無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
各エピソードの時系列はバラバラとなっています。
過酷な運命に抗う少年少女。
当然の事ではあるが、彼らにも日常は存在する。
そんな彼らの知られざる日常を、少しだけ覗いてみよう。
* * *
その1「逆浪光、日向美雪の場合」
逆浪光の休日は引きこもりに始まり引きこもりに終わる。
日々の疲れやらなんやらを癒す為に家に閉じこもり、寝たり読書したりとダラダラと過ごす。面倒臭い事は一切せず、自分だけの時間に充てるのが逆浪の休日だった。
大抵はひとりで過ごしているが、勿論誰かと一緒にいる事もある訳で──この日は日向美雪が彼の部屋にやって来ていた。
美雪は部屋に入るとその散らかり具合に呆然とし、すぐに掃除を始めた。ゴミ屋敷と呼ぶほど酷くはないが、片付いているとも言い難い微妙な状態──それを、美雪は三十分程で綺麗に片付けてしまった。来る度に掃除しているので手慣れているのだ。
「もう、たまには掃除してよね」
「うっす」
逆浪は寝巻きのまま目を擦る。人前に出る時は真面目な服装をしているのだが家の中にいるとこの体たらくである。
「とりあえず着替えて。朝ごはんは食べた?」
「へいへい……飯はいいかな。なんか食う気しない……」
そう言うと逆浪は服を脱ぎ始めた。美雪は飛び上がり、慌てて部屋を出ていく。
数分後、少しはマシな格好になった逆浪は伸びをし、ソファに座ってから近くにあった本を引っ掴んで読み始めた。こうなるとテコでも動かない事を知っていた美雪はため息を着き、逆浪の隣に座って自分も持ってきた本を読み始めた。
何をする訳でもなく、ただ読書に耽るふたり。美雪はちょっとだけ逆浪との距離を縮め、物語の世界に没頭していった。
静かだけど、充実した休日だった。
* * *
その2「赤坂蜥蜴、源夜月の場合」
無銘と源夜月は越月夢羽の喫茶店にいた。
今日は喫茶店は休み。依頼がある時はここを待ち合わせ場所に指定する事が多いが、定休日なのでふたりがここにいる意味はないといえる。
だが、不思議と足が向いて気付いたらここにいたのだから習慣というものは恐ろしい。最も、場所さえあればどこでもいいのだが。
現在、夜月と無銘は睨み合っていた。店にはふたりの他に春風つばめと越月夢羽がいたが、ふたりから発せられるただならぬ空気に震えていた。
夜月が口を開き、重々しい声で言う。
「相棒よ……遂に決着を付ける時が来たようだな」
「ああ……今日こそ、お前を倒す」
無銘も応じ、場の雰囲気は最高潮に達した。
そして──
『呼応せよ、我が分身!』
取り出すはカードデッキ。つまり
つばめと夢羽がずっこけるのを他所に、ふたりは熱きプレイヤーと化して戦い始めた。
ちなみに、茨羽もこのカードゲームをやっているのだが、三人とも同じくらいの強さらしい。最も、茨羽は陽香と一緒にいるので、勝った方が後日に茨羽に勝負を挑むという形式のようだ。
ふたりの勝負はどんどん白熱していく。そんな様子を見た夢羽とつばめは同時に呆れ、溜息をついたのだった。
* * *
その3「茨羽巧未、風読陽香の場合」
休日の何でも屋。
茨羽巧未と風読陽香は、久しぶりの休日を満喫していた。
元裏の世界の連中は近くのおんぼろアパートに住んでいるので仕事の時以外は何でも屋に来ない。たまに遊びに来る場合もあるが、大抵は寝ているのでそういったイベントが起こるのは非常に稀である。
それが何を意味するかというと―─つまり、陽香とふたりきりでイチャイチャできるのだ。あまり事細かに話すと紙面が尽きるので割愛するが、茨羽巧未にとっての休日は風読陽香と過ごす大切な日であった。
今日もそんな日で、ふたりで料理したり映画を見たりと楽しく過ごしていた。茨羽は焔が出せるので一緒に料理すると楽というのは陽香の弁である。
余談だが、陽香は茨羽と暮らすまでインスタント物やジャンクフードを食べた事がなかった。初めてハンバーガーとポテトフライを見た時は目を輝かせ、カップ麺の湯切りに失敗し、インスタントラーメンの栄養価(というか塩分量)を見て卒倒しかけたりもした。料理はちゃんとできるが、そういった所はお嬢様育ちの宿命といえるだろう。
本当は外出したかったのだが、茨羽は日々の疲れでまともに動けず、こうしてゆっくりと過ごす事になったのだ。
風読家と螺鈿會を巻き込んだ先の事件の後、何故か依頼が増加した。それも依頼人が直接事務所に足を運ぶという形が増えてきたのだ。どうしてだろうと首を捻っていたが、どうやら陽香が広告塔の役割を果たしているらしいと判明した。
