無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#36「舞台裏の思惑」  

 目覚めると、真っ白な空間に居た。

 神知は状況を把握出来ないまま起き上がる。ここは何処で、自分はどうなったのか…茨羽に頭を吹き飛ばされたのは覚えているが、分かるのはそれだけだ。

 多分、元の世界では無い。真っ白な、創られた様な空間だ。

 どうにかしてブチ破るか―神知がそんな事を思っていると、不意に声が聞こえた。

 

「そんな事しちゃダメだって」

 

 いつの間にか、黒いワンピースを着た少女が立っていた。

 

「あたしはあなたを助けたのに、いきなりぶっ壊されたら困るんだけど」

「…んだよガキ、テメェがやったのか?」

 

 神知が低い声で問うと、少女はこくりと頷いた。

 

「あたし、かみさまだから…あなたも知ってるんじゃない?あたしの事…」

「何言ってんだ…ぁ?」

 

 突如、神知の脳内に展開された記憶。先の事件で殺した少女―日向咲の記憶だった。

 

「…てめぇ、マジで神なのか」

「そう言ってるじゃん」

 

 なら、殺してみるのも一興か…そう思って行動に移そうとした神知だったが、

 

「あ、やめといた方がいいよ」

 

 少女の声に、身体が動かなくなる。

 

「あなたはあたしを殺せないし殺さない。だってあたしの方が強いし、それに…」

 

 あなたには頼みたい事もあるからねと少女は言った。

 

「春風つばめって子がいるんだけど、さらってきてくれない?あと無題奇譚だっけ、アレも確保してきて」

「俺が素直に言う事聞くと思ってんのか」

「聞くよ。だって…」

 

 まだ愉しみたいんでしょと言って、少女はニヤリと笑う。

 

「あたしの言う事をきいてくれないと、それも出来なくなるよ?」

 

 その言葉に、神知の脳内に再び記憶が展開された。それを見た神知は「…そういう事かよ」と呟く。

 

「この世界がハリボテ(・・・・)である事を知られてはいけないしねー。つばめちゃんのロストアイは過去が見えるし、それと無題奇譚を一緒に使って世界を改変されでもしたら困るから」

 

 この世界(おもちゃ)で遊べなくなるのは困るしねと少女は頬を膨らませる。神知は舌打ちした後、少女の依頼を受けた。

 この少女の正体と目的から考えるに、何か…面白い事が起きる予感がしたからだ。

 少女は満足気に頷き、名乗った。

 

「あたしはドロシィ。よろしくね」

 

 少女―ドロシィはにこりと笑う。

 それと同時に神知の意識が薄れていき…。

 

   *   *   *

 

 ―同時刻、澪標市某所

 

「…どうするんだい」

 

 くしゃくしゃにした黒髪が特徴的な青年―碓氷平太郎(うすいへいたろう)は隣にいる少女にきいた。

 白髪にエプロンドレスの少女は、「どうもこうもないよ」と言った。

 

「わたしはただ見守るだけしか出来ないし、ドロシィを止められるのはあの子達だけだって」

「…本当に僕達には何も出来ないのか?」

「出来ないよ。平太郎はもう物語から追放された身だし、わたしはドロシィに勝てないからね」

 

 平太郎は髪を掻き毟り、イライラした口調で叫ぶ。

 

「ドロシィが味方につけたのはあの神知戦だよ?君が創った人形を吸収して、君と同じ力を得た化け物なんだよ?それに君が創った世界を好き勝手させていいの?」

「…いいとか悪いとかじゃないよ。わたしの作者権限は人形…日向咲にあげちゃったし、もうチカラは無い。後は、あの子達次第なんだよ」

「でも、だってこのままじゃ…逆浪くんも美雪ちゃんも死んじゃうよ!それだけじゃない…つばめちゃんなんて、どんな責め苦を受けるか…」

「落ち着きなよ平太郎。大丈夫、あの子達なら大丈夫だよ…だって彼処には無銘さんも夜月さんも、茨羽さんだっている。この世界を好き勝手にはさせないよ」

 

 少女は柔らかい笑みを浮かべた。

 

「そろそろ行こっか。平太郎…」

「…分かったよ」

 

 平太郎は不承不承といった感じで頷く。

 次の瞬間…ふたりの姿は最初から無かったかのように消えていた。

 

   *   *   *

 

 ―同時刻、重石沢(おもしざわ)市某所

 

