無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
―現在、重石沢市某所
「…俺は、みんなのおかげで異能を好きになれた筈だったんだ。なのに…結局、螺鈿會の誘いに乗ってしまった」
亮一は俯いて、自嘲気味に笑う。
「アイツらの所に戻る資格なんかないよ」
「泊くん…」
その痛々しい様子に、ちとせは何も言う事が出来なかった。
その時、部屋のドアがノックされて春風の声が聞こえた。
「会議がある。会議室に来い」
螺鈿會の人々と行動を共にするようになって随分と経つが、会議なんて一回も開かれた事は無かった。そもそも螺鈿會の研究員はかなり昔に全員居なくなっていたので組織には春風と神知、そして暁月と自分達しか居ないはず。
「…行こう、ちとせ」
いつの間にか、亮一が顔を上げてちとせを見ていた。
「今は、目先の事を片付けなくちゃ」
亮一は立ち上がり、部屋を出ていく。
ちとせは迷ったが、亮一の後について会議室に向かう事を選んだ。
* * *
現在、螺鈿會が身を寄せている施設―L・D研究所には小規模ながらも会議室がある。あまり使われていない様で、最初に案内された時は埃が積もっていたが。
だが、亮一とちとせが会議室のドアを開けると、部屋は綺麗に掃除されていた。
部屋に置かれた円卓の周りに、いくつかの人影が見える。そのうちのひとつは春風郭公で、ちとせ達が入って来たのを見ると「空いている席に座れ」と指示した。亮一はブツブツと呟く少年の隣が空いていたのでそこに座り、ちとせは亮一の右隣に座った。左隣には自分と同じくらいの少女がいて、ぼんやりと何処かを見詰めている。
どうやらちとせ達が最後だったらしく、ふたりが座ると春風が「会議を始める」と宣言した。
周りを見渡してみる。見知った顔は春風だけで、暁月と神知の姿は見えなかった。
「ま、会議っていっても顔合わせだけだけどね。戦力が増えたからその紹介だよ」
発言したのは、春風の隣に座っていた
「その前に、あたし自身の紹介をしなくちゃね…初対面の子がいるし」
少女はちとせと亮一を見て、それから立ち上がった。
「あたしはドロシィ。螺鈿會の創設者だよ」
「な…っ」
亮一が驚いた様に少女―ドロシィを見た。
「アンタが、螺鈿會の創設者?」
「そうだよ、泊亮一くん…信じられない?」
ドロシィは大人びた微笑みを浮かべる。幼い見た目とは、酷く不釣り合いな笑みだった。
「螺鈿會は、ドロシィの一族が創った組織だ。私はその管理者に過ぎない」
春風がドロシィの言葉を補足する。
つまり…全ての原因は、この少女にあるという事だ。
ちとせは無意識のうちに、手を固く握りしめていた。
「あたしの紹介はこれでいいよね。春風くんはみんな知ってるだろうし…」
「…次は
ドロシィの隣に座っていた、仙人を思わせる風貌の老人がそう呟く。彼は緩慢な動作で立ち上がると、
「
短く名乗った。
「悪泣って…五大名家の?」
ちとせは思わず呟く。悪泣は「左様」と頷き、再び椅子に座った。
五大名家というのは、かつてこの国を裏から支配していた五つの名家の事である。今は凋落した存在だが、その権力は各地に残っているといわれている。
ちとせ達の友人だった越月夢羽も、元は五大名家の人間だ。
螺鈿會はそんな大物を味方につけた。ちとせは、まだまだこの組織に対して無知である事を実感した。
次いで立ち上がったのはヨレヨレの白衣を纏った男。気持ちの悪い笑みを浮かべ、彼は名乗った。
「
手入れされていない長髪の向こうにある小さい目がちとせの方を向き、舐め回すように見詰める。怖気を感じてちとせは俯いた。
「座り給え、苛内君…会議はスムーズに進行するべきだ」