陽香は事務所の家事を一手に引き受けつつ、元裏の世界のドクター──
実際、茨羽も陽香の白衣姿を見たのだが最高だった。身内贔屓を抜きにしてもこれほど白衣が似合う女性もそうそういないだろうとは茨羽の弁である。
ちなみにだが、人前で風読姓を名乗ると色々とまずい為、人前では茨羽陽香と名乗っているらしい。その話をきいた時茨羽は陽香を抱きしめ「結婚しよう」と言ってしまった。実質結婚している様なものなのだけれど……それをきいた陽香は微笑んで、茨羽にキスをした。
様々な問題はあるけれど、茨羽は今、幸せだ。
この幸せをずっと護っていくためにも、茨羽巧未は風読陽香のヒーローとして、彼女と共に歩み続ける。
それがあの男との、誓いでもあるのだから。
* * *
その4「暁月夜桜、イア・ループの場合」
「私と一緒でいいの?」
いつだったか、恋人であるイア・ループにきかれた事がある。
どういう事だいときき返すと、イアは少し不安そうに、
「だって……暁月くん、休日は私とばかりいて、他の人といた所を見た事がなかったから」
イアの不安は最もだ。
たしかに自分は休日になるとイアと一緒にいるか、イアが用事があった時はひとりで過ごしていた。
我ながら交友関係が狭いとは思うのだけれど、それを苦と思った事はない。
「……あのね、イア」
自分を心配してくれる少女の頭を撫でながら、諭す様に言う。
「僕は友達が欲しい訳じゃないんだ。前にいた集落に戻れば友達は沢山いるし、これ以上面倒な交友関係を増やす必要はないんだよ」
「でも……たまには巧未さんとかの所に行ってみればいいのに……」
「巧未も夜月も、無銘も……僕にとっては仕事仲間でしかない。僕はだいたいひとりで仕事してるし、無理に関わって何かあっても面倒だからね」
普段はどちらかというと積極的な暁月らしくない台詞に、イアは戸惑う。
「どうして……」
「説明できるものじゃないよ。それに──」
暁月はイアを抱き締め、その耳元で囁いた。
─―僕には、イアが居ればいいんだ。
ふたりの休日は穏やかに過ぎていく。
ふたりだけの、完結した世界の中で。
* * *
その5「泊亮一、高凪ちとせの場合」
学生の本分は勉強らしい。
という訳で、泊亮一は休日だというのに図書館で勉強していた。隣には高凪ちとせもいて、こちらも真面目な顔で参考書とにらめっこしている。
本来ならここに逆浪光もいるはずだったのだが、居留守を使われて逃亡された。次会ったらぶっ飛ばそうと決意した。
休日でも勉強していると言えば聞こえはいいが、その実態は暇だったからだ。そもそも亮一は学年トップの成績を誇る優等生で、自分の異能を使わなくとも上位に食い込める程度には頭がいい。一方のちとせはかなりの努力型で、成績では亮一と張り合う優等生だ。それと同時に品行方正な学級委員長でもあるので、何かとトラブルの渦中にいる事が多い亮一と比べると、教師からのウケは格段に良かったりする。
ちなみに、ここにはいないが日向美雪もちとせと同じく努力型で、かなりの優等生である。偶に三人で成績に無頓着な逆浪を徹底的に矯正……もとい、指導している。
集中力が途切れたので亮一は参考書を閉じ、横目でちとせを見る。するとちとせもほぅと息をついてから参考書を鞄に仕舞い、立ち上がった。
「そろそろ帰るか?」
「そうだね。お腹も空いたし」
時計を見ると丁度お昼時だった。亮一は自分の財布と緊急会議を繰り広げた後、ちとせに言った。
「偶には飯でも食べていくか?」
「今日って槍が降る日だったっけ?」
「おい」
実際、ちとせは驚いていた。あの泊亮一がご飯に誘ってくるなんて、少し前までなら考えられなかっただろう。
これも大きな進歩かもしれない。何事にも無関心だった亮一が、これだけ変われたのだから。
ちとせが「泊くんさえ良ければ」と言うと亮一は頷き、「折角だから光と日向も呼ぶか……飯となれば出てくるだろ」と図書館を出た所で携帯端末を取り出し、逆浪に電話を掛けた。
その後、飯に釣られてノコノコとやって来た逆浪を他の三人で矯正……もとい、指導したのだが、それはまた別のお話。
* * *
その6「春風つばめ、越月夢羽の場合」
夜月と無銘の勝負は夜月の勝利に終わり、無銘はぶっ倒れていた。最も、ダイレクトアタックと称した『
そんな男性陣を華麗にスルーして、春風つばめと越月夢羽は喫茶店の奥にある居住スペースで飲み物を飲みながら談笑していた。
つばめと夢羽は同い年で、趣味嗜好も似通っている。夢羽はつばめのロストアイを「きれい」と言ってくれたし、それがきっかけで友達となっていた。
女の子がふたり。話す事は色々あるけれど、やっぱり盛り上がるのは恋バナだろう。
