無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「…異能、か」
所変わって保健室、亮一はベッドに横たわり、逆浪と美雪の話をきいていた。
「俺のはそんな上等なもんじゃない。美雪のはお前のと似通ってるけどお前の異能の性能はケタ外れだ」
とんでもないもん持ってるのな―逆浪はそう言って、目を細めた。
「異能差別は日常茶飯事…それで死んじまった異能力者もいるらしいからな。俺たちでよければ幾らでも頼れよ」
「…必要ない。俺は…このままでいい」
亮一は呟く様な声で言う。自分の抱える特異性を知ったところで、状況が変わるはずも無い。
この眼のせいで、皆自分から離れていった。友達や先生、そして父親も…。
コイツらもいつか、俺から離れていくんだ…そう思ったからこそ、亮一は彼らを拒絶した。
「あそう」
逆浪は物憂げに呟く。
「お前がそれでいいならいいんじゃねぇの?そうやって悲劇に酔って破滅するのも、ひとつの在り方だろうからな」
先程までの様子とは打って変わり、逆浪の口調は冷たいものだった。美雪が慌てて彼を諌めるが、
「人の生き方ってのはそう簡単に変えられないよ。コイツが自分の異能を嫌悪する限り… 分かってもらおうとする努力をしない限り、コイツの生き方は変わらない。それは俺が口を出してどうこうできる領域の問題じゃねぇよ」
逆浪は吐き捨てる様に言うと、保健室を出て行った。美雪は「ごめんね」と済まなそうな表情を浮かべ、それに続いた。
亮一は目を閉じ、眠りの中へと入っていった。
* * *
「…ねぇ、泊くん。どうして皆と話さないでひとりで居ようとするの?」
「…放っておいてくれ」
「そんなの、良くないよ…何か事情があるなら言って?力になるから…」
「…放っておけと言ってんだ」
「でも…」
「放っておけって言ってんだよ!俺がこうしたいだけなんだ!それでいいだろ!」
「…っ、わ、分からないよ!なんでそんなに他人を拒絶しようとするの?」
「お前に分かるわけないだろ…もういいだろ、早くどっかに行ってくれ!」
そう言うと彼女は傷ついた顔をして、とぼとぼと歩き去っていった。
これでいいんだ、これで…。
『…バカ野郎が』
…なんだよ。
俺は、俺はこれでいいんだよ。
『誰かに理解して貰おうとする努力をしない限り、お前は変われない…いい加減気付けよ。お前がどうしたいのかをさ』
煩い。
うるさい五月蝿い煩い!
「黙れよ、クソ野郎ッ!俺を理解してくれる人なんて、居る訳ねぇだろ!」
厭だ。
こんなの、もう厭だ!
誰か、いっその事…
…俺を、殺してくれ。
* * *
目が覚めても暫く、先刻の光景を夢と認識出来なかった。頭を振り、保険医に帰ると伝えてから保健室を出た。時刻は五時半だった。
家に帰る途中、人気の無い公園に立ち寄った。ベンチに腰掛け、眼帯を外してみる。
いつもよりも遥かに「視える」眼。この眼を好きになるなんて事、出来るはずが無い。
無理だよと呟き、眼帯を付けようとした、その瞬間、
「キレイな眼だねぇ」
亮一は飛び上がった。いつの間にか自分の後ろに青年が立っていた。
真っ白な肌に長く柔らかな髪の、女と見間違う程美形な青年だった。その唇が開き、心地よい声で彼は話し出した。
「隠すなんてもったいない…むしろ
「…あなたは?」
怪訝な顔をして亮一が問うと、青年はにこりと笑って亮一の隣に座った。
心無しか、ぷんと厭な匂いがした。
「ボクはアズラ。ただの通りすがりだよ…そんな事はどうでもいいんだ。キミのその眼、もっと良く見せてよ」
青年―アズラは亮一の眼を覗き込み、「ほう」と感嘆の声を漏らす。
「なんて精緻な眼なんだ…キレイだよ。猫の眼より、ずっとキレイ…」
「は、はぁ…」
亮一は困惑した。いきなりなんなんだ。
「ねぇ、キミ…ちょっと話をしない?何でもいいからさ…」
