無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#46「ラプラスの悪魔―対峙―」

 草木も眠る丑三つ時。

 重石沢市にあるL・D研究所前に、いくつかの人影があった。

 

「準備はいいな?」

 

 そうきいたのは無銘こと赤坂蜥蜴。顔には決意が漲っている。

 

「問題ねぇよ」

 

 答えたのは茨羽巧未。簡単な準備運動をして、いつでも突入出来るようにしている。

 次いで、元裏の世界の連中…二郎と百間、そしてもうひとり、五火(いつか)という男が頷いた。彼らは拳銃を使うのでそのチェックに余念が無い。

 そして、最後のひとり…源夜月はというと…

 

「なんで俺だけ女装してんだよ!」

 

 涙目でそう言う夜月の髪は長く、顔にはほんのりと化粧が施されている。服装はいつも着ているロングコートだったが、下はスカートだ。

 元々中性的な顔付きをしている夜月だったが、今の彼は誰がどう見ても立派な美少女だった。心無しか声も少し高くなっている。

 

「だってお前が潜入して先陣切る予定だったじゃねぇか」

「見張りいなかったし、セキュリティもガバガバだったろうが!」

「早く行けよよっちゃん」

「そうっすよよっちゃん」

「テメェら…覚えてろ…陽香姉も纏めて説教してやるからな…」

 

 夜月は舌打ちをして他の連中を睨むが迫力は無し。

 どこからか「私の目に狂いは無かった!」という陽香の声が聞こえて来た気がしたが、彼女は冬天市で待機している為此処にいるはずが無い。

 溜息をついて、夜月は研究所内に入った。

 

 夜月の「冥獄(ディストピア)」は殺意を操る能力である。今夜月がやっている事は殺意を極限まで消して存在感を薄めるという事だった。

 深夜と(いえど)も巡回員くらいは居るだろうと思い、気配を消せる夜月が潜入して始末した後に無銘や茨羽達が突っ込み、亜美を救出するという手筈だった。

 ただ―セキュリティが甘過ぎる事だけが気がかりだった。入口は何もしなくても開いたし、巡回員も居ない。不気味な程静まり返った中に、夜月の(あしおと)が響くだけだ。

 

(…もしかして、行動を読まれていたのか)

 

 これは罠かもしれないという考えが浮かぶ。十分経って連絡が無かったら無銘達が独断で突入する手筈になっているが、この研究所は小規模な癖に意外と入り組んでいる。出鱈目に動いて戦力が分散したらたまったものではないだろう。

 そして―夜月の考えはある意味で正解だった。

 道が三つに別れていたので三秒程迷ってから右の道を進み、何度目かになる曲がり道を曲がった時、前方に大きな扉が見えた。そしてその前に立つ、花車な少女も。

 

「…源夜月さんですか?」

 

 少女はこちらを見てきいた。

 

「だったらなんだというんだ?」

 

 夜月は緊張感を漲らせながら問い返す。少女はそれに答えずにサバイバルナイフを取り出し、腰を低く落として身構えた。

 

「………」

 

 夜月もまた、自身の得物を取り出す。

 化け物じみた大鎌…どこか機械的なソレは、室内を照らす蛍光灯の明かりを受けて禍々しく光った。

 

「…それにしても」

 

 不意に、少女が口を開く。

 

「意外でした。まさか源夜月が美少女だったとは…」

「………」

「正直に言って、武器なんか放り出して抱き締めたいです」

「………………」

「ドロシィさんとか、高凪ちとせさんとか、後は赤坂亜美さんもそうですけど…みんな可愛くて羨ましいです」

 

 少し…殺る気が削がれた。

 多分、この少女は根本的には悪い人間ではないのだろう。というかこんな事を言っている少女も客観的に見て美少女の部類に入るのだが。

 

「…やっていいか?」

「ええ。私の目的は迎撃…精一杯戦わせていただきます」

 

 心無しか、少女の目が輝いている気がした。

 

「私の名前は木野葉月…勝ったら抱き締めさせてくださいね」

「………」

 

 ―相棒、俺はどうすればいいか分かんねぇよ。

 

 夜月は溜息をついて、大鎌を構えた。

 

   *   *   *

 

 夜月から連絡が無いので、無銘達は突入する事にした。

 あの夜月に不測の事態が起きたとは思いにくいが、ここは敵地だ。詳細なマップは手に入らなかったので、何処に何があるのかさえも分からない。

 全員で一塊になって突入する。不気味な程静かで、自分たち以外の人影は見えない。

その内に道が三つに分岐した。左か右か真っ直ぐか…三択だ。

 

「夜月はどっちに行ったんだろうな」

 

 茨羽が呟く。

 

「連絡くれりゃ良かったのに」

「…多分右だな」

 

 無銘が少し考えた後、呟く様に言った。

 

「どうして分かるんだ?」

「爬虫類の勘」

「……まあいいや。じゃあ俺は真ん中に行く」

「じゃあオレは左か。お前らは?」

 

