは別れた。

 不安定な気分は改善したし、リフレッシュも出来たのだが……結果として正体不明の感情が生じる事となった。

 この気持ちがどういうものなのかという事や、この気持ちは以前からつばめの内に有り、今回の事で自覚に至っただけという事実をつばめはまだ知らない。

 そしてこの気持ちの正体に気付き、無銘に伝える事になるのかどうかも……まだ、分からない。

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