 暁月夜桜は不機嫌そうに腕を組んでいた。

 視線の先には彼の雇い主―春風郭公の姿があり、こちらは冷静に手元の資料を(めく)っていた。

 壁にはてんとう虫が止まっている。それを見ながら、暁月が強い口調できいた。

 

「…アンタ、本当にやる気あるのか?」

 

 その言葉に春風は顔を上げ、「どういう事だ?」と訊ね返した。

 

「とぼけるなよ…『この世界から異能を消し去る』というアンタの目的、本当に実現させる気はあるのかってきいてるんだ」

 

 この世界から異能を消し去る―それが螺鈿會の目的であり、暁月達はその為に活動してきた。異能という概念が消えれば、暁月の恋人であるイア・ループは助かると、そう信じて…。

 だが、春風の行動は無駄が多過ぎる。計画に春風つばめのロストアイが必要だというならば、とっとと奪ってしまえばいい話だ。なのに春風はそれをしない。

 

「アンタは不合理的過ぎるんだよ。無題奇譚だったっけ?見た現実を改竄する本も探す気はない、そもそも螺鈿會ってなんなんだよ!僕はアンタを信じてここに来たのに、これじゃあ…ただの無駄じゃないか!」

 

 激する暁月に対し、春風は冷淡に言った。

 

「厭なら、どこへなりとも好きな所へ行けばいい。私はただ、異常でしかないこの世界を変えたいだけだ。異能なんて実の所どうでもいいのだよ」

「…亮一だって、異能が厭でこの場所に来たんだ。なのにアンタは、それを…」

 

 春風は答えずに、部屋を出ていく。暁月はそれを怒りの篭った目で見て…強い力で、壁を殴り付けた。

 

 部屋を出た春風は、現在身を寄せている施設…L・D研究所の所長室に向かった。

 ドアを開けると、そこに居たのは黒いワンピースの少女…ドロシィだった。彼女は微笑み、春風に言う。

 

「ご苦労様。そろそろ信用を失ってきたんじゃない?」

「気にする事は無い。それよりドロシィ、これでいいのか?」

「うんうん、大丈夫。どのみちこの計画が上手く行けば暁月くんも亮一くんも死ぬ訳だし、問題はないよ」

「そうか」

「今、神知くんに動いてもらってるけど、当面の目的は無題奇譚の確保と春風つばめの誘拐ね。異能力という概念を破壊した上で異能力者を全て消せば、後は思い通りになる訳だし」

「…復讐(・・)も、果たせると」

 

 そういう事だねぇとドロシィは言った。

 

「まあ霧ヶ峰が生きてる以上、無題奇譚もつばめちゃんの確保も難しいと思うけど頑張って、あなたの両親を殺した異能力者達に復讐したいなら、尚更ね」

「…ああ」

 

 要は済んだ、とばかりに春風は部屋を出ていった。ドロシィはそれを見届けた後、退屈だなぁと呟いてその細腕を枕替わりにして寝入ったのだった。

 

   *   *   *

 

「そうか、暁月が…」

 

 高凪ちとせから暁月と春風のやり取りをきいた泊亮一はため息をついた。

 先の事件で神知に敗北して、気付いたらこの場所に居た。螺鈿會の理念に同調して逆浪達を裏切った筈なのに、これでは全て無駄ではないか。

 

「…なぁ、ちとせ。俺はどうしたらいいと思う?」

「…逆浪くんたちの元に、戻るべきじゃないかな」

「やっぱりそうだよな。でも無理なんだ。俺はアイツを裏切った…もう、戻れねぇよ…」

 

 亮一は頭を抱える。こんなに狼狽した亮一を見るのは二回目だった。

 最初にこんな亮一を見た時…彼の隣に居た少年は、どうしていた?

 ちとせはその光景を思い出す。それと同時に、自分では彼の代わりは務まらないかもしれないと思った。

 

「…泊くん」

 

 ちとせは亮一にそっと呼びかける。

 

「…ちとせ、俺は…」

「戻ろう?あの時みたいに…彼なら、許してくれるよ」

 

 昔、ある事件に巻き込まれた時…亮一がしてしまった事に対して、彼は笑って許してくれた。

 だから…。

 

「…無理だよ」

 

 亮一が俯いたまま言う。

 

「今の事も、昔の事も、許される事じゃないんだ。だって…」

 

 ―俺は一回、光をこの手で殺してしまってるんだから。

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