無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
―数年前の事。
高凪ちとせは登校途中、あるものを見つけた。
それは本来あってはならないモノで、ちとせは吐き気を堪えつつその場を後にしようとした。
その時、
「…みつけた」
そんな声と共に、背後から羽交い締めにされる。突然の事に驚き、バタバタと藻掻くが拘束は緩まない。口をハンカチか何かで塞がれ、染み込ませた液体をモロに嗅いでしまう。それと同時に意識が薄れていくのを感じた。
(…だれか、たすけて…)
声は出ない。ちとせはそのまま意識を失った。
高凪ちとせが失踪したという事件が彼女の通う中学校に伝わったのは、それから二時間後の事だった。
* * *
やけに周りが
何があったのかと思い、泊亮一は顔を上げた。担任教師が狼狽していて、クラス中もざわめいている。
「きいたか?高凪が失踪したって…」
「高凪って委員長?サボりでしょ笑」
「あの委員長がサボるかなぁ…いかにも真面目そうじゃん?」
「誰だってサボる時はサボるよ笑」
なるほど、と思った。自分には関係の無い事象だ。
もう一度腕を枕代わりにして寝入る。直ぐに意識が落ちていった。
夢を見ていた。
眼を
コイツのせいで、亮一の日常は変わってしまったのだ。
赦せない。
制御出来ない自分自身も、約立たずの眼も、自分に異能を植え付けた大人も。
…全部、大嫌いだ。
目が覚めると、もういつも通り。
ちとせの失踪は夕刻の職員会議の議題にでもなるのだろう。担任教師が出ていき、英語の教員が授業の準備をしていた。
亮一は淡々と授業をききながら、いつも通りに過ごした。
* * *
放課後になり、読み終わった本を図書室に返そうと思って返却手続きを行おうとした時、声を掛けられた。
「あー、ちょっといいか?」
振り返ると、そこには少年と少女の姿が。少年は自分と同じくらいの背丈で、男にしては長い後ろ髪が目を引いた。少女の方は少し低めの背に茶色の長い髪。二人とも、廊下で見かけた事がある顔だった。
「なんだよ」
亮一が言うと、少年は亮一が持っていた本に目を遣って、
「その本、
「…勝手にすれば」
亮一は返却手続きを済ませ、少年に本を渡す。彼は目を輝かせて「ありがとう!」と言った。
亮一は図書室を出て、家に帰ろうと玄関に向かう…途中でその足が止まった。
「泊ィ…ちょうどいい所に居たな」
同じクラスの男子が三人、ニヤニヤと笑いながら此方にやってきた。
皆揃って身体がデカい。名前は忘れたのでゴリラ一号、二号、三号と呼んでいた。
コイツらが亮一に絡んでくる理由は単純で、誰とも話さない根暗な人間(と周りは誤解している)だからだ。ろくに抵抗もしないのでいじめっ子にしてみればいいターゲットだろう。
ゴリラ共は亮一を校舎裏に引き
ゴリラ共が嬉しそうに叫んだ。ヒトの尊厳を穢して大喜び出来る人間とは、いつの世にも居るものだ。
亮一は目を閉じ、痛みに耐えようとした。
その時、
「ああ?なんだお前」
一号の声がして、その後にきき覚えがある声がきこえてきた。
「何やってんだよ!そんな校舎裏に連れ込んで…エロい事でもしようとしたのか?そういう性癖なら止めないけど」
「んなわけねぇだろ!」
亮一は目を開ける。ゴリラ共の向こうに、先刻本を貸した少年が居た。全く臆せずに言い争っているので、亮一は場違いにも感心してしまった。
「まあやめよう。良くないよそういうのは…アンタらに殴られたら死んじまうかもしれないのに」
「うるせぇな。おれたちがやりてぇ事やって何が悪いんだよ!」
「あー、脳味噌の代わりにクソが詰まってるタイプかぁ…めんど」
「誰がクソだオラァ!気持ち悪いロン毛野郎がよォ!」
ゴリラ二号が少年の胸倉を掴みあげ、ぶん殴る。少年は吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がった。痛そうに顔を
「正当防衛成立…という訳でいっぺん殴るわ」
「やってみろやゴラァ!」
少年に、ゴリラ三匹が飛び掛かる。
そして、
* * *
「…いたい」
結論から言うと、少年は物凄く弱かった。亮一も少年も嫌という程殴られ、地面に転がっている。
「光くん!大丈夫…じゃなかった」
そこに、これまた先程見かけた少女がやって来た。心配そうに少年と亮一を覗き込む。
「んああ大丈夫。アンタは?結構殴られてたけど」
「…慣れている」
亮一はよろよろと起き上がり、近くに転がっていた鞄を掴む。眼帯をして、その場を後にしようとした。
「保健室行った方がいいぞ」
少年は寝転がったまま亮一に言う。
「余計なお世話だ」
「後、その眼…アンタ異能力者だったのな」
帰ろうとしていた足が止まる。亮一は振り返り、少年をまじまじと見詰めた。
「なんだって?」
「異能力者。俺もそうなんだよ…役に立った試しがねぇけど」
少年はやっとの事で起き上がり、名乗った。
「俺は逆浪光。コイツは日向美雪ってんだ。コイツも異能力者な」
「よろしくね!」
少年…逆浪光と少女…日向美雪は亮一を見た。
自分以外の異能力者に会ったのは初めてだった…いや、違う。ひとりだけ知っていた。
高凪ちとせ…確か、あの少女も異能力者だったはず。まあ、自分にはどうでもいい事だが。
「…泊亮一。アンタら、俺の異能について何か知ってるのか?」
亮一はふたりにきいた。今まで人と関わらないようにしてきた自分が、誰かに質問するなんて…自分でも驚きだった。
今思えば、この出来事とその後に巻き込まれた事件が…亮一を大きく変えたのだ。