「つばめちゃんは好きなひととかいないの?」
夢羽にきかれ、つばめは思わず飲んでいたジンジャーエールを噴き出しそうになった。
「す、好きなひと?」
「うん、ただ気になっただけなんだけど……」
つばめは少しばかり顔を赤くして黙り込んだ。その様子から察するに、気になる人はいるのだろう。
「……当ててみよっか?」
夢羽はにやりと笑って言った。知り合って日は浅いが、つばめの事は大体把握している。なので好きな人を当てる事くらい、造作もないのだった。
「あ、あてられるの?」
つばめが上ずった声できくと、夢羽は頷いて、
「無銘さん……だよね?」
「ぅ……」
図星だったらしく、つばめはますます顔を赤くして黙り込んだ。
まあ、無理もないか──と夢羽は思う。
無銘はイケメンと称してもいい程度には整った顔立ちをしている(本人は真っ向から否定している)し、優しくてかっこいい。何より、つばめは無銘に助けられているのだ。意識するなという方が無理な話なのだろう。
つばめは暫くもじもじしていたが、やがて小さな声で言った。
「……本当の事を言うと、分からないんだ」
「分からない?」
「無銘さんはかっこいいし、素敵なひとだと思う。だけどこの気持ちがそういう気持ちなのかときかれると自信がなくて……」
「なるほどね……」
まだ、自覚はないらしい。微笑ましいなぁと夢羽は思う。
つばめは普通の女の子だ。ロストアイを持っていたが故に過酷な日々を過ごしていたとはいえ、この子にだって、幸せになる権利はあるはず。
それを応援するのが、私の役目なんだと夢羽は思い、つばめを見た。
その時、「夢羽ちゃん、つばめちゃん、こっちにいるのか?」という声と共に夜月が顔を覗かせた。後ろにはまだ死んだ魚の目をしている無銘もいる。
つばめは反射的に夢羽の後ろに隠れた。最も、夢羽は躰が小さいので隠れられているかというと微妙なのだが。
無銘はテーブルに置かれたグラスを見て、「ジンジャーエール……」と呟いた。本当に何があったのだろう。
「あ、あの……良ければそれ、どうぞ」
つばめがおずおずと言うと、無銘は頷いてジンジャーエールを飲み干した。その目にひかりが戻り、そして──
「夜月ィ! テメェよくもやってくれたな!」
復活した無銘は夜月を睨みつけて叫んだ。
「フハハハッ! 俺に勝とうなんて444光年早いんだよ!」
「んだとコノヤロウ! ってか光年は距離だバカタレめ!」
「ふっ……この俺のジョークも理解できないとは、まだまだだな相棒ォ?」
「ああじゃあ理解してやるよ。いや、むしろ
「それこそ我が相棒だ。来いよ虫ケラ、武器なんて捨てて掛かってこい!」
「野郎ォぶっ〇してやらぁ!」
ふたりは居住スペースを出て行った。内容だけ聞くと普通に暴言なのだが、ふたりにとってはコミュニケーションの一種のようだ。これに挟まれている茨羽が可哀想な気もするが、彼も彼でノリが良いのでさしたる問題ではないのだった。
騒がしい人たちだと夢羽は苦笑し、それからある事に気付いた。
「……ねぇ、つばめちゃん」
「ん?」
「さっき無銘さんが飲んだやつ、あれつばめちゃんの飲みかけだよね?」
「うん、そうだけど……って……!」
つばめもその事実に思い当たったらしい。顔を真っ赤にして震え声で呟いた。
「か、間接……っ!」
「無意識でやってたんだ……」
この子、意外とやるかも──そう思った夢羽だったが口にせず、真っ赤になって卒倒したつばめを介抱したのだった。
……ちなみに、つばめの間接キスに夜月は気づいていたが、無銘は一切気付かなかったそうな。
* * *
その7「神知戦の場合」
神知戦の休日は遊びで構成されている。
そもそも仕事という仕事がないので毎日が休日といえば休日である。
その日も万馬券が当たり、ウッハウハで酒と女に費やした神知は自分の
テキトーに注文しテキトーに食事を終えた神知は店を出ようとして、店に入ってきた男とぶつかった。
「……ってぇな。ちゃんと前見て歩けよジジイ」
先程までの上機嫌は何処へやら、神知は不機嫌そうな顔で相手を見た。
相手は杖をついた男で、片目が眼帯に覆われていた。相手も済まなそうに思ったのか、謝る為に神知を見て、そして──
『あ』
公安警察の非合法部隊「零」の元トップと、裏の世界最強の危険人物である青い悪魔が、邂逅した瞬間だった。
……その後に何があったのかは、神のみぞ知ることである。
こんな日常が、ずっと続く……訳もなく、ある日を境に平穏な日々は終わりを告げた。
刳り貫かれた眼。飛び散る血飛沫と倒れる躰。そしてその中で呆然と立ち尽くす人影。
……日常が崩壊するまで─―あと少し。