ちとせを助けた訳でもないだろうが、苛内の隣に座っていた白いスーツの男が苛内を
「私は
鬱櫛は彫りの深い端正な顔立ちをした男だった。彼は優雅に一礼すると、「次は君だ」とひとつ離れた所に座っていた女性に言った。女性は立ち上がらずに手をひらひらと振る。
「どうも。私は
易蟻はスタイルのいい美女で、苛内とは違って清潔な白衣を身にまとっていた。最も、下はミニスカートで健康的な肢体が剥き出しになっている。隣を見ると、亮一が易蟻から目を逸らしているのが分かった。
ここまでは順調にいっていた。だが、次に立ち上がった人物が名乗った瞬間…場は一気に沸騰した。
立ち上がったのは小柄な青年だった。
「
青年が短く名乗った、その時、
「な、なんで君がいるのぉ〜?」
苛内が越月に叫ぶ。
「越月は失敗作をよこす訳?翼くんを呼べよ翼くんを〜」
苛内はキンキンとした
「ま、ま、まあいいやぁ。ここで殺して翼くんに取り替えて貰おう。フヒッ!それに、僕の好みのタイプみたいだしねぇッ!」
瞬間、苛内の背後から半透明の触手が現れ、光の速さで越月に向かって伸びた。
「…ッ!」
越月は懐から拳銃を出して応戦しようとしたが、それより一瞬早く触手が越月を絡め取り、円卓の中央まで運ぶ。越月は藻掻くが、拘束は緩まない。
その背後からふたつの触手が音も無く忍び寄り、越月が着ていたワイシャツとズボンの中に侵入、音も無く引きちぎった。
そして、
「…見るなっ!」
亮一がちとせの目を塞ぐ。
だが、一瞬だけ、その凄惨な情景が見えてしまった。
越月は無数の触手に暴行された挙句、内側から身体を突き破られた。
絶叫と共に、辺り一面に血が飛び散る。スーツを汚してしまった鬱櫛が忌々しげに舌打ちをするのが聞こえた。
「…はぁ…美味しかった。ご馳走様ぁ。ごめんけど
苛内は
「それはしつれぇー。どうぞ、続けて」
「…といっても、部屋は汚れちゃったから残りの人の紹介と伝達事項はあたしが言うよ」
ドロシィは亮一の隣に座る少年の方を見た。黒髪をツーブロックにした大人しそうな少年で、吐く寸前の顔をしている。
「そこで青い顔してる子が
そこで言葉を切り、ちとせに視線を移す。
「亮一くんの隣に居るのが高凪ちとせちゃん。そしてその隣に居るのが
葉月は灰色の髪をボブカットにした少女で、名前を呼ばれると立ち上がり、一礼した。
これで全員の自己紹介が終わったようだった、ちとせは気分が悪いのを堪えていて、ふと気付いた。
この場所には、悪泣、苛内、鬱櫛、易蟻、越月…即ち五大名家の人間が揃っていた。
本当に、螺鈿會は…ドロシィは何者なのだろうか。
そのドロシィは全員の顔を見てから、「じゃ、手短に連絡事項を伝えるね」と話を始めた。
「まず、君たちにはある異能力者を誘拐してきてもらいたいんだよ」
「ある異能力者?」
易蟻が先程の騒動で汚れた白衣を気にしながらきいた。
「そそ。赤坂蜥蜴って知ってる?」
その名前に、亮一が目を見開いた。ちとせも驚き、腰を浮かしかけるがすんでのところで自制した。
「有名人じゃろう」
「知らない人間は居ないのではないか?」
悪泣と鬱櫛がそう言って、ちとせ達の方をちらりと見る。知っているかという意味らしい。
ちとせと亮一は頷く。憂と葉月も知っていた様で、微かに頷いた。
「…みんな知ってるみたいだね。じゃあ、その赤坂蜥蜴に妹がいる事は?」
「え」
ちとせは思わず声を上げた。他の連中も似たり寄ったりの反応をしていたので、珍しい事では無かったらしい。
その反応を満足そうに見たドロシィは、「これは本筋じゃない、テストみたいな仕事なんだけど」と前置きをしてから、大人びた微笑みを浮かべて言った。
「『ラプラスの悪魔』