無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#42「事件は終わり、孤独も終わり」―高凪ちとせの章 終幕―

「…馬鹿野郎」

 

 清潔な病室の中。

 霧ヶ峰勘助はベッドに横たわる少年…逆浪光を見て、呆れた様に溜息をついた。

 

「オレの能力を模倣すると危険だって、前に遊び半分で手を出した時に言ったよな?何で使ったんだ」

「だって脱出出来なかったから…」

「阿呆。携帯を持ってたなら助けを呼ぶくらいしろ」

「そこまで考えが及ばなかったんだよ…」

 

 逆浪は不貞腐れて言う。確かに携帯を使えば良かったが…あの場ではあれが最善策だった筈だ。

 

「美雪を泣かせて、しかも高凪を助ける筈が逆に助けられたなんて本当に馬鹿だよお前は。これに懲りたらちょっとは修行するんだな」

「……」

 

 返す言葉も無い。逆浪は俯き、溜息をついた。

 

「…とりあえず三ヶ月は動けないからな。学校には連絡入れておいてやるから頭冷やせ」

「…うす」

 

 逆浪は再び溜息。勘助は彼を残念そうに見ると、病室を出た。

 

 

 リノリウムの床を杖がつく事で生じるコツコツという音。

 勘助は歩きながら、その音に押される様に思考を始めた。

 勘助の異能「人の中に人は在るか?」は、常人と少々作りが違う彼の脳と作戦指揮能力、性格といった彼の全てが集まった上で成り立っている。

 その特性は大まかに分けるとふたつある。ひとつ目は、彼の頭の中にある一人ひとりの詳細なデータをリスト化したものをコンピューターや紙を通じて形に出来る、というものである。個人のデータだけでなく、頭の中にあるデータと呼べるものなら全て可能で、この時点で十分凄いといえる。

 だがこの能力の真価はふたつ目の効果にある。データという形で掌握することで、条件付きで発動する能力や、暴走する可能性のある能力等を、自分がとある条件を満たすだけでそのデメリットなしで発動することが出来るのだ。今回逆浪が使用したのもふたつ目の効果である。

 その特異性故、常人が彼の能力を気安くコピーして扱おうものなら、直ちに脳内回路が焼き切れて植物人間に成り果てる。実際、昔見た何人かの模倣能力者は勘助の能力をコピーした結果、無惨な結末を迎える事になった。

 だが、逆浪は…

 

(…アイツはオレの異能を模倣したのに動けないだけで済んでいる。まさか、アイツは…)

 

 自分と同じタイプの人間なのか。

 螺鈿會が創り出した、模倣に特化した人間。脳の構造を弄られ、人間以下の存在に成り果てた少年…それが逆浪光という人間なのだ。

 更に、驚いた事はまだある。

 

(アイツは、オレそのものを模倣した(・・・・・・・・・・・))

 

 勘助の能力は確かに強力ではあるが、頭の中にデータが無いと成立しないという欠点もある。

 逆浪にはそれが無い。にも関わらず能力が成立したという事は…彼は、霧ヶ峰勘助という人間自体を模倣した事になる。

 人間以下だから、人間の真似が出来る。

 そう考えて、少しだけ恐ろしいものを覚える。

 先刻、自分は逆浪に修行をしろと言ったが…。

 

(…もしかしたら、アイツはこのままの方がいいのかもしれない)

 

 力をつけた結果、本当の怪物が生まれてしまうかもしれない。

 勘助には、その考えを否定する事が出来なかった。

 

   *   *   *

 

 事件から三ヶ月が経過した、ある日の事。

 泊亮一は授業が終わると、いつもの様に鞄を持って教室を出た。

 あの事件の後、大きく何かが変化したという事は無かった。アズラが逮捕され、猫が殺されなくなった事くらいか。

 亮一自身も大きく変化した訳では無い。だが、彼の周りに少し変化があった。

 

「泊くん」

 

 校門の所で声を掛けられた。

 見ると、高凪ちとせが此方に歩いてくる所だった。

 

「雑務は終わったのか?」

「雑務っていっても学級日誌書くだけだしね」

 

 ちとせは亮一の隣に並ぶと歩き始める。まだ、少し慣れない状況ではある。

 あの事件から、亮一はちとせや美雪と関わる様になった。というより彼女達が積極的なのだ。最初は拒絶していたが、最終的にちとせに勝てなかった。何だかんだ言って自分は甘いらしい。

 

「今日は逆浪くんが退院する日だよね?」

「ああ、病院には行こうと思ってる。日向はもう向かってるみたいだしな」

 

 逆浪はボドボドだったものの亮一とちとせの怪我は比較的軽く済んでいた。ちとせの場合は熊の生命力も手伝っての事である。一週間後には社会復帰出来ていたので実生活にも影響は無かった。

 

 それにしても…と亮一は思う。

 誰かと一緒に歩くなんて少し前までは考えられなかった事だ。だが、悪くは無い。

 まあ、絶対口には出さないけれど。

 

   *   *   *

 

 病院に着いた時、逆浪と美雪が医者にお礼を言って出て来た。亮一達を見つけ、此方に近付いてくる。

 

「よぉ、元気そうだな」

「お前もな」

 

 逆浪は亮一を見て、それからその隣にいるちとせを見た。ニヤリと笑い、何かを呟くが聞き取れなかった。

 

「何か言ったか?」

「いや、独り言…それよりもさ、入院中に泊の能力名考えたんだけど」

「能力名?」

 

 逆浪は嬉しそうに頷く。

 

「決まった呼び方無いんだろ。なら…天帝眼ってのはどうよ」

「天帝?」

「天帝と書いてエンペラーと読む」

「うわぁ…」

 

 軽く引いた。

 逆浪の隣で美雪が吹き出しそうなのを堪えているのを見て、彼女を呼び寄せてきいてみる。

 

(…なぁ、アイツって阿呆なのか?)

(子供っぽいだけだと思うよ…)

 

 美雪は笑いながら答えた。なるほど、納得。

 

「…まあ何でもいいよ。それよりさ」

「ん?」

 

 自分はこんな事を言う人間では無い筈だ。それは分かっている。

 でも…

 

「…色々ありがとな、()

 

 逆浪はポカンとしていたが、(やが)てちとせを呼び寄せてきいた。

 

(アイツ、人付き合い下手だろ)

(そこがいい所だけどね)

 

 ちとせはウインクをして言った。逆浪はそうかと頷き、それから亮一に、

 

「んじゃ、これからもよろしくな、亮一」

 

 少しだけ照れくさそうに言った。

 美雪とちとせも顔を見合わせ、良かったねと微笑んだ。

 

 

 

「…なあ、ちとせ」

「なに?」

 

 帰る為に歩きながら、亮一はちとせを呼ぶ。

 

「……いや、なんでもない」

「変なの」

 

 ちとせはくすりと笑う。

 ―ちとせの言った通り、俺はもうひとりじゃない。お前らと居れば、変われる気がする、自分の異能を好きになれる気がするんだ、

 そんな言葉が、何故か恥ずかしくて言えなかった。

 それはちとせの前だからかもしれないし、もっと別の理由からかもしれない。

 そういった事もひっくるめて、これから歩き出してみよう。

 自分を孤独から連れ出してくれた、仲間達と共に…。




ちとせ編はこれでおしまいです。
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