無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#40「決断と、そして選択」

 泊亮一はその工場に辿り着くと、右目を解放して逆浪とちとせが居る事を突き止めた。どうやら、本当に捕まったらしい。

 勘助から話をきいて、亮一は逆浪とちとせの救出を承諾した。といっても、亮一の目的はアズラと対峙する事にあり、ふたりの救出はその結果に過ぎないのだが。

 美雪も同行したいと言ったが、勘助がそれを止めた。美雪の異能は戦闘向きでは無いし、これは亮一が向き合う問題だと、そう言ったのだ。

 亮一は意を決して工場の奥へ向かった。少しでも体力を温存する為、目は眼帯で塞いでいた。

 奥に辿り着く。そこには昨日会った青年…アズラが居て、亮一を見ると「来ると思っていたよ」と微笑んだ。

 

「…アンタが、俺に異能をくっつけたのか」

「そうだよ。ま、ボクは見てただけだったけどね」

 

 アズラは自分に非は無いと言って肩を竦めた。その態度に怒りが湧き上がり、気付いたら亮一は叫んでいた。

 

「お前らのせいで俺の人生はめちゃくちゃになったんだ!親父は俺を捨てたし、友達も離れていった…こんな力、欲しくなんて無かったのに!」

「…だから?」

 

 激昂する亮一に対して、アズラはあくまでも冷静な態度を崩さなかった。

 

「それ、ボクに言ったところで何か変わる?友達も戻ってこないし親父さんも出て行ったままでしょ?そういうの八つ当たりって言うんだよ」

 

 折角異能を手に入れたのに、酷い言い様だよねぇと呟いて、それからアズラは何かを思い付いたようにニヤリと笑った。

 

「…それじゃ、そんな亮一くんにチャンスをあげよう」

 

 どこからともなく取り出したのは、一匹の白猫。

 

「これね、高凪ちとせちゃんって言うんだけど…知ってる?」

「高凪…?お前、高凪をどうするつもりだ」

 

 厭な予感がした。硬直する亮一とは裏腹に、アズラは楽しそうな表情を崩さない。

 

「この子をキミが殺すんだ。そうすれば、ボクがキミを異能から解放してあげよう。出来なければキミを殺す。ボクの力をもってすればその位の事は簡単に出来るからね」

「え…」

 

 亮一は絶句した。

 高凪ちとせか、自分か。

 到底選べない二択だった。

 

「早くその子を殺しちゃいなよ。そうすれば、キミは異能から解放されるんだよ?」

 

 悪魔の囁き。

 目の前の猫は弛緩しており、動けない様だった。殺すのは訳ないだろう。

 だが、それは本当に正しい事なのか?

 自分のエゴでそんな事をするのは、赦される事なのか?

 俺は、どうすればいい?

 

『…ねぇ、泊くん。どうして皆と話さないでひとりで居ようとするの?』

 

『何か事情があるなら言って?力になるから…』

 

 脳裏に浮かぶのは、楚々とした佇まいの少女の姿。自分に向かって手を伸ばしている。

 同じ情景を、夢で見た様な気がした。

 …いや、夢じゃない。

 これは、実際に俺が言われた言葉だ(・・・・・・・・・・・・)

 どうして気付かなかった?

 誰も助けてくれないと思っていた。だけどそれは間違えだった。

 だって…すぐ側にいたじゃないか。

 俺に、手を差し伸べてくれたヤツが。

 そんなヤツを殺してまで、俺は異能から解放されたいのか?

 

「…馬鹿野郎」

 

 決まっているじゃないか。

 

「…そんな事、出来る訳ねぇだろう…!」

 

 絞り出す様な叫びに、アズラは呆れた様に目を細める。

 

「…ダメだね、ゲームオーバーだ」

 

 馬鹿馬鹿しい感情だ。それはよく分かっている。

 だけど、亮一には出来なかった。

 

「馬鹿馬鹿しい。虫唾が走るよ」

 

 アズラは無表情でこちらに近付いてくる。

 せめて抵抗はしてやろうと、亮一が眼帯に手を掛けた、その時…。

 

「馬鹿馬鹿しくなんてねぇよ」

 

 聞こえて来た声にアズラが振り返り、そして驚きの表情を浮かべる。

 

「…なんで、ここにいるんだよ…」

 