アズラは夢見る様な口調で言って、亮一を見る。
この場を離れたかったが、相手はおそらく自分より歳上だ。そうする訳にもいかず、亮一は半ばうんざりしながら頷いた。
* * *
「…あ、やべ」
帰り道、逆浪がいきなり声を上げたので、美雪はびっくりして、
「どうしたの?」
「お茶買うの忘れてた…爺に買って来いって言われてたんだ」
もう無題荘の近くだ。先程まで不機嫌そうな表情をして歩いていた逆浪だったが、今はやらかしたという表情をしている。
「今から戻るか…でも遠いしなぁ…」
何やらブツブツと呟き始めた。このまま行くと怒られるのでそれをどう回避するか悩んでいるらしい。美雪は呆れて逆浪を見た。
「いっその事、すっとぼけて家に入るか…部屋違うし、バレねぇよな…」
「いや、それには及ばんぞ」
「及ばねぇか…どうするかって、ん?」
聞こえて来た第三者の声に逆浪は顔を上げ…硬直した。
霧ヶ峰勘助が目の前に立っていた。その隻眼は面白いものを見るかのように細まっている。
「…なあ爺、今のはちょっとしたジョークなんだ、だからよ…」
「説教」
「ああああああああぁぁぁぁ…」
逆浪はガックリと項垂れた。美雪は吹き出しそうになるのを堪えながら、「霧ヶ峰さん、何かあったんですか?」ときいた。
「ああ、例の猫殺し居たろ。アレ見つかったからどうにかしようと思ってな」
猫殺しというのは、最近この町で起きている事件の事だ。飼い猫野良猫問わず猫が殺されていて、死体は腹をこじ開けられて臓器が無くなっている。それだけでも厭な事件なのだが、おまけに眼球も欠損しているといった気味の悪い事件だった。勘助はこの事件に興味を持ち、独自に調べていた。
「…なあ爺、犯人どうするんだ?」
「そりゃ懲らしめるが、それがどうした」
「それ、俺にやらせてくれ…そのかわり説教はチャラで」
「…お前、オレの説教と猫を殺して楽しんでるサイコ野郎と対峙するの、どっちがマシと思ってる?」
「後者」
「………」
勘助は呆れた様にため息をついたが、「それなら早く行け。お前も無関係じゃなさそうだからな」と言った。
「どういう事だ?」
「…お前らの学校の女生徒がひとり行方不明なんだろ、多分それに関わってる」
「高凪さんの?」
美雪は驚いた声を上げた。高凪ちとせの失踪はふたり共知っていたが、そこに繋がるとは…。
逆浪は先程とは打って変わって真剣な表情になり「それなら尚更行かなくちゃ。場所教えてくれ」と言った。
勘助が場所を言うと、逆浪はカバンを美雪に託し「じゃあ行ってくる!」と走り出した。
「…大丈夫かな」
「気にする事は無い。アイツはなんだかんだ言ってしぶといからな」
勘助は事も無げに言って「ああ、茶を買わなければ…」と顔を顰めた。
* * *
「楽しかったよ」
どのくらい話をしていただろうか。亮一は漸くアズラから解放された。話といってもアズラの質問にただ答えただけだったが、疲れている自分が居た。
「それじゃそろそろボクは帰るよ。またね、泊亮一くん」
アズラは機嫌良く去っていく。亮一は溜息をついて、カバンを背負った。
その時、ふとアズラが座っていた場所に眼がいった。そこに置かれていた物を見て、亮一は硬直した。
それは猫の死骸だった。腹をこじ開けられ、内蔵は無くなっている。よく見ると眼も抉り取られていた。
吐き気を堪えながら、亮一は顔を顰める。それから眼帯を付けていない事に気付き、ポケットに入れていた眼帯を取り出した。
その時不意に、頭の中でひとつの仮説が立ち上がった。
(…もしかして、これをやったのは)
アズラが去った後に置かれていた死骸。
アズラから厭な匂いがした事。
その他諸々を纏めて、亮一の眼は仮説を真実に変えた。
(…いや、俺には関係無い)
亮一は頭の中に浮かんだ真実を振り払う。
その行動が、後にどんな事を