 無銘が裏の連中を見ると、彼らは三人で目配せをしてから、

 

「茨羽についていきます」

 

 と答えた。

 

「じゃあ、亜美が見つかったら連絡くれ」

「ああ、分かった」

 

 話が決まり、無銘は左へ、茨羽と裏の連中は真ん中の道を進んでいった。

 

   *   *   *

 

 道の先には夜月の時と同じく、足止め役が配置されていた。

 茨羽達が真ん中の道を進むと、一本道の途中にひとりの少年の姿があった。

 

「ああ…やっぱり来てしまった」

 

 少年は物憂げにそう呟く。

 

「読まれてたか…」

 

 茨羽の目が細まり、何時でも飛び出せる様に呟く。

 だが、それを二郎が静止した。

 

「ここは俺達がやるから茨羽は先に行けよ」

「いいのか?」

「三人がかりならなんとかなるだろ」

「任せな!」

 

 百間と五火もそう言って、拳銃を構えた。

 

「…分かった。頼んだぞ」

 

 茨羽はそう言うと、一気に駆け出す。少年の脇をすり抜ける時に一瞬ヒヤリとしたが、予想に反して少年は何もしてこなかった。

 

「三人か…ま、いっか」

 

 少年は呟くと、歩を進める。

 

「僕の名前は屑屋憂。大丈夫です。直ぐに楽にしてあげますから」

 

   *   *   *

 

 茨羽が更に道を進むと、一本道の先にひとつの人影があった。

 その人影は茨羽を認識するとゆっくりと歩み寄って来た。どんな手合いが来るのかと茨羽は警戒したが、その人影は茨羽が知る人物だった。

 

「…泊君」

「待っていましたよ茨羽さん」

 

 人影―泊亮一は既に眼帯を外し、戦闘準備を整えている。茨羽は少しだけ警戒を残し、彼にきいた。

 

「暁月や高凪さんもここにいるのか?」

「ええ。僕達はもう戻れませんから」

 

 亮一は淡々とした口調で言う。

 

「…だから、ここであなたと戦うんです。自分の道を、決める為に」

「…そうか」

 

 茨羽は呟くと、戦闘態勢を取った。

 

「光の友達だからと言って容赦はしないぞ」

「ええ。そうしてください…俺も本気で行きますから」

 

 亮一の目が細まり、ポケットに手を入れると何かを取り出す。

 それは…

 

「ライター?」

「ただのライターじゃありませんよ」

 

 亮一はライターをつける。火は出なかったが亮一の躰が一瞬だけ赤く輝いた。

 

 ―携帯型異能力「獄炎」

 

 地獄の炎を操り、亮一は茨羽を見据えた。

 

「始めましょう」

「…ああ」

 

 茨羽もまた、焔を現出させる。

 そして―焔と炎が、激突した。

 

   *   *   *

 

 左の道を進んだ無銘は、その先で白いスーツを着た男と出くわした。

 

「赤坂蜥蜴か。流石は赤坂亜美の兄と言うべきだな」

 

 この先に赤坂亜美がいる―男はそう言った。

 

「無論、ただでは通さんがね。私と一戦交えてもらおうか」

「………」

 

 無銘は持っていた刀を構える。それを見て男も持っていた杖の握りを軽く捻った。

 現れたのは、銀色の刀身。

 

「仕込み杖か」

「そういう事だ。…おっと、名乗らねばな」

 

 男は涼しい目で無銘を見た。

 

「私は鬱櫛鎺という。赤坂蜥蜴のその力、見定めさせてもらおう」

 

 鎺は杖を構える。

 緊張感が高まり…一瞬の後、ふたりは激突した。

 

「さあ、踊り始めようか!」

「どけ!!!オレはお兄ちゃんだぞ!!!」

 

  *   *   *

 

「始まったね」

 

 研究所の所長室。

 わざわざ運び込んだいくつかのモニターを見ながら、ドロシィは上機嫌で呟いた。

 

「神知くんは不在だし、暁月くんは引きこもってるし、悪泣のお爺ちゃんと萌々子、それに春風くんは植の暴走を止める為に頑張ってる。ここにはあたしと君しか居ないんだよ」

 

 モニターには研究所内の様子が映っており、今まさに戦闘が始まろうとしていた。

 ドロシィは後ろを振り返る。

 椅子に亜美が拘束されていた。声は出せない様だが、意識ははっきりしている。

 

「一緒に見ようね。どっちが勝っても面白いんだから…特に、源夜月と葉月ちゃんの無能力者同士(・・・・・・)の戦闘とかね」

 

 ドロシィは亜美に近付くと、その頬をゆっくりと撫でる。

 

「こっちが勝ったら、あなたには以前の様な地獄に戻ってもらうよ。たくさん苦しんで、たくさん悲鳴を上げて、絶望してね」

 

 亜美の顔に怯えと恐怖が混じる。

 ドロシィは亜美の耳朶を食む様に唇を寄せて、優しい声で囁いた。

 

「…その絶望で、あたしは満たされるから」

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