無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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今回からヒロインのひとりである美雪に焦点を当てた話となります。


#5「追想」―日向美雪の章―

 七年前、私は薄暗い檻の中に居た。

 長い廊下に、無数の檻があり、そこには沢山の子供達が入っていた。

 此処が何処なのか、その時の私には分からなかった。何処かの施設だという事は察しがついたが、それだけだ。少し前までは家族と一緒に過ごしていたのに、気付いたらこんな所に居る…そのプロセスは酷く曖昧で、どうしてこんな所に居るのかすら私には分からない。

 私達は一日に一度、檻の中から出されて怪しげな研究施設に連れて行かれた。そこで様々な器具を付けられ、検査を受けた。「異能力」に関する事柄を調べられていたのだ。

 五時間にも及ぶ検査が終わると、私達は檻の中に戻される。だが一週間に一度だけ、直接檻の中に戻されずに施設の職員の部屋に連れて行かれた。

 そこでナニが行われていたのかは…思い出したくもない。

 檻の中に戻されると、後は簡単な食事を食べ、眠るだけ。

 そんな単調な地獄が、私達の日常だった。

 

   *   *   *

 

 その子と出会ったのは、職員の部屋に連れ込まれた後、檻の中で、屈辱に耐えている時だった。

 私の居た檻は狭く、壁もボロボロだった。かといって幼い子供に壊せるほど脆弱なものでは無かったのだが、隣の檻からの物音が聞こえる程度にはボロボロだった。

 

「…起きてる?」

 

 突然、隣の檻から人の声が聞こえて、私はびっくりとした。隣に居るのは、私と同じ位の少年だった筈だ。彼も私同様、光を失った目をしていた事を思い出した。

 

「…起きているよ。どうしたの?」

 

 私が応えると、少年は心配そうな声音で言った。

 

「大丈夫?なんか、凄く辛そうだ…」

 

 確かに、私はさっきまで泣いていた。声を噛み殺していたつもりだが、少年には聞こえていたらしい。

 

「…大丈夫、だよ」

 

 私は掠れた声で答えた。

 勿論、嘘だ。()()()()をされて、大丈夫な訳が無い。

 

「本当に?…君も、アイツらに暴力を振るわれているんだろう?」

「………」

 

 私は答えなかった。彼に、私が受けている事を説明したくはない。

 だがその沈黙は肯定と受け取られた様だ。彼は「やっぱりそうなんだ」と言って暫く黙り込んだ後、おずおずとした声音で言った。

 

「それで、さ…僕で良ければ、力になるよ」

「…どういうこと?」

「話を聞いてあげる事くらいしか出来ないけれど…でも、君の力になりたいんだ」

 

 少年の声は真剣なものだった。此処に来てから、職員以外と話した事なんて無い。だから私は少し驚いた。

 

「力になりたいって…私が誰かも分からないのに?君は、見ず知らずの他人にもそう言うの?」

「そりゃ、見ず知らずの人にそんな事を言う程お人好しじゃないよ。でも、僕は君を知っている…白い髪の女の子だろう?」

 

 確かに私の髪は白かった。元は茶色だったのだが、過剰な投薬とストレスによってこうなってしまった。

 

「…そうだけど、でも、名前は知らない筈」

「確かにそうだ。僕は君の名前を知らない…だからと言って見過ごすわけにはいかないよ。君、いつも泣いてるじゃないか」

 

 聞かれていたのか…私は少し赤くなった。

 

「此処は厭な所だ。多分僕達はそのうちに壊れてしまうだろう。だけど、二人で居れば…それをちょっとは遅らせる事が出来る筈だ」

 

 少年は落ち着いた声音で言った。幼い子供とは思えない冷静さ。それが、逆に異常だった。

 

「そうだけど…でも、どうして君はそんなに落ち着いているの?」

「…………」

 

 少年は押し黙る。私は彼の言葉を待った。

 軈て、彼は答えた。

 

「僕は此処で終わる事を受け入れているからだ。両親は僕が生まれた後に直ぐ死んでしまったし、頼るべき親類も居ない。居場所は此処しか無いんだ…自分の事なんて、どうだっていいんだよ。要は捨て鉢になっているのさ」

 

 捨て鉢という言葉はよく分からなかったが、彼が諦めている事だけは理解出来た。

 

「君、おかしいよ…自分は諦めているのに、他人を助けようとするなんて…」

「おかしくは無いさ。テレビの中に居るヒーローだってそういう考え方を持って居る筈だ」

 

 彼は平然とした声音で言った。

 

「兎に角、僕は君を助けたい。だから、その…」

 

 彼は暫く言い淀んでいたが、軈て恥ずかしそうに言った。

 

「と、友達になろう」

 

 それがおかしくて、私はくすっと笑った。本当に、久しぶりに笑った気がした。

 

「わ、笑うなよ…」

 

 少年の恥ずかしそうな声。それがまた少しおかしい。

 だけど、気分は少し明るくなった。

 

「君、変わってるね」

「べ、別に良いだろ。これが僕にとっての普通なんだよ」

「ふふっ…良いよ、私も誰かに話したい事、沢山あるし…友達になろう?」

 

 私が言うと、壁の向こうの少年は安堵した様に息を吐いた。

 

「私、日向美雪。君は?」

「僕は…逆浪光」

「じゃあ…よろしくね、光くん」

 

 私が言うと、彼は嬉しそうにそれに応えた。

 

「うん、こちらこそよろしく…美雪ちゃん」

 

 …これが、私と光くんとの出会いだった。

 

   *   *   *

 

 研究施設の一室で、白衣を着た男が報告書らしき紙束を眺めている。

 その報告書は、ある少女に関するものの様だ。

 少女の名前は日向美雪。特記欄には「視認能力の覚醒が近い」と書かれていた。

 男は端正な顔立ちをしており、緑がかった黒髪に青い瞳という出で立ちをしていた。

 彼は報告書を眺めつつ、物憂げに口を開く。

 

「これも、ロストアイに適合しない失敗作か」

 

 そして机の上のペンを取り、報告書に短く書き添えた。

 

 ―検体の破棄を許可する。

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