 アズラの視線の先には、捕まっているはずの逆浪とちとせの姿があった。

 

「決まってんだろ…」

 

 逆浪は疲労の濃い顔で、それでもニヤリと笑ってみせた。

 

「抜け出してきたんだよ」

 

   *   *   *

 

 逆浪光が自分の隣に放り込まれてきた時、高凪ちとせは飛び上がるほど驚いた。

 逆浪は地面に(しり)(したた)かにぶつけ、暫くうごうごともがいていたものの、(やが)て諦めたのか大人しくなってちとせの方を向いた。

 

「あー…アンタ、高凪ちとせか?」

「え、ええ…そうだけど」

 

 ちとせはまだ状況を把握出来ないまま答える。逆浪は「無事ではあるっぽいな」と呟き、それから顔を顰めた。

 

「あの野郎…人の身体をメスで切り刻みやがって」

 

 見ると、逆浪の身体には切り傷がいくつも出来ていた。

 

「大丈夫?」

「んああ問題ない…それより、アンタここから出られないんだろ」

「ええ…えっと、あなたは確か…逆浪くん?」

「知ってんのか」

 

 逆浪は驚いた様にちとせを見た。クラスは違うけれど彼は目立つ風貌をしているし、変わった名字なので記憶していた。

 

「有名人だから…それより、どうしてここが?」

 

 ちとせがきくと、逆浪は事情を説明してくれた。

 

   *   *   *

 

「…事情は分かった。助けに来てくれてありがとう」

「いやいや…捕まったし、こっちこそ約立たずで悪かったな」

 

 それで、だ…と逆浪は真剣な表情で言った。

 

「この部屋、多分異能かなんかで遮断されてるだろ」

「…ええ。あの人の異能で外界と隔絶されているわ」

 

 アズラの異能は遮断能力だ。不可視の壁を作り出し、あらゆるものを遮断する異能である。 

 ちとせ達が捕まっているのは工場の奥にある小部屋だ。窓は無く、出口はひとつだけ。然し外界と遮断されている為、アズラ以外は自由に出入り出来ない状態となっていた。

 

「…でも、どうしてそれを?」

 

 ちとせは兎も角、逆浪がその事を知っているのは何故だろうと思い、きいてみる。すると逆浪は「ご丁寧に教えてくれたからだよ」と苦笑しながら答えた。

 

「余程の自信家なのか、或いはただのアホなのかは知らないけど…ヒントはくれたんだ。後はどうにかするだけさ」

「どうにかって…」

 

 そこで逆浪はちとせを静止し、「その前にひとつきかせてくれ」と言った。

 

「なんで、アイツはアンタを襲ったんだ?」

「…それは多分、私の異能の所為だと思う」

 

 ちとせの異能…「獣使い(ビーストテイマー)」は動物に変身出来る異能だ。アズラの思惑は分からないが、大方、猫に変身出来る人間が珍しかったからだろうとちとせは推測していた。

 

「…なるほどな。変態の考える事はよく分からんなぁ」

 

 逆浪は納得した様な、それでいて呆れた様な声で言うと、「それじゃ、脱出しますか」と立ち上がって伸びをした。

 

「脱出って…出来るの?」

 

 外界と遮断されているのだ。物理的な方法では抜け出せないだろう。

 ちとせが驚いてきくと逆浪は頷き、それから深刻な表情になった。

 

「…ただ、一か八かってところだ。俺の異能は模倣能力なんだが、今から模倣する能力はとても危険なものらしいからな」

 

 最悪の場合、俺が死ぬかもしれないなと逆浪は軽い調子で言った。

 

「死ぬって…」

「でも、この方法しか思い付かない…それに、アンタは泊に必要な気がするからな。絶対に連れて帰らないと」

「泊くん?」

 

 何故そこでその名前が出てくるのだとちとせは思ったが、逆浪は「独り言だ」と軽く流して、それからちとせを見た。

 

「じゃあ、やるぞ…」

 

 逆浪は真剣な表情になり、目を閉じて呟いた。

 

「…模倣、霧ヶ峰勘助」

 

 ちとせには見ている事しか出来ない。

 数秒間意識を集中させた逆浪は、呟くように、その言葉を口にした。

 

 ―人の中に人は在るか?  

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