無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
泊亮一はその工場に辿り着くと、右目を解放して逆浪とちとせが居る事を突き止めた。どうやら、本当に捕まったらしい。
勘助から話をきいて、亮一は逆浪とちとせの救出を承諾した。といっても、亮一の目的はアズラと対峙する事にあり、ふたりの救出はその結果に過ぎないのだが。
美雪も同行したいと言ったが、勘助がそれを止めた。美雪の異能は戦闘向きでは無いし、これは亮一が向き合う問題だと、そう言ったのだ。
亮一は意を決して工場の奥へ向かった。少しでも体力を温存する為、目は眼帯で塞いでいた。
奥に辿り着く。そこには昨日会った青年…アズラが居て、亮一を見ると「来ると思っていたよ」と微笑んだ。
「…アンタが、俺に異能をくっつけたのか」
「そうだよ。ま、ボクは見てただけだったけどね」
アズラは自分に非は無いと言って肩を竦めた。その態度に怒りが湧き上がり、気付いたら亮一は叫んでいた。
「お前らのせいで俺の人生はめちゃくちゃになったんだ!親父は俺を捨てたし、友達も離れていった…こんな力、欲しくなんて無かったのに!」
「…だから?」
激昂する亮一に対して、アズラはあくまでも冷静な態度を崩さなかった。
「それ、ボクに言ったところで何か変わる?友達も戻ってこないし親父さんも出て行ったままでしょ?そういうの八つ当たりって言うんだよ」
折角異能を手に入れたのに、酷い言い様だよねぇと呟いて、それからアズラは何かを思い付いたようにニヤリと笑った。
「…それじゃ、そんな亮一くんにチャンスをあげよう」
どこからともなく取り出したのは、一匹の白猫。
「これね、高凪ちとせちゃんって言うんだけど…知ってる?」
「高凪…?お前、高凪をどうするつもりだ」
厭な予感がした。硬直する亮一とは裏腹に、アズラは楽しそうな表情を崩さない。
「この子をキミが殺すんだ。そうすれば、ボクがキミを異能から解放してあげよう。出来なければキミを殺す。ボクの力をもってすればその位の事は簡単に出来るからね」
「え…」
亮一は絶句した。
高凪ちとせか、自分か。
到底選べない二択だった。
「早くその子を殺しちゃいなよ。そうすれば、キミは異能から解放されるんだよ?」
悪魔の囁き。
目の前の猫は弛緩しており、動けない様だった。殺すのは訳ないだろう。
だが、それは本当に正しい事なのか?
自分のエゴでそんな事をするのは、赦される事なのか?
俺は、どうすればいい?
『…ねぇ、泊くん。どうして皆と話さないでひとりで居ようとするの?』
『何か事情があるなら言って?力になるから…』
脳裏に浮かぶのは、楚々とした佇まいの少女の姿。自分に向かって手を伸ばしている。
同じ情景を、夢で見た様な気がした。
…いや、夢じゃない。
これは、
どうして気付かなかった?
誰も助けてくれないと思っていた。だけどそれは間違えだった。
だって…すぐ側にいたじゃないか。
俺に、手を差し伸べてくれたヤツが。
そんなヤツを殺してまで、俺は異能から解放されたいのか?
「…馬鹿野郎」
決まっているじゃないか。
「…そんな事、出来る訳ねぇだろう…!」
絞り出す様な叫びに、アズラは呆れた様に目を細める。
「…ダメだね、ゲームオーバーだ」
馬鹿馬鹿しい感情だ。それはよく分かっている。
だけど、亮一には出来なかった。
「馬鹿馬鹿しい。虫唾が走るよ」
アズラは無表情でこちらに近付いてくる。
せめて抵抗はしてやろうと、亮一が眼帯に手を掛けた、その時…。
「馬鹿馬鹿しくなんてねぇよ」
聞こえて来た声にアズラが振り返り、そして驚きの表情を浮かべる。
「…なんで、ここにいるんだよ…」
アズラの視線の先には、捕まっているはずの逆浪とちとせの姿があった。
「決まってんだろ…」
逆浪は疲労の濃い顔で、それでもニヤリと笑ってみせた。
「抜け出してきたんだよ」
* * *
逆浪光が自分の隣に放り込まれてきた時、高凪ちとせは飛び上がるほど驚いた。
逆浪は地面に
「あー…アンタ、高凪ちとせか?」
「え、ええ…そうだけど」
ちとせはまだ状況を把握出来ないまま答える。逆浪は「無事ではあるっぽいな」と呟き、それから顔を顰めた。
「あの野郎…人の身体をメスで切り刻みやがって」
見ると、逆浪の身体には切り傷がいくつも出来ていた。
「大丈夫?」
「んああ問題ない…それより、アンタここから出られないんだろ」
「ええ…えっと、あなたは確か…逆浪くん?」
「知ってんのか」
逆浪は驚いた様にちとせを見た。クラスは違うけれど彼は目立つ風貌をしているし、変わった名字なので記憶していた。
「有名人だから…それより、どうしてここが?」
ちとせがきくと、逆浪は事情を説明してくれた。
* * *
「…事情は分かった。助けに来てくれてありがとう」
「いやいや…捕まったし、こっちこそ約立たずで悪かったな」
それで、だ…と逆浪は真剣な表情で言った。
「この部屋、多分異能かなんかで遮断されてるだろ」
「…ええ。あの人の異能で外界と隔絶されているわ」
アズラの異能は遮断能力だ。不可視の壁を作り出し、あらゆるものを遮断する異能である。
ちとせ達が捕まっているのは工場の奥にある小部屋だ。窓は無く、出口はひとつだけ。然し外界と遮断されている為、アズラ以外は自由に出入り出来ない状態となっていた。
「…でも、どうしてそれを?」
ちとせは兎も角、逆浪がその事を知っているのは何故だろうと思い、きいてみる。すると逆浪は「ご丁寧に教えてくれたからだよ」と苦笑しながら答えた。
「余程の自信家なのか、或いはただのアホなのかは知らないけど…ヒントはくれたんだ。後はどうにかするだけさ」
「どうにかって…」
そこで逆浪はちとせを静止し、「その前にひとつきかせてくれ」と言った。
「なんで、アイツはアンタを襲ったんだ?」
「…それは多分、私の異能の所為だと思う」
ちとせの異能…「
「…なるほどな。変態の考える事はよく分からんなぁ」
逆浪は納得した様な、それでいて呆れた様な声で言うと、「それじゃ、脱出しますか」と立ち上がって伸びをした。
「脱出って…出来るの?」
外界と遮断されているのだ。物理的な方法では抜け出せないだろう。
ちとせが驚いてきくと逆浪は頷き、それから深刻な表情になった。
「…ただ、一か八かってところだ。俺の異能は模倣能力なんだが、今から模倣する能力はとても危険なものらしいからな」
最悪の場合、俺が死ぬかもしれないなと逆浪は軽い調子で言った。
「死ぬって…」
「でも、この方法しか思い付かない…それに、アンタは泊に必要な気がするからな。絶対に連れて帰らないと」
「泊くん?」
何故そこでその名前が出てくるのだとちとせは思ったが、逆浪は「独り言だ」と軽く流して、それからちとせを見た。
「じゃあ、やるぞ…」
逆浪は真剣な表情になり、目を閉じて呟いた。
「…模倣、霧ヶ峰勘助」
ちとせには見ている事しか出来ない。
数秒間意識を集中させた逆浪は、呟くように、その言葉を口にした。
―人の中に人